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彼と彼女の計画 2

 演劇を終えた後、俺とソフィアお嬢様はすぐに王城へと足を運んだ。アルフォース殿下やアリシアが、フォルの様子を見てきて欲しいと送り出してくれたのだ。


 倒れた直後で面会を断られる可能性も心配したのだが問題なく許可は下りた。そうして訪ねたフォル先輩の寝室、彼女はベッドの上で上半身を起こしていた。


 部屋にいるのは彼女一人だが、隣の部屋にいくつか気配がある。前回は気付かなかったが、おそらくは、フォルの護衛を兼ねている者達が控えているのだろう。

 その気配の一つには心当たりがある。


「ソフィア、シリル。お見舞いに来てくれたのね」


 顔色が良いとは言えないが、フォルは表情をほころばせる。

 それを見たソフィアお嬢様が安堵の息をついた。


「倒れたと聞いて心配しておりましたが、思ったよりは元気そうですね」

「心配掛けてごめんね。それに、せっかくの演劇も休んでしまって……ソフィアがヒロインを演じてくれたって聞いたけど、無事に終わったのかしら?」

「え、それは……」


 ソフィアお嬢様が珍しく狼狽える。

 演劇のラストシーン。結局、キスをする寸前に照明は落とされたのだが――ソフィアお嬢様は、まだあの衝撃から立ち直っていないようだ。

 少々お仕置きが過ぎたのかも知れない。


 後でトリスタン辺りからフォルの耳に入ることは想像に難くないが、わざわざ話題を提供して根掘り葉掘り質問されるに付き合う必要はない。


「お嬢様は立派にフォル先輩の代役を果たしておられましたよ」


 会話が途切れた隙に割り込み、客観的な感想として伝える。

 ソフィアお嬢様の様子がおかしいことから意識を逸らそうとしたのだが、フォルは獲物が掛かったハンターのように目を輝かせた。


「あら、他人事のように言っているけど、あなたもアルの代役として、ソフィアの王子様を演じたのでしょう? ラストシーンはどうなったのかしら?」


 どうやら、既に演劇の内容についての報告も受けているらしい。可能性として予測していた俺は表情を動かさなかったが、ソフィアお嬢様が見事に動揺した。


「ラ、ラストシーンですか?」

「――もちろん、予定通りに終了いたしましたよ。どなたかの不手際で照明が遅れて落ちるという手違いはありましたが、それだけです」


 フォルの憶測をぴしゃりと撥ね除ける。

 選民派の耳にでも入れば、お嬢様が傷物になったとでも噂されかねない。それゆえに、照明を遅らせたのがトリスタン先生であることを理由に釘を刺しておく。

 もし問題が発生したら、トリスタン先生に責任を追及するという意味だ。


 もちろん、実際にそのようなことにはならないだろう。だが、ソフィアお嬢様をからかわせたりはしない。もしからかうつもりなら、相応の反撃を覚悟しておけという牽制である。

 それは正確に伝わったようで、フォルは降参だとばかりに肩をすくめた。


「分かったわ。演劇は無事に終わった、そういうことね」

「ええ、その通りです」


 アリシアは急な役の交代で拙い部分も目立ったが、雰囲気はとても良く出ていた。アルフォース殿下もところどころ詰まる部分があったが、堂々とナレーションの役目を果たした。

