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ファンディスクの海 4

 ビーチバレーの試合が開始された。

 アリシアは決して運動音痴ではない。それどころかゲームヒロインに相応しいスペックを誇っている。ただ、ソフィアお嬢様とフォル先輩、悪役令嬢組のスペックが高すぎる。


 軽いボールによるスパイクはそれほど速度が出ない。むろん、俺が本気を出すことを控えたというのもあるが、とにかくコート内のどこへボールを打っても止められる。

 対して、アリシアの対応力には限界があった。


 本来なら悪役令嬢ペアが圧勝なのだが、二人はゲームを楽しむために上手く手を抜いてくれたようで、ビーチバレーは接戦の末に悪役令嬢ペアが勝利した。


 その次は、体力的にキツそうなアリシアが外れて、俺とソフィアお嬢様、対するはフォル先輩とトリスタン先生という師弟コンビ対決。


 魔力過給症のフォル先輩は、俺やソフィアお嬢様から魔術の扱いを学んでいる。その結果、普段から身体能力を魔術で強化するという領域に至ったらしい。

 魔術で身体能力を強化したソフィアお嬢様に、フォル先輩が難なく追随する。


 けれど、十代前半の未熟な俺と、三十代半ばのトリスタン先生では身体能力が違いすぎる。俺は全力で魔術を使って身体能力を使ったが、トリスタン先生には及ばなかった。


 彼は味方であるフォル先輩はもちろん、敵であるソフィアお嬢様にもちゃんと活躍させるという配慮付きで、俺にだけギリギリ取れないようなところにスパイクを打ってくる。

 という訳で、俺とソフィアお嬢様のチーム……というか、俺だけが敗北した。

 ……ちくしょう、大人げない。



 ――と、二戦目は終了。

 そこにようやく登場したアルフォース殿下とライモンド。ライモンドはフォル先輩の執事見習として隅に控えるが、アルフォース殿下が悪役令嬢ペアにロックオンされた。

 フォル先輩とアリシア、ソフィアお嬢様とアルフォース殿下のペアで戦いが始まる。


 スペック的には互角……あるいはソフィアお嬢様のチームの方が優勢かもしれない――が、状況的にはフォル先輩ペアの方が圧倒的に有利っぽい。

 ソフィアお嬢様に見惚れていたアルフォース殿下が、フォル先輩のサーブを喰らって倒れた。


「お、おいおいおい、フォルお嬢様、殿下にあんなことして大丈夫なのか!?」


 顔面を押さえるアルフォース殿下を前に、俺の隣で見守っていたライモンドが蒼白になる。


「心配せずとも、あのボールは軽いですから、少し痛いくらいだと思いますよ?」

「だとしても、不敬罪とか不敬罪とか不敬罪とかあるだろ!?」

「……不敬罪しかないではありませんか。いえ、不敬罪もないですよ」


 いまのアルフォース殿下がそんなことを言うはずがない。

 そもそも、相手のフォル先輩も王族だ。せいぜいが姉弟喧嘩的な感じになるのがせいぜいだろう。なのに、なにをそんなに慌てて……まさかこいつ、まだフォル先輩の正体を知らないのか?


 確認の意味を込めてトリスタン先生に視線を向けるとツイと顔を逸らされた。どうやら、意図的に情報が伏せられているらしい。哀れ、ライモンド。


 王族と知らせないままに仕えさせ、その仕事ぶりを確認するのは理解できる。だが、フォル先輩は社交界にも顔を出しているので、正体が割れるのもそう遠くはないはずだ。

 誰かに知らされるより、自分で明かした方がいいと思うんだが……


 とはいえ、俺が口を出すことではないな。

 そう判断した俺は、アルフォース殿下は友人に不敬罪を適用するような人柄ではないという方向でライモンドを安心させ、勝負の行く末を見守った。


 まぁ……アルフォース殿下の大敗北、だったわけだが。でも本人は幸せそうなので、ある意味では彼の勝利かもしれない。むしろ同じチームで負けたソフィアお嬢様が悔しそうである。


