第22話 蒼の騎士の物語
シルと一緒に、生まれて初めて芝居を見ることになった。
その芝居が佳境を迎え、役者の演技に熱がこもる。
そして、この国に古くから伝わる物語「蒼の騎士と白金の姫」は大団円を迎えた。
話自体はよくあるもの。
身分の違いから許されぬ恋をしていた二人が困難を乗り越えて最後は結ばれるという話だ。
いわゆる王道。俺にとっては特に目を引くものではなかったが、シルは興奮冷めやらぬようで感動に浸っている。
「ああ~素敵ね~。特に最後の場面『生涯わたしの騎士でいて下さい』『謹んでお受けします。姫君に永遠の忠誠を――』だって……うっとりとしてしまったわ」
「そうか? ならば、良かったな。それに俺の言ったとおりだろう? 結局めでたしめでたしで終わるのだ」
「もう! そういうことではないのよ!」
何が間違っているのか分からないが、俺の感想にシルはご不満のようだ。
「はぁ~でも、騎士役の役者さん、カッコよかったわね?」
「まぁ、たしかにな」
芸事のことはまったく分からないのだが、いま王都で人気の有名な役者だそうだ。
シルが満足げにニコニコしている。
意外にもこういうのが好きらしい。
「ええ、ちょっとライナーに似ていたわ」
「はぁ? そうか? お前は目が悪いのではないか? 別に似ていないと思うぞ?」
「目が悪いのはあなたの方じゃない? 自分のことはよくわかってないみたいね、ふふ」
「よしてくれ……」
俺は剣士だ。
顔の造作など心底どうでもいいと思っている。
あのような優男に似ているといわれるのはむしろ心外だ。
「ふ~ん。そんなこといってるけど、あなたの周りって女ばかりよね? ずいぶん人気があるようだけど?」
「そんなことは――」
ないと言おうとしたのだが、シルが不意に真顔になって、にじり寄る。
「ねえ、ライナー、ところで……」
「な、なんだ?」
大人びた雰囲気の美しい顔で迫られるととても焦る。
思わずたじろいでしまった。
「もしあなたが騎士になったら、わたしのこと、守ってくれる?」
なんだ、そんなことか――
「ああ、もちろん。お安い御用だ」
「はぁ~なによ、それ?」
「俺は嘘などいっていないぞ」
「そうじゃない! なんか軽いわね? もっとこう……決意を込めた感じにならないの?」
無理なことをいう。
俺は役者ではないといっているのに……。
「そんな大したことでもないだろう? シルは普段は小さいのだ。お前一人を警護することなど別に手間でもなんでもないぞ」
「もう、そういうことじゃないのよ!」
「では、どういうことだ?」
「ばか!」
何がいけなかったのかまったく分からない。
シルは機嫌を損ねてそっぽを向いてしまった。
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機嫌の悪いシルにしばらく難儀していたのだが、偶然、青果が売られている市場の前を通りかかった。シルが興味深そうに色とりどりの果物を見ている。
「あ、あれは何? 食べてみたいわ!」
シルが食べてみたいと言うので、いくつか果物を買ってみる。
彼女は歩きながら、美味しそうにそれを頬張る。
相変わらず行儀が悪い……。
ただ、機嫌は直ったようでよかった。
俺もシルに付き合って、適当に買い漁った木の実などを摘まむ。
そのとき、声が掛かった。
「ごきげんよう、ライナーさん」
「タ、タリア様……ご機嫌いかがでしょうか……このような場所で奇遇ですね」
アーマコスト伯爵家の令嬢タリアだ。
侍女を連れてはいるが、どうも歩きのようだ。
なぜだろう?
騎士団や衛兵が王都を見回っているので、治安に大きな問題はない。
だが、有力貴族の令嬢が護衛も連れず、城下を歩いているのは異例中の異例だ。
「さきほどライナーさんの御屋敷を訪ねたところ、城下街に出たとのことでしたので、追いかけて参りました」
なんでだ?
意味が分からず、思わず問いかけてしまった。
「えーあのう……当家にどのようなご用向きで?」
「昨日危ないところを助けていただいたお礼に伺ったのですが、ご当主様もライナーさんもいらっしゃらなかったので、また日を改めますわ。それから父が大変感謝していましたことをライナーさんにお伝えします」
「そ、それはご丁寧にどうも……しかし、護衛もなしに少々不用心かと思われますが……」
「あら、頼もしいライナーさんがいらっしゃるではありませんか? 私もひざびさに城下街を散策してみたくなりましたの。ほほほ」
うっ、ますます意味が分からない。
率直なところ、大貴族の令嬢と行動をともにするのは気が進まない。
気疲れするだけだ。
「ところで、ライナーさん……」
「な、なんでしょう?」
「そちらの方を紹介していただけますか? ずいぶんとお綺麗な方ですね?」
シルは昨日タリアを見ている。だからこの令嬢のことは当然知っている。
だが、タリアがシルを見るのは初めてだ。
互いに見つめあう令嬢タリアとシル。
シルは表面上はにこにこしているのだが、突然割り込んできた令嬢タリアにあまりいい感情を持っていないようだ。
ややこしいことになる前になんとかしなくては……。
「こ、この娘は当家の遠縁にあたる者です。シルといいます。田舎から出てきたばかりで王都を見て回りたいというので案内しているところですよ」
「そうですか、シルさん。私はタリア。ライナーさんの(元)婚約者です。どうぞよろしく」
お、おい、どうして(元)のところを小さな声でいう?
もっとはっきりと発音してほしい。
令嬢タリアのどこか挑発的な挨拶を受けて、シルのこめかみのあたりがピクっと引きつった気がした。
「はじめましてタリアさん。ライナーとは縁が切れたようで残念ですね。わたしたち親戚になれたかもしれないのに……本当に残念ですね、ふふふ」
どうしてシルも張り合おうとするのだ?
まったく理解できない。
高位貴族に絡んでもいいことなど一つもない。そうに決まっている。
そして、俺はふと、この事態を招いた黒幕に気付いてしまった。
さきほどから俺たちを尾行し、俺たちを遠くから見つめる影に気が付いていた。
あれはたぶんエリスだ。エリスが王都に出た俺たちを監視していたのだ。
どんな思惑があるのか知らないが、令嬢タリアを引き合わせるように仕向けたのもエリスかもしれない。
まったく……なんてややこしいことをしてくれる。
頭がクラクラする。
しかし、シルとタリアの一触即発の状態を打ち破る事態が生じる。
通りの先で、物が破壊される大きな音と女の悲鳴があがった。
ここ王都で狼藉を働く者はめったにいない。騒ぎを聞いて、辺りが急に慌ただしくなる。
「なにか起こったらしい。行ってみよう」
俺は悲鳴のあがった方向を目指し、一気に駆け出した。




