悪役令嬢の執事様 2/3
王城にある中庭、花が咲き乱れる庭園の一角にお茶会の席がセッティングされている。
美しい彫刻が施されたその席に座るのは、この国の王であるセオドア王とアデル王妃。そしてその向かいは、ソフィアお嬢様と――俺が席に着いている。
今日の俺は執事ではなく、招待された客としてここにいる。
……ただの執事、原作乙女ゲームのモブとして悪役令嬢と共に処刑されるだけだったはずの俺が、この国を支える王族と同じ席に着いている。
一体どうしてこうなったのか……と、考えると感慨深い。
だが、いまは思い出に浸るよりも、目の前の問題に対処するのが先だろう。
今日、俺達がここに呼ばれたのはなにも、お茶を楽しむためではない。非公式にあったアデル王妃からの申し出、彼女が持つ爵位の譲渡を断った理由を問うためだろう。
それでも、核心には誰も触れない。
当たり障りのないやりとりが続く中、セオドア王が口を開いた。
「このクレープというお菓子はシリルが考案したそうだな。最初は味気ない見た目だと思ったが、トッピング次第で様々な形へと変わるというのは実に面白い」
「わたくしもそう思いますわ。ただ、わたくしは、この組み合わせよりも、こちらのトッピングの方が好みですわね。さきほどの組み合わせは甘すぎます」
「そうですわね。このクレープは、自分好みのトッピングを自分の意思で選べるという点が素晴らしいとわたくしは思っておりますわ」
セオドア王の言葉にアデル王妃が相槌を打ち、それにソフィアお嬢様が答える。
さきほどから迂遠なやりとりが続いている。
だが、それも無理はないだろう。
ソフィアお嬢様の父、グレイブ様に指摘されたように、たしかに俺達はやりすぎた。過ちを犯した王子の名誉を回復し、死神に捕らわれていた王族の娘を救い出した。
その上、他国の王侯貴族を苦しめる難病を治療する魔導具まで生み出したのだ。
決して無下に扱える存在ではなくなっている。我らの申し出を断るとはどういうことだ――と、高圧的な態度に出れば、周囲から手痛い反撃を食うことになる。
だが、それは俺達が上位に立ったという意味では決してない。
調子に乗って彼らを敵に回せば俺達も無視できないほどの痛手を負う。最悪は、原作乙女ゲームのラストのように破滅することになるだろう。
ゆえに、どちらも慎重にならざるを得ない。
お茶会は表面上は差し障りなく、けれど水面下では腹の探り合いがおこなわれていた。
たとえば、さきほどのセオドア王のセリフにあった、『最初は味気ない見た目だと思ったが、トッピング次第で様々な形へと変わるというのは実に面白い』という部分。
一介の執事だった俺が、アデル王妃が譲渡しようとした爵位や、その他名誉貴族を与えるという話をことごとく辞退して、グレイブ様より爵位を受け取ったことを言っている。
だから当然、そこに続くアデル王妃の言葉もそれに掛かっている。彼女の言葉は、『貴方が選んだ選択よりも、わたくしが選んだ選択の方が好ましかった』という意味になる。
それに対し、自分のことは自分で選ぶのが幸せだと言ってのけた。ソフィアお嬢様はまるで、地雷原で優雅にダンスを踊っているかのようだ。
そして、お嬢様が突き進むなら、その道を切り開くのは俺の役目である。
「――好みは人の数だけございます」
俺が口を開いた瞬間、その場には更なる緊張感が走った。
本来であれば、一介の執事が会話に割って入ることは許されない。だけどいまは客人として、そしてグレイブ様から譲渡された爵位を持つ貴族としてここにいる。
俺はそれが持つ意味を考えながら話を続けた。
「多くの人によって様々な組み合わせが生み出され、クレープはこれからも発展していくこととなるでしょう。ですが、こういうのは案外、最初に食べた味が忘れられないものとなるのですよ」
発展するのが国を指しているのか、ローゼンベルク侯爵家に限った話なのか、それらを曖昧にした。俺の発言は、彼らの発言と比べても迂遠なものだ。
グレイブ様より爵位を受け取ったのは、俺がソフィアお嬢様に仕える執事だったからに他ならない。だが、王族に叛意がある訳ではない。ローゼンベルク侯爵家だけが発展するか、それとも国共々発展するか、それは貴女達次第だ――と、そんな想いを込めたことば。
不遜だと受け取られてもしかたない。
事実、王族に仕える使用人の何人かは眉を跳ね上げた。
だけど――
