第13話 森の騒乱 ~2~
俺の登場で護衛隊の負担は減った。
が、その分、野盗の攻撃が俺に集中してしまう。
長引かせるのはよくない。早めに決着をつけたい。
そう判断した俺は覚えたてのとっておきの技を使うことに――
「風魔法、幻影」
さっきシルに教わったばかりの姿隠しの風魔法。
風の流れを身に纏い、光を複雑に屈折させ、自身の像を歪ませる。
小さな精霊とは違い、完全に姿を消せるわけではない。
だが、位置を捉えにくくする効果は十分にある。
相手は俺への距離感が狂ったのか、途端に攻撃が大振りになった。
魔力を節約するため、片方の剣に風の魔力を、もう片方の剣に雷の魔力を軽く纏わせる。
「喰らえ、風雷魔法剣!」
これは物理攻撃に偏らせた二属性の魔法剣。
右からは驚速の突きを繰り出し、敵を刺す。左は斬り上げ斬り下げの連撃で敵を屠る。
敵の突進があれば、バックステップでかわす。
この動作の繰り返し。
敵の五、六人が瞬く間に崩れ落ちた。
けれど、順調に敵を削れていたので余裕が生まれためか、少しばかりスキができた。
投擲武器に気付くのが遅れる。予想もしなかった方向から飛んできた。
「カキン!」
投げナイフを辛うじて叩き落すことに成功。
だが、これを投げた敵が見当たらない。
「どこからだ?」
急いで敵を探っていると、後方から女の声があがった。
「ライナーさん! 上!」
だれだ? だれの声?
一瞬、シルの声かとも思ったが、ちがう。
シルとは違う別の女の声がまた響く。
「上、上の方です!」
よく通る女の声がそう繰り返される。
すばやく視線を上方に向けると、身を隠しながら木に張り付いた男を見つけた。
その男が躊躇なく飛び降りてくる。
俺は、その攻撃を半身になって躱しながら、袈裟懸けに斬り上げた。
「ぐはっ!」
強襲を試みた男はあっけなく絶命する。
少々危ういところだった。
賊の戦闘力が想像以上に高い。声をかけてもらって助かった。
だが、いまの声はだれだろう?
馬車の方をチラと見遣ると、小窓から貴族の令嬢らしき女が顔をのぞかせていた。
見覚えがあるような気もする。しかし、いまはそんなことを気にしている場合ではない。
それに事態はあまり思わしくない。
野盗の後衛陣から、熱の気配が生じる。
みれば、火炎の攻撃が繰り出されようとしていた。
火炎の魔法使いまでいたのか……
まずいな……。
昼休憩を挟んだとはいえ、魔力はほとんど回復していない。
かろうじて風の攻撃を一発分だけ繰り出せるかどうか、といったところだ。
しかし、迷っている時間はない。
俺は風の斬撃の構えをとる。
そのとき――
「ライナー! これあげる。受け取って!」
今度はまちがいなくシルの声だ。
姿は見えないが上空にいる。俺の頭上には電光を放つ黒雲が生じていた。
なるほど――
と、俺はシルのやろうとしていることが分かった。
俺に雷を渡すつもりらしい。
「わかったぞ!」
「じゃあ、いくよ~雷降ろし!!」
俺が剣を高く掲げたところで、ちょうど稲妻が宙を走った。
シルからもらった稲妻を剣の身にのせる。
そのまま――
「薙ぎ払え、風裂斬・閃」
双剣を大きく水平に薙ぐ。風撃と雷撃一体の魔法剣。
閃光をおびた風刃が賊一味に襲い掛かる。「ぎゃあぁぁああ」という悲鳴が当たり一面に広がった。
残りの敵も大半が脆くも倒れ伏す。
風の刃で断たれた傷からは血が流れる。
雷撃の浸食を受けたところは焼け焦げた。
嫌な感じの臭いが漂う。清涼な森の透明な空気にまったく似つかわしくなかった。
「護衛隊、前へ。一気に殲滅しろ」
手傷を負った敵の掃討は護衛隊に任せる。
俺は、最も後陣側にいて難を免れた敵の魔法使いを最優先目標に襲い掛かる。
火炎の魔法使いは防御の手立てをなんら持ち合わせていない。
あっけなく剣の露と消えた。
賊の生き残りはわずか数名。
そして、これ以上の抵抗は困難と悟ったのか、残党は四方に散りながら逃走を始める。
鮮やかな引き際だ。
護衛隊が残党を追おうとするが、俺はそれを制止する。
「やめろ、深追いするな。いまは要人の安全が優先だ」
「承知した、ライナー殿。皆の者、周囲を警戒しろ。負傷者の救護を!」
護衛隊の責任者が慌ただしく指示を飛ばす。
こうして森の街道での戦闘は一応終結した。
「シル、シル! 終わったぞ。どこだ? 怪我ないか?」
風精霊に呼びかけるが、まったく返事がない。
どうも付近にはいないようだ。
あいつ、どこへ行ってしまったんだ?
まったく心配ばかりかける。
シルのことも心配だったが、まず要人の無事を確かめるのが先決。
馬車の中を覗きこもうとしたのだが――
「ライナーさん、危ないところを助けていただきありがとう」
扉が開き、なかから妙齢の美女がでてきた。
ぱっとみたところ、年の頃は俺と同じか少し上くらいだと思う。
彼女が馬車を降りるとき、赤寄りの長い金髪がフワッと揺れた。




