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お嬢様のために 3

 その日は朝から授業を受けるのが憂鬱だった。教室の窓に映る空はいまにも雨が降り出しそうで、まるで俺の心境を写しているかのようだ。


 原因は昨日の一件。

 ソフィアお嬢様に、アリシアと手を取り合っているのを見られたことだ。


 俺に自覚はないが、アリシアが言うところの『お嬢様方を萌え死にさせる眼差し』でアリシアと見つめ合っていたのだろう。

 それを目撃したソフィアお嬢様の機嫌がすこぶる悪い。


 いつもなら瞳を赤く染め上げて不満を爆発させつつも、まるでスコールのようにすぐにカラッと晴れ上がる。そんなソフィアお嬢様が、翌朝になっても不機嫌だったのだ。


 お嬢様が楽しいときはもちろん、お嬢様が寂しいときも、苦しいときも、どんなときだって側にいます。お嬢様の味方として、お嬢様をずっとずっとお守りします。

 ――そう約束した俺が、お嬢様の心を乱してしまった。


「聞いているのか、シリル。いまの話について説明してみろ」


 歴史の先生に名前を呼ばれて立ち上がる。


「フレイムフィールド皇国は決して豊かではありませんが、魔術――とくに魔導具の発展が著しく、エフェニア国にとって重要な隣国です」

「う、うむ。聞いているのならば良い」

「いえ、申し訳ありません。我が主のことを考えていました」

「そ、そうか。いつでも主のことを考えるのは、使用人にとって悪いことではないぞ。というか、他のことを考えていたのに答えられるのか、おまえは……」


 なにやら先生の顔が引き攣っているが、ひとまず許されたようなので席に座る。ちなみに、ダブルタスクは使用人にとって必須スキルと言っても過言ではない。

 作業をしながら、主の動向をチェックする必要があるからだ。


 それより問題は、ソフィアお嬢様の機嫌をどうやって取るか、ということだ。いままでは、お菓子で釣ったり、甘い言葉で釣ったりはしていた。

 けど、それは、ソフィアお嬢様の可愛らしい嫉妬だったからだ。


 今回はなんだかいつもと違う気がする。それを、お菓子を作ったのでお許しください。とかいって機嫌を取るのはなんだか違うと思うのだ。

 なんて考えていたら、いつの間にか昼休み時間になっていた。


「なぁシリル……」


 昼食をどうするか考えていたら、なにやらライモンドに呆れ眼で見られていた。


「どうかしたのですか?」

「どうしたというか……なぁ?」


 ライモンドが困ったように振り返る。

 そこにはルークとクロエがなにか言いたげな顔で俺を見下ろしていた。


「お二人まで、どうかしたのですか?」

「どうしたもこうしたもないわよ。なにか悩んでるのなら聞いてあげるわよ?」

「そうだぜ、おまえには色々と借りがあるからよ」


 クロエに続いて、ルークまで相談に乗ると詰め寄ってくる。意味が分からないと首を傾げると、ライモンドが無自覚かよと赤毛を掻き上げた。


「良いか? おまえは朝からいままでずっと上の空で、十回近く先生に当てられている」

「ええ、八回ですね」

「……それだよ、それ」

「どれですか?」


 いくらなんでも、そんな脈絡のない会話では察することが出来ない。そうライモンドに抗議すると「おまえが普通の人間で安心したよ」となぜか不満気に言われた。


「それっていうのは、まるで上の空なのに、いつも通りそつのないところだ。それで今日、一体何人の教師のプライドをへし折ったと思ってるんだ、いいかげんにしろ」

「ふむ……」


 俺にとってダブルタスクは普通のことなんだが……たしかにこれから使用人を目指す生徒達には少々難易度が高いかもしれない。

 それに――


「たしかに、授業に意識をあまり割かないのは褒められた行為ではありませんでしたね。貴方達は、それを私に教えに来てくれたのですか?」

「いや、そっちは衝動的に突っ込んだだけだ。俺が言いたいのは最初の方。ルークとクロエが言ったことだよ。おまえ、ソフィアお嬢様になにをしたんだ?」

「な、なにもしてませんが?」

「おまえがどもる時点でおかしいだろ。なにか困ってるのなら話してみろよ。おまえから見たら頼りないかもしれないが、話くらいは聞いてやるからよ」


