閑話 エマから見た、自信がないお嬢様
私の名前はエマ。もうすぐ11歳になります。
ローゼンベルク侯爵家に仕えるメイド見習いの私ですが、生まれ育ったのはスラム街。最近まで食事すらままならない生活を送っていました。
一つのパンを家族で分け合う――そんな暮らしをしていた私が、気が付けば王都の貴族街、それも一等地にあるローゼンベルク侯爵家の別宅で働いています。
ここに来る前の私にそのことを話せば、そんなありもしない夢物語を言わないでと怒ったと思います。それくらい、スラム街で育った子供にとってはありえないような幸運です。
スラム育ちの私やお兄ちゃんを取り立ててくださった慈悲深きソフィアお嬢様。そして、ソフィアお嬢様に口添えしてくださった優しいシリル先生。
二人のおかげで、いまの私達は毎日美味しいご飯を食べることが出来ています。だから、そんな二人に報いたいと必死に頑張っているのですが――
ローゼンベルク侯爵家の王都にある別宅の訓練室。
「エマ、洗練された所作とはすなわち、指先にまで神経を張り巡らせた迷いのない動きの繰り返しです。貴方はもっと自信を持って行動なさい」
「はい、ルーシェ先輩」
ルーシェ先輩に注意されて私はびくりと身を竦めた。私達の教育係を引き受けてくれたルーシェ先輩は優しいお姉さんだけど、礼儀作法のお勉強になると途端に厳しくなるのです。
私やお兄ちゃんは、スラム街で生まれ育った卑しい子供。自分でそんな風に思ったことはなかったけれど、ここで生活しているとそれを思い知らされます。
だからこそ、そんなハンデを覆さなくちゃいけない。そのために、ルーシェ先輩が心を鬼にして、私達を厳しく躾けてくれていることには感謝しかありません。
ソフィアお嬢様がお認めになったことだから――と、面と向かって批判するような人はいないけれど、教育するだけ無駄だと考えている人は珍しくはないのです。
スラム街で他人の顔色を読んで暮らしていたから、なんとなく分かるんです。
だけど、だからこそ、ルーシェ先輩の厳しい目が私の挙動に向けられている。その状況下で、私はどうやっても自信を持って動くことが出来ない。
だって、スラム街で育った私には、人目を惹くような動きは求められなかった。他人の目に入らないように、身を縮めて生活するのが当たり前だったから。
「エマ、それでは変わっていませんよ」
「も、申し訳ありません」
「自信を持てと言っているのに謝ってどうするのですか」
「申し訳、ありません……」
期待に応えられないことが情けなくて泣きそうになる。涙を堪えて俯くと「今日の訓練はこれくらいにしましょう」と口にしたルーシェ先輩に頭を優しく撫でられた。
「エマ。貴方は頑張り屋です。このわずかな期間で、よく礼儀作法を身に付けていると言えるでしょう。現に、ロイよりも貴方の方が礼儀作法は早く身に付けていますからね」
お嬢様を護衛するための戦闘訓練では、お兄ちゃんの方が上達が早い。けれど、礼儀作法は私の方が、お兄ちゃんよりも上達が早いようです。
「だけど、だからこそ、貴方のオドオドとした態度は所作に滲んでいるんです」
「……どうしたら自信を持つことが出来ますか?」
「うぅん……そうですね。やはり場数を踏むことでしょうか」
「場数……ですか?」
侯爵家で働く使用人は、下級貴族、貴族ではないけれど名門、もしくは豪商の人間などがほとんどで、ここで働くまでにパーティーなどを経験しているそうです。
だから、このお屋敷で働く頃には、相応に場慣れしているのが普通だそうです。
「でも、私は……」
「そうですね。貴方にはそういった経験がありません。かといって、どこかの豪商の元へ修行に出すようなことも出来ませんし……良いことを思いつきました」
ルーシェ先輩がにんまりと笑みを浮かべた。
ルーシェ先輩は優しくも厳しい先生ですが、その本性は自由奔放。シリル先生からそんな風に聞いていた私は、ルーシェ先輩の笑みに非常に嫌な予感を覚えました。
そして、それは正解でした。
