第12話 森の騒乱 ~1~
訓練は昼で切り上げ。
シルと一緒に王都の屋敷に戻る予定。
だが、その前に二人して花畑を回り、白精蘭を探す。
「この花の株はどうだ?」
「だめ、精霊石は入っていない」
「割ってもいないのにどうして分かるのだ?」
「特別な波を感じるの。精霊の特技よ!」
「そうか、なかなか難しいものだな」
「まあ、波が分からなくても、花をみればだいたい見当がつくようになるわ。もっと強い輝きを放っている花を探して」
「ああ、わかった」
白精蘭はところどころに咲いている。見つけるのはそれほど難しくない。
しかし、どの白精蘭にも必ず精霊石があるというわけではなかった。
精霊石が希少なのも頷ける。
「これとこれがいいわね。ライナー、丁寧に引っこ抜いてみて」
「ああ、承知した」
シルが選んだ二つの株を掘り出す。
土を除いて割ってみると、それぞれの中から淡く薄い水色の光をたたえる大きめの結晶が姿を現した。
「これが精霊石……」
初めて間近でみたような気がする。
神秘的で美しいと感じる反面、これが魔力を爆発的に増幅させる触媒かと思うと何だか空恐ろしい気もした。
「シル、本当に貰っていいのか?」
「うん、いいよ。あと何粒かいる?」
「いや、これくらいの大きさならたぶんこの二つで十分だろう。すまない、ありがとう」
シルはにっこりすると、崩れた球根を手に取り、自分の魔力を込め始めた。
そして、土の中にそっと埋め戻す。
こうすれば、傷ついた球根もしばらくすれば元に戻り、また芽吹いてくるらしい。手慣れたものだ。
そういえば、ここにある白精蘭はシルが育てたものだと昨日聞いた。
「お前はいつもこんなことをしているのか?」
「うん、まあね。この泉の周りはね、水の力、大地の力、風の力がうまく溶け合ってる。白精蘭を育てるのにちょうどいいの。ときどき株分けをしたりして、ここまでいっしょけんめい増やしたのよ」
「へぇ、がんばったんだな」
「まあね、ふふ……」
ちなみに、シルはこのあたり一帯に幻惑の魔法をかけていると言っていた。
普通、人間はこの泉にたどり着くことができないのだそうだ。
だが、その幻惑が俺には効かなかった。
最初に俺がここを訪れたとき、シルはかなり驚き、警戒もしたらしい。
そんな話を聞きながら、後片付けを手伝っていたところ――
「ん? なにか変ではないか?」
あたりが急に騒がしくなったような気がする。
何事だろうと見渡してみると、鳥や蝶がせわしなく動き回っている。
シルに何か伝えているようにも見えた。
「生き物がどうも騒がしい」
「う、うん、よくわからないけど、北に続く森の街道でなにかあったみたい」
このあたりには危険な野獣などはいないはず。
往来の馬車が事故でも起こしたのか?
それとも――
「シル、とにかく行ってみよう」
「うん!」
俺は愛馬アンバーを口笛で呼び寄せると、すばやく乗って駆けだした。
シルは俺の肩にちょこんと座っている。
しばらく森の街道を駆けると、人の争う声が聞こえてきた。
さらに近づくと微かだが血の匂いも漂ってきた。
「あそこだ!」
馬車が見えた。
側面に描かれた紋章に見覚えがあるのだが、思い出せない。
どこかの上級貴族のものなのは確かだ。
まずいな……貴族の馬車が襲われている。
護衛隊らしき者たち五、六名が野盗と交戦していた。
何名かはすでに傷を負っている。
野盗の方がずっと数が多い。ざっと三十名。
護衛隊側が圧倒的に劣勢だ。
「アンバー、がんばれ、全速だ。シルは姿を消せ!」
「もう消してるわ!」
さすが、高位の精霊。如才ない。
「ライナー、もしかして戦うつもり?」
「ああ、俺は騎士爵家の男。見捨てるわけにはいかない」
「で、でも、もうほとんど魔力が残っていないのよ? 忘れたの?」
「ふッ、見損なうな。天才的と讃えられた剣技をお前にも見せてやる。魔法など使わなくてもやれるさ」
多少、無謀だと思わなくもない。
が、こういうときは大見得を切るに限る。
負けるかもしれないと少しでも思えば、本当に負けてしまうのだ。
「で、でも……」
「いいから、シルは隠れてろ!」
俺は馬を敵の集団に無理やり割り込ませながら、双剣を振るう。
勢いにまかせて手近な野盗を一人、二人となぎ倒した。
突然現れた馬上の俺を見て、野盗と、それに対峙していた護衛隊の者たちが驚く。
「我は、ライナー・ライバック。義によってそなたたちに加勢する」
護衛隊の責任者らしき男が口を開いた。
「貴殿はもしや、北部方面隊司令ライバック殿のご子息か」
「そうだ」
「あ、ありがたい。お噂はかねがね。我らはアーマコスト伯爵家の私設護衛隊。これで助かった」
「気を抜くのはまだ早いぞ。健在の者は後衛について要人を守れ。負傷者は下がっていろ」
「あいすまない」
俺は馬を飛び降り、振り向きざま、斬りかかってきた野盗を薙いだ。
これで三人。俺の登場で野盗側の足並みが大きく乱れた。
が、敵の陣形はすぐさま整えられる。
奴らの恰好は賊そのものだが、なんだか違和感がある。
統制が取れているし、剣さばきがずいぶんと洗練されている。
訓練を積んだ者の動きだ。
「ライナー!」
どこにいるのか分からないが、シルがめずらしく大きな声をあげた。
「シル、出てくるな。離れていろ!」
が、シルの様子がなんだかおかしい。
姿は消しているのに、怒りの感情が伝わってくる感じがした。
「よくも……間違いない……この混ぜ物みたいな気持ち悪い色、わたしは覚えてる……この人間たち……よくもわたしたちの……」
シルが突然声を荒らげる。
明るく純真な普段の様子とはまるで異なり、激しく興奮しているようだ。
風の斬撃を飛ばし始めた。
「お、おい、どうしたんだ、シル?」
シルがなぜ怒りを撒き散らしているのか分からない。
だが、見えないまま飛び回られたら危ない。味方撃ちになってしまう。
「シル、落ち着け。俺に任せろ、下がるんだ」
「わ、わかったわ。ごめん」
どうにかシルを落ち着かせることに成功した俺は、最前衛に躍り出て、野盗と対峙する。
少々、やっかいな相手だ。
こいつらはただの物取りではない。
少しばかり嫌な汗が首筋を伝った。




