第28話 探る目
翌日午前。
昨日の王都散策は、クズ男アルマンが騒ぎを起こしたり、シルの変化が解けてしまったりと散々なことになってしまった。
だが、それでもシルは楽しかったと言ってくれた。
昨日もこの屋敷に泊まった彼女は、朝方、風の森に帰って行った。
森まで送ると申し出たのだが、彼女は遠慮して断った。
また明日会えるからいいとのこと。
少し時間ができたな……さあて、
と、俺は自室の机に向かい、書類仕事を片付けることにした。
執務が溜まってしまっていたのだ。
そこへ扉をノックする音が響く。
メイドのエリスだろう。
「ライナー様、あのう、ご友人のオーエン様がお越しになっています」
「あいつが? 屋敷まで訪ねてくるなんて珍しいな。昨日さんざん話したのに何だろうな……」
「昨日お会いになられたのですか?」
「おいおい、エリス。とぼけなくてもいいだろう? 昨日ずっと俺たちのこと尾行していたろう? 気づいていたぞ」
「うふふ、尾行はバレてましたか……ライナー様もなかなかですね」
あっさり認めやがった。
「やはり、昨日タリア様を俺たちに引き合わせたのはお前の差し金だな?」
「ええ、まあ、あの泥棒ねこをけん制する必要がありましたから」
泥棒猫とはシルのことか? 牽制? なんの話だ? まったく。
まあ、いい。そういうことなら――
「オーエンがとなりにいたのも知っているはずだ」
「いいえ、タリア様が若旦那様のもとに近づいたのを見届けたあと、わたくしは用事があって屋敷に戻りましたので……そのあとオーエン様にお会いになられていたのではないですか?」
たしかにそうだが、奇妙だ。
クズ男の騒ぎのあとも俺を尾行する気配があった。
「エリス、お昼のあとのことを知らないというのはほんとうか?」
「はい、存じませんよ」
エリスははっきりと頷く。
そして、客人を迎えに行くといって出て行った。
なんだろうか?
なにか腑に落ちないものが残る。
エリスは知らないと答えた。彼女はこんなときに嘘をいう人間ではない。
だが、俺を見つめる気配は確かにあったのだ。
あの影がエリスではないとすると……
誰だ? いったいだれが俺をつけてた?
いや、そもそも監視されていたのは俺なのか?
嫌な予感がして胸が波打つ。
それを落ち着かせようとしていると、友人のオーエンが部屋を訪ねてきた。
「よお、ライライ! 忙しそうだな。これ、持ってきてやったよ。昨日剣を買ったと自慢していただろう? 店の近くを通りがったんでな、代わりに受け取ってきてやったぞ。ほらよ」
そう言ってオーエンは二振りの真新しい真銀鋼の剣をよこした。
「ああ、すまない。ありがとう。だが、これを届けるためにわざわざこんな王都の外れまで訪ねてきてくれたのか? 勤務中だろう?」
「いいや、その剣はついでだ。本題はこっち。ライバック司令から預かった、ほれ」
オーエンから受け取ったのは封蝋の刻印がほどこされた封書。
そこそこ重要な案件に使われるものだ。封を切ってさっそく確かめてみる。
「アルマン・ナウリッツの動向を注視せよ。配下を集めているとの情報あり。不穏な動きがあればすぐに報告せよ」
その文面を見て、妙な胸騒ぎ起こる。
その刹那、タンタンという高い音が部屋に響いた。
耳のいいオーエンが素早く窓の方へと視線を向ける。
「なんだ、あれ? ライナー、鳥を飼っているのか?」
「いや、そうじゃない」
窓ガラスを一生懸命に突く小鳥が一羽。
何かを必死に訴えているようにみえる。
あの鳥は……あれはたぶん――
風の森の泉にいた白い鳥だ。
鳥の姿形などまったく見分けがつかないが、以前助けたひな鳥の親ではないか?
と直感的にそう思った。
窓を開けると、白い小鳥は空に舞い上がり、グルグルと回り始める。
何周かすると慌ただしく森の方へ戻っていった。
不穏。まさか!