 とまぁビーチバレーから始まり、各々が泳いだり砂浜を歩いたりと遊び始めた。ほどなく、トリスタン先生――というか、姉から例のイベントの追加情報を渡される。


 それを聞いた俺は砂浜で砂のお城を作るソフィアお嬢様のもとへ歩み寄った。スコップを片手に、砂のお城を作るソフィアお嬢様がなんだか可愛らしい。

 まあ、作っているお城はやたらと完成度が高かったが。……さすがお嬢様。


「ソフィアお嬢様、もしよろしければ私と散歩などいかがですか?」


 お嬢様はパチクリと瞬いて、それから蕩けるように微笑んだ。



 いつもならソフィアお嬢様が前で、俺はその斜め後ろ。だが今日は二人での散歩と言うことで、俺がソフィアお嬢様の隣を歩いている。

 決して隣を歩くのが初めてではないが、今日はお互いに水着姿でなんだか新鮮だ。それはお嬢様も感じているのか、その足取りがいつもより軽い。


「シリル、もしかして、丘の上に向かっているのですか?」

「はい、その通りです」


 とてもとても見晴らしがよい丘の上。

 ゲームのスチルでも、背景が非常に美しいと評価されたらしい。


 トリスタン先生によると、そこへ行くとイベントが発生して、対応を失敗するとソフィアお嬢様が闇堕ちする可能性が高くなるが、成功すると闇堕ちする可能性がぐっと下がるらしい。

 ――そこまで言われたら、どんなイベントなのかは想像がつく、というものだ。


「ぜひお嬢様と丘の上から広がる世界を見てみたいと思ったのです」


 ソフィアお嬢様は目を見張って――


「実はわたくしもさきほど、お屋敷のメイドからお話を聞き、シリルと丘の上にいってみたいと思っていたのです。だから――嬉しいです」


 蕩けるような微笑みを浮かべた。


「喜んでいただけたのなら幸いです」

「はい、凄く――ひゃっ」


 お嬢様がわずかな段差に足を取られた。とっさにその身体を抱き留める。


「お嬢様、大丈夫ですか?」

「わたくしは平気です。ただ……」


 お嬢様が足下に視線を落とす。シースルーのティアードスカートの下、ビーチサンダルの片方の鼻緒が取れてしまっていた。このまま丘まで歩いて上るのは不可能だろう。


「大変失礼いたしました」


 ビーチサンダルが不良品だったのであれば、それを用意した俺の責任だ。


「シリルのせいではありません。その……ビーチバレーで頑張りすぎたようです」

「……なるほど、それはたしかに想定外です」


 魔術による身体能力の強化。それによっておこなう全力プレーに、ただのビーチサンダルが耐えられるはずもない。よく見れば、今日下ろしたばかりなのに、既にボロボロになっていた。


 ビーチサンダルが壊れた理由は分かった。だが、この状態で丘を登るのは不可能だろう。さて、どうしたものか――と、俺はほんの少し考えを巡らせる。


 合宿は今日が初日。いまこの時点でお嬢様を丘の上に連れて行けずとも、いきなりお嬢様が闇堕ちする訳ではない。ここは一度引き返すのが無難。

 そう判断した俺は、失礼いたしますとソフィアお嬢様をお姫様抱っこで抱き上げた。


「……シリル?」

「宿泊先のお屋敷にもどれば替えのビーチサンダルもございます。今日は戻りましょう」

「……それは、いえ……」


 俺の腕の中、お嬢様は少し寂しげな顔をした。


「ソフィアお嬢様、どうなさいましたか?」


 要望があれば叶えると、俺は明確な意思を込めてお嬢様に問い掛ける。お嬢様は視線を彷徨わせた後、恥ずかしそうに「重くはありませんか?」と。


「残念ながら、その質問は無意味ですよ」

「……なぜですか?」

「たとえ、お嬢様の体重がいまより三倍になろうとも、私がお嬢様を重荷に感じることなど決してあり得ないことだからです」


 真面目に答えると、ソフィアお嬢様はキョトンと目を丸くする。それから「喜べばいいのか拗ねればいいのか、悩ましいです」と唇を尖らせた。


「でしょうね。ですから、もう少し言葉を付け足しましょう。お嬢様はとても軽くていらっしゃいます。ずぅっとこうしていても構いませんよ?」


 イタズラっぽく笑いかけると、ソフィアお嬢様の頬がみるみる赤く染まっていく。そんなお嬢様は可愛らしいなぁと笑っていると、ソフィアお嬢様にぎゅっと頬を抓られた。


「今日のシリルはちょっぴりイジワルです」

「申し訳ありません。ソフィアお嬢様があまりに可愛らしかったもので」

「そんな――ことで、誤魔化されたりは、し、しませんからね?」

「失礼いたしました。では下ろしますね」


 言葉通り、お嬢様を下ろそうとする――と、お嬢様がぎゅっとしがみついてきた。


「……お嬢様?」

「その……重くないのなら、このまま丘の上まで連れて行ってくれませんか」

「……お嬢様がそれをお望みなら」

「望みます」

「かしこまりました」


 お嬢様をしっかりと抱き直し、俺は丘の上を目指して歩き始めた。

 

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