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お嬢様のために 2


 

 驚きにフォルの手を放して振り返る。そこには戸惑った顔のアリシアと、顔を険しくしたランスロット殿下の姿があった。


「あ、その……ランスロット殿下が、シリルさんを探しているというので案内したんですけど、もしかして、タイミングが悪かったでしょうか……?」


 困惑したアリシアの声。

 だが、ランスロット殿下に睨まれている俺が返事をすることは出来ない。王族に対する礼儀的な意味合いではあるが、彼の神経を逆なでしたくないという想いも少なからず存在する。


「アリシア嬢、案内ご苦労だった」


 ランスロット殿下が平坦な声で言い放つ。それが『俺はシリルに話があるから、おまえは席を外せ』という意味であることは明白だ。


 アリシアがなにか言いたげな顔をするが――視線が合った瞬間、俺は首を横に振った。庇ってくれるつもりかもしれないが、彼女を巻き込む訳にはいかない。

 俺の意図が伝わったのかどうか、アリシアは「かしこまりました」とカーテシーをした後、俺に向かって「あとで――」と声には出さずに呟いて退出していった。


 そうして、残されたのは俺とフォルとランスロット殿下だけとなった。使用人達も二人の指示によって席を外している。正直、俺も一緒に席を外したかった。


「シリル、おまえは先日、俺の懸念を否定したはずだな?」

「はい、その通りです」

「ではなぜ、フォル姉さんと見つめ合っていた?」

「――待ちなさい、ランスロット」


 フォルが俺を庇うように割って入る。

 それだけで、ランスロット殿下の顔が不機嫌に歪んだ。


「フォル姉さん、どうしてシリルを庇うんだ?」

「やめなさい。貴方がさっきの光景を見てどう思ったのかは知らないけど、いまのは魔力を吸収してもらっていただけよ。だから邪推はやめなさい」

「……魔力を?」

「ええ。知っているでしょ、私の病気を」

「それは、もちろん知っているが……」


 治ったのではなかったのか――と、彼の口が悲しげに動いた。その表情が不安に彩られていくのを見るに、どうやら詳細を聴かされていないらしい。

 ここで口を挟むのは不敬だが、彼の不安は痛いほど理解できる。だからこそ、そんな想いに一秒でもさせておきたくないと、俺は意を決して口を開く。


「ご安心ください、ランスロット殿下」


 ランスロット殿下ばかりか、フォルまでもが驚きに振り返る。それはきっと、王族同士の会話を他人に遮られるという経験をしたことがなかったからだろう。

 だが、俺はそれに気づかないフリをして「大丈夫です」と言葉を重ねた。


「魔力過給症が治った訳ではありませんが、対処法は確立しています。ただ、それには彼女自身が魔力を放出する技術を磨く必要があるのです」

「それでは、以前と変わらぬではないか」

「いいえ。魔力を放出する効率がいままでとは段違いなのです。ゆえに、現状でもほとんど問題はないのですが、不測の事態に備えてもう少し技術を磨く必要があるのです」


 いまの効率では魔力の放出に労力を割かねばならず、成長に伴って魔力の回復速度が高まると彼女の負担が大きくなってしまう。

 それを改善するためには放出する技術を磨くしかない。むろん、俺が吸収する方法もあるが、ここでそれを言うと神経を逆なでしそうだから黙っておく。


「シリルの言う通りよ。さっきのはそれを教えてもらっていたの。普段はソフィアに教えてもらってかなり出来るようになったけど、まだまだシリルほど上手くは出来ないのよ」

「そう、だったのか……」


 ランスロット殿下の瞳に理性が戻るのを見て安堵の溜め息をつく。だけど次の瞬間、俺は思わず息を呑んだ。ランスロット殿下が「すまなかった」と頭を下げたからだ。


「ランスロット殿下、貴方が軽々しく頭を下げてはいけません」

「ここには俺達しかいないから問題ない。それに、いまのは決して軽々しくではない。おまえはフォル姉さんの恩人だ。その恩人を二度も疑ってしまったのだから謝罪は当然だ」

「……分かりました。それでは謝罪を受け入れさせていただきます」

「うむ。シリルの心の広さに感謝する」


 拒絶するよりも、受け入れて話を終わらせた方がいいと判断を下した。

 フォルのことが関係すると我を失うようだが、そうでなければ理性的なようだ。どことなく、ソフィアお嬢様と似ている。

 ランスロット殿下は思ったより、とっつきやすい性格なのかもしれないな。


 ――と、綺麗に纏まったはずなのだが、ランスロット殿下の視線が執務机の上に飾られている俺とフォル先輩のフィギュアに向けられた。


「なんだ、これは、もしや文化祭でこのように――いたたたっ」


 ランスロット殿下が呻いた。

 フォルがおもむろにランスロット殿下の耳を引っ張ったからだ。


「シリルと私は公演日が違うわよ。まったく、貴方は昔から思い込みが激しすぎなのよ」

「で、でも、フォル姉さんがあんなに誰かを褒めるなんて初めてじゃないか。だから俺は、フォル姉さんが望むならと思って、シリルを見極めようと思って……」

