第3話 風精霊のシル
錯覚かとも思った。
が、やはり、たしかに目の前にいる。
小柄な女の子だ。いや、小柄というか、だいぶ小さい……。
人型なのは間違いないが……。
そして、その小さな彼女は、不思議なことに宙に浮かんでいた。
「お、お、おまえ、いったい何なんだ?」
「わたしは風を司る精霊。人間はわたしたちのこと、『風精霊』って呼んでるのかな? どうぞよろしくね」
「よろしくねって……」
初めて見る風精霊の姿に思考が固まりそうになる。
俺は、落ち着きを取り戻そうと、一つ息をついてみた。
よくみれば、精霊といっても実体があった。
透き通った羽根らしきものがあることを除けば、大きさは別として、人間の造作と特に変わらない。
それに、彼女はとても可憐な顔立ちをしていた。
精霊に人間の年齢が当てはまるとは思えないけれど、俺より少し年下の十五、十六歳くらいに見える。人間離れしたその美しさに、思わず我を忘れて見つめてしまった。
ワイングラスほどの身長しかない小さな彼女が、ニコニコしながら俺に近づく。
「あれぇ? もしかして、わたしの美貌に見惚れてる?」
「そ、そんなことは……(ないこともない)」
「いいわよ。見るくらいなら、いくらでも」
そう言いながら彼女はくるりと回り、腕を軽く振った。
小さな風が幾筋か流れると、彼女の白に近い金髪がサラサラと揺れた。
「ねえ、あなた。最近、ちょくちょくここに来るわね? そして剣を振り回しては、ときどき叫んでる……いったい何してるの?」
「み、見てたのか……」
「うん、一から十まで、全部、はっきり、くっきりと!」
うわぁ……なんてこと……。
だれもいないと思っていたのだが……。
全部見られていたのか……いっそ消えてしまいたい。
しかし、いつからだ?
俺がこの場所を見つけたのは二週間ほど前。
それ以前から彼女はここにいたのだろうか?
「お前のこと、これまで一度も見かけてないのだが?」
「わたしはこれでも高位の精霊。普段、人間の前には姿を現さないことにしてるの。今回は特別よ。ありがたく思ってね!」
たしかに風精霊の目撃情報は極端に少ないと聞く。
だから、余計に不思議だと思った。
「なぜ突然、声を掛けたのだ?」
「う~ん……なんでかな?」
風精霊が小首をかしげて悩んでいる。
俺の無様な姿を笑いたかったようでもなさそうだ。
声を出さなければ見つかることもなかったろうに……
本当にどうしてなのだろうか。
「なんとなく、だね。剣士さんとたまたま波長が合ったというか、なんというか……」
精霊が適当なことを言っている。
それと――確かに俺は剣士だが、ちゃんとした名がある。
「ライナー・ライバックだ。お前は?」
「え~? もしかして、わたしの名前を知りたいの?」
「ほかにだれがいる?」
「ふふ、本気なの? 精霊が家族以外に名前を明かすのは禁忌。生涯を誓う伴侶なら別だけど。あれ~もしかして、あなた、わたしと添い遂げたいの? まあ、悪い気はしないけど、どうしよっかなぁ~」
あぁ、なんて、めんどくさい……。
「なら、お前のこと、どう呼べばいい?」
「好きに呼んでいいよ」
風精霊……か。
安直だが――
「『シル』でいいか?」
「げっ!」
「なんだ? なにか都合でも悪いのか?」
「そ、そんなことない。べ、べつにいいわよ、それで」
「へんなヤツだな」
「そう?」
精霊というからには何か特別で高貴な存在かと思ったのだが……。
その精霊は天真爛漫、無邪気そのもの。
親しみやすいどこにでもいそうな普通の娘だった。