第34話 侵攻
王都の郊外、風の森の方から絶え間なく大きな爆発音がとどろく。
いくつもの火炎が上るのが物見櫓から見えた。
「両軍が激突しているな」
「そうね、森が焼けているわ」
シルが心配そうにつぶやく。
謁見の間には国王陛下が匿われている。
警護するのは近衛騎士団の三個小隊だけ。
十分な私兵を持たない王都住まいの貴族も同じくこの広間に参集し、騎士団の警護下に置かれることになった。そういう訳で広間にはそこそこの人数が集まっている。
この場に避難してきたアーマコスト伯爵家の令嬢が不安そうな表情を浮かべている。
「だいじょうぶですよ、タリア様。この城の守りはそうやすやすとは破れません」
「は、はい。ですが、いざとなれば、私も戦います。これでも私は土魔法の使い手。攻撃などしたことはありませんが、できる限りみなさんのお手伝いをいたします」
「はは、それは頼もしいですね」
このご令嬢、思ったより度胸がある。
だが、ご婦人らを危ない目に遭わせることなど、絶対に避けなければならない。
そばにいた騎士オーエンが目配せする。オーエンも同じ気持ちらしい。
戦いの火蓋が切られてから、数時間。
魔法戦は苛烈さを増した。
「父上は大丈夫だろうか?」
王都郊外の平野では、両軍の魔法攻撃が相互に届き、爆炎が夜空を焦がしていた。
やがて、双方の遠距離魔法攻撃が散発的になる。
一部では歩兵同士の激しいぶつかり合いが始まったようだ。
「オーエン、状況は?」
「形勢はこちらが若干不利だな」
都度、走りこんでくる伝令の報告だと、王軍は徐々に押され、後退しつつあるようだ。
「どのあたりまで押し込まれたのだ?」
「それはわからん」
だれに言うでもなく小隊長トリスタンがつぶやく。
「郊外は激しい戦闘だな。できることなら小官も前線に赴きたい」
「トリスタン殿、この場も大切ですよ。抜かせないようにしましょう」
「そうだったな、すまん」
敵の遠距離魔法攻撃がまばらになりつつあるのが救いだ。
こちらの抵抗が予想以上だったため魔法力を節約し始めたのか、あるいは、敵が持つ精霊石が尽き始めたのかもしれない。
そのときだった。
猛烈な破壊音が鳴り響く。
「な、なんだ!?」
しばらくして物見櫓から急報が入る。
「報告します。外郭城壁、合計十か所あまりで爆炎が上がっております。外郭は激しく損傷」
少数の敵が王都に侵入したかもしれない。
敵兵が王城内に飛び込んでこないとも限らない。
万が一に備えて、王都に残る衛兵も集められ、王城の周囲に配置された。
第一警邏小隊を率いるトリスタンが指示を飛ばす。
「すまぬが、貴君は我が小隊に入ってくれ」
「はい」
俺は、トリスタンの指揮下に入り、オーエンらと行動を共にすることに。
近衛騎士団の三個小隊が防御網を構築する。
第一小隊は、謁見の間の出入り口近くに散開。この広間に敵がなだれ込むのを阻止する。
第二、第三小隊は王の周囲に陣取った。出入り口を突破した敵を討つ役目だ。
時折、爆音が轟くほか、城内は割と静かだった。
だが、その平衡状態が急に破られる。
「シル、どうかしたのか?」
傍らにいるシルがそわそわと周囲を気にし始めた。
風精霊のシルが何かを嗅ぎ取ったのか、心配そうな顔をしている。
「う、うん。なんだか、ゾワゾワして……」
「なにか感じるのか?」
「うまくいえないけど、風の感触がなにかおかしいの……淀んでいるというか……お城を包みこむような、なんだか気味の悪い雰囲気」
そばにいた騎士トリスタンも魔力探知に長けているのか、何か異変を感じ取ったようだ。
「たしかにな……得体のしれない気配がある」
俺たちは、広間の周りに設けられた露台まで駆けていき、眼下を覗き込んだ。
月の光はとても弱く、あまりはっきりとは地上の様子が分からない。
だが、偶然にも、篝火の薄明りに照らされて、黒い影が壁沿いに潜んでいるのが目に入った。
あれは、敵か?
次の瞬間、城内の数か所から爆発音があがる。
大きな振動も伝わってきた。
「報告します! 敵数十名の一団が城内に侵入しました!」
危急の旨を察知した小隊長トリスタンが瞬時に決断を下す。
「陛下を最奥の控室へ! 周りを厳重に固めろ! 接敵するぞ」
第一警邏小隊がすばやく交戦体勢を整える。
ついに賊軍が侵入。
下階からの入り口ではなく、露台の方からだ。
それにしても敵の動きが速い。城の構造を知り尽くしているようだ。
「残らず屠れ!」
小隊長の檄がとぶ。
各自、抜剣。
あちらこちらで白刃がひらめく。
謁見の間は一気に騒然となった。
「ライナー、あそこ!」
シルが何かを指さしている。
襲い掛かってくる敵に対処しながら目を向けると、少し離れた位置にヤツがいた。
この反乱の首謀者であるナウリッツ辺境伯家、その長子。
風の森の花園の騒動のあと、姿を眩ませていたアルマンだ。
「見つけた。やはり来たな」
そのアルマンが謁見の間の奥に向かう。
王を強襲するつもりだ。
俺は敵を振り払いながら全速でヤツを追いかける。
「まて! アルマン!」
しかし、俺の周りに次々と敵が殺到する。
低く屈んだ姿勢から刺突を繰り出す敵兵。
敵魔法使いも俺の行く手を阻んだ。
それらに気を取られている間、アルマンが先行してしまう。
「ライナー、残念だったな。もう遅えよ」
ニヤリと下卑た笑みを浮かべたアルマン。
懐から小箱を取り出し、中身を周囲に投げつけた。
ヤツの従兵らも同じ行動をとる。
「ボン、ボォン!」と激しく鳴り響く爆裂音。
これは精霊石がはじけた音だ。強烈な閃光が走る。
「光の柱?」
「ライナー、精霊石から魔力が沸きあがってる」
その柱が薄く延びていき、そして、いつの間にか光の壁となって広間の一角をすっぽりと包み込んでしまった。
精霊石が起爆剤となって、広域魔法が展開されたのだ。
気味の悪い、まるで血の色のような光の障壁。
その向こう側はうっすらとしか見えなかった。
「これは魔法障壁か……分断された」
「ライナー、王様たちが閉じ込められたわよ」
「ああ分かってる……味方の一部も孤立してしまった」
警護の間隔を少し広めにとっていたのが裏目に出た。
王族と少数の近衛騎士がアルマンの構築した魔法障壁の内側に閉じ込められた。
やっかいなことに障壁内にはそこそこ多くの賊軍が入り込んでしまっている。
その中には当然アルマンも……。
「ライナー、これだけ強力な術だと、わたしでも破れないかも……」
「ああ、シルは少し離れていてくれ」
俺は渾身の膂力と魔法力を込めて双剣を障壁に叩きつける
「風裂斬!」
しかし、真銀鋼の剣は「ビュィィイン」と魔法障壁に弾かれる。
びくともしない。
障壁のすぐ向こう側にうっすらと見えるアルマンが得意げな顔を浮かべたような気がした。
「無駄だぜ。その障壁はそう簡単には破壊できねえ。王の命はこのオレがもらう」
アルマンは俺に一瞥をくれると、配下の賊軍とともに王族が控える最奥の部屋へと一直線に向かった。




