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お嬢様のために 1


 

 その日の放課後は、ソフィアお嬢様と共に生徒会室へと足を運んだ。いつもの流れでお嬢様が部屋の中に入ると、「ふわぁっ」と声を弾ませる。

 だが、部屋の中におかしな気配がないことは確認済みで、なによりソフィアお嬢様の声はどちらかというと嬉しそうな声で、緊急性は感じられなかった。

 ゆえに、俺は落ち着いた素振りで部屋の中を確認して――思わず顔を逸らした。


 生徒会の執務室。

 その執務机の上にフラウの人形師が作った人形が――いや、ハッキリと言おう。戯曲、光と闇のエスプレッシーヴォを演じた俺とフォルのフィギュアが飾られていた。

 どうやら、フォルが面白がって入手したらしい。


 王子の代役を務めた俺と、二日目からヒロインを演じたフォルのフィギュア。その二つが、まるで舞台で共演したかのように飾られている。


「シリルですよ、シリル! ……どうしてフォル先輩と見つめ合っているんですか?」

「お嬢様、それは人形であって私ではありませんよ」


 俺に闇堕ちしそうな顔で問い掛けてくるのは止めていただきたい。お嬢様が闇堕ちしないように気を付けてはいるが、フィギュアの行動の責任までは取れない。


「ふふっ、やっぱりソフィアは興味を持ったわね」

「フォル先輩、随分と精巧な人形のようですが、これはどうなさったんですか?」


 執務机の向こう側で悠然と――というか、ニヤニヤしているフォルにお嬢様が問い掛ける。


「フラウの人形師が作ったのよ。本当は光と闇のエスプレッシーヴォの出演者全員のフィギュアを作りたいんだけど、貴族の人形は許可が取れないから作れないでいるそうよ」

「なるほど、つまりわたくしの許可が欲しい、と?」


 ピンときたのか、ソフィアお嬢様が意味深に笑った。


「あくまで平民の人形師なのでそれほどのお礼は出来ないけれど……光と闇のエスプレッシーヴォのフィギュア、全シリーズくらいならお礼に渡すことは出来ると言っているわ」


 それはまた随分と思い切ったな。

 この世界で量産品などはほとんど存在しない。フィギュアも一つずつ手作業で作るはずなので、一つ作るだけでも相当な時間が掛かるはずだ。

 それを全シリーズお礼に贈る、と。ソフィアお嬢様のフィギュアには、一体どれだけの値が付くことを想定しているのだろうか……?


