第16話 不穏な兆し
近衛騎士団の第一警邏小隊による検分が進む。
それを手伝っているうち、戦闘時にも抱いていた違和感がさらに色濃くなる。
「奇妙ですね」
「貴君もそう思うか? 確かにただ野盗とは思えないな」
小隊長トリスタンも俺の意見に同意してくれるようだ。
彼ら野盗の手のひらには、丘状扁平に盛り上がった胼胝が認められた。
それは継続的に剣術の訓練を重ねてきたことの証左。
野盗がまったく訓練をしないとも言い切れないが、胼胝のでき方から見て、正規の訓練を受けた者だと考えるのが妥当だ。
やはり、こいつらはただの盗人ではない。
そう確信に近いものを得たところ、トリスタンが厳しい表情を浮かべつつ、口を開いた。
「この野盗に扮したやつらは、領軍の兵士かもしれないな」
「領軍? いったいどこのですか?」
「もちろん、ここから北の辺境伯領のだ」
「辺境伯……ですか? まさか?」
予想外の言葉に理解が追いつかない。
俺は怪訝そうな顔をしていたのだろう。
トリスタンが「ライナー君」と神妙な顔つきで呼びかけた。
「貴君には伝えてもかまわないだろう。だが、これから話すことはまだ裏が取れていない。未確認情報ゆえ、口外しないと約束してくれるな?」
何がどうなっているのか分からないが、俺はトリスタンの問いかけに「はい」と同意した。
「近年、北方のナウリッツ辺境伯が急激に台頭しつつあるのを知っているか? 辺境伯領軍の増強が顕著だ。王城ではこれを反乱の動きととらえている」
「は、反乱? まさか?」
俺が世情に疎いのかもしれないが、そんな話は初めて聞いた。
突飛な話に俺は混乱したが、騎士トリスタンは構わず先を続ける。
「辺境伯は王国の有力貴族を取り込もうといま活発に動いている。アーマコスト伯爵家の馬車が襲われたのも、なにかしらの意図か警告の意味があるのかもしれない」
「どうしてそんな? 貴族の勢力争いは普通にあるとは思いますが……辺境伯領は北の防備の要ですよ? 隣国と接する彼らが武力蜂起するとはまったく想像できませんが……」
仮に辺境伯領軍が王都に侵攻して王軍と戦うことになれば、隣国の軍隊に背後を取られかねない。いくら辺境伯領軍が精強でも挟撃されれば、ただではすまない。
やはり、その線は考えにくい。
「たしかに貴君のいうとおりだ。だがな、辺境伯が隣国の南部軍と通じ合っていたとしたら、どうだ?」
「そ、それは……いくらなんでも荒唐無稽だと思いますが」
「単なる杞憂なら……それでいい……だがな、残念なことにありえないとも言い切れないのだ。近年、辺境伯領と隣国南部領との交易が活発になっている。不審な資金の流れも見つかっている。辺境伯周辺には不正蓄財の疑いがあるのだ。いま我々の特命班が内々に捜査を始めたところだ」
本当だろうか? にわかには信じがたい。
それに、交易といっても辺境伯領は農業主体の地域。
どうして交易で富を築けるのだろうか?
「彼の地にめぼしい特産物はないと聞いています。いったい何を売りさばいているというのですか?」
「それはわからない。彼らが王室に提出した帳簿には特に不審なところは見当たらなかった。帳簿外で、何か禁制品を輸出しているのではないか、というのが上層部の見立てだ」
禁制品? いったい何だろうか?
武器の類?
いや、もし辺境伯領軍が戦争準備を進めているとしたら、武器を輸出している余裕などない。
狩猟がさかんな辺境伯領では皮の生産もそれなりあるそうだが、やはり皮の防具なども輸出に回せるほど十分ではないだろう。
しばしば医術の目的外での使われる阿片芥子なども基本的には彼の地では採れない。
奇異なことだ。
だが、ふと――辺境伯領に広がる森林地帯のことが目に浮かんだ。
湖沼を抱えた広大なその一帯の名は『水の森』
そこにシルの姿が重なる。
いつかシルが浮かべた悲しげな表情が脳裏を過ぎった。
俺はハッとし、ある可能性に思い至る。
シルはむかし辺境伯領の『水の森』に住んでいた、と言っていた。いまは『風の森』で白精蘭を懸命に育てている。
シルが育てている白精蘭は、元々、水の森から持ち込んだものではないか?
だとしたら、水の森、辺境伯領に白精蘭が自生しているのだ。
禁制品とは――白精蘭から採れる精霊石のことか……。
「お、おい、ライナー君。どうした?」
小隊長トリスタンの心配そうな声で我に返った。
「い、いえ、すみません」
「だいじょうぶか? 急に心ここにあらずといった感じになったぞ」
「なんでもありません。少し考え事を……」
「そうか、とにかく、いま小官が話したことを気に留めておいてくれ。ライバック司令は君にも協力を頼むかもしれないと言っていた。そのときが来たら、ぜひ近衛騎士団に助力を頼む」
トリスタンの言葉に俺はまっすぐ「はい」と答えた。
どれほどの力になれるか分からないが、できる限り協力するつもりだ。
俺は「シル」と小声で呼んでみた。
いまは周りに人が多いためか、シルは何も言わない。
だが、シルはたしかに俺の肩にいる。ほんのわずかに彼女の重みを感じる。
故郷の森のことを語ったとき、シルは辛そうな表情を一瞬だけみせた。
天真爛漫な彼女には似合わないその表情が目に浮かぶ。
胸の奥がざわついた。




