第111話 病室でのふたり
ボリスは、俺に近づいて、耳元でささやいた。
「(おい、アレク。しっかりナターシャさんに謝っておけよ。お前が倒れた時から、顔面蒼白になっちゃって心配で震えていて、昨日から看病を続けてほとんど寝てないんだからな)」
「(おう、しっかりお礼を言っておく。ありがとうな、ボリス。ナターシャを最後まで守ってくれて……)」
ボリスから聞いたナターシャの様子を聞いて胸が痛む。ナターシャは、俺が目を覚ましたからか、安心して泣きそうだった。
「じゃあ、俺はここで……」
ボリスは部屋を後にする。かなり気を使ってもらったな。今度、食事でも奢ろう。
部屋には俺たちだけが取り残される。
ナターシャは法衣のスカートを握りしめて、無言で震えている。月明りだけが頼りの病室で俺たちは、無言の時間を過ごす。
ナターシャにこんな姿をさせてしまった自分が、どうしようもなく情けなかった。
※
「看病ありがとうな、ナターシャ。心配かけてごめんな。でも、ケガがなくて本当に良かった。それだけは、本当に良かったよ」
俺は、後輩に誠意をこめてお礼を言う。
「お礼を言うのは、私ですよ。私たちを守るために、ケガをさせてしまってごめんなさい。今回のクエストで、私は本当に役に立たなかったですよね。先輩とボリスさんに守ってもらってばかりでした。挙句に、先輩には大きなケガをさせてしまって…… 情けないです。目標のエレンたちにも逃げられてしまいました。それも私の責任です」
ナターシャの顔はうつむいている。たぶん、自分の目元を見せないためだ。月明りによって、彼女目元の涙が反射している。
「そんなことないだろ! ナターシャの索敵がなければ、俺たちは大苦戦していたはずだし……」
「違いますよ。だって、センパイなら私と同じくらいの芸当はできていたはずです」
ナターシャの頭は左右に揺れる。
こいつはいつも肝心なところで、真面目なんだよな。いつもは砕けた態度で、親しみやすいのに…… 根っこのところでは、責任感強くて、頑固で、意地っ張り。
まだ、20歳の女の子なんだよ。ナターシャの本質は……
努力でいろんなものをカバーしているけど、それは知識という鎧を身につけているだけで……
本当は、優しくて、心配性なひとつだけ年下の女の子。
「何回も言っているけど、ナターシャがいなければ、俺はニコライに裏切られた時に全部、終わってた。それを支えてくれたのは、ナターシャなんだよ。俺はお前が近くにいなきゃ、俺はダメなんだよ? だから、ずっと近くでいてくれ。自分が足手まといなんて、悲しいことを言わないでくれよ」
「先輩――」
「それに、今回の件は俺のミスもあるんだよ。ブオナパルテの拘束が甘かったし、魔力地雷を体に仕込んでいるくらいの可能性を考慮するべきだった。だから、そんなに自分を責めるな。俺は、笑っているナターシャの方が好きなんだ。いつものように、俺をからかって笑ってるナターシャが見たいんだよ!」
「本当ですか?」
「ああ、本当だ! だから、無理するな。俺が悲しくて泣いていた時、お前言ったよな。今日は、たくさん泣けって! ナターシャも遠慮するなよ。俺は、お前の先輩なんだから。後輩が泣きたい時に、励ましてやる甲斐性くらいは持っているつもりだ」
ナターシャは、俺の背中に手を回す。顔は、俺の胸に押し付けている。胸が少しずつ熱くなっていく。
やっと、我慢しなくなったな……
「ありがとう、ございます! 先輩、無事でよかった。私のせいで、また大事な人が、あの男に殺されちゃうかもって思ったら、すごく怖くなったんです。カレーニナさんみたいに、少しずつ冷たくなったらどうしようって、怖くて、怖くて―― でも、先輩は私のところに帰ってきてくれた。それがすごく嬉しかったんです。嬉しかったんですけど、やっぱり自分が情けなくて…… A級冒険者と言われても、結局、私はみんなの補助しかできない。助けてもらうことしかできない。親友の仇が目の前にいても、先輩に戦ってもらうことしかできない。自分じゃ、何もできない!! あなたに、守ってもらうことしかできない自分が嫌なんです」
ナターシャは、感情が爆発しながら、俺の胸で震えている。
「強くなりたい」
彼女は、そう言って泣いていた。
俺の両手は、ナターシャを抱きしめようとして止まっていた。
俺の手は、彼女の背中ではなく、頭に向かう。
彼女の美しい髪に手が触れる。こんなか弱い体で、頑張ってきたんだな。すごいよ、ナターシャは……
頑張らなくていい。俺がお前を守るから。
一瞬、ナターシャの努力を否定する言葉を口にしそうになった。だが、これは俺たち冒険者同士という関係では言ってはいけない言葉だ。
だからこそ、俺はこう言わなくちゃいけない。
「一緒に頑張ろう。俺とナターシャなら、どこまでもいけるよ」
俺たちは最初の夜とは、立場を変えて一緒に泣いた。今回は、ナターシャが先に泣きつかれて寝てしまった……
俺は病室の予備の毛布をナターシャにかけて、再び眠りにつく。
ふたりで見る月は、いつも綺麗だった。
ついに250万PVを突破しました。
いつも本当にありがとうございます!
また、明日も更新予定です!!楽しんでもらえると嬉しいです!




