7 今までと新しい鏡
誤字報告ありがとうございます!感謝します!
少し前私「絶対誤字ないから。めっちゃ見直すから」
慢心でしたぁ...
犬猪を狩りながら思い返す。
――――私は魔女に好かれている。
私が初めてフルダイブVRMMOを始めたのは、高校1年生になって少し経った頃だった。
ちょっとした事故で入院していた私は、入院中の動けない状態から少しでも気を紛らわせるために、電脳世界で飛んだり跳ねたり駆けまわったりしようとゲームを始めた。
タイトルは「Dream's echo online ~君の見た夢~」。私の運動したい欲求を満たすために、母が買ってきたゲームだ。
「なんというか、お母さんっぽいセンスにゃね...そのゲーム、駄作で有名にゃ」
「なんで母親って微妙な菓子とか買ってくるんだろうな? この前なんてルマンド買ってきたぞ」
「Dream's echo online ~君の見た夢~」は、Magiratoraと同じ中世風の世界観に剣と魔法というありふれた内容のゲームだ。
私はより動き回るために、職業は剣士を選んだ。部屋の中で辟易していた私は目の前に広がる自然に一気に惹きこまれ、しばらくの間遊び倒した。
それから数週間。現実ではリハビリが始まっていた。そんなリハビリをしつつも空いた時間にゲームをやっていると、森の中で指輪を拾い突発クエストが始まる。お届け先は「魔女の家」だった。
魔女に指輪を届けるとなぜかとんでもなく気に入られてしまい、あれよあれよと口車に乗せられ、退院する頃には立派な魔女になっていた。
「私はその時、もうその場の空気に流されたりしない。自分の意思で生きていこうと心に決めました」
「立派な決心にゃ。案外ゲームから学べることって沢山あるにゃからね」
――――私はとても、魔女に好かれている。
私が二つ目に遊んだゲームは「Black soul / White blade」。ディストピア感の溢れる世界で、武器や魔法を用いてなんとか生き抜いていくというオンラインゲームだ。
高校2年生になった頃にサービス開始されたそのゲームは、基本無料で出来るという宣伝文句に大半の高校生たちの話題をかっさらっていた。
私もその話題に乗り遅れるわけにはいかない...仕方がないので、私もそのゲームを始めることにした。
「もう空気に流されてるにゃ! さっきの決心どこ行ったにゃ!」
「思い返してみると、マリが自分の意思を貫いてるとこ見たことないような?」
「そんな事...あるかもな... まぁ、俺も気持ちは分からんでもないがな」
「Dream's echo online ~君の見た夢~」では中途半端にしかできなかった剣士プレイ。私はこの機会にしっかりと遊びつくそうと心に決めた。
早速剣士キャラを作り、そこそこ育った頃に中堅くらいのクランに所属。気が付けば剣士クラスの中でトップレベルの実力を誇る事になる。
私は一人の女吸血鬼のNPCにぞっこんだった。ディストピアという暗く湿った世界観の中で、吸血鬼という生きづらい身体。それでも必死に生きる彼女の姿が私の心を魅了してやまなかったのだ。
「マリの吸血鬼好きはここからなのかな?」
「分からんにゃ。マリの吸血鬼への愛はすでに狂人の域にゃ。もっと根深い事情があってもおかしくないにゃ」
私は来る日も来る日もその女吸血鬼と過ごした。今まではよく分かっていなかったけど、アイドルやアニメキャラにお金を使い込む大人の気持ちが少しわかった気がした。
ある日、女吸血鬼が死んだ。ちょっとした事故だったようで、ディストピアなゲームとしては仕方のない事だった。でも、私はそれが受け入れられなかった。
それからの私は狂ったようにレベルを上げ、情報を集め、NPCを蘇生する方法を見つけ出した。蘇生薬だ。
「蘇生薬は現在の攻略最前線の少し先にある街でなら、作れる人がいるかもしれない」。そんな情報を得た私は、狂ったようにレベルを上げ、全財産を投げうって手に入れたアイテムをアホ程使い潰しながら単身で最前線を踏破し、噂の錬金工房を訪れた。そこから出てきたのは老婆。いわゆる魔女だった。
「ひぇひぇひぇ、あたしの作る薬なら、死んだ爺さんも慌てて飛び起きるさね」
ふがふが喋る魔女から蘇生薬をぶんどり、急いで女吸血鬼の死体まで帰る。
満を持して女吸血鬼に蘇生薬を使用し、生き返るのを待つ。彼女が起きたら何を話そうかな? あれから色々あったから、全部話し終えるのに何日かかるかな? なんて考えながら待っていたが、一向に起きる気配はない。それどころか、溶けてなくなっていた。
魔女のNPCをぶっ殺してゲーム終了。
「魔女に騙されました。これからは全ての言葉をまず疑ってかかろうと思いました」
「よく考えたら吸血鬼ってアンデッドにゃ? そりゃ薬は逆効果にゃね...」
「騙されたっていうか、前提からして間違ってたというか...」
「狂的な吸血鬼愛の片鱗を垣間見た気がするぜ...」
――――私は心底、魔女に好かれている。
失意のどん底にいた私を励ましてくれたのは、当時同じクラスにいた奈宮 寧音。のちのクロエだ。
「大丈夫? 明日には首吊ってそうな雰囲気してるけど」なんて遠慮なく言ってくるものだから、色々な話をしたり、色々な場所へ遊びに行ったり、気が付くと親友になっていた。
「親友だってよ、クロエよぉ」
「照れるにゃね」
高校二年生も終わりに近づいた頃、クロエは私を別のゲームに誘った。それがグレン、ショーイチと仲良くなるきっかけとなるオンラインゲーム「秩序のOverture」だ。
ヘンゼルとグレーテル、白雪姫と言ったグリム童話をモチーフにしたゲームで、それぞれの童話がすべて混ざったような世界に、やたらファンシーな登場キャラ。それでいてゲームバランスなどが絶妙で、初心者から上級者までがしっかりと楽しめる、世界が認める神ゲーだ。
「お、TOTの話かい?」
「そんな略し方してるのお前だけにゃ。秩オバで決着ついたにゃろ?」
「お前ら昔っからそれで揉めてたけどよ...今だから言うけど、ぶっちゃけどっちでもよくね」
一つ目のゲームでは中途半端になり、二つ目のゲームでは魔女に騙されたので、剣士に対していい思い出がない。今回の秩オバでは剣士をやめて魔法使いを選択した。
クロエはすでにそこそこプレイしており、固定パーティも組んでいた。そのメンバーがグレンとショーイチで、クロエとは高校一年生の時に同じクラスだったそうだ。
そんなメンバーでゆるく楽しくゲームをプレイしていると、とある街中で「この先の道外れに古い屋敷があるんだが、近づかない方がいい。吸血鬼が出るってもっぱらの噂だ」という話を耳にした。
すぐに駆け付けると、その屋敷の前には一人のNPC。話を聞くとどうやらクエスト用のNPCだったようで、「吸血鬼に会うには、最低でも魔女クラスの力がないととても太刀打ちできない」と言われ、三ヵ月鍛えまくって、クソ面倒な手順を踏んでなんとか魔女になった。
万感の思いで吸血鬼に出会い、「さぁ、熱く滾る戦いを楽しもうぞ!」という吸血鬼との戦いを拒否。自分も吸血鬼になることで丸く収めた。
それからはゲーム内唯一の吸血鬼プレイヤーとして楽しい毎日を過ごした。
「いや、あの時はマジでビビったぞ! なんかこいつメキメキ強くなってんなぁと思ったら、いつの間にか魔女になってやがるし、しかも人間やめてやがるし」
「あちしなんて血吸われまくったにゃ」
「あはは、クロエは現実でも首筋噛まれてたよね」
「いきなり「ちょっと吸わせて」って寄ってきたから、普通に首筋差し出したニャ。それが当然にゃと思ってしまったのにゃ...」
「分かるぜ、たまに現実とごっちゃになるときあるよな。俺もこの前現実で友達との会話中、くしゃみしようとしてミュートボタン探したぞ」
「それはただのアホにゃ」
「なっ...」
吸血鬼になってしばらく経った頃、私たちも高校三年生になり、そろそろ大学受験に意識向けないといけない時期にイベントが告知されたのだ。
私達4人は、一緒にできる最後のイベントとして臨んだのだけど、ここでひとつの事件が起こった。
そのゲームの吸血鬼はある特殊な能力を秘めており、私は完全にそれを失念していた。いや、仕方がなかった。なにせ吸血鬼になって半年は経っていたから。
その能力とは「月のない夜にPKを行うことで、倒した相手をその場に即時リスポーンさせ、種族を吸血鬼に変化させるとともに「眷属化」状態にする」というものだ。ちなみに眷属化されたプレイヤーの得た経験値の一部が、眷属化させたプレイヤーに送られるという性質がある。
善良なプレイヤーの私は普段PKなんてしない。最後にキルしたのなんて、前のゲームのクソ魔女くらいのものだ。あれはNPCだったけど。
そして私たちの最後のイベントの内容が「PvP」。それも月のない夜に。
そこそこの時間を費やした私は秩オバ内で中堅レベルの戦力を持っており、夜だと強くなる吸血鬼という好条件も相まって敵を葬り続けたのだ。
すると、私が倒したプレイヤーは吸血鬼となって即時復活。そのプレイヤーが別のプレイヤーを倒してまた眷属化。その繰り返し。爆発的に吸血鬼が増えるとともに、なにもしなくても得た経験値の上前が常に入ってくるという大富豪状態。
イベントが終わってみると、参加していた実に9割近くのプレイヤーの種族が吸血鬼に変貌していた。以降月のない夜は、経験値を求める吸血鬼と吸血鬼ハンターのPK合戦になったそうな。
「まさかあんなことになるなんて、私はひとかけらも思いませんでした。あれは運営が悪いです」
「教科書に載るレベルの見事な開き直りにゃ。いっとくけど、あれは吸血鬼の性能を忘れてノリノリでキルしまくったマリのせいにゃ」
「仕方ない部分もあると思うけど、「眷属化」のスキルって確かオフにできたはずだよね」
「いやー、隣で見てて笑いが止まらなかったぜ! 倒したそばから立ち上がって、ゾンビみたいに他に群がるプレイヤーな!」
「俗にいう「吸血鬼パンデミック」ね。僕そのとき掲示板見てたけど、お祭り状態だったよ」
「今でもたまに「吸血鬼オンライン」とか見るよな。ゲーム史に残る大事件を引き起こしたのがコイツってのも、なんかちょっと面白ぇわ」
「あちし学力ギリギリにゃったから、あれから一切秩オバやってないんにゃけど、そんなことになってたにゃね...」
「やらなくて正解だったと思う。僕らも息抜きでたまにログインしたけど、「真祖様は今日はいらっしゃらないのですか!?」とか「吸血鬼の女王様ァ!」とかすごかったよ」
「俺ら完全に顔割れてたからなぁ。当の本人がローブのフードで顔隠れてたから、真祖につながるプレイヤーが俺らくらいしか分からなかった...ってのも一因だろうが」
イベント後からは4人とも受験勉強に意識を向け、一緒にゲームをしなくなった。
私はちょくちょくログインしていたけれど、ログインする度に異常に上がっているプレイヤーレベル、一種のカルトのようになった真祖教の狂信者たち、会ったこともないのに「お姉さま」と呼んでくる女性プレイヤー。
それはそれで面白かったけど、ちょっと遊んだら満足したので終了。
それから3年。Magiratoraを始めるに至った。
そう、私はとことん魔女に好かれていた。
なんやかんやあって、今回も魔女とつながりを持っている。
あのクソ魔女と違って優しいので大丈夫だとは思うが、用心して楽しもうと思う。
「にゃー、ところでそろそろ北に行かないかにゃ? マリのレベルが