第9話 決戦!デスベアー
「ふぅ、いっぱい取れましたね」
「ああ、でも毒キノコみたいなものもあるけど、いいのか?」
「そのキノコは、特殊な加工をすれば、薬になるキノコなんですよ。麻酔薬に使われていたりするので、医療用ですね」
「おまえ、資格とか、本当に大丈夫だよな?」
「あたりまえじゃないですか~ こう見えても、A級神官ですよ~ B級以上の神官職は、無試験で医師免許もらえるのは常識じゃないですか~」
「俺から見れば、マッドサイエンティストに見えるけどな」
「え~、そんなこと言ってると、媚薬作って先輩に盛っちゃいますよ~」
「ひぃ」
「冗談ですよ。さすがの、私でもそんな薄い本みたいなことはしませんから、安心してください」
「薄い本ってなに?」
「あー 一般人は知らなくていいことです」
「なんだよ、その長い間は――って、あれ?」
「どうしました?」
「いや、なんか悲鳴みたいな声聞こえなかったか――」
「えっ、ホントだ。向こうの方です。行ってみましょう」
俺たちは、茂みの奥に入る。そこには、ふたりの子供がいた。男の子と女の子。男の子の方は、腹部からかなりの出血がある。早く手当てをしなくてはまずい。
「おい、どうした」
俺が慌てて、子どもに近づこうとするとナターシャの細い手に遮られた。
「待ってください、先輩。あっちの茂みに、大きな魔物が……」
ナターシャがそう言うと、茂みからは巨大なクマ型のモンスターが現れた。
「あれは、デスベアー。B級クラスの魔物じゃないか」
「もしかしたら、子どもたちは知らず知らずのうちにあいつのテリトリーに迷い込んで襲われちゃったのかもしれませんね」
「じゃあ、あの傷は…… くそッ、ナターシャは子供たちの手当てを頼む」
「もしかして、先輩…… ひとりで戦うつもりですか? デスベアーは腕力がすごく強いんですよ。A級の戦士でも一撃を喰らえば、ひとたまりもありません。いくら先輩でも、危険すぎます」
「安心しろ。伊達に、S級やってないから、さ」
そう言って、俺は後輩が止めるのを振り切って、デスベアーに切り込んだ。
「もう、先輩はっ。言うこと聞かないんだから」
ナターシャも加勢はあきらめて、子どもたちの保護に動く。これで一安心だ。少なくとも、治癒魔法であいつに敵う奴なんて、この世界にはほとんどいないのだから。
「ぎゃあああおおうす」
クマが俺の突進に気がついたのか、威嚇の咆哮をあげた。だが、この程度の威嚇なんて、魔王軍の幹部クラーケンのそれと比べたら、ヒーリング音楽だ。
本来ならば、デスベアーは遠距離から魔法攻撃で対処することが定跡。だが、魔法攻撃をするにはもう、距離を詰められすぎている。ならば、一撃で強烈な物理攻撃を決めて、敵を処理するしかない。
俺は全力で剣を振るう。
生物の急所である眉間に、突き立てられた刃は鈍い音をして弾かれた。
「なんていう、石頭だよ、こいつ」
デスベアーは、額から青い血を流しながらも、抵抗を続けた。空気を切る音が周囲に響く。
「あぶねぇ、かすった」
鎧の肩当てが粉々に砕け散っていた。伝説の防具ではないが、市販品でも最高級の鎧の一部がこうもあっさり砕け散るとか…… どんな怪力だよ。本当にパワーだけなら、魔王軍の幹部に匹敵する。
そして、先ほどの攻撃で分かった。俺レベルでも普通の物理攻撃では異常に発達した筋肉と骨によって簡単に防がれてしまうということが。この事実から察するに、接近するのは本当にリスクが高い。
だからこその魔法攻撃なんだが、それは詠唱時間の問題で、この距離では無理だ。
なら、どうするか。
方法はひとつしかない。
俺の剣に、魔力をこめる。魔法戦士と勇者だけが使える魔法剣というスキルだ。これなら、物理攻撃と魔法攻撃の中間にあるものなので、おそらくあの怪物にもダメージが通るはずだ。
「ニコライと一緒に特訓した技が、こんなところで役に立つとはな」
火炎斬。
剣に魔力をこめることで、周囲の空気を巻き込んで、火炎を引き起こす魔法剣だ。本来なら、炎と剣によってダブルのダメージを与えるところだが、俺たちの技にはもうひとつ工夫があった。
「先輩、危ないっ」
ナターシャが叫んだ。デスベアーは猛烈な突進で、俺の首元に爪を突き立ててくる。
(狙い通りっ!)
俺の剣技の本質はカウンター。世界屈指の剣の使い手である勇者ニコライ、戦士ボリスとまともに戦っても勝てない弱者だった俺が考えたのはただひとつ――
最も無防備になる相手の攻撃の後を狙うこと。
デスベアーの拳をかわす。攻撃に失敗した奴はバランスを崩した。
そして、俺は、もう一度あいつの額に向かって剣を振り下ろす。
だが、鈍い音とともに、剣はまたもや弾かれた。
デスベアーは俺に野生の本性を見せる。
あいつは勝ちを確信している。だが、剣は陽動だ。
(弾かれることも、また、狙い通り)
俺たちの火炎斬は、隙をみせぬ二段構え。
たとえ、弾かれたり、防がれたりしても、もう一つの狙いがある。
「そもそも、剣の達人同士の決闘は、たいていの攻撃は弾かれる。だから、弾かれた後にどうするかが大事なんだよ」だったな、ニコライ?
俺は変わってしまった旧友のことを考えながら、デスベアーをにらみつけた。そろそろ、時間だ。俺がにらみつけると、デスベアーの体は突如、炎に包まれて、怪物は苦しみながら、地に伏していく。
「どうして――先輩の剣は防がれたはずなのに…… なにが起きたのか、まるでわからないわ。これが世界で20人しか存在しないS級冒険者の本気ということ?」
ナターシャがいつもの口調を崩して、驚いていた。
本日の更新はこれで終わりにする予定です。また明日もよろしくお願いしますm(__)m




