第11話 雷撃魔法
翌日。
シルはいつもの場所で朝から俺の訓練につきあってくれていた。
俺はといえば、慣れない雷魔法を撃ちまくっているので、すでに疲労困憊だ。魔力枯渇が近い。
「ハァハァハァハァ……」
「ライナー、息が上がってるけど大丈夫?」
「問題ない、だいじょうぶだ」
「人間は自然から魔素を取り込めない。休憩しないと体内の分は減っていくばかりよ!?」
「いや、まだいける。あと数発分は撃てる。魔力が尽きるまで続けるぞ」
木片で作られた標的をシルが魔法で操る。その標的が空を自在に走った。
軽い斬撃を加えながら、けん制し、標的の動きを遮る。
もう少しだ……。
ついに標的を有効射程に捉えた。俺は残り少ない魔力を練る。
左右の剣に風の魔力をのせながら――
「風裂斬・並!」
上段に構えた剣を一気に斬り下げた。
二筋の風の刃が猛然と標的に向かう。
直撃するかと思われたが、直前でひらりと――
「か、かわされた!」
そして、標的はこちらに真っすぐ突っ込んでくる。
だが、俺は、剣に纏わせておいた雷をのせ、捻りこみながら鋭い突きで放つ。
新しい雷撃の魔法剣。
これで最後だ。
「雷過流!」
空間に雷撃の渦が走る。
高速で向かってきた標的は、バチバチと放電する雷撃の渦に飲み込まれ、あっけなく焼け落ちた。あたりに木質の焼け焦げた匂いが漂う。
「ど、どうだ。やったぞ」
「まあまあね。わりと頑張ったんじゃない?」
「はぁ、シル先生は相変わらず厳しいな……」
ずいぶんと辛目の採点だ。
俺は息を整えながら、目に入りそうになった汗をぬぐう。
久しぶりに体が心地よい疲労感に包まれていた。
「だが、まあ、やりきった。今日はもう撃てそうにない……」
「そうね、ちょうどいいわ。休憩にしましょう」
俺たちは、昨日と同じ泉の畔に陣取って弁当を広げた。
「あら、今日のお弁当はとっても普通なのね」
「そ、そうだな……」
実は今朝、エリスから弁当の包みを受け取った。
そのとき、数本の赤い花が紛れているに気が付いた。
その花にどんな意味があるのかまったく分からない。
だが、シルを挑発するものであることは、ほぼほぼ間違いなかった。
もうこれ以上、女の揉め事に巻き込まれるのは御免。
だから、悪いとは思ったがエリスの花は取り除かせてもらった。俺は修行に集中したいのだ。
それにしても、このいたずらな精霊に一言、文句をいってやりたい。
「しかし、お前なぁー、ややこしいことをしてくれたな。わざとだろう?」
「あら、何のこと? わたしはお土産にちょうどいい花を詰めただけよ」
「はぁー勘弁してくれよ……お前だって存在を公にしたくはないのだろう?」
「あら、いつわたしがそんなこと言ったの? わたしは別にコソコソ隠れているわけではないのよ。ただこの場所を知られたくないだけ。エリスさんのところへご挨拶しに行きましょうか?」
怖いことを無邪気に言い放つ風精霊に頭が痛くなった。
「それはぜひともやめてくれ」
それにしても――
俺は愛用の剣をみて、ため息がこぼれる。
「困ったな……決して安物ではないのだが……」
雷撃の練習を何回か繰り返しているうちに、刃線の部分がボロボロに欠けてしまった。
強力な雷電の伝搬に耐えられなかったらしい。
ここまで刃こぼれしてしまうと研ぎなおすのも難しい。
けっこう気に入っていた剣だったので残念だ。
屋敷に予備はあっただろうか……。
「ねえ、ライナー。剣はちゃんと選んだほうがいいと思うの。雷魔法との相性もある。いい金鉄じゃないと、またすぐボロボロになるよ。どうせなら、真銀鋼をお勧めするわ」
「真銀鋼の剣か……」
あれは高価だ。とても手が出ない。
見習いがてら、父の執務を手伝ってはいるが、それで得られる報酬は微々たるもの。
いまの俺に自由に使えるお金はあまりない。
「あのね、ライナー。精霊石を一つか二つ分けてあげようか?」
俺が金策に困っているのを見かねたのか、シルが思いがけない提案をしてきた。
精霊石は、白精蘭の球根に含まれることがある希少な石。
たしか、少量であれば、王室の許可がなくても個人での売買は可能だったはずだ。
大き目の結晶が二つもあれば、真銀鋼の剣を購入してもたぶんお釣りがくる。
だが、しかし――
「そんな貴重なものは貰えない。白精蘭は精霊にとって大切なものなのだろう?」
「それはそうなんだけどね……。株分けしてだいぶ増えてきたから、多少ならいいわよ」
「いや……だがな……そんなに高価なものを譲ってもらっても俺には……」
返せるものが何もない。
シルには失意の底にいた俺を立ち直らせてくれた大きな恩がある。
その恩もまったく返せていない。さらにいまもこうして彼女には世話になりっぱなしだ。
「じゅあ、こういうのはどう? 明日一日、わたしを楽しませてくれる?」
「あ、ああ、一日付き合うくらいどうということはないが……なにをすればいいのだ?」
「わたし、王都の街をゆっくり見物してみたい。ときどき覗きに行くんだけど、まだ見てないところもたくさんあるの。案内してくれる?」
そういうことはあまり得意でないが、シルが喜んでくれるならお安い御用。
「そんなことでいいなら、任せてくれ」
「本当、いいの?」
「もちろんだ」
俺はそう答え、シルの望みを快く引き受けた。
ただ、彼女はまだ何かいいたそうにしている。
「どうしたのだ、シル? まだ望みがあるなら遠慮なく言ってくれ。対価にはまだ全然足りていない。俺にできることならなんでも協力するぞ」
「ううん、別の望みというか……えっとね……ここから王都までけっこう離れているでしょ? 向こうに着くまでにちょっと時間がかかると思うの……だから……その……」
察するに、明日はなるべくたくさんの時間がほしい、ということらしい。
俺の屋敷からなら、すぐに街の中心部まで行ける。この森に寄ってから街に向かうよりもずっと早い。
「ならば、今日はうちに来るか? 姿を消したほうがいいかもしれないが、少しの間ならべつに不自由もないだろう?」
「えっ? いいの?」
「ああ」
俺が強く頷くと、シルの顔がはじけるように明るくなった。
「ただな、屋敷のメイドたちと揉め事を起こすのはやめてくれよ」
「わ、わかったわよ」
釘を刺されるように諭されたのが気に食わないのか、シルはほんの少しだけ頬を膨らませ、上目遣いでこちらを見ていた。
 