「排除しようとしたの間違いでしょ、まったく。あなたは昔からそう言って、私に近付く相手を破滅に追いやっていたわよね?」

「それはどいつもこいつも、フォル姉さんに相応しくなかったからだっ」


 なにやら非常に物騒である。

 せめて、そういう会話は俺のいないところでやって欲しい。


 しかし……ランスロット殿下はフォルを異性として愛していると思ったんだが、いまの会話を聞いている限りでは、フォルが相応しい相手と結ばれることを望んでいる。

 その想いは、家族に向けるような愛情だったのだろうか……? いや、たとえ異性として愛していても、相手の幸せを一番に願うのは不思議でもなんでもないな。


「とにかく、フォル姉さんはシリルとなんでもないんだな?」

「彼は恩人で大切な後輩。それ以上でもそれ以下でもないわ。もっとも、恩人である彼に、恩を感じているのなら俺と付き合え、とか言われたら付き合うかもしれないけど」

「……シリル?」

「しませんよ、そんな鬼畜な要求」


 ランスロット殿下に睨まれ、俺は溜め息交じりに応じた。殿下に対する対応としてはかなり無礼だが、いいかげんまともに返すのが疲れたのでこれくらいは許して欲しい。


 とにもかくにも、誤解は解けた。

 ただし、引き続きフォルに魔力の放出を教える過程で、ずっと横からランスロット殿下の物言いたげな視線を向けられることとなった。

 ……ほんと、勘弁して欲しい。



 ――という訳で、無事に修羅場を切り抜けた俺は生徒会室を後にする。

 そうして廊下を歩いていると、途中で待ち構えていたアリシアと出くわした。彼女は俺の姿を見つけるなり、パタパタと小走りに駆け寄ってくる。


「シリルさんっ!」


 いきなり袖に取り付いてきた。

 どうやら、ずいぶんと心配を掛けてしまったらしい。


「ご心配をおかけいたしました」

「謝罪より、どうしてフォル先輩と見つめ合っていたのか説明してくださいっ!」


 アリシア、おまえもか……っ。

 あとでって、俺を心配してたんじゃなかったんだな。


「アリシアお嬢様、さきほどのあれは体調管理の一環です」

「そのような言い訳は聞きたくありません。ソフィア様に言い付けますよ? 体調管理にかこつけて、フォル先輩と見つめ合っていたって、ソフィア様に言い付けますよ?」

「お願いですから止めてください」


 アリシアが手強すぎる。


「というか、見つめていたつもりはないのですが……そのように見えましたか?」

「シリルさんは、自分の甘い笑顔の破壊力を少し自覚するべきだと思います。文化祭の演劇で、どれだけのお嬢様を萌え死にさせたと思っているんですか?」

「いえ、知りませんが……」

「そんな風に無自覚だから被害者が増えていくんです、私みたいな」

「………………」


 笑顔で落とされた言葉に声が出ない。

 いまの言葉、俺の半端な優しさがアリシアの心を惑わしたと言ったに等しい。責任を取れと批難されてもおかしくはないのに、アリシアは笑って人差し指を突きつけてくる。


「だ か ら、少しは自重してくださいね?」

「……はい、かしこまりました」


 アルフォース殿下との出会いイベントを潰したあげく、自分がそのポジションに収まってしまった身としては反論の余地がない。

 アリシアに言えることではないが……ほんとごめん。


 だが……俺を責めるでなく、俺が困らないように忠告、か。ライバルを増やさないように牽制という意図もあるんだろうが……本当にしたたかだ。

 おかしいなぁ。

 原作のアリシアはもっと普通の女の子だったのに、どうしてこうなったんだろうか。


「ところで、シリルさんは結局なにをやっていたんですか?」

「フォル先輩の体調を確認していたんですよ」

「やっぱり、シリルさんがなにかしたんですか……?」


 一般的には、フォルシーニア殿下が病気であったことすら公表されていない。フォルが倒れたときに立ち会った彼女ですら、不治の病としか聞かされていなかった。

 ゆえにフォルが助かった事実は知っていても、それがなぜかは知らないはずだ。ただ、俺やソフィアお嬢様がフォルと良く一緒にいることから、なにか勘づいてはいるのだろう。

 探るように問い掛けてくるアリシアに、俺は無言で首を横に振った。


「私が言えるのは、フォル先輩は快復に向かっていると言うことだけです」

「そう、ですか……」


 アリシアが俺の目を覗き込んでくる。

 彼女なりに、今回の一件で色々と思うところがあるのだろう。


「私には詳しいことは分かりません。でも、フォル先輩が元気になってとても嬉しいです。だから、彼女を助けてくれた誰かにお礼を言わせてください。ありがとうございますっ!」


 あぁ、これは完全にバレているな。

 俺の両手を掴んで、にっこりと微笑むアリシアを見てそう思う。

 だけど――


「……シリル、なにをしているのですか?」


 不意に響いたのは底冷えのする声。最近なんだか聞き慣れてしまったお嬢様の冷たい声に、俺はまたかっ! と叫びたい衝動に駆られた。


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