 ライモンドだけでなく、ルークやクロエもコクコクと頷いている。そっか……俺の様子がおかしいから、心配してくれたのか。


「三人ともありがとうございます。でも、本当に大丈夫です」

「そんなに俺達が頼りないか?」

「いいえ、そのようなことは決して」


 ただ、俺とアリシアが仲良くしているところを見たソフィアお嬢様が不機嫌になった。なんて、お嬢様の醜聞になるようなことは決して口に出来ない。

 それに、なにより――


「これは私が自分で解決することですから」


 ソフィアお嬢様がなぜいつもと違う反応を示したのか。それは俺自身が自分で確認するべきで、誰かに教えて貰うべきことじゃない。

 だから、お気持ちだけ受け取っておきますと付け加えた。


「……じゃあ、大丈夫なんだな?」

「ええ、お騒がせしました。もう上の空にはならないと約束しましょう」

「だったら俺から言うことはない。そろそろ話し合いを始めようぜ」


 すぐにパメラが主催するパーティーの件だと思い至った。

 この学園では休日などにときおり、学生主催のパーティーが開催される。それは、貴族の子供が社交界に慣れるための場であり、将来の使用人を見つける場でもある。


 パメラの場合は使用人コースのAかBクラスが妥当。今回はソフィアお嬢様のツテと言うことで、Aクラスの俺達が担当することになった。

 使用人コースの俺達にとっては腕の見せ所だ。


 ただし、今回のパーティーは一癖ある。

 開催者であるパメラの実家は伯爵家としてはそれほど裕福ではない。ましてや跡継ぎではない彼女が使える資金は限られているため、パーティー費用がそれほど潤沢ではないのだ。

 それゆえに、少ない資金で見栄えの良いパーティーを開催する必要がある。それにはどうしたら良いか――ということで、それぞれが意見を出し合うことになっていたのだ。

 そんな訳で、ライモンドが最初に切り出す。


「俺が考えたのは、料理の数を絞って、クレープなど目新しいお菓子で勝負することだ。あれなら、だいぶコストカットが出来るはずだからな」


 ちなみにクレープが安いという意味ではない。

 だが、食材の中では砂糖の値段が頭一つ飛び出しているため、主流な砂糖菓子にくらべると、砂糖の使用量的に安上がりであることは事実だ。


「じゃあ次は私の意見ね。オーケストラを呼ぶのではなく、演奏の機会を与えるという名目で、一般クラスの音楽を専攻する学生をパーティーに招くのはどうかしら?」


 今度はクロエの意見だ。

 貴族にはノブレス・オブリージュという便利な言葉がある。地位ある者に課せられた責務的な意味の言葉だが、一般的には才能ある平民を育てるときに使うことが多い。


 要するに、プロの楽団を呼ぶにはお金が掛かる。

 ゆえに、プロを目指す平民の学生にパーティーで演奏する機会を与える――という大義名分で学生を招き、無料で演奏してもらうという訳だな。


「その大義名分は有効だと思いますが……ずっと学生に演奏させるのですか? さすがにそれだけでは盛り上がりに欠けるのではありませんか?」

「そこはほら、学生レベルじゃない人がいるじゃない」


 クロエは意味ありげな視線を返してきた。


「もしや、私にも演奏しろと言っているのですか?」

「シリルくんなら技量は申し分ないし、貴方が演奏したら……ね?」

「……なるほど」


 俺が演奏すれば、ソフィアお嬢様ばかりか、アルフォース殿下も参加する可能性が高い。技量に優れたソフィアお嬢様に、王族が加われば貧相とは誰も言うまい。


「じゃあ次は俺の番だな。俺はソフィアお嬢様に後援になってもらうのはどうかと考えている。パメラお嬢様との関係を考えれば、勝算は十分にあると思うんだが、どうだ?」


 ルークが俺に意見を求めるが、たしかに悪くない発想だ。

 パメラはソフィアお嬢様の派閥に属している。

 その関係でソフィアお嬢様を始めとした派閥のメンバーも出席するため、パーティーがお粗末だった場合はソフィアお嬢様の恥になりかねないからだ。


「一つ問題があります。ソフィアお嬢様の立場的に、あまりパメラお嬢様を贔屓する訳にはいきません。その辺りはどう考えているのですか?」


 パメラ自身は第一期メンバーではないし、実家は曲がりなりにも伯爵家だ。ソフィアお嬢様が大々的に彼女の後援になってしまっては、他のメンバーから贔屓だと取られかねない。


