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執事様の大変な一日

 生徒会室にある、生徒会長の仕事部屋。

 俺こと、シリルは執務机の正面で直立していた。

 そして執務机の向こう側、窓辺から差し込む夕暮れの陽差しを受けた見た目は儚げな少女、フォル先輩は、俺の提出した報告書に視線を落としている。


 そこに記されているのは、部室棟関連で発生した金銭のやりとりを纏めたものだ。

 ちなみに、部室棟とは、生徒が自分の派閥の者達とお茶会を開いたりする建物が集まった区域のことを指している。そのため、敷地も広ければ、そこで動くお金も大きい。


 ついでに言えば、使用人コースの生徒が臨時で雇われることもあり、給金などが発生することも珍しくはない。それらを纏めた報告書なので、結構な数字が並んでいる。

 だが、フォル先輩は、それらの数字を見ても眉一つ動かさなかった。


 ……まぁ、一般人の振りをしていても、中身は王族。しかも原作攻略対象にして、スーパー執事、ついでに前世の俺の姉でもあるトリスタンの教え子。

 もしこれが驚くような数字だったとしても、顔に出したりはしないだろう。


「うん、よく纏まってる。さすがシリルね。正直、三日くらいは掛かると思ったんだけど、たった半日で仕上げてしまうとは思わなかったわ」

「……その割に、今日中に仕上げて欲しいと頼まれた気がするのですが?」


 眉を上げれば、フォル先輩は微笑んだ。

 金色の髪が夕日を浴びて煌めいている。その容姿は幻想的ですらあるけれど、付き合いがそれなりに長い俺は、彼女がなにか企んでいることに気付いた。


「なにを企んでいるのですか?」

「あら、ストレートに聞くなんて野暮なことをするわね。もちろん、後でのお楽しみよ。大丈夫、恩を仇で返したりはしないから」

「その代わり、茶目っ気で暗躍したりはするのですね?」

「あら、酷いことを言うわね」


 フォル先輩はそう言うけれど、その顔は笑っている。ついでに言えば、俺の言葉を少しも否定してもいない。やはりなにか企んでいるのだろう。

 まぁでも、彼女が本気で敵対すると思っているわけじゃない。たぶん、ちょっとしたイタズラかなにか、冗談ですますことが出来る話だろう。

 だから俺も、まぁいいですけどと肩をすくめた。


「それでは、私はこれで失礼いたしますね」

「あぁ、ごめんなさい。最後に部室棟のこの報告、確認したいから同行してくれるかしら?」

「かしこまりました」


 フォル先輩の頼みを聞き入れ、彼女の後を付いて廊下を歩く。

 学園の敷地内にある、部室棟が立ち並ぶ区画。その中でもひときわ大きな建物は、ソフィアお嬢様が使用しているローゼンベルク侯爵家が管理する建物だ。

 フォル先輩は、迷わずその建物に足を踏み入れた。


 建物を管理する使用人がいるが、フォル先輩が呼び止められることはなかった。俺はその理由を考えながら、フォル先輩の後に続く。

 彼女が足を止めたのは、ソフィアお嬢様が派閥の者達とのお茶会に使用している一室だ。フォル先輩が足を止め、その扉を開け放った。そこに広がっているのは見慣れた会場。――いまはお茶会の予定がないにもかかわらず、既に準備が整ったパーティーの会場だった。

 そして、その部屋の入り口にはソフィアお嬢様が待ち構えていた。


「シリル、誕生日おめでとう」


 ソフィアお嬢様の凜とした声が響く。


「あ、ありがとうございます」


 そうか……今日は、俺の誕生日か。

 最近忙しくしていたからすっかり忘れていた。


「シリルさん、誕生日おめでとう」

「おめでとう、シリル」


 アリシア、アルフォース殿下と生徒会のメンバーが続き、それぞれの使用人であり、俺と交流のある面々からもお祝いの言葉が投げかけられる。


「……ありがとうございます。しかし、驚きました。まさかこのような形でお祝いしていただけるとは思ってもいませんでしたので」


 思わず本音が零れ落ちた。でも、一介の使用人でしかない俺が、王族や貴族令嬢達に祝われたなんて話を聞けば、誰だって驚くはずだ。


「シリルは、自分がしてきたことを覚えてないのかしら? みんな、多かれ少なかれ、あなたに恩があるのよ? お祝いくらい、するに決まってるじゃない。おめでとう、シリル」

「……フォル先輩、ありがとうございます」


 元々はお嬢様の破滅を回避するためだったけれど、思えばいくつもの難題を乗り越えてきた。その苦労の結果だというのなら悪い気はしない。いや、素直に嬉しい。

 そう思っていると、ソフィアお嬢様に手を引かれた。


「さぁシリル、みんなでお祝いの料理を作ったんです。ぜひ、シリルが最初にいただいてください。そして、私がどれを造ったか当ててくださいね」

「――ゑ」


 唐突に特大の爆弾が設置された。


「私も頑張って作ったので、どれを作ったか当ててくれると嬉しいです」


 続いたのはアリシアだ。

 そして――


「僕も、せっかくだからと一品作ってみたよ」

「ふふ。僭越ながら、私も参加させていただきました」

「私とロイは、二人でパンを焼きました」

「あ~、俺はパスタを茹でたぞ。その……がんばれ?」

「私はローストビーフを焼いたわね」


 無邪気に名乗りを上げたアルフォース殿下に、面白がって難易度を上げるルーシェ。エマとロイ、それにルークやクロエ達はなにを作ったか教えてくれるのに、ルーシェは後で覚えとけ。