 ……まぁ、同じ重さの金と交換でも買いそうな人物には心当たりがある。問題は、ソフィアお嬢様が自分の人形の販売をどう思うかだが――


「そう、ですわね。本来ならこのようなことに許可を出すべきではないと思うのですが、演劇の記念にもなることですし、今回だけは特別に許可を出しましょう」


 わりと予想通りである。

 フォルは身分を偽っているが、実際は王族である。

 ソフィアお嬢様の意思を聞いてくれてはいるが、王族が制作の許可を出している時点で、ソフィアお嬢様達が拒絶することは好ましくない。

 その辺りを考慮した結果だろう。

 間違ってもフィギュアに釣られただけではないはずだ。……たぶん。


 とまぁ、そんなことを考えているあいだに、フォルが契約書を取り出した。用意周到なことに、ソフィアお嬢様のサイン以外は全て整っている。

 俺が目を通して問題がないことを確認した後、ソフィアお嬢様がさらさらとサインをした。


 ちなみに、契約書はほかに、アリシアとアルフォース殿下の分も揃っていた。どうやら、ソフィアお嬢様が最後だったようだ。


「シリルやフォル先輩の人形が既にあるということは、先に許可を出したんですか?」


 サインを書き終えたお嬢様が小首をかしげる。その呟きに「いえ、平民の分は無断で作っていたようです。ですが……」と事情をほのめかす。

 ソフィアお嬢様はすぐに、「そう言うことですか」と理解を見せた。


 フォル先輩は貴族の後ろ盾を持つ平民ということになっているが、その正体はまごうことなき王族である。無断でフィギュアを作ったことがバレたらお咎めなしではいられない。

 だからこそ、許可を取るように根回しをした。

 その事実に気が付いたようだ。


「ええ、時間を遡って許可を出していたことにしてあるわ。ところで、シリルもお礼のフィギュアを選んでおいてね」


 フォル先輩にいわれて思い出す。

 ……そう言えば、俺も対価にフィギュアをいくつか選んでくれと言われていた。必要ないと思っていたが……ちょうど良い使い道を思いついた。

 あとでお嬢様と……フォルとアリシアのフィギュアを注文しておこう。



 それからほどなく、生徒会のメンバーが集合した。

 本来の生徒会は王族の派閥のような役割を果たしていた。ゆえに文化祭が終わったいま、いまの生徒会が集まっても特にすることはない。


 だが、フォルの魔力過給症の対策として、魔力を放出する技術を教える必要がある。その辺りの隠れ蓑として、三日に一度くらい生徒会メンバーが集合することになっているのだ。


 だから、俺が生徒会メンバーの一員として皆と接するのは必然と言える。言えるのだが、どうしてもランスロット殿下の忠告を思いだしてしまう。


 お姫様と他家の執事。

 そんな二人が先輩後輩として接するなど普通はあり得ない。こういう関係を続けていると、本気でランスロット殿下を敵に回しそうだ。


 そんな風に警戒していたのが態度に出てしまったのだろう。その日の集まりが終わって解散する直前、フォルにちょっと話があると居残りを命じられてしまった。



「……それで、話というのはなんでしょうか?」


 既に俺とフォル以外の生徒会メンバーは退出している。もちろんフォルの使用人は残っているので物理的に二人っきりということはないが、ある意味では二人っきりと言える。

 ソフィアお嬢様は気にしていない風だったが、ランスロット殿下はそう判断するだろう。


 そういう意味で、しばらくは避けたい状況なのだが……と思っていると「なにを警戒しているのよ?」と首を傾げられてしまった。

 どうやら、避けているのがバレてしまったらしい。


「いえ、とくには」

「そんな言い訳で誤魔化せると思ってるの?」

「誤魔化せるとは思っていませんが、通用するかもとは思っていますよ」


 聞いて欲しくないという意図は伝わったでしょう? と肩をすくめる。


「忘れているようだけど、貴方は命の恩人なのよ? その貴方に避けられて平気でいられる訳ないでしょ? 私がなにか迷惑を掛けたかしら?」


 迷惑を掛けたのなら改善するから話せ――ということ。フォルに迷惑を掛けられた訳ではないのだが、事情を話すと言うのはランスロット殿下の件を告げ口するも同然だ。


「実は先日、ランスロット殿下とお会いしたんです」


 フォルに誤解をさせてまで隠す話でもないなと暴露する。



「ランスロットに? まさか、彼が貴方になにか迷惑を掛けたのかしら……?」

「いえ、先輩の件で感謝されました。ただ、私がフォル先輩を狙っているのではと、殿下に警戒されてしまったようで」

「貴方が、私を? ふふっ、ランスロットは随分と面白いことを言うのね」


 フォルが小さな笑い声を零したが無理もない。

 平民の執事が王族の姫を欲するなんて、物語としても非現実的すぎる。


「もちろん、そのような恐れ多いことはないと否定させていただき、一応の納得はいただいたのですが、それでも完全に疑いが晴れた訳ではなさそうなので……」

「それで念のためにと、私を避けていたという訳ね」


 事情を知ったフォルの顔に安堵が浮かんだ。自分が原因で俺に避けられていた訳ではないと分かったから、だろうか?

 どうやら俺は、フォルに余計な不安を与えていたようだ。


「すみません、最初に相談するべきでした」

「そうね、次からはそうしてくれた方が嬉しいわ。でも、貴方が謝ることじゃないわ。そもそも、貴方が誰を想っているかなんて、少し見ればすぐに分かることだもの」

「……私はソフィアお嬢様の専属執事ですから」


 主を想うことは当然だと口にする。


「あら、私は別に、ソフィアのことだなんて言っていないわよ?」

「フォル先輩が誰のことを口にしたのだとしても、私の尽くすべき相手がソフィアお嬢様であることは変わりませんから」

「そつのない答えね、面白くないわ」


 からかうような口調で言い放つ。

 ある意味、いつも通りのフォルだが、今回ばかりは釘を刺しておく必要がある。


「申し訳ありませんが、そっちでからかうのも勘弁してください。実のところ、アーネスト坊ちゃんには、ソフィアお嬢様を狙っているのではないかと疑われているので」

「――っ」


 フォルは吹き出しそうになった口を手で隠して肩をふるわせた。王女殿下にあるまじき失態と言いたいところだが、背後に控えるメイドも顔をそむけて震えている。

 どうやら、よほどツボにはまったようだ。


「ランスロットには私を狙っていると警戒されて、アーネストにはソフィアを狙っていると警戒されている訳ね。……まったく、面白い執事ね、貴方は」

「……楽しんでいただけて恐悦至極でございます」


 フォルを楽しませるためにやってるんじゃねぇんだよと皮肉った。


「ごめんなさい。でも、別にからかっている訳じゃないわよ? 身分の重みを理解している二人に揃って警戒されるなんて、よっぽど評価されてる証拠よね――って感心したの」

「……それは、たしかにその通りですね」


 選民派とか庶民派とかいうレベルではない。一介の執事が王女殿下や侯爵令嬢と結ばれるなんて、この国ではあり得ない話なのだ。

 それを理解する立場にいる二人が、一介の執事である俺を警戒している。それは逆に言えば、それだけ俺の能力を買っているということにもなるだろう。

 ……あるいは、それだけ俺の信用がないだけかもしれないが。


「私としては、恩人である貴方が評価されるのは嬉しいのだけど……でも、それじゃ貴方が困るのよね。良いわ。ランスロットには、私から話しておいてあげる」

「……お願いします」


 余計なことをしないでください、こじれるから――と、喉元まで込み上げたセリフは寸前で飲み下した。口にした方が、なおさら面倒なことになりそうだからな。


「それにしても、ずいぶんと面白いことになっているのね。トリスタン先生から聞いていた展開とは、ずいぶん違うじゃない?」

「……それは」


 思わず目を見張った。

 トリスタン先生から聞いていた展開と違う。それはつまり、フォルが前夜祭について知っていると示唆しているも同然だったからだ。


 トリスタン先生が前世は女性であったことを知っていた。そしてもしかしたら、俺が転生者であることや、トリスタン先生の前世が俺の姉であることも知っているのかもしれない。


「……フォル先輩は、どこまで知っているんですか?」


 その問い掛けにフォルは笑って、メイドを少し下がらせた。むろん、その程度で聞こえなくなる距離ではないのだが、聞かせたくない話であるとの意思は伝わってくる。


「トリスタン先生のことは良く知っているわ。でも、私は、私に関する運命を知らない。そう考えると……貴方と私が結ばれる未来もあるのかしら?」


 確定だ。

 なにも知らない人間がいまのセリフを聞けば、トリスタン先生のことは知っているが、自分の未来は知らないと、ただ事実を口にしただけだと思うだろう。


 だが、転生者である俺にとってはまったく意味が変わってくる。

 トリスタン先生が転生者で、この世界が乙女ゲームをベースとした世界であることも知っている。そのうえで、自分の未来に関することは聞かされていない、という意味。


「そのように恐れ多い未来、私は想像すらしていませんでしたよ」


 原作のゲームにそのようなシナリオがないことを告げつつ、同時にいまの展開が既にシナリオを大きく離れていることを示唆する。


「そっか……なら、やっぱりいまの私があるのは貴方達のおかげ、ということね」


 少し話が飛んだ。

 俺が想像すらしていなかったと口にした言葉のニュアンスから、俺がフォルを救ったこの状況自体がイレギュラー。ゆえに、自分が死ぬ定めだったことを推測したのだろう。

 わずかな会話から多くを読み取ってくるところはさすがトリスタン先生の教え子だ。


「私はただ、ソフィアお嬢様の望みを叶えただけです。だから貴方が助かったのは、貴方が諦めずに努力を続けたからだと想いますよ」

「それでも、貴方達には感謝するわ」

「感謝はもう十分に受け取りました。……それよりも魔力の放出は順調ですか?」


 魔力抵抗に優れたフォルは、他人に魔力を吸収してもらうことが難しい。ゆえに自分で放出するという技術をソフィアお嬢様から学んでいる。


 それについてなにか問題はないかと問い掛ける。もっとも、お嬢様から順調だと聞いているので、わざわざ聞いたのは話題を変えたかったからだ。

 それに気付いているかどうかは分からないが、フォルはその話題に乗ってきた。


「……そうね。以前よりは楽に魔力を消費できるようにはなったんだけど、まだ少し負担は残ってるわ。貴方はもちろん、ソフィアほど上手く放出できないのよ」

「ソフィアお嬢様は幼少期から練習なさっていますからね。フォル先輩が同じように放出できるようになるにはしばらく掛かるでしょう」

「まぁ……そうなんだけどね」


 フォル先輩はそう言って、手のひらから魔力――淡い光の粒子を立ち上らせた。ソフィアお嬢様が全身から魔力を放出させることを思えばたしかに効率が悪そうに見える。

 魔力抵抗の高さが、自分で魔力を放出することにも影響しているのかもしれない。魔術を常時使うほどではなくとも、それなりに負担にはなっているようだ。


「先輩、少し魔力を抜いておきましょうか?」

「あら、ほんと? そうしてくれるのなら助かるわ」


 フォルはどことなく嬉しそうだ。やはりそれ相応の負担が残ってたんだな。ソフィアお嬢様と同じで隠すのが上手いから分かりにくい。


「せっかくだから、魔力を放出する練習を兼ねましょう」


 お互い席を立って、フォルと向かい合う。そうして真正面から彼女の両手を握った。


「片手ではなく、両手から魔力を放出するように意識してください。私がそれを補助するように、両手から魔力を引き出しますから」


 両手から魔力を放出するというのは意外と難しい。いままでなら片手に集中すれば良かったことを、それぞれの手に意識を分散しなければいけないからだ。


 たとえば、右手や左手、どちらか片方で文字を書くことはそこまで難しくない。だが、両手で同時に文字を書くとなると難易度が跳ね上がる。

 それと同じことだ。


 もっとも、左右の手で別々の文字を書くような複雑さはない。

 魔力を消費するために常時魔術を起動していたフォルは、無意識で魔術を使用できるようになっているので、切っ掛けさえ掴めば出来るだろう。


 そして俺の予想通り、軽く魔力を引き出してやれば、フォルは自力で魔力を放出させ始めた。まだ片手で放出した方が速いレベルだが、間違いなく両手から放出させている。


「……っ。これは……結構大変、ね」

「始めはそうですね。ですが、慣れればずっと楽になりますよ。それに、両手から放出することが出来れば、全身から放出させるのも要領は同じですから」


 頑張ってくださいと、励ましながら放出された魔力を吸収する。最初は俺が引き出していたが、いまはフォルが放出した分を吸収している程度だ。


「たしかに放出は出来ているけど……放出量は微々たるものね。どうやったら、ソフィアみたいに一度に多く放出させられるのかしら?」

「そこは慣れとしか言えませんね。トレーニングで筋肉をつけるのと同じことです。もちろん、効率の良いトレーニングなどはありますが……」


 いきなり大量に放出は難しいだろう。そもそも魔力が通るラインが狭い――普段少量の魔力しか通さないために、その通り道が広がっていない。

 こればっかりは、少しずつ押し広げていくしかない。


「少し、一気に放出させてみますね」


 一度に多くの魔力を通す練習になるだろうと、魔力をぐっと吸収する。


「――っ」


 魔力を引き抜かれる感覚に驚いたのか、フォルがびくりと身を震わせる。そうして魔力を抜いていると、不意に生徒会室の扉がノックされた。

 同時に響くのはアリシアの声。おそらく、忘れ物かなにかだろう。そうであれば、メイドが対応するので問題はないと魔力を吸収していく。

 そして――


「おまえ達は、なにをしている……?」


 背後から、底冷えのするようなランスロット殿下の声が響いた。

 

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