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閑話 お嬢様のわりと良くある社会勉強 3

 仕入れを終えて店に戻ったレーナは、さっそく食材を厨房へと運び込んだ。厨房にシエルとエフィーはおらず、母のレジーナが迎えてくれる。

 彼女はチラリこちらを見ると料理に視線を戻し、手を動かしながら話しかけてくる。


「おかえり、レーナ。仕入れはちゃんと出来たのかい?」

「うん、大丈夫だった。それより、あの二人は?」

「二人ならいまはフロアだね。恐ろしいくらいよく働いてくれてるよ。執事っぽい男の子はともかく、女の子はどう見てもお嬢様なのに、どこで覚えたんだろうね?」

「だよね。私も最初はどうなることかと思ったけど、ほんとに良かったよ」

「それに関しては、ほんとに肝が冷えたよ」

「あう……ごめんね」


 父が過労で倒れたところなのに、母に心労で倒れさせるところだったと反省する。もっとも、エフィーが横暴な貴族かなにかだったら、今頃はレーナの人生が終わっていたのだが。


「ところで、レーナは二人の素性を聞いたかい?」

「うぅん、機会がなくて聞いてないよ。エフィーさんはシエルくんからお嬢様って呼ばれてたから、やっぱり何処かのお嬢様だと思うけど……お母さんは?」

「私も聞いてないよ。ただ、シミ抜きをした服はそれなりに高価そうだったね。お貴族様が着るほどじゃなさそうだったけど、どこかのお嬢様なのは間違いなさそうだよ」

「そっか……」


 社会勉強と称して働き、実際に給仕も出来る。気さくな性格であることも合わせて、商家のお嬢様なのかなとレーナは考えた。


「なにはともあれ、二人で一人分の賃金であれだけ働いてくれてるんだ。どこのお嬢様だって関係ないさね」

「そうだね」


 もちろん、気にならないと言えば嘘になる。だが下手に探りを入れて仕事を辞められたら困るのはレーナ達だ。無理に聞かない方が良いだろうと判断した。

 それよりも、働く期間の話を一切していない。父が復帰するまで手伝ってくれるように交渉するべきだろう。そんな風に考えながら、レーナはお店の手伝いを再開する。


 まずは仕入れてきた食材を貯蔵庫に片付け、続いてフロアに顔を出す。

 いつもはレーナ一人でフロアを回していたためにもとから手が足りていなかったが、今日は客が待つこともなく、テーブルは綺麗に片付けられている。

 人手があるとこんなに違うんだと、レーナは軽い感動を覚えながら二人の補佐に回った。


 そうして、その日は何事もなく乗り切った。

 レーナは店を閉め、服を着替えた二人に話しかける。


「お疲れ様、今日は本当に助かりました」

「いいえ、私達の方こそ、とても良い経験になりました」


 エフィーが微笑むと、彼女の斜め後ろに控えていたシエルも頷く。


「そう思ってくれたのなら良かったです。まずは、今日のお賃金です。それと、もし二人が嫌じゃなければ、お父さんが元気になるまで働いてくれませんか? お給金は少ないですけど、可能な限り要望には応えますので……」