 だがしかし、だがしかし、である。ソフィアお嬢様が作れる料理は把握しているし、ルーシェの腕前がプロ級なのは当然知っている。

 そう考えれば、残りがアルフォース殿下、フォル先輩アリシアという消去法。イメージだけど、アリシアは家庭的で、アルフォース殿下と、フォル先輩は料理が出来るのか疑問。

 つまり、予測できる。

 乗り越えられない試練じゃない――と、それぞれが席に着くあいだにも考える。


「ちなみに、私も造ったわよ。後で、どれが一番美味しかったか教えてよね」


 と、みなが席に着いた瞬間、フォル先輩が更なる燃料を投下した。ソフィアお嬢様とアリシアの目が、私も気になりますとばかりに輝いている。

 やってくれたな、フォル先輩。見事に、茶目っ気で悪事を働いてくれた。

 というか、誰だよ。冗談で済ませることが出来る程度だなんて油断してたのは!


 いや、大丈夫だ。

 俺はローゼンベルク侯爵家の執事。ここで立てるべきは、ソフィアお嬢様。そんなことは、ここにいる誰もが知っている。だから俺は、迷わずソフィアお嬢様の料理を当てればいい。

 だから問題は、誰がどれを造ったか当てるだけ。

 そうすれば、この状況を乗り越えられるはずだ。


 だから、受け身になったらダメだ。

 たとえばここで迷えば、最初はどれから食べるの? なんて爆弾を追加で落とされる可能性がある。それは避けるためにも、ここは一気にこちらから――と、俺は前菜に手を付けた。


「これは、とても上品で優しい味付けですね、……アリシアお嬢様が造ったのでしょうか? それにこっちは……アルフォース殿下ですね。殿下に料理を作っていただけるなんてとても光栄です」


 最初はアリシアの造った料理を当て、続けてアルフォース殿下が作った料理も当てる。

 だが、味から判断したわけではない。正しくは、味わっているときの本人の反応から判断して、その人に合わせたコメントを口にしているだけだ。


 そして、使用人勢が作ってくれた料理もとても美味しい。ロイやエマも、この短期間でとても上達しているようだ。お店でバイトをした経験が生きているのかもしれない。

 そんな彼女達の料理にも舌鼓を打ち、続けて、いくつかの料理を味わっていく。残された品目はポテトサラダとベーコンエッグの二つ、残された人間もソフィアお嬢様とフォルの二人。

 どちらかが、ソフィアお嬢様の作った料理、ということだ。


 だけど――分からない。

 二人ともなんでもそつなくこなす性格。

 だが、ソフィアお嬢様と違って、フォル先輩は俺の好みをあまり知らないはずだ。だからこそ、区別が付くと思っていたのだが……分からない。

 両方、ソフィアお嬢様が作ったと言われても信じてしまいそうだ。


「……どの料理も美味しかったですが、中でもこの二つが特に私の好みに適した味付けをしていますね。これは、どちらも甲乙付けがたいですね。本当に困りました……」


 困ったのは本当、だが、いまの言葉は間違ったときの保険である。

 本当に、どっちか分からない。

 だが、確率は二分の一――なんて運には任せない。


「俺が一番だと思うのは、ポテトサラダ――」


 そこでわずかに間を空けた。

 ソフィアお嬢様の反応を見て、表情が沈めば、『ポテトサラダ――ではなく、ソフィアお嬢様の造った、ベーコンエッグが一番です』と続ける予定だった。

 いくらポーカーフェイスが得意なソフィアお嬢様でも、この状況なら絶対に顔に出る。そうじゃなくても、俺なら読み取れるという自信があった。


 だから――ソフィアお嬢様の表情が沈まず、俺を静かに見守るその態度から、ソフィアお嬢様が作ったのはポテトサラダだと判断する。


「私は、ソフィアお嬢様のお作りになった、このポテトサラダが一番好みです」


 果たして――


「しり、る……その、嬉しい、です。わたくしが作った料理の二つで迷ってくれるなんて、その、思ってもいませんでしたから……」


 とてもとても愛らしいお嬢様が、二つとも自分が作ったと言った。

 そ、そういえば、一人一品とは言ってなかったな。

 だけど――


「では、フォル先輩は?」

「私が造ったのはシュークリーム、食後に出す予定よ?」


 素知らぬ顔で言い放った。

 やってくれたな。

 こいつ、絶対に確信犯だ。


 他の人の造った料理と、ソフィアお嬢様の造った料理で迷っていたつもりなのに、両方ソフィアお嬢様の造った料理で『甲乙付けがたいですね』とか、主を持ち上げすぎだろ。

 恥ずかしすぎる。


 というか、使用人勢の生暖かい視線が辛い。

 俺が視線を彷徨わせると、フォル先輩が俺を見て微笑んだ。


「ね? 恩を仇で返したりはしなかったでしょ?」

「ええ、ええ、そうですね。仇ではなかったですね、仇では」


 しばらくからかいのネタになりそうだと溜め息を吐きつつ、嬉しそうなソフィアお嬢様の姿を横目に、まぁいいかと俺は小さな溜め息を吐いた。

 

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