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戯曲 光と闇のエスプレッシーヴォ 前編 2

 ある日の昼休み。

 俺はソフィアお嬢様のお茶会で給仕をしていた。

 本来、執事とは後ろで黙しているものだが、このお茶会ではお嬢様方に話しかけられることが多い。そもそも他ならぬソフィアお嬢様が話しかけてくる。

 そんなわけで、俺もお嬢様方の質問に答えるのが日常となっていた。

 そして今日も――


「では、シリルさんも演劇に参加するかも知れないんですね」

「役をいただくかは分かりませんが、なんらかの形で関与はさせていただくと思います」

「では、その際は最前列で観させていただきますね」


 パメラはティーカップをソーサーに置いて、ふっと目を細めた。泣きぼくろを持つパメラの微笑みは、幼さの中に熱っぽさもある。

 演劇を楽しみにしてくれているのだろう。俺は最大限の感謝を伝えた。


 彼女は伯爵家の娘でありながら、執事の俺にも気さくに話しかけてくれる。試験の折に俺が助けたことも理由にあると思うが、ソフィアお嬢様の影響も大きいのだろう。

 ソフィアお嬢様は、見るからに俺を重用しているからな。


「でも……そう、生徒会に。ねぇソフィア様、生徒会の活動が忙しくなるのなら、こちらのお茶会はしばらく休止なさるのかしら?」


 パメラがソフィアお嬢様に問い掛ける。


「いいえ。練習が忙しいときはお休みをしたり、日程を変えることはあるかもしれませんが、わたくし達のお茶会を休止するつもりはありません」


 第二王子や生徒会と手を取り合うことになったが、ソフィアお嬢様は生徒会という派閥に入ったわけではない。ゆえに、この派閥が消滅することはない。

 と、事前に話し合っていたことをパメラ達に伝えた。

 言葉に出さずとも不安に思っていた者が多いのか、周囲から安堵の吐息が漏れた。それから、各々が演劇について話し始める。


「それにしても、生徒会が演劇ですか。変わっていますね」

「いいえ、私の姉様がいた頃は、生徒会が演劇をしていたそうです」

「まぁ、そうなんですの?」


 お嬢様方の話し声が聞こえてくる。

 縦ロールのお嬢様、フェリスは生徒会が演劇をしていたことを知っているらしい。幼い頃、姉の学園祭に来て、生徒会の演劇を観たことがあるそうだ。


「どうして止めてしまったんでしょう?」

「私には分かりませんが、当時の生徒に聞けばなにか分かるかも知れませんね」


 フェリスは原因が分からないと言ったが、俺には予想が付いている。三年前まで演劇がおこなわれていた――つまりは二年前と去年だけ演劇がおこなわれていない。


 二年前と言えば、フォルが中等部に上がった年だ。生徒会が王族の派閥を兼ねているにもかかわらず、彼女の周りには誰もいない。

 その辺りに事情があるのだろう。

 だが、憶測で語ることではないと、彼女達の会話には口を挟まなかった。



 数日経ったある日、俺達は再びフォルに呼び出しを受けた。

 生徒会室のテーブル席。俺も今日は生徒会役員の一人として席に座っている。ソフィアお嬢様と同じ席に座るというのは……なんというか新鮮な光景だ。


「今日集まってもらったのは他でもないわ。生徒会で演じる台本を用意したわ。まずはこれを見てくれるかしら?」


 フォルの指示を受けたメイドが、台本の写しをそれぞれの前に配る。

 植物紙の薄い紙に、綺麗な字で台本が書かれている。


 お嬢様方はその台本に目を通し始める。

 俺も合わせて、自分の前に配られた台本に目を通した。


 ――ヒロインは下級貴族のお嬢様。彼女はとあるパーティーの会場で横暴な貴族に絡まれてしまうが、そこに現れたお忍びの王子様に救われる。

 そのときは相手の正体が分からず、初恋は儚くも終わってしまったかに見えた。けれど三年後、学園に入学した彼女は自分を救ってくれた王子様と再会する。


 だが、王子様には既に婚約者がいた。

 許されぬ恋に、ヒロインは強い葛藤を抱く。けれど、頼もしいメイドに背中を押され、王子様との逢瀬を重ね、やがて二人は恋に堕ちる。


 だが、それを知った婚約者も黙ってはいない。

 王子様の気持ちが自分から離れていくことに気付いた彼女は、王子様をヒロインから奪い返そうと、あの手この手でヒロインに嫌がらせを始める。

 だが、王子様がその悪事を暴いたことで婚約者は破滅してしまう。

 真実の愛を勝ち取った王子様とヒロインは幸せなキスをして閉幕。


 ……ちょっと待とうか。

 なんか、物凄くこのあらすじに心当たりがある。

 いや、待て。冷静に考えよう。あらすじが似ているなんて良くあることだ。

 特に、正体不明の殿方に救われ、後に再会して恋に堕ちる。だが、二人が結ばれるまでには様々な障害があって――なんて話はごまんとある。


 そうだ、まずはタイトルを確認しよう。

 そうすれば、別の作品だってことがハッキリと――


『光と闇のエスプレッシーヴォ』


 ………………ふむ。

 タイトルまでが同じだとは珍しい偶然もあるものだ――って、そんな訳あるか! どう考えても、前世の世界にあった乙女ゲームの台本だ。

 光と闇のエスプレッシーヴォのゲームが舞台になった世界で、光と闇のエスプレッシーヴォの演劇をするってなんだ、意味が分からない。


 ……いや、可能性はいくつか存在する。

 たとえば、ゲームがもととなった世界であるがゆえに、そのゲームのシナリオがなんらかの理由によって、台本として存在する可能性。

 どういう理屈があればそんなことになるかは分からないが、ゲームが基となった世界であること自体が本来はあり得ないのだから、絶対にありえないとは言い切れない。


 だが、俺はもう一つの可能性を疑った。

 すなわち、俺と同じ世界からの転生者が、その台本を書いた可能性だ。


 もしも俺と同じように転生してきた人間がいるのなら、この台本を書くことが出来る。

 そして、そんな台本を書く理由は――と顔を上げるとフォルと目が合った。彼女はすべてを見通すような深く青い瞳で、俺のことをジッと見つめていた。


 だが、俺だってソフィアお嬢様の専属執事。

 顔を上げる前にあらゆる可能性を想定していた。ゆえに表情は動かさない。なんでもない風を装って、どうしましたかと首を傾げて見せた。


「あなたはこの台本のことをどう思うかしら?」

「寡聞にして聞いたことのない演目ですね」


 嘘を吐いたという感情が表に出ないよう、この世界では――と声には出さずに呟く。


「それはそうよ。この台本を書いたのは私の教育係で、彼女は演劇とは無縁の人物だもの。だからこそ、台本についてどう思うのか聞きたいのよ」


 なんと、この台本はフォルの教育係である女性が趣味で書いたそうだ。

 どう考えても嘘である。

 俺が覚えている限り、アルフォース殿下の重要なセリフや立ち回りが完璧に再現されている。これを書いたのは転生者で、光と闇のエスプレッシーヴォのコアなファンに違いない。


 その教育係の女性が転生者か?

 もしくは、教育係というのは嘘で、フォル本人が転生者だという可能性もある。そういえば、フォルは日記と称していつもペンを走らせていたが……

 現時点ではなんとも言えないな。

 ひとまず――


「そうですね。ストーリーは王道を押さえています。キャストの人数的にも問題はありませんし、よろしいのではないでしょうか?」


 執事として当たり障りのない感想を返す。

 刹那の時間、フォルと俺の視線が交差した。


「……そうね、私もそう思うわ」


 フォルは俺から視線を外して、続けて他の役員達に感想を求めていく。俺は再び台本に視線を落として、あれこれと考えを巡らす。


 もちろん、ただの偶然という可能性も否定できない。転生者が台本を書いたとして、その目的はただ、大好きな物語を書き残したかっただけという可能性だってある。

 だが、俺はこう考えた。


 光と闇のエスプレッシーヴォを演劇にしたのは、他の転生者を探すため――と。


 さきほどのフォルは、俺達の反応をうかがっていたと思えないだろうか?

 あくまで可能性だから、本当のところはどうか分からない。もしかしたらただの偶然で、フォルはただ台本の感想を聞きたかっただけかも知れない。

 そうでなくとも、フォルはなにも知らないという可能性もある。


 だが、作中にフォルのような才女は存在していない。

 それを俺は別の理由だと思っていた。だけど、もしも彼女がイレギュラーな存在だったとしたら、ゲームの彼女はただ平凡で目立たなかっただけかも知れない。


 もちろん、実際のところは分からない。分からないけれど、ここでそれを追及すると言うことは、俺が転生者であると喧伝するようなものだ。

 ひとまず、この台本を書いたのはフォルの教育係――女性という情報が手に入った。いまはその彼女が本当に存在するのか、存在するとしてその目的がなにかを探る必要がある。

 相手の目的が分かるまでは下手に動かない方がいいだろう。


 しかし、参ったな。

 ひとまず、派閥争いの危機が去り、お嬢様を取り巻く環境にも平和が訪れたと思ったのに、まさか生徒会でこんな展開になるとは予想もしていなかった。


 出来れば他の演目にして欲しいところだが、人気ゲームのシナリオはこの世界でも高評価なようで、満場一致で光と闇のエスプレッシーヴォを演じることが決まってしまった。


「それじゃ配役だけど、誰にどの役を演じてもらうのが良いかしら?」


 来た――と警戒する。

 ヒロイン、メイド、王子、悪役令嬢、そして執事などのナレーション。

 キャストがすべてここに揃っている。だが、ソフィアお嬢様など、作中の本人とはまったく性格が異なっている人物もいる。

 ここでキャストについて下手なことを言うのは命取りだ。

 ――と思っていたら、ソフィアお嬢様が手を上げた。


「あら、ソフィアさん。なにか意見があるのかしら?」

「わたくし、悪役令嬢を演じてみたいです」


 ――お嬢様っ!?

 思わず素で叫びそうになった。とっさに無表情を取り繕った俺を褒めて欲しい。


 だが、フォルはもちろん、アリシアやアルフォース殿下までもが呆気にとられている。

 よくよく考えれば、ソフィアお嬢様は侯爵家のご令嬢で、社交界に舞い降りた聖女とまで噂されている。そんなソフィアお嬢様が悪役令嬢……ミスキャストすぎる。

 いまのは驚くのが正解だった。

 だが、全員が驚いていたので、表情を変えなかった俺に気付いた者はいなさそうだ。


「えっと、ソフィアさんが悪役令嬢の役を、やるの?」

「……いけませんか?」

「いけなくはないけど、どうして悪役令嬢なのかしら?」

「ヒロインなんて、わたくしに似合いませんもの」


 嘘だ――と、この場にいる全員が突っ込んだと思う。侯爵令嬢で、聖女とまで噂されているお嬢様ほどヒロインに相応しい人間はそうはいない。


 もっとも、ここにはモデルとなったアリシアや、実は王女であるフォルがいる訳だが。

 しかし、悪役令嬢をやりたいなどと言っては転生者だと疑われるのでは……いや、ソフィアお嬢様がゲームの知識を持っていたら、悪役令嬢をやりたがるはずがないか。


「ま、まあ、あなたが悪役令嬢の役が良いというのなら、私はかまわないわ」

「本当ですか? わたくしが悪役令嬢、やってもかまいませんか?」

「え、ええ。みなさんもよろしいですか?」


 フォルの問い掛けに、他の者達が頷く。

 反対意見はなかったが、ソフィアお嬢様があまりに無邪気にやりたがっているので、誰も反対できなかったというのが正解かも知れない。


 ちなみに、アルフォース殿下は、少しだけ残念そうな顔をしている。

 この場にいる男性は俺とアルフォース殿下だけ。

 物語のラストに王子とヒロインのキスシーンがあるので、自分が王子役で、ソフィアお嬢様にはヒロイン役をやって欲しいと考えていたのだろう。


「では、王子役ですが……」


 フォルが俺とアルフォース殿下を見比べる。


「さすがに私が王子役など出来るはずがありません。アルフォース殿下に異論がなければ、王子役は彼にやってもらうべきでしょう」

「そう? シリルはこう言っているけど、アルフォース殿下はいかがかしら?」

「分かりました。僕で良ければ、ぜひ王子役をやらせてください」


 そんなわけで、アルフォース殿下が王子役、俺がナレーションの役となった。


「では、残りはヒロインとメイドですが、アリシアさん、ヒロインの役なんてどうかしら」

「いえ、ヒロインはフォルさんが相応しいと思います」

「私が? でも、そうするとあなたは……」

「はい、私はメイドをやってみたいです」


 こっちはこっちでメイドなのか……色々と予想外すぎる。

 だが、たしかに王族のフォルにメイドをさせるわけにもいかないだろう。王族のメイドであれば、下級貴族の娘が引き受けることも珍しくない。

 そういった意味では、アリシアがメイドなのはある意味で適任かもな。


 ともあれ、配役は決定。設営に必要な人材は業者を雇うことが決定した。

 そうして、今度の文化祭では光と闇のエスプレッシーヴォを公演することになった。

 俺としては、お嬢様に友人を作って、学園生活を楽しんでもらいたかっただけなのだが、なにやら色々と予想もしていなかったことになってきた。


 

 お読みいただきありがとうございます。

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