 お願いできませんかと上目遣いで問い掛けると、エフィーは少し考えるような素振りをしてシエルと顔を見合わせた。それから小さく頷きあうと、再びレーナに視線を戻す。


「分かりました。それでは明日もお世話になります」

「本当ですか!?」

「ええ。ずっとは無理ですけど、ひとまず数日は大丈夫です」

「ありがとうございます、それで十分です!」


 こうして、エフィーとシエルにお手伝い継続が決定した。

 その後、幼い二人を心配して家まで送ろうと口にするが、やんわりと辞退されてしまう。やはり、素性を隠しているのだろう。そんな風に判断して送るのは諦める。

 その代わり、店の掃除はこちらでやるからと、二人を少しだけ早く帰すことにした。



 店内の掃除をひとしきりやり終えた後、レーナはジャガイモの存在を思い出した。

 いまなら試作する余裕がある。

 レーナは母のような料理人になりたくて、料理を日々勉強している。

 まだ厨房に立たせてもらったことはないけれど、もしメニューに並べられるような新料理を作ることが出来れば、母に認めてもらえるかもしれない。


 自分よりも年下の、しかも今日から働き始めたエフィーが母に厨房の手伝いを任されていたことに、少しだけ焦りを覚えていることに本人は気付いていない。

 レーナはジャガイモを貯蔵庫から取り出して、添えられたメモに目を向ける。

 書体の整った美しい文字。レーナでも難なく読める簡潔な文字で書かれた文章に目を通した彼女は、そこに書かれた注釈に眉を寄せた。


「……芽に毒がある?」


 ぱっと見た限り、手渡されたジャガイモに芽は出ていない。けれど、芽が出そうな窪みはいくつも存在している。触っても大丈夫なのだろうかと疑問を抱く。


「やっぱり、売れ残りを押しつけられたのかなぁ?」


 遠方から仕入れてみたが、売れ残ったためにサービスと称して押しつける。ありそう――というか、レーナの家の食堂でも在庫処分は日常的におこなっている。


「あら、なんだか珍しい食材ね」

「ふえっ!?」


 急に声を掛けられて飛び上がる。いつの間にか隣にレジーナが立ち、興味深げにレーナの手にあるメモに目を通していた。


「ふぅん。栽培が容易で安価なのね。ちょっと使わせてくれるかしら?」


 身体を寄せたレジーナが躊躇いなくジャガイモを掴んだ。


「お、お母さん? それには毒があるんだよ?」

「お腹を壊す程度の毒なんて、そこらの食材にあるわよ」


 なんの気負いもなく、手を清めたレジーナはジャガイモの皮を剥き始める。そうしてクルクルと綺麗に皮を剥きながら、毒があるとされている食材について教えてくれる。

 どれもこれも、お店で出している食材でレーナは目を丸くした。


「まさか、トマトにも毒があったなんて……」

「未熟な実や、葉っぱや茎を食べると危ないと言われているわね。もっとも、せいぜいがお腹を壊す程度で、それで死んだなんて話は聞いたことがないわ」


 そんな説明をしている内にも、レジーナはジャガイモの皮を剥き終えた。そうしていくつかの欠片に切り分けると、あろうことかそれを口の中に放り込んだ。


「え、ちょ、なにしてるの!?」


 レシピにも生で食べられるなんて書いていない。なんてことをするのかとレーナは慌てるが、レジーナは無言で咀嚼する。


「レーナ、よく覚えておきなさい。中には危険なモノもあるけれど、食材は可能な限り生の味を覚えるのが、料理で上手くなるコツなのよ」

「その危険なモノがジャガイモかもしれないじゃない!」


 レーナの心配ももっともである。

 だが、レジーナはあろうことか、追加でさきほどよりも大きな欠片を口に入れた。


「お、お母さぁ~ん」

「レーナ、このジャガイモは掘り出し物よ。生でも問題なく食べられるわ」

「えぇ……? ほんと――んぐっ」


 疑問を口にした瞬間、その口の中にジャガイモの欠片を押し込まれた。目を白黒させながらも、レーナはジャガイモを舌の上で転がす。

 警戒に反し、えぐみや苦みは感じない。それに安堵したレーナは思い切って歯を立てる。しゃくっとした食感の後、独特の風味が感じられた。


「小さく刻んだ方が食感は良さそうね。そうしたら、サラダでも出せそうよ」


 レジーナは思いつくままに、ジャガイモをスライスして千切りにする。そうして口に入れたジャガイモは、たしかにさきほどよりも食感が良くなっていた。

 凄いなぁとレーナは感心していたが、レジーナはその場をレーナに譲った。


「……お母さん?」

「このジャガイモの研究は貴方がするのでしょう?」

「そのつもりだったけど……お母さんがやった方が良いんじゃない?」


 自分は生食なんて考えてもみなかったと、敗北感を抱きながら一歩引く。そんなレーナに対して、レジーナはイタズラっぽい笑みを浮かべた。


「貴方がやらないんだったらエフィーさんに任せてみようかしら?」

「……え?」

「あの子、とっても筋が良さそうだし、教えれば腕の良い料理人になるかもしれないもの」

「それは……」


 いままで感じたことのない、焦燥感が胸の内に生まれた。そしてそれが、エフィーに対する嫉妬で、負けたくないという思いへと昇華したそのとき。


「冗談よ。ジャガイモの研究は貴方がなさい」

「……お母さん?」

「貴方は一人っ子だから、いままで誰かと比べられることもなかったでしょ? だからいまの気持ちを大切になさい。そうしたらきっと、誰もが認めるような料理人になれるはずよ」

「……ありがとう、お母さん。私、頑張るよ!」

 

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