昨日の騒動でクズ男アルマンが去り際に残した言葉が脳裏によみがえる。
ヤツが暗い視線を向けていたのは、伯爵令嬢タリアではなく、その先にいた風精霊のシルのほうだとしたら……。あの気味悪い台詞がシルに向けたものだったとしたら……。
やはり、シルのところで何かよくないことが起こっている。
シルが危ない。そう確信した俺は意を決し、新調したばかりの剣を抜く。
「シィーシャン!」
と小気味いい音が響いた。
剣の身を確かめたが問題ない。
「お、おい、突然どうした? ライナー? 怖い顔して?」
いぶかる友人をよそに俺は急いで装備を整える。
そして短く友人に告げる。
「俺はいますぐ出ることにする」
「ど、どうした、ライナー? いったいどこへ?」
「詳しく話している余裕はない。アルマンら不穏分子が風の森のとある泉に集結している虞がある」
オーエンは怪訝そうな顔をするが無理もない。
「それほんとうか?」
「根拠をいえ、と言われても困る。が、心当たりがある。すまんがオーエン、近衛騎士団に応援を頼みたい。なんとか掛け合ってくれ。危急の事態につき、出動の要請だ。念のため、少なくとも一個警邏隊を頼む。街道の分かれ道から北西へ駈足で四半時の場所だ」
「わ、わかった。お前がそういうなら信じるよ。気をつけろよ。おれもすぐ後を追う」
「ああ、すまない。よろしく頼む」
俺は部屋を飛び出る。
馬房から愛馬を引き出し、急いで風の森へ。
「アンバー、がんばれってくれ。辛いだろうが全速だ、ハイッ!」
激しい揺れを抑えながら、街道を疾駆する。
並足で小一時間ほどの距離がとてつもなく長く感じる。
まだか……
焦る気持ちをグッと胸に押さ、鋭く前方を注していると、見覚えのある巨木が目に入る。
泉までもう少しだ。
俺はシルの無事を祈る。
が、ようやく泉が見え始めたころ――
ボォオンと激しい爆発音が鳴り響いた。
目指す先に複数の火炎が登る。
「くっ、なんてやつらだ! シルが作った楽園をよくも!」
野盗団がおよそ三十名。あちこちに散らばって花畑を踏みにじっていた。
しかし、何名かはすでに倒れている。
そのとき、激しい風が野盗に向かった。
あれはシルの風魔法だ。
よかった。姿は見えないが、シルはまだ無事らしい。
「シル! シルー!!」
俺が大声で叫ぶと、野盗の幾人かがこちらを向いた。
「おい! 騎馬だぜ」「かまわねぇ、たった一騎だ」「やっちまえ」
野盗数名がこちら目掛けて得物を投げつけた。
無数の投げ槍や飛礫が愛馬アンバーの真正面から飛来する。
「アンバー、俺を信じろ! そのまま突っ込め!」
俺は抜剣し、剣身に風の魔力を纏わせる。
「迎え射て、拡散弾!」
ビュンビュンと先鋭の弾が解き放たれ、投げ槍を打ち落とす。
「散らせ、爆風!」
いくつか射ち漏らした飛礫は、衝突の寸前、膨れ上がる空気の塊によって跳ね返された。
俺は上半身を大きく引き起こしながら手綱を引く。
急減速する愛馬。
「アンバー、よく我慢した。ありがとう、もうここでだいじょうぶだ。お前は危険のないところまで下がっていろ」
まだ止まりきらないが、かまわず、俺はその背から飛び降りた。
「さあ、野盗ども、覚悟しろ!」
俺は双剣を引っ提げ、最も近くにいた野盗の一塊に突っ込む。
「風裂斬・叉!」
高速の斬撃が敵を薙ぐ。
が、どうにか受けきった者、身を躱して攻撃を避けることができた者がわずかにいた。
さらに一閃。
俺は双剣を振り、そいつらも始末する。
「ボーン」とやや離れた場所で、また火の手が上がった。
シルの風魔法と敵の火炎魔法が激しく衝突。
加勢したいが、味方撃ちは避けたい。
「シルー! どこにいる? 姿を現せ!」
「ライナー! ここよ!」
シルが叫び、すぐさま俺のそばまできた。
「よかった、無事だな……」
「う、うん」
「なんて無茶なことをするのだ? 危ないことをするなといっただろう!?」
「ご、ごめんなさい。突然、この人たちが白精蘭を根こそぎ奪いに来て……最初は我慢していたの……ライナーが来るまで待とうと思って……ちゃんと知らせようともしたのよ……」
やはりあの白い小鳥はシルの遣いだったか。
「でも、この人たち、あらかた石を採り尽くすと、花畑に火を放ったの……わたし、もう我慢できなくて……気づいたら飛び出してた」
「わ、わかった。とにかく無事でよかった。あとは任せろ。巻き添えを食わないように少し離れていてくれ」
が、シルが離れるよりも早く野盗どもが俺たちを取り囲む。
さらに、悪いことにこの集団には思ったよりも多くの火炎魔法の使い手が含まれていた。
一団の中央にいる男がくぐもった声で指示を飛ばしている。
高価そうなローブを羽織ったその男が、おそらく、この集団を率いる首魁。
深く被ったフードの陰で顔の上半分は分からない。
そして下半分もまた分からない。不気味な半面が口元を覆っていた。
だが、このなんともいえない嫌な感じ……覚えがある。
こいつは……。
「シル、そばを離れるなよ」
「う、うん」
こうなれば出し惜しみはナシだ。
魔力が尽きるまで魔法剣を振るい続けるのみ。
俺は傲慢不遜に告げる。
「我はライナー・ライバック。貴殿らに絶望というものを教えてやる」