「そういえば、このクレープのレシピはアルフォースが商人に提供したのだったな。……うむ、これからもクレープが国民に親しまれるよう、あやつにがんばってもらうとしよう」
セオドア王は表情を和らげる。
その言葉が、俺達との仲を取り持つだけなのか、この国を支える次なる王としてという意味を含むのかまでは分からない。でも、原作乙女ゲームの結末を考えると後者なのかも知れない。
どちらにせよ、セオドア王は一定の納得を示した。
あとは――とアデル王妃に視線を向けると、彼女は寂しげに笑っていた。
「ソフィアさん、わたくしはやはり自分が選んだトッピングを好ましいと思います。ですが、それを他人に強要することは出来ませんね」
「アデル王妃、ありがとう存じます。ですが――」
ソフィアお嬢様がルーシェに目配せをする。彼女はクレープの根元をソフィアお嬢様が選んだトッピング、そして上半分をアデル王妃が選んだトッピングで彩った。
「――このように、必ずしも相容れないものではないと思いませんか?」
ソフィアお嬢様が笑うと、アデル王妃は軽く目を見張った。それから静かに微笑む。
「クレープは奥が深いのですね。ソフィアさん、貴方の理念は素晴らしいわ。だから、またこうしてクレープの食べ方を教えてくださるかしら?」
「ええ、もちろんですわ」
ソフィアお嬢様が微笑みを浮かべる。
それは作られた笑みではなく、彼女が心から浮かべた微笑みだった。
その後、俺とソフィアお嬢様は中庭を後にした。そうして渡り廊下を歩いていると、決意を秘めた男の子の顔をしたアルフォース王子と出くわした。
それを見た俺は席を外す。
その後、しばらくして戻ってきたソフィアお嬢様が少しだけ申し訳なさそうな顔をしていた。アルフォース王子も、アリシアのように想いを伝えたのだろうか?
俺はなにも問わず、ソフィアお嬢様もなにも口にしない。
彼女は俺の肩に自分の肩をトンと押し当てて歩き始めた。
◆◆◆
アルフォースは落ち込んでいた。シリルが爵位を受けて貴族になり、ソフィアと婚約することになったという情報を耳に、いましかないとソフィアに想いを伝えて玉砕したからだ。
とはいえ、分かっていたことでもある。
ソフィアがシリルに想いを寄せていたのは明らかだったし、シリルがソフィア第一主義なのも見ていて明らかだった。出来れば結ばれて欲しいと思ってすらいた。
だが、ソフィアに想いを寄せていたのもまた事実。
だから、こうして落ち込んでいるのだ。とはいえ、いつまでも落ち込んではいられない。顔を上げたアルフォースはぱちんと自分の頬を叩いて学園に登校した。
そうして放課後になり、中庭に足を運んだアルフォースはアリシアと出くわした。彼女も同じように――いや、それ以上に落ち込んでいる。
(あぁそっか、彼女はシリルを好きだったんだ)
いわば、アリシアは自分と同じ想いを抱いている。それに気付いたアルフォースは「アリシアさんも二人のことを聞いたのですね」と話しかけた。
「アルフォース殿下。……はい、実は――」
そう前置きをしたアリシアから、親がシリルに婚約を打診して断られたことを打ち明けられた。
「そんなことがあったんですか。僕の場合は少し違いますが……」
アルフォースもまた、自分がソフィアに想いを寄せていたことや、両親が色々と行動していたことを打ち明ける。
実はかなりの機密情報。
後ろで聞いてしまったメリッサが顔を青くしているがそれはともかく。
「そうなんですか。それじゃ、私達、振られ仲間ですね!」
お嬢様!? と、背後にいたメリッサが声にならない悲鳴を上げるが、アルフォースは「たしかに、僕達、仲間ですね」と少しだけ笑顔を浮かべた。
そして――
「アルフォース殿下、もしよかったらこれからやけ食いに行きませんか?」
「やけ食い、ですか?」
「そうです。二人でお腹いっぱい甘い物を食べながら愚痴を言い合いましょう!」
メリッサが胃を押さえているが、それはともかく――
「いいですね。でも、何処に行くのですか? あまり、人には聞かせられない話ですよ」
「そうですね……城下町にオープンしたクレープ屋なんてどうですか?」
「なるほど、では行ってみましょう!」
意気投合する二人。
その後ろを、胃を押さえたメリッサや、苦笑いを浮かべた王族の護衛が追いかけていく。
その後、王族のいきなりの来訪でリベルトが経営するクレープ屋がパニックになったり、後日、その噂を聞いた客が押し寄せて店が大繁盛することになるのだが、それはまた別の話。