――貴族の子供達が集まる王都の学園。
その敷地内には、校舎、講堂、訓練室。そういった建物の他にパーティー会場や、有力貴族や派閥が使う建物がいくつも建ち並んでいます。
貴族街といっても差し支えのないレベル。そんな区画の中でも上位の位置にあるお屋敷では、今日も華やかなお茶会が開かれています。
庶民派に分類される、ソフィアお嬢様が作り上げた派閥のお茶会です。
そのお茶会に、私はなぜかメイドとして参加させられていました。
他のメイド達に決して前には出ないようにと口を酸っぱく言われましたが、言われなくても前に出ようだなんて夢にも思いません。
ソフィアお嬢様と、そのお友達と言えば気楽に聞こえるかもしれませんが、そのお友達というのは誰もが貴族令嬢ばかり。
粗相一つで私の首が飛ぶ――くらいで済めば御の字でしょう。
ルーシェ先輩は「大丈夫大丈夫、もし失敗したって、ソフィアお嬢様がフォローしてくれますよ」なんて言っていたけど、仕えるべき主にフォローさせた時点で大問題ですね。
私はさっきから痛いくらい背筋を伸ばして、作り笑顔で硬直していました。
もしも私の顔を覗き込む者がいたら額を流れる冷や汗に、目を覗き込む者がいたらその目がぐるぐる回っていることに気付いたでしょう。
――ルーシェ先輩、むちゃくちゃです!
空気、私は空気。
そう言い聞かせて直立する私の前で、優雅なお茶会が続いていました。
◆◆◆
香り高い紅茶に、珍しいお菓子の数々。ソフィア派のお茶会でしか味わえない贅沢に、ご令嬢達は優雅に微笑みを浮かべる。
彼女達はいわゆる灰被り姫だ。
貴族にも階級は存在しており、無邪気に身分差を振りかざす子供も珍しくない。ゆえに下級貴族の子供は、上級貴族の庇護を得られるかどうかで命運が決まる。
たとえば第一期メンバーであるアーケン子爵家のフェリスや、ティターニア伯爵家のラクシュは、優秀であるがゆえに初等部から学園に通っている。
だが、初等部から通う貴族は上級貴族が大半である。
伯爵は上級貴族に分類されるが、その中では下級。その更に下である子爵は言わずもがなで、Aクラスに所属する彼女達はとても大変な日々を送っていた。
だが――いや、だからこそ、初等部で既に出来上がったグループからあふれていた彼女達は、中等部初日からソフィアのお茶会に参加することが出来た。
大きな力を持つ侯爵家の令嬢が作った派閥。
それに入れてもらえただけでも大きな意味があると言うのに、ソフィア派は瞬く間に大きな影響力を持ち、王族とすら懇意になっている。
いまでは中等部でも一位二位を争う勢力となった。
その新鋭派閥で、いままで浮いていた者達が中核メンバーとして扱われている。
周囲からのやっかみは以前よりも増えたが、直接なにかしてくる者は格段に減った。そしてなにより、以前よりもずっと、仲良くしようとする者達が集まってくる。
今回は、そんな話題で盛り上がっていた。
けれど、一人だけ物憂げな顔をしている者がいる。子爵の娘であるフェリスだ。気もそぞろな彼女の態度に、彼女に仕えるメイドがヤキモキしているが本人は気付かない。
「ところで、フェリスさんはどうかなさったのですか? 先ほどから溜め息をついてらっしゃいますが、なにか悩み事がおありですか?」
フェリスの様子がおかしいことに気付いたソフィアが問い掛けた。そのささやかな気遣いの中には、もう一つの気遣いがある。
この派閥の主であるソフィアが、溜め息をついている理由だけを聞けば、このお茶会に不満があるのか、という詰問になりかねない。
ソフィアはそれを避けるために、悩みがあるのかと付け加えたのだ。
貴族の血を引く者として高度な教育を受けた子供達とはいえ、普通は中等部に通う子供がそのような迂遠な気遣いややりとりを見せることは珍しい。
けれど、ソフィアに限っていえば珍しくもなんともない。
その都度、使用人からソフィアの迂遠な言い回しの意味を教えられている派閥の者達は、少しだけ察しが良くなっている。