 ソフィアお嬢様は言わずもがなで、俺は無難に役目を果たした。


 俺が無難という下りでソフィアお嬢様に謙遜だと言われるが、ひとまずみなの演技は十分に文化祭の出し物のレベルに達していたと報告する。

 その話を最後まで聞き終えたフォルはどこか寂しげに笑った。


 ここまで一緒にやって来た彼女が仲間であることは疑いようがない。だけど、それでも、上がるはずの舞台に上がれなかったことが寂しいのだろう。

 だから、俺は予定通りにソフィアお嬢様に向かって頷き掛けた。


「フォル先輩、これを見てください」


 ソフィアお嬢様が一枚の紙を差し出す。


「これは……選考結果?」

「ええ、文化祭の優秀なグループを選考する審査で生徒会の演劇が選ばれました」


 フォルが小首をかしげた。

 文化祭初日、それも午後の途中でなぜそんな結果が出ているのかと思ったのだろう。だが、書類を読み込めば分かる。それは、生徒会がノミネートされたという知らせだ。


 ゆえに、現時点では賞が確定している訳ではない。おそらくは最優秀、最低でも優秀賞をもらえると信じているが、実際には優秀賞すらもらえない可能性もある。

 その場合は演劇の部という、文化祭で一組しかない演劇の賞を作ってもらう予定だ。


 権力を使って選考結果を変えるような恥ずかしい真似は出来ないが、権力を使って当たり障りのない賞を作ることは許容範囲のうちだ。

 実際のところ、名目はなんだって良かった。残念賞でも、参加賞でも、なんでも。彼女が俺達と一緒に演劇に取り組んだという記念が欲しかっただけだ。

 そして、その証として――


「私の、名前が……?」


 審査委員に提出する書類。生徒会による演劇の代表者にはフォルシーニアと書き込んである。それを見つけたフォルが戸惑うように身をよじる。


「でも、私、舞台に上がっていないし……」

「関係ありません。フォル先輩はわたくし達生徒会の代表です。それが間違っているだなんて誰にも言わせません。あの舞台は間違いなく、あなたと一緒に作り上げた舞台です」


 ソフィアお嬢様が断言する。

 それを聞いたフォルは不意に視線を逸らす。だが、気分を害した訳ではないだろう。顔をそむけた彼女の頬を、キラリと光る雫が伝い落ちた。


「そんな、そんなことを言われたら泣いてしまうわ」


 もう一度こちらを向いた彼女は、隠しようがないほどにその頬を濡らしている。見ているだけで悲しくなるような表情を浮かべながら、彼女は幸せそうに微笑んだ。


「最期に素敵な思い出をありがとう」――と。


「私は貴方達の心に残ることが出来たのね。これがあればもう怖くない。この想いを胸に、私は最後まで笑って逝けるわ」

「そんな、そんな悲しいことを言わないでください!」

「ごめんなさい。でも、だんだんと倒れる間隔が短くなっているの。まだ何ヶ月かは生きられると思うけど、演劇のように体力を使うことはもう出来ないと思うの」

「――やだ、やだよっ! そんなこと言わないでよっ!」


 ソフィアお嬢様が涙を流し、子供のように駄々をこねる。それはきっと、俺以外に見せる初めての年相応な姿。それほど、フォル先輩のことを大切に思っているのだろう。


 だから、これまで根回しをしてきた。俺はお嬢様の専属執事。万難を排し、彼女を幸せに導くのが役目。俺は、ソフィアお嬢様に頼られるのを待ち望む。


「……シリルぅ~」


 泣きじゃくるソフィアお嬢様が子供のころのようにしがみついてきた。だから俺もあの日のように「お嬢様、どうかなさったのですか?」と問い返した。


「あのね、私……いえ、わたくしは……」


 年相応な子供のように泣きじゃくっても、お嬢様は自分の立場を見失っていない。無理難題を口にすれば、専属執事である俺を困らせると理解している。

 悪役令嬢になるはずだったお嬢様は、誰よりも優しい女の子に成長した。

 だけど同時に――


「ソフィアお嬢様は、私のことを見くびっていますね」

「……見くびる、ですか?」

「お会いして間もない頃、私に泣きついてきたことがありましたね? あのときは、私がソフィアお嬢様を信じました。だから――今度は私を信じてください」


 ソフィアお嬢様が目を見開いた。

