第18話 ライバック邸
タリア嬢の乗る馬車がアーマコスト伯爵家の王都別邸の前に止まった。
後尾についていた俺のところへ、タリア嬢が少し小走りで駆け寄ってきた。
「ライナーさん、今日は本当にありがとう。これから貴方様を屋敷にお招きし、もてなして差し上げたいのですが……、そのなんといいますか……少々難しい御家の事情もありまして……」
「い、いえ、大したことではありませんので、お気遣いなきよう……」
なんだ……。
タリア嬢はアーマコスト家から婚約破棄を申し渡したことを理解しているみたいだ。
それなのに、あんなに責めるような口ぶりで、さんざん俺をなじったということか……。
いったいどういうつもりなのだろう。正直なところ全然訳が分からなかった。
「さきほどの貴方様の鬼神のごとき御活躍、必ず父に伝えます。父は私が説得しますので……。このお礼はまたいずれ……大変ご無礼ながら、今日のところはご容赦くださいませ」
父君を説得? どういう意味だろうか。
何かろくでもないことのような気がするので、深く考えないことにした。
「いえいえ、騎士爵家として当たり前のことをしただけです。礼など不要です。では、これにて失礼」
タリア嬢にそう告げ、再び愛馬にまたがり、自分の屋敷へと向かった。
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ライバック家の屋敷前。
シルが上を仰ぎ見る。
「ここがライナーのお家?」
「ああ、まあな。ただ、我が一族の所有というわけではない。王室が父に貸し与えているものだ」
「へぇ~でも立派なお屋敷よね。お貴族さまみたい」
一応、当代限りなのだが、父は王国貴族の一員だ。
俺も近衛騎士に叙任されれば、特例で騎士爵の称号を継げる可能性もなくはない。
仮にそうなるとしても、ずいぶんと先の話になるが……。
「あのねぇ、ライナー。せっかくだから、エリスさんにご挨拶しましょうか? いつもライナーがお世話になっていますって」
シルがにこやかに恐ろしいことをいう。
「シ、シル、頼むから自重してくれ」
「冗談よ。でも、なんか悔しいのよね~。わたしのこと見つかるとそんなに困るかな?」
「い、いや、お前の安全を考えてだな……」
シルがジト目で俺を見る。
「ふ~ん、ライナーってさ、なんか意外と男らしくないところもあるのよね? やっぱり、『秘密のひととき』を楽しんでいたことがバレたら大変?」
「お、お前なぁ、やっぱり、ワザとだったのだな? あの花の意味を知っていてわざわざバスケットに詰めたのだな?」
「へへ~ん、そらそうよ。花言葉の多くはわたしたち風精霊の伝承が由来になっているはず。知ってて当たり前なの!」
シルがこともなげに言う。
頭が痛い。
「いいか、シル。俺もそうだったが、ほとんどの人間は精霊など目にしたことがないのだ。見つかったら大変なことになるぞ? 特にエリスは要注意だ。なぜかお前に対抗心を燃やしている節がある」
「あら、別にいいんじゃない? 人間も精霊も女なのは変わらない。少しくらい緊張感があった方が女は綺麗になるのよ!?」
よくない、よくない。絶対よくない。
女の争いに巻き込まれるなんてまっぴらごめんだ。
「たのむ。できるだけ気配を抑えてくれ。見つかれば、たぶん大騒ぎになる。そうなったら、明日は王都見物どころではなくなるぞ!?」
「わ、わかったわよ。おとなしくしていればいいんでしょ? ライナーのばか!」
シルは、半ば不貞腐れながらも、俺のいうとおりしてくれた。
彼女の気配が消える。
玄関の扉を開けると、そこに最初の関が待ち構えていた。
案の上、エリスだ。
彼女がにこやかに「お帰りなさいませ」といい、俺を出迎える。
いつものように「ただいま」と返したのだが、エリスの様子がたちまちおかしくなった。
「ラ、ラ、ライナー様!? 何か血の臭いがするようですが……まさか、お怪我でもされましたか?」
シルが見つかったかと思ったが、そっちの話か……。
野盗との戦闘で浴びた返り血なのかもしれない。
それにしてもエリスのやつ、凄まじいまでの嗅覚だ。
「別に問題ない。ちょっとイザコザがあっただけだ。俺はとくに負傷などしていない」
「で、ですが……本当でしょうか。あぁ、わたくしはとても心配なのですが……」
「ああ、大丈夫だ。本当だ。だが心配してくれてありがとう。それより、父上は帰っているか? 急ぎ報告したいことがあるのだが……」
「旦那さまでしたら、急な案件が入ったとのことで、本日はお戻りになりません。さきほど騎士団の御付きの方から連絡がありました」
「そ、そうか……」
困ったな。
野盗のことを報告し、精霊石の違法取引の疑いの件を相談したかったのだが……。
「それから、ライナー様。お忘れかもしれませんが、本日は奥様もお戻りが遅くなります」
ああ、そうか。母はたしか懇意にしている貴族の夜会に参加するのだったな。
ということは――今日の夕食は俺一人か。
うむ、それなら、かえって都合がいい。
「エリス、俺は少し書き物がある。自室で夕食をとってもいいだろうか?」
「ええ、それは構いませんが……」
「手間をかけてすまない。あとで厨房まで取りに行くので用意しておいてくれ。ああ、夜食も一緒に頼む」
「ライナー様が夜食を取られるなど珍しいですね?」
エリスは、若干、怪訝そうな顔をしながら、何かを探るように視線を忙しく動かしていた。
「きょ、今日は執務が長引くかもしれない。よろしくな」
「かしこまりました」
エリスは俺の周りをきょろきょろ探っていたのだが、結局、何も見つけることができなかったみたいだ。
シルの気配はおおむね遮断されているらしい。
それか、血の臭いでエリスの嗅覚が鈍っているのかもしれなかった。
野盗様様だな、と思った。
エリスが去る。その際、俺は急に思い出した。
たしか、以前、彼女は「メイドの情報網」なるものがあるとか言っていた。
俺はエリスを呼び止める。
「あーちょっと待ってくれ」
「はい。なんでしょう?」
とエリスが振り向く。
「いや、たいしたことではないのだが……ちょっと聞きたいことがある。北のナウリッツ辺境伯邸にだれか伝手はいないだろうか?」
「心当たりはあります。どんなことをお調べすればいいのですか?」
さすがはエリス。
具体的に何も言っていないのだが、こちらの意図を察してくれたようだ。
ただ、早すぎる理解が逆にこわい。
「辺境伯領における精霊石の産出とその取引状況について、だ。特に隣国に流れていないか知りたい」
「はい、承知いたしました」
「お、おい、頼んでおいてなんだが、ずいぶんあっさりと引き受けてくれるのだな? 理由は聞かないのか?」
「ええ、専門家たるもの、依頼人のご事情を詮索することはございません。秘密を漏らすこともありません」
「そ、そうなのか……」
エリスがどんな掟に従っているのか、まったくもって不明。
だが、この場合は余計な詮索を受けず、非常に助かった。
「危ないようならすぐに調査はやめてくれ」
「はい、わかりました。ですが、わたくしの姉が下手を打つことはないかと思います。ふふふ」
エリスの姉が辺境伯邸に勤めているのか……。
知らなかった。
しかし、二人が組んだところを想像すると、なんだか少し身震いがした。
「と、とにかくだ。くれぐれも無理をさせないように。よろしく頼む」
「ふふ、ご褒美は期待していますよ」
「あ、ああ……」
意味ありげな笑みを浮かべているのが気になるが、彼女の姉なら何か成果を得られるかもしれないと思った。