ゆえに、フェリスを責めるつもりがないというソフィアの意思は皆に伝わった。そしてフェリス本人もまた、自分が失礼なことをした上で許されたことに気付く。
「も、申し訳ありません。少し、気の重いお話がありまして……」
「気の重いお話、ですか? もしよろしければ、話してみませんか? わたくしでは頼りにならないかも知れませんが……」
「そ、そのようなことはありませんわ。……その、聞いて頂けますでしょうか?」
ソフィアはふわりと浮かべた微笑みで応じる。
入学試験をトップで合格し、貴族コースAクラスの主席となった彼女は、まだ幼い容姿ながらに、どのような相談にでも応じてくれそうな頼もしさを滲ませている。
そんな彼女の堂々とした姿に、フェリスは羨ましがるように息を吐いた。
「実は私、いままであまり交流のなかった伯爵家のパーティーに招かれたのです」
ソフィアはほんの少しだけ首を傾げたが、他の令嬢達はその瞳に理解の色を灯した。
自分よりも上位の貴族に招かれることは一般的には光栄とされる。自分よりも下位の貴族であっても、パーティーに招く価値があると判断されたと言うことになるからだ。
懇意でなかった相手であればなおさらだ。
けれど――ソフィア派に所属する令嬢達はいま、あちこちから招きを受けている。それも自分達よりも上位の貴族で、光栄であると同時に断ることも難しい招待が多い。
それが彼女達自身の魅力であるのなら、彼女達も喜んでいただろう。けれど、彼女達が招かれる理由の多くは、ソフィア派の中核メンバーであるからに他ならない。
ようするに、フェリスがパーティーに招待されたのは、ソフィア派に参加したい伯爵令嬢が、その足がかりとしてフェリスに目を付けた結果、ということだ。
「もちろん、ソフィア様に迷惑を掛けるような真似をするつもりはありません。でも、私にとっては上位の貴族ですから、どうお断りすれば良いかと、ほとほと困ってしまって……」
フェリスの溜め息に令嬢が揃って頷く。他の令嬢にも心当たりがあるようだ。それに気付いたソフィアは、やはりもう一度小首をかしげた。
「悩まずとも、受ければ良いではありませんか?」
「受ける……ですか? ですが、私を招く目的は、おそらくソフィア様との繋がりです。上位の貴族に招かれた上で、紹介して欲しいと詰め寄られれば、私ではとても断れません」
自分より下位の貴族を招き、盛大にもてなした上でお願いをする。それはつまり、自分がここまでやっているんだから、まさか断ったりはしないよね? という脅しにもなる。
しかも、パーティーに招かれた時点で断ることも出来る。――実際に断れるかどうかはともかく、一応の選択肢は与えられている。
そのうえで参加すれば決して逃げられない。それがご令嬢方の共通認識だった。
けれど――
「貴方が断る必要はありません。もしも権力を笠に詰め寄られるようなことがあれば、わたくしに話を通すと応じれば問題はありませんわ」
面倒ごとは引き受けるとソフィアは言い放った。
そのうえで、気に入らない相手なら、取り次ぎと引き換えに安全を買い、気に入った相手なら、取り次ぎと引き換えに縁を結べば良いと付け加える。
「いずれ社交界に出るわたくし達にとって、有力な貴族と縁を結んでおくことはとても重要です。せっかくのチャンス、有効活用をしなくてどうするのですか」
「で、ですが、それではソフィア様に迷惑を掛けてしまうのではありませんか?」
ソフィア・ローゼンベルクの庇護を受けた令嬢達は、当然のようにソフィアに迷惑を掛けないことが当たり前だと考えていた。
けれど――
「わたくしは、お茶会の集まりを結成した日より、貴方達を守る覚悟は出来ています。ですから、そのような心配は無用です。もしも困ったことがあれば、わたくしを頼りなさい。ね?」
ソフィアは穏やかな微笑みを浮かべる。
十二歳にして、既に侯爵令嬢としての風格を備えている。ソフィアの派閥に参加している令嬢達は、自分達の派閥の代表の頼もしさを再確認する。
ゆえに、彼女達は等しくこう思った。