 俺がなにを言っているのか気付いたのだろう。不安と期待をないまぜにしたような顔で、俺の顔をジッと覗き込んでくる。

 俺はハンカチを取りだして、その瞳に浮かぶ涙をそっと拭った。


「……良いの? シリルを信じて、わがままなお願いをしても……良いの?」

「もちろんです、お嬢様。私は、ダメなことをダメじゃないとは申しません」


 ソフィア・ローゼンベルクの専属執事。その名に懸けてと宣言する。俺の本気を感じ取ったのか、ソフィアお嬢様はおずおずと口を開いた。


「じゃあ……じゃあ……フォル先輩を、フォル先輩を助けて!」

「それは、ご命令ですか?」

「……そう、です。シリルは以前、どんな願いでも一つだけ叶えてくれると言いましたね?」

「はい、たしかにそう申しました」

「では、その権利を使います。ローゼンベルク侯爵家の娘、ソフィアがシリルに命じます。わたくしの親友であるフォルシーニア殿下を救いなさい!」


 不安を押し殺し、咲き誇る薔薇のような気高さをもって言い放つ。ソフィアお嬢様が心から願うのなら、それ以外に理由は要らない。


「――お嬢様の仰せのままに、フォルシーニア殿下を救って見せましょう」


 日々成長を重ねる主の前に、俺は恭しくかしこまった。

 その瞬間、ソフィアお嬢様は安堵から涙を流す。お嬢様は俺のことを心から信頼してくれている。彼女はきっと、俺が異世界からの転生者だと口にしても信じるだろう。

 だが、そうじゃないフォルはキッと睨みつけてくる。


「シリル……あなたがそんなすぐにバレるような嘘を吐く人だとは思わなかったわ」

「いいえ、フォル先輩。あなたの認識は間違っていません。私はあなたが思っていたとおり、すぐバレるような嘘を吐く者ではありません」

「――なにを、なにを言ってるのよっ! いま、彼女に嘘を吐いたじゃない! そんな嘘で慰めて、後で余計に悲しませることが分からないの!?」


 烈火のごとくに怒りを露わにする。

 自分だって悲しいはずなのに、ソフィアお嬢様の心配をしている。やはり彼女は優しい女の子だ。そんな彼女を誤解で悲しませたことに反省する。


「誤解させてしまって申し訳ありません。ですが私は、あなたを本気で救うつもりです」

「なにを……っ。ふざけないで! 私は決して治らない死病を患っているのよ! この国の薬剤師がみんなっ、私の教育係だってそう言ったわ!」

「その教育係というのは――トリスタン先生のことですね?」


 フォルがびくりと身を震わせた。

 そのまま沈黙してしまうが、その反応だけで十分だ。だが、事情を知らないソフィアお嬢様が「フォル先輩の教育係は女性ではありませんでしたか?」と問い掛けてくる。


 その通りだ。

 フォルは何度か、教育係のことを『彼女』と呼んでいた。


「フォル先輩の言葉を鵜呑みにすれば、教育係は女性ということになりますね」

「……つまり、フォル先輩が嘘を吐いていた、ということですか?」


 不正解だ。

 だが、それを口にすると話がややこしくなると曖昧に笑った。


「……私の教育係がトリスタンだったとして、それがなんだというのよ?」

「いえ、ただの確認です。私が本当にあなたを救えるかどうかの、ね」

「なにを……言っているの?」


 困惑したフォルが問い掛けてくるが、いまはまだ全てを話すことが出来ない。少し考えた俺は、先生の目的について話すことにした。


「あなたの先生が私を捜していた理由を、貴方は知らなかったはずです」

「……それが、なんだって言うのよ?」

「あなたに目的を伏せたのは、ぬか喜びさせる可能性があったからです。ですが、その心配はなくなった。――そうですよね、トリスタン先生?」


 壁の向こうにある気配に向かって問い掛ける。おそらく、俺が彼の名前を口にした瞬間から応じる用意があったのだろう。隠し扉が開いて、トリスタン先生が姿を現した。


「……先生、どうして?」


 戸惑うフォルの前に、トリスタン先生が恭しくかしこまった。


「色々と気を揉ませて申し訳ありませんフォルお嬢様。ですが、もう心配はありません。シリルなら、あなたを必ず救えるでしょう」

「……なにを、言っているのよ?」

「本当は、もう少し段取りをつけてからご報告する予定だったのですが……ソフィアお嬢様や、あなたの精神を考えても、ここで打ち明けるのが妥当だったでしょう」

「そんなことを聞いているんじゃないわっ。私は助からないんじゃなかったの!?」


 フォルは泣き笑いのような顔をした。

 彼女はもはや助からないと聞かされ、色々なことを諦めようとしていた。急に助かると言われて、胸の内で膨れあがった感情を持て余しているのだろう。


「あなたの病は不治の病、それは間違いありません。ですが、彼がいれば、その症状を完璧に抑えることが出来るはずです」

「……シリルがいれば?」


 フォルだけでなく、ソフィアお嬢様までもがそうなのですかと視線を向けてくるので、俺は微笑み返すことで応じた。


「ソフィアお嬢様、フォル先輩。今後の治療について、トリスタン先生と少々話をしたいのですが、席を外してもよろしいでしょうか?」

「え? ええっと……わたくしはかまいませんが」


 ソフィアお嬢様が、納得のいっていなさそうなフォルを見る。だが、ソフィアお嬢様にそんな風に問われて、ダメだと言えるフォルではない。


「なんだか良く分からないけど、私が助かるって言うなら好きにして」


 なにやら投げやりな返事が返ってきた。拗ねたときのソフィアお嬢様に少し似ているかも知れない。そんなことを考えながら、トリスタン先生と共に席を外す。



 その後、トリスタン先生に連れてこられたのは研究室だった。トリスタン先生の研究室で、フォルの症状を抑える薬の開発をしていたらしい。

 俺はその研究室の椅子に適当に腰掛けた。


「――それで、俺に一体なにをさせるつもりなんだ?」


 執事として振る舞うのを止めて、素の自分を曝け出して問い掛ける。それに対して、トリスタン先生はパチクリと瞬いた。

 その反応がおかしくて、思わず笑いが零れ落ちた。


「なんて顔をしてるんだ、らしくもない」

「いや、驚くだろう。おまえは、自分がなにをさせられるか理解もしないで、フォルお嬢様を救ってみせると豪語していたのか?」

「ああ、そうだ。だが……間違ってないだろう?」


 フォルの教育係が、どうして転生者を探しているのかが分からなかった。だが、教育係がフォルの言うとおり、俺のような人物だとしよう。

 俺がフォルの教育係なら、可愛い教え子――それも、もうすぐ死ぬはずのフォルを、転生者探しに巻き込んだりしない。

 もし巻き込むとしたら、相応の理由があるときだけだ。


 余命わずか半年のフォルを、転生者捜しに巻き込む理由なんてそうそう存在しない。だが、余命が半年しかないフォルを救う為ならば、転生者捜しに巻き込む理由にはなり得る。


 俺にフォルを救う知識があるかどうかたしかめる。

 それだけなら、他にいくらだってやりようはある。だが、俺にフォルを救う知識があったとしても、俺がフォルを救おうとしなければ意味がない。


 なら、俺にフォルを救わせるにはどうしたら良いか。

 その答えは簡単だ。俺自身にフォルを救いたいと思わせる。もしくは、ソフィアお嬢様に、フォルを救って欲しいと願わせれば良い。


 つまり『彼女』の目的は、俺が必要な知識を持っているか確認しつつ、俺がフォルを救おうとする環境を作り上げること。

 生徒会に俺達を加入させたところから、『彼女』の計画通りだったのだ。


 だがそれだけでは、実際にフォルを救えるかどうか判断できない。だから俺は、転生者である『彼女』に救えないフォルを、他の転生者が救える可能性について考えた。


 前世の世界の医者ならば、この世界に存在する不治の病に対処できるかも知れない。

 だが、『彼女』が医者を捜しているとは思えない。医者が転生者である可能性は低すぎるし、もし医者を捜しているのなら、医学知識を確認するような仕込みをするはずだ。

 だが、『彼女』が授業を通して探りを入れてきたのは別の分野だった。


 つまり、『彼女』が求めているのはその知識。


「彼女をぬか喜びさせたくなくて慎重になったのは理解できるけど、もう少し他の手段があったんじゃないのかよ――姉さん(・・・)


 確信を持って告げた言葉に、『彼女』は口の端を吊り上げた。

 

 

 お読みいただきありがとうございます。

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