第21話 街歩き
王都中心街。
石畳が敷き詰められた大通りを歩くシルと俺。
シルは興味深そうに辺りをキョロキョロとみている。
「へぇ~、驚いたわ。このあたりまで来たのは初めてよ」
「ああ、ここらへんが王都で一番の商業街だ」
「にぎやかね~人間の暮らしを見るのは楽しいわ」
道の両脇には所狭しと店が立ち並んでいる。
路地裏のほうにも多くの露店が集まっていた。
今朝は普段にもまして賑わっている。
シルが思い出したように急にクスクスと笑った。
「さっきは危機だったわね。あなたのお母さんもエリスも怒り心頭って感じだったわ。ライナーには女難の相があるのかしら? おかしいわね、クスクス」
「お前なぁ、ちっとも笑えないぞ? 俺は罪人扱いされたのだ! いったい誰のせいだと思っている?」
「さあね?」
さきほどはあやうく部屋に監禁されるところだった。理由はいうまでもなくシルだ。
女を攫って自室に連れ込んだ嫌疑がかけられたのだ。
はじめは、母とエリスからつるし上げられた。シルが風精霊だといっても信じてもらえない。
が、シルが背中に畳み込んだ透明な羽を大きく広げて見せると、二人とも彼女が精霊種であることを認めざるを得なかった。そして、これまでの経緯を説明し、なんとか事情を理解してもらうことができた。いまはこうして解放されている。
となりに並んで歩くシルは若草色の服を身にまとう。
さきほど、縫製がしっかりしていると評判の服屋で購入したものだ。
美しい女性が流行りの服を着ているのでとても目立っていた。
シルがスカートの裾をひらひらとさせながら、くるっと回ってみせる。
「どう、ライナー? 似合うかな? わたし、人間の女の子の恰好をしてみるの初めてよ。うれしいなぁ」
「ああ、ぴったりだと思うぞ。動きやすくていい感じだな」
「もう! そうじゃくて、なにか……こう、もっと感想らしい感想はないの?」
「あ、あぁ、そうだな……よく似合うと思うぞ」
「はぁ? なにそれ? つまらない反応!」
シルが呆れたような表情をみせる。
「でもライナーに買ってもらったこの服、胸のところがちょっと苦しいのよね。お店の人はこの大きさでぴったりだっていってたけど……わたしって結構大きかったみたい……どう? ライナーはうれしい?」
彼女がふざけて胸元を強調する仕草をするので、俺は内心慌てふためく。
「な、なにをバカなことを……さあ、次は俺の買い物に付き合ってもらうぞ」
「ふふ、照れなくてもいいのに……いいわよ、任せておいて。剣を選べばいいのね?」
「ああ、だが、その前に――」
この先にちょうど両替商があるはずだ。まずは精霊石を換金して資金調達。
目当ての店に入ると、少し神経質そうな面持ちの男が奥から現れた。
「店主、すまないが、ここで精霊石を換金することはできるだろうか?」
「ええ、もちろんできますよ。うちは、通常貨から古銭、宝石類まで幅広く取り扱ってございます」
「ではこれをたのむ」
大きめの精霊石二つを店主に手渡す。泉の花園でシルから譲ってもらったものだ。
「ほう、これは素晴らしいものですな……」
ついでに、俺は身元を提示して、ライバック騎士爵の嫡男であることを告げた。たしか、少量の取引でも店側は取引の報告を王城にしなければならないはずだった。
精霊石の出所を聞かれるかと少し心配したが、店主は特に詮索することもなく、あっさりと応じてくれた。
店主が宝石用のルーペをかざして、真剣な面持ちで精霊石を鑑定している。
「最上級の品質です……近頃では精霊石の取引がめっきり減っておりまして。これほどのものは珍しい。ライバック殿は良いものを手に入れましたな」
「まあ、ちょっとした伝手があったのだ」
隣にいるシルが白精蘭を育てているとはだれも想像しないだろう。それはそうと店主の言葉が気になった。
「ところで、店主。この石の取引が減っているというのは確かか?」
「ええ、もともと王国内の取引量は微々たるものだったのですが、ここ二、三年は特に少なくなりましたな。同業者の噂では他国に流れているとか、なんとか……」
「王家は他国との取引を禁じているはずだが?」
「まあ、そこはいろいろと……おっと、当店は健全な商いをしておりますので誤解なきよう……」
そう言って、鑑定を終えたらしい店主が算盤をはじいて、こちらに示す。
「これくらいでいかがでございましょう? 大きさといい輝きといい、またとない逸品ですので、せいいっぱい頑張らせていただきました。他店でもこれ以上のご提案はできないかと……」
「うむ、いいだろう。よろしく頼む」
期待していたよりもずっと大きな金額を提示されたので、俺は即決する。
父親の俸給のざっと半年分に相当するだろう。これほどの額は、これまでの人生で手にしたことがない。
店主は、金の入った小袋を俺に手渡す。
「お取引、ありがとうございます。今後も御贔屓に……またのお越しを……」
そう言った店主に見送られながら、俺たちは店を出た。
少し歩くと、武具屋の看板が目に入った。
その店はこじんまりとしているが、騎士団へも武具を納品している老舗と聞いた。
「次はあそこだな。シルよろしくたのむ」
「まかせといて!」
店内には所狭しと様々な種類の剣が陳列されていた。シルが真剣な顔つきでそれらを見比べる。
「そうね、これなんかが良さそうね……」
「お、おい……ちょっと高すぎやしないか?」
「これならライナーの魔法と相性がいいわ。ちょっとやそっとじゃ砕けない」
「お前がそういうなら間違いないのだろうが……」
シルならいいものを選んでくれるはずだ。それは間違いない。
だから、彼女に任せたいのが、予想をはるかに超える高額の値札を見て俺は慌てた。
そんな俺をみてシルは自信たっぷりに語る。
「質が悪い物を選べば、またすぐにボロボロになるわよ? 何度も買い替えるよりは長持ちするものを選んだほうが絶対にお得!」
「そ、それはそうだが……」
俺は、彼女が選んでくれた、大小二振りの真銀鋼の剣を手に取る。
「少し軽すぎるような気もするがバランスは悪くない。うむ、そうだな、いいものだな……せっかくお前が選んでくれたのだ。これにしよう」
「そうよ! 後悔させないわ。きっとわたしに感謝するはずよ、ふふ」
「うむ、では、店主、この二振りをもらおう」
「ありがとうございます。剣装を整えますので若干お時間を頂きたいのですが……明日のお渡しでよろしいでしょうか?」
「ああ、かまわない。では明日また取りに来る」
高額な買い物だったが満足だ。早くこの剣を振るってみたい。
そんなことを考えながら歩いていると、人だかりが見えた。
シルが少し背伸びをする。
「ねえ、みて、あれは演劇場?」
「たぶん、そうだな。俺は入ったことがないのでよくわからないが……」
「演目はなにかしら……」
とシルが目を凝らした。
「あっ! ライナー! 『蒼の騎士と白金の姫』って書いてある! 昨日読んだ本の題名と同じみたいよ」
「そうなのか? もうすぐ開演だな……せっかくだし寄っていくか? 物語の続きが分かるかもしれないぞ?」
「うんうん! いきましょう!」
偶然にも演劇で続きを見ることができると知り、シルは途端に上機嫌になった。