デビュタントを控える自分達にとって、有力な貴族と縁を結んでおくことはたしかに重要だ。だからこそ、他の誰よりも、ソフィア様との縁を大切にしよう、と。
こうして、ソフィア派の結束を強めていく。
◆◆◆
お茶会は恙無く終わりました。もっとも、いきなりお茶会に送り込まれた私は、プレッシャーとストレスで胃が痛くなりましたけど。
とにかくお茶会は終わり、ローゼンベルク侯爵家の別宅へと帰還です。お嬢様と同じ馬車に乗るのはルーシェ先輩のはずだったのですが、なぜか私が同乗することになりました。
隣に座るお嬢様の横顔を見つめます。私と二つしか年が変わらないのに、ソフィアお嬢様のたたずまいは自信に満ちていてとても綺麗です。
そしてそれは最近のことではなく、もう何年も前からこうなのだそうです。
「……エマ、そんなにわたくしの顔をジッと見つめて、どうかしたのですか?」
「し、失礼いたしました」
「構いません。それより、わたくしになにか聞きたいことがあるのではありませんか?」
「……え?」
「さきほどから、ずっとそんな顔をしていますよ」
お嬢様はどこまでお見通しなんでしょう。
驚くと同時に、これはチャンスだとも思いました。ただの使用人が、仕えるべき主に話しかけるなんて普通は許されない。だけど、話しかけられたいまは別ですから。
「実は……ルーシェ先輩に、貴方はもっと自信を持てと叱られたのです。それで、どうしたら、いつでも自信に満ちたソフィアお嬢様のように振る舞えるのかな、と」
「……自信、ですか」
ソフィアお嬢様が少しだけ困ったように眉を落としました。
「も、申し訳ありません。分不相応な質問でした。お許しください」
「いいえ、構いません。ただ……私は自信なんてありませんから、貴方の問いにどう答えたら良いのかなと考えていたのです」
「……自信がない、ですか?」
私はパチクリと瞬いた。
侯爵家のご令嬢で、その身分に相応しい立ち居振る舞いを身に付けている。国中の貴族が集まる学園の入試ではトップの成績を収め、堂々と新入生代表を務めたとも聞いています。
そんなお嬢様に自信がないと言われても冗談にしか聞こえません。
「失礼ですが、お嬢様に自信がないなどと、とても信じられません。さきほどのお茶会でも、お嬢様は堂々としていらっしゃったではありませんか」
「それは自信があるからではありません。そういう風に振る舞っているだけですわ」
「振る舞っているだけ、ですか?」
本当は自信がないのに、自信があるように振る舞う。
言っている言葉自体は理解出来なくもないですが、並み居るご令嬢達を前に堂々と振る舞っていた。それが演技だなんてにわかには信じられません。
だけど、ソフィアお嬢様は本当だと微笑みました。
「いまだって、貴方の相談に上手く答えられるか、本当はドキドキしているんですよ?」
穏やかな微笑みを浮かべるソフィアお嬢様は、落ち着きのあるお嬢様然としています。そんな堂々とした態度で、実はドキドキとしていると言われて誰が信じられるでしょう。
もしかしたら、自分はからかわれているのかなと思ったほどです。
けれど――
「シリルに言われたことがあるんです。侯爵令嬢たる者、みだりに感情を露わにしてはいけない。内心でどれだけ不安でも、優雅に振る舞えるようにしなければいけません、と」
「……それで、お嬢様は堂々と振る舞えるようになったのですか?」
堂々と振る舞えと言われただけで振る舞えるのなら苦労はしないでしょう。そんな私の疑問に、ソフィアお嬢様はゆっくりと首を横に振りました。
「最初は難しいと感じました。堂々と振る舞うには、失敗してもフォローするだけの自信が必要です。どんな状況でもなんとか出来る自信があるからこそ、堂々と振る舞えるのです」
「そう、ですよね」
自信がなければ堂々と振る舞えない。なのに、ソフィアお嬢様は自信がないのに堂々と振る舞っているという。お嬢様の言葉は矛盾しています。
私には及びもつかないような考えがあるのでしょうか?
「貴方はルーシェに教育されているのですよね?」
「はい、そうです。ルーシェ先輩に色々と教えてもらっています」
「彼女、普段はいいかげんに振る舞っているけど、本当は凄く気配りが出来るでしょう? 貴方がなにか失敗をしたとしても、上手くフォローしてもらえるのではありませんか?」
「……はい。先輩にはいつも助けられています」
今日のお茶会でもそうでした。カチコチになっていた私が動かなくて済むように、ルーシェ先輩が上手く立ち回ってくれました。
自分が失態を演じずに済んだのはルーシェ先輩のおかげと言っても過言ではありません。
「ふふっ。わたくしと一緒ですね。それならば大丈夫です」
「えっと……どういうことでしょう?」
「ルーシェを信頼しているのなら、堂々と振る舞うのは難しいことではありません。だって、彼女が必ずフォローしてくれると信じられるでしょう?」
「……それは」
堂々と振る舞えるのは、失敗しても最低限の被害に抑える自信があるから。つまり、どんなに失敗しても、及第点を取れる自信があれば堂々と振る舞うことが出来る。
ソフィアお嬢様はそれを飛躍して考えろ、と。
つまり、たとえどんな失敗をしてもルーシェがフォローしてくれるのだから、心配せずに堂々と振る舞えば良いと言っているのです。
「そのようなこと……」
「気持ちは分かります。失敗して迷惑を掛けるかも知れないと思うのでしょう? でも、堂々と振る舞った方が失敗は減るものですよ」
堂々と振る舞えないことが問題となっている以上、失敗しても先輩がなんとかしてくれると考え、堂々と振る舞った方が先輩の期待に応えられるという意味。
もっとも、理解できたからといって、実践できるかは別問題です。先輩が見守ってくれていると考えれば少しは安心できますが、やはり迷惑を掛けるかもという不安は消えません。
だけど、それでも、いままでよりは堂々と振る舞えるように思えました。
「ありがとう存じます、ソフィアお嬢様。すぐには無理だと思いますが、少しだけ堂々と振る舞えそうな気がします」
「役に立てたのなら良かったです。でも、気を付けてくださいね。その考え方には、一つだけ欠点がありますから」
「欠点、ですか?」
「ええ。その人が手伝ってくれることなら、どんなことだって大丈夫だって思えるけれど、その人が手伝ってくれるかどうか分からなければ、とても不安になるのです」
それを避けるためには、その人が手伝ってくれるように根回しが重要ですよ――と、ソフィアお嬢様は教えてくれました。
それを聞いた私はふとした疑問を抱きました。
私はルーシェ先輩を頼りにしています。だけど、そのルーシェ先輩にだって出来ないことは多い。たとえば、権力を振りかざす貴族の相手は、ルーシェ先輩には無理でしょう。
戦闘訓練だって、先輩は受けていません。
ならば――
「ソフィアお嬢様が堂々と振る舞っているのは、誰を頼りにしているから、なんですか?」
いつだって堂々と振る舞えるソフィアお嬢様。
そんなソフィアお嬢様が信頼しているのは誰なのか。その問い掛けに、ソフィアお嬢様がほのかにはにかんだ。その甘ったるい空気から、私は優しい先生の顔を思い浮かべる。
「もしかして……」
「シリルには内緒ですよ?」
人差し指を唇に当てて、私のご主人様はいたずらっ子のように微笑んだ。