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第2話 風の森

 王都から少し離れた風の森(グリーン・ブリーズ)

 俺の向かう先は、その奥深くにある。

 森の小径こみち常歩なみあしで進むと、やがて大きな泉に着いた。


 偶然見つけた場所で、人気ひとけはまったくない。最近はよくここに来ている。

 他人とあまり接したくない今の自分には、こんな環境がちょうどよい。


 愛馬をつないだままにしておくのは可哀そうな気がしたので、馬具を外してやった。


「アンバー、しばらく自由に遊んでおいで。あまり遠くには行くなよ」


 愛馬アンバーは一ついななくと、どこかへとゆっくり駆けていった。


 そして、俺は泉のほとりに立つ。

 一度剣を構えれば、心が冷めた。

 幼少のときから積み重ねてきた訓練の賜物たまもの

 剣士の習性かもしれない。


 俺は普通の剣士とは異なる変則的な二刀遣いだ。

 左半身の構えを取り、肩幅より少し広めに足を開く。

 左手に歩兵用長剣フットマンズソード、右手にはそれより少し長めの騎士用長剣ホースマンズソードを握る。


 泉の縁にちょうどいいまとが浮かんでいた。

 小さな木の葉だ。俺は、微風を受けてゆっくりと揺れるその葉に狙いをつける。


 風がいだ瞬間、俺は右のふくらはぎに力をため――鋭く蹴り出す。

 一気に前進。繰り出すのは俺の決め技。


「貫け! 風牙(ウインドスラスト)!!」


 左の刺突、間髪かんぱつ入れずに、右の刺突。

 うまく決まれば、並みの剣士では受けきれない局所突破の破壊技だ。


 水面は、風の魔力から生み出された衝撃波を受け、大きく窪み、そして、爆ぜた。

 だが、まととなった木の葉は破れず、散らず、幾度か揺れたあと、底深いところへ沈んでいった。


「くっ、失敗か……冴えないな」


 とっておきの魔法剣だったが、風の魔力が思ったように集束してくれなかった。

 精彩せいさいく己の技に腹が立つ。


 魔法の才能に限界を感じる……。

 これ以上、どうすれば……。


 いらだちがつのり、悪態あくたいをつきながら、思わず地面の小石を蹴り飛ばしてしまった。

 騎士爵家に生まれついた者として、まったく相応ふさわしくない態度だ。

 余計に情けなくなる。


 が、そのとき、小石が飛んだその先、遠く離れた水面に何か白っぽいものがあるのを認めた。よく見れば、それは小さな鳥。まだ成鳥になっていない。

 水面でバチャバチャと藻掻もがく様子をみて俺は慌てる。


 さきほどの剣戟けんげきに驚き、泉に落ちてしまったのかもしれない。たぶん、あの張り出した枝のあたりからだ。親鳥らしいのがわれを忘れてうろたえている。


 俺はジャブジャブと泉に足を踏み入れ、急いで駆け寄り、小鳥をすくい上げた。

 水に濡れて哀れな姿だ。だが、よかった。特に怪我はしていないようだ。


 そばの枝を見上げると、鳥の巣らしきものがあった。

 ひな鳥をそこに戻そうと手を伸ばすが、残念ながら届かない。

 しかたがないので、木に登り、枝を伝わる。

 ひな鳥を巣にそっと戻すと、ピイピイと元気に鳴いた。少し離れたところに親鳥も寄ってきた。

 それほど寒いわけでもないので、たぶんもう大丈夫だろう。


「よし、もう落ちるなよ、ちび助!」


 俺はそう声を掛け、木を降りようとしたのだが――

 剣帯がどこかの枝に引っかった。


 大きく体勢を崩した俺は、なんとか持ち直そうと踏ん張ったが、結局、眼下の泉にドボン。

 仰向けの状態で水に包まれ、一瞬空が見えなくなる。


 幸いその場所は浅すぎるということはなかったので、怪我はしていない。

 そして深くもなかったので、すぐに起き上がることもできた。

 しかし、全身ずぶ濡れだ。ますます心がささくれ立つ。


「なっ! ツイてない」


 さきほどの騎士らしくない振舞いのむくいなのかもしれない。

 今の俺は、他人からみれば、さぞ滑稽こっけいな姿に映るだろう。

 だれもいないはずなのに「クスクス」と俺を嘲笑ちょうしょうする声まで聞こえてきた。


 どうかしてる……。

 幻聴が聞こえてくるようでは俺も……。


 だが――


「クスクス……」


 はっ?


 ちがう、空耳そらみみなどではない。たしかに聞こえてくる。

 遠くからのようでもあり、近くからのようでもある。


「クスクスクス……」

「だ、誰だ!?」

「うわぁ~、かわいそう。ずぶ濡れね」


 小さな声だが、今度は意味のある言葉がはっきりと聞こえた。

 声の主は女のようだ。


「水もしたたるいい男……かしら!?」

「な、なんだと!?」


 まったく……馬鹿にしている。

 俺は特別整った顔立ちをしているわけではない。まあ、べつに役者でもないので、顔の造作などどうでもいいのだが、さすがにその物言いは気に食わない。


「怒らないでよ、本心よ。涼し気でいい顔をしているわ。このあたりではそういう黒髪も珍しいわね――クスクス」

「ごちゃごちゃとうるさいぞ! どこにいる!?」


 しかし――

 いくら目をらしてみても、声の主は見当たらない。


「姿を見せろ!」

「クスクス……」


 悪霊あくりょうのたぐいか?

 見えないが、風を切るようなわずかな音と気配がある。俺の周囲を移動しているようだ。


 俺はさらに叫ぶ。


「姿を現せ! いい加減にしろ!」

「あら~こわい……そんなに怒鳴らなくてもいいんじゃない?」


 見えない存在が苛立いらだたしい。


「だまれ、悪霊! めっせよ!」


 剣に風魔法をのせ、素早く振り放つ。


「切り裂け! 風裂斬(ウインドスラッシュ)!!」


 剣と風魔法の合わせ技が風の斬撃ざんげきとなってくうを裂く。

 笑い声が急に止まった。俺は怒気どきを込めて告げる。


「いまのは加減した。次は斬るぞ、本気だ! 出てこい、悪霊!」


 すると――


「わ、わかったわ。あぶないから、それ止めて。当たったらどうするのよ? だけど失礼ね。わたしは悪霊なんかじゃない。ちゃんと姿形がある……ほらね」


 一陣いちじんの風が流れ、見えなかった存在がその姿を現した。


 なっ、小さな……女の子?


 姿を晒したその存在に俺は目を疑った。


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