「本音を言うと、その対策までは思いつかなかったんだ。だが、皆で話し合えばなにか良いアイディアが出てくるかと思ってな」

「なるほど……」


 その対策まで至れば完璧だったのだが、学生の身であることを考えれば十分と言えるだろう。なにより、その発想は俺の考えに一番近い。


「では、私の意見を述べましょう。資金がなければ作れば良いのです」

「作る……? まさか、パメラお嬢様の実家にお金を出させるつもりか?」


 ルークが怪訝な顔をした。


「まさか、そのような無理はもうしませんよ。私が考えているのはリベルトさんのご実家、ラクール商会に取り引きを持ちかけることです」

「まさか、ラクール商会に資金を提供させるつもりか?」

「ええ、その通りです。幸い、彼に配る利も存在していますからね」


 ライモンドが的を絞ろうとしたクレープは、ラクール商会が大々的に売り出す予定だ。こちらで作るのではなく、提供してくれれば店の名前を宣伝すると提案すれば良い。

 むろん、毎回出来ることではないが、このタイミングであれば十分に可能な方法である。


「だが、クレープの提供だけでは、そこまでの資金提供はしてくれないだろう?」

「クレープだけではありませんよ。彼の実家は大きな商会ですから、高価な調度品なども展示してもらい、その宣伝費を頂戴すれば資金は十分に足りるでしょう?」

「いや……それは無理だろう?」


 困惑しつつ、ルークはクロエやライモンドと顔を見合わせた。


「なぜ無理だと思うのですか?」

「いや、だって……学生同士の小規模なパーティーだぞ? クレープくらいならともかく、高価な調度品なんて売れるはずない。宣伝が意味をなさなければ、宣伝費なんて出さないだろ」

「では、高価な調度品が売れるのなら、資金を出してもらえるとは思うのですね?」

「それは、まぁ……な」


 使用人コースで学ぶ俺達は、高価な調度品の値段や、その原価を知っている。差額を考えれば、小さなパーティーを盛大にする程度の資金になることは想像に難くない。


「であれば、簡単な話です。必ず調度品を一つ売ると約束すれば良いのです」

「いや、それで売れなかったらどうするんだよ」

「待って――」


 クロエがルークのセリフを遮るように腕を差し入れた。どうやら俺の企みに真っ先に気付いたのは彼女らしい。クロエは半眼で「そういうこと?」と問い掛けてくる。


「……まったく、貴方はときどきとんでもないことを思いつくわね」


 溜め息交じりに肩をすくめ、褒めているのか呆れているのか分からない顔をする。そんなクロエに、「自分だけ分かってないで説明してくれよ」とルークが詰め寄った。


「シリルはこう言っているのよ。パーティーの資金を提供してくれれば、商品の展示による宣伝に加え、高価な調度品の一つを購入するって」

「いや、だから、誰がそんな高級品を――」


 買うのかというルークの質問は掻き消えた。

 クロエが無言で俺を指差したからだ。


「体裁を保つ必要があるだけで、これは試験でもなんでもありませんからね」


 ソフィアお嬢様的にもパーティーは成功させたいが、直接の支援はしづらい。

 ゆえに、ソフィアお嬢様がラクール商会で買い物をする。ラクール商会はそれで得た利益を使い、パメラのパーティーに宣伝費として資金を提供する。

 それで全ては解決、という訳だ。


「そのうえで、みなさんの提案も検討していきましょう。全てを上手く採用することが出来れば、誰にも文句を言わせないようなパーティーが開催できるでしょう」


 こうして、俺達はパメラのパーティーの詳細を煮詰めていった。皆でアイディアを出し合い、なんとか一つの山場を越えることが出来た訳だが――


「シリル、少し話があります」


 屋敷に帰宅した俺は、ソフィアお嬢様と相対するという次の山場にぶつかることとなった。

 

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