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光と闇の裏表 1

 ランスロット殿下の存在に気付いた俺は、すぐさま廊下の端によって頭を下げた。そのまま息を殺して彼が通り過ぎるのを待とうとする。

 だが彼は通り過ぎず、俺の直ぐ目の前で足を止める。


「おまえはシリルか?」


 問い掛けられるが、俺は頭を下げたまま沈黙を保った。

 忘れてはならないのはここが王城で、平等を謳う学園ではないと言うことだ。アルフォース殿下が親しげなので忘れがちだが、一介の執事が王子に直答など出来るはずがない。

 彼の使用人の口から、殿下の問いに答えよという言葉を待つ。だが、使用人の言葉をランスロット殿下が遮るのを気配で感じた。

 そして、次に言葉を発したのもまたランスロット殿下だった。


「よい、直答を許す。顔を上げよ」

「はっ。たしかに私はシリルと申します」


 顔を上げ、さきほどの質問に答える。

 そこにはアルフォース殿下と良く似た少年がたたずんでいた。アルフォース殿下と似た雰囲気を持つが、金色の髪に縁取られた顔つきは精悍さが先行している。

 そこに収められた緑色の瞳が俺を値踏みするように見つめていた。


 なぜランスロット殿下が俺を知っているのか、なぜ一介の執事である俺を呼び止めたのか、様々な疑問が渦巻いているが、立場を考えて全てを飲み込んだ。


「……なるほど、身の程はわきまえているようだな。だが、その調子では話しづらい。学園の先輩と話すつもりで接するがいい」


 出たよ、気遣わなくて良いというセリフ。これで実際に『ありがとうございます、先輩』なんて言った日には、大抵は無礼者と叱られる。

 かといって、まったく口調を変えなくても頭が固いなどと言われるのだ。


「……では、お言葉に甘えて。一つ質問させていただいてもよろしいでしょうか?」


 口調はそれほど崩さず、けれど質問をさせて欲しいと一歩だけ踏み込んだ。それに対して「なるほど、頭の回転も悪くない」との呟きが聞こえてきた。

 わざと聞こえるように呟いたのだろう。俺の反応を試しているようだ。だから俺はランスロット殿下の呟きには言及せず、質問をさせて欲しいという問いかけの答えを待った。

 だが――


「ならば質問に答えてやろう。おまえの顔を知っているのは演劇を観たからだ」


 返ってきたのは質問への許可ではなく、質問そのものへの答えだった。

 こちらが質問の内容を口にしていないのに正確に答える、か。参ったな。俺の思考を誘導したんだろうが、アルフォース殿下と一つしか歳が変わらないとは思えないほどの切れ者だ。


「お答えいただきありがとう存じます」

「先輩と話す程度で良いと言ったはずだ」

「……ありがとうございます」


 なぜそこにこだわるのかと、少しだけ疑問を抱く。

 だが、その答えは聞くまでもなかった。


「シリル、おまえには感謝しているのだ。フォル姉さんをよく救ってくれた」

「いえ、それはソフィアお嬢様がなしたことです」

「俺がその辺りの事情を知らないと思っているのか?」

「失礼いたしました。身に余るお言葉、光栄です」


 どうやら、フォルを救った人物である俺を気に掛けてくれているらしい。気安く接して良いと言うのはこれが理由だろう。……少なくとも表向きは。


「そのように警戒するな。感謝しているのは本当だ。俺は……フォル姉さんがもはや長くないと聞いていた。それゆえに、最期まで好きにしてもらいたいと願っていたんだ」


 その言葉の裏にあるのは、自分は諦めてしまっていたという後悔か。

 彼は「だからこそ、フォル姉さんを救ってくれたおまえに感謝している。もし困ったことがあれば力になると約束しよう」と続けた。


 いまにして思えば、彼もまた中等部の生徒だ。

 だが、アルフォース殿下同様、生徒会には所属していない。さきほどの言葉の通り、フォルの居場所を奪わないために、生徒会には所属しなかったのだろう。


「という訳で、俺からも少し話を聞かせてもらいたい」

「私に答えられることならなんなりと」


 彼が使用人達を下がらせるのを見て、俺も少しだけ先輩と後輩くらいの口調に近づける。ランスロット殿下は満足気に頷き、話というのはソフィア嬢のことだと切り出した。


「……ソフィアお嬢様のこと、ですか?」

「彼女は独自の派閥を立ち上げたらしいな。しかも、フォル姉さんと同じ生徒会に所属して、アルフォースの後押しもしているそうじゃないか。彼女の目的はなんだ?」


 背筋がひやりとした。

 いまの話だけを聞けば、ソフィアお嬢様がフォルの協力を得て、アルフォース殿下を王太子に擁立しようとしていると思われても不思議じゃない。

 ましてや、ソフィアお嬢様は第一王子の派閥であったアーレ伯爵を潰している。俺の返答次第では、ランスロット殿下がソフィアお嬢様の敵に回る。


「……最初に申し上げるべきなのは、ソフィアお嬢様は平穏をお望みだと言うことです」

「平穏というにはほど遠い行動ばかりだがな。だが、頭ごなしに否定はすまい。なぜ平穏を求める彼女がそのような行動を取ったのか、おまえの口から聞かせてもらおう」

「かしこまりました。お嬢様が派閥を作ったのは――」


 重要なのは派閥を作った原因、アルフォース殿下が選民派を取り巻きにしていたことだ。第二王子を擁立するためではなく、取り込まれないために派閥を作った。

 その後はトリスタン先生の要請があって生徒会へとおもむき、フォルの依頼でアルフォース殿下の立場を向上させることとなった。

 それらの行動は成り行きであり、決してランスロット殿下に敵対するのが目的ではないことを前面に押し出して説明をする。


「……なるほど、おおよそ聞いていたとおりだな」


 意外にも、ランスロット殿下はこちらの話を疑わなかった。と言うよりも、既に信頼できる誰かに調べさせていたようだ。

 それが誰かと考えて、なんとなくその答えに予想がついた。


「フォルシーニア殿下からお話を?」

「ああ、色々と聞かせてもらった」


 予想通りの答えだった。

 彼女が擁護してくれたのであれば、ソフィアお嬢様の疑いは既に晴れているはずだ。

 本人の口から確認したいところだが、その質問はさすがに踏み込み過ぎだな――と、そんな俺の内心を見透かしたかのようにランスロット殿下が口を開く。


「さっきも言ったが、おまえ達には感謝している。思うところがない訳ではないが、敵対することは望んでいない。ゆえに、アーレ伯爵が迷惑を掛けたことは謝罪しよう」

「――っ」


 王族はみだりに謝罪をするべきではない。

 アルフォース殿下は素直であるがゆえに、ときどき謝罪の言葉を口にする。だが、いままでの会話で得た印象から、ランスロット殿下はその辺りをわきまえているように思える。

 ゆえに、いまの謝罪には相応の重みが感じられた。


「本来ならば彼女に直接会って詫びるべきだが、お互いの身分があるからな。ソフィア嬢にいまの言葉を伝えておいてくれ」

「必ずお伝えいたします」


 今回、俺と殿下が出くわしたのは偶然。

 そしてこのような偶然でもなければ、使用人を排してしゃべることは難しい。ましてやソフィアお嬢様とランスロット殿下が出会う場では、必ず周囲の目と耳がある。

 殿下がソフィアお嬢様に謝罪をする機会など来ないだろう。


 だからこそ、俺を通じての謝罪。

 無印の光と闇のエスプレッシーヴォに登場しないためにあまり情報を集めていなかったのだが、どうやら思ったより話の分かるお方のようだ。


「さて、ソフィア嬢の話はここまでだ。ここからはシリル、おまえ自身に話がある」

「私に……なんでしょう?」

「俺は自分の派閥を維持するために様々な考えを持つものを取り込んでいるが、俺自身に選民思想はない。ゆえに、能力に相応しい身分につくことに異論はない」


 ……なんだ? なんで急にそんな話を始めたんだ? 突然すぎて意図が分からない。

 意図が分からないからこそ、俺は基本的な意見を口にする。


「能力主義には様々な利点があります。ですが同時に、過度な能力主義は問題も生みます」

「その通りだ。何事にも限度はある。身分差が障害になるのは事実だし、生活も一転するだろう。俺はそのことを酷く憂慮しているのだ。おまえはそのことをどう考えている?」


 ……ふむ。同意を得られたのは良いが、同意の得られ方が予想外だ。

 ランスロット殿下がなにを言いたいか分からない。もしかして俺は、なにか根本的なところで見落としをしているのだろうか?

 もう少し詳しい説明が欲しいところだが、俺の立場でそれを口にすることは出来ない。


「……たしかに、ランスロット殿下の憂慮はもっともだと思います」

「そうか、おまえがわきまえているのなら安心だ。フォル姉さんは俺の大切な従姉。いくら命の恩人で信頼を得ているからとはいえ、執事に易々と渡すことは出来ぬからな」

「……おっしゃるとおりです」


 いや、なにをおっしゃっているのやらである。平民の出身である俺を、彼女の執事に取り立てることが出来ないというのならまだ話は分かる。

 だが、俺に渡せない、とはどういうことだ?


 それではまるで、フォルが俺のもとに来るような言い方ではないか。フォルがメイドをやってみたいとでも言い出したとか?

 それとも……いや、さすがにそれはないな。アリシアじゃあるまいし、フォルが俺に惚れたと言うことはあり得ない。というか、彼女はたぶん、トリスタン先生に想いを寄せている。

 なら、もしかして――


「あえてもう一度言おう。おまえはフォル姉さんの命の恩人だ。だから、おまえには心から感謝しているし、フォル姉さんが望むのなら邪魔をするつもりはない。だが……」


 ……そうだ、どうして気付かなかった。

 憧れの従姉が死ぬ定めだったからこそ、ランスロット殿下は従姉との婚約を諦め、後に出会うパメラと恋に落ちるというのが原作のストーリー。

 つまり、フォルが死ぬ定めでなくなったいま、彼はフォルに恋い焦がれている。

 そして、それは、つまり、俺がパメラの立ち位置で――


「おまえにフォル姉さんは渡さない」


 悪役令嬢と攻略対象が入れ替わってるっ!


 正直なところ、俺が攻略対象のポジションになり、パメラに言い寄られ、そこからソフィアお嬢様が闇堕ちの危機になる可能性は考えた。

 だがまさか、俺がパメラのポジになり、攻略対象だったランスロット殿下が俺の前に立ちはだかってくるとは完全に予想外だ。

 ……いや、驚いている場合ではないな。早く誤解をとかないと。


「ランスロット殿下、お待ちください。私がフォル先輩――いえ、フォルシーニア殿下を望むなど、そのような恐れ多いことは決してありません」

「なんだと? フォル姉さんが魅力的ではないと言うつもりか!?」


 ああああ、面倒くさいヤツだ!?

 だが、悪役令嬢あらため、悪役王子と考えればそれも不思議じゃない、のか?


「フォルシーニア殿下は大変魅力的な方ですが、執事である私となど、釣り合いが取れるはずがございません。そのようなこと、想像するのも失礼かと存じます」

「……ほう? だが、フォル姉さんの方は、身分は重要じゃないと言っていたぞ?」


 それはたぶん、トリスタン先生のことじゃないかな――なんて、間違っても口に出来ないが、彼女がそう口に出したというのならそう言うことだろう。

 いや、フォルから聞いた訳じゃないので、これはたんなる勘なのだが。


「学園で友人として接する程度ならともかく、身分の開きを考えれば色々と問題が多すぎます。それになにより、私はソフィアお嬢様のお側を離れるつもりはございませんので」

「……なるほど。良いだろう、その言葉が真実であることを願っておこう」


 ランスロット殿下はそう言って立ち去っていった。

 ……どうやら、ひとまずは助かったらしい。


 だが、安堵するのはまだ早かった。ランスロット殿下の誤解も決して晴れた訳ではないし、まだ他のルートが二つ残っている。

 パメラの立ち位置になったという意味を、俺はもう少し考えるべきだった。

 

 

 お読みいただきありがとうございます。


https://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/676550/blogkey/2532528/

 活動報告に発売告知&新しいモノクロの口絵をアップしました。(物凄く格好いいシリル

 また、試し読みで他のモノクロ口絵、カラー口絵3枚をご覧になれます。どれも素敵すぎですが、中でもソフィアお嬢様の闇堕ち寸前イラストは必見ですよ。

 詳しくは活動報告をご覧ください。

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