第1話 ライナーの憂鬱
この国に生まれた少年なら、きっとだれもが憧れる。
近衛騎士
王国のなかでも選りすぐりの最精鋭
王を守護する最後の盾。
俺「ライナー」も幼い頃からずっと近衛騎士になることを夢見て、鍛錬を積んできた。騎士爵の家に生まれ、近衛騎士である父の背中を見て育ったのだから、当然といえば当然かもしれない。
ちなみに俺は剣使いだ。
風属性の魔法も操れる剣士だから、風の魔法剣士と名乗ってもいいだろう。
余所の国のことはよく知らないが、この王国では剣と魔法の両方の素質を持つ者はそれほど多くない。だから、この点ではたしかに自分は恵まれていたのだ。
だが、俺は……
不甲斐ない今の自分が……たまらなく嫌だ。
憂鬱な気分に浸りながら、屋敷の廊下を進む。
執務室の前で止まり、フウッと一つため息を吐いた。
多少の緊張を押し込めて、目の前のドアを「トントントン」と叩く。
「うむ、いいぞ、入れ」
部屋の奥から父の声が響いた。
「ライナーです。ただいま参りました」
「おお、来たか。まあ、立ち話もなんだ。そこに座れ」
開口一番、叱責されるかもしれないと構えていた。
が、父からは案外優し気な口調で椅子をすすめられる。
俺はなぜ自分が呼び出されたのか、だいたい分かっていた。
聞かなくても話の内容は察しがつく。またいつもの件だろう。
それでも、いちおうは形だけでも……と尋ねてみる。
「――父上、何か御用でしょうか?」
王国近衛騎士団の要職に就く俺の父、ラインハート・ライバック卿は、公務や何やらで割と忙しい。こうして対面するのはたしか、二、三日ぶりのはず。
普段は登城しているので、王都の片隅に立つこの屋敷のなかで執務するのは珍しい。
「うむ、前置きはなしにしよう……次回の選考競技会が半年後に迫っておる。出場申し込みの締め切りも近い。どうだ? まだ、踏ん切りがつかないか?」
父のいう選考競技会とは、年に一度、この王都で開催される勝ち残り方式の武技を競う大会のことだ。近衛騎士団への入団試験の役割を兼ねている。
十八歳未満の若年者が対象で、家柄などで参加が制限されることはない。
純粋な実力勝負だ。
「どうした、ライナー? なぜ黙っている。何か答えぬか? お前も、あきらめたわけではなかろう?」
父のいうとおり、まだあきらめたわけではない。
近衛騎士になることは自分の夢。
俺が十八歳の成人を迎えるのは半年以上先なので、次の競技会には出ることができる。
だが、しかし――
先の競技会では大した成績も残せず、惨めに敗北。不合格となった。
近衛騎士団で高みを目指して研鑽を積むどころか、見習いとして入団することさえ叶わなかった。はじめの一歩で躓いた。
要するに、俺は落ちこぼれ、騎士爵家の恥さらし。
いまのまま出場しても、前回の繰り返し。
不合格の予感しかない。
そうすれば、またいい笑い者だ。
出なければ、合格を手にすることはできないが……少なくとも嘲笑を浴びることはない。
無理をせず、より門戸の広い王国軍兵士に志願する道もある。
そこで地道に功績をあげれば、近衛騎士団への転属希望も出せると聞く。
あぁ、だめだ……。
浮かんでくるのは、後ろ向きの考えばかり。
「どうしたら勝てるのか、分かりません」
我ながら情けない言葉に父が珍しく不快感を露わにした。
やや声を大きくする父。
「いいか、ライナー。おまえの剣技は天才的。これは決して身贔屓ではないぞ。剣技だけを比べるなら、指揮官クラスにもまったく引けをとっていない」
「そうでしょうか……」
「たった一度の敗北をいつまでも引きずるべきでない。おまえに足りないのは自信だ。もっと自信を持て」
自信……か。
そんなことを言われても困る。
その自信がもろくも崩れ去ってしまったから、こんなにも迷走しているのだ。
が、父に反論しても意味がない。
だから――
「はっ、善処いたします。自主鍛錬がありますので、これにて」
「お、おい、待て! 話はまだ――」
無礼なのは重々承知だが、逃げることにした。
一礼したあと、そそくさと執務室をあとにする――呼び止める父の言葉を耳に入れないようにしながら。
父の励ましはありがたい。
だが、正直なところ鬱陶しくもあった。
いくら剣技が優秀でも、それだけではいまひとつ足りない。
俺はそのことをあの対戦で思い知った。
魔法の腕が剣技に追いついていない……。
あるいは、俺の魔法はこれがもう限界か……とも思う。
平凡な相手なら魔法に頼らなくても剣技だけで十分勝てる。
だが、ヤツのような相手には、俺の中途半端な魔法剣は通用しない。
どうしたらいい?
どうすれば、もっと強くなれる?
王の盾になるにはあと何が必要だ?
解決の糸口が見えず、完全に行き詰ってしまった。
自室にたどり着いた俺は、壁に掛けてある二振りの剣を半ば反射的に手に取る。
そして、鬱屈した感情を無理やり飲み込みながら、馬房へ向かった。
強くなりたい。
だれにも負けたくない。
みじめな自分でいたくない。
そんな思いが心の中で巡る。
柵に繋がれた愛馬が前脚で地面をかく。
「そんなに早く出たいのか……まぁ、慌てるな」
俺はそう声を掛けながら愛馬の背をそっとさすってみた。
「はは、お前はいつも涼し気な瞳をしてるな。悩みなんてないというような顔だ。うらやましいぞ……」
愛馬は俺の鬱屈した気持ちなど、もちろん知るはずもない。
いつものとおり元気に嘶いた。
そして、さっさと出発しようと首を振って催促する。
「わかった、わかった。さあ、いこう」
美しい栗毛の背に飛び乗り、俺は屋敷から飛び出した。
この心のモヤモヤが消えてくれないだろうか……。
脇に流れていく景色をぼんやりと感じながら、そんなふうに願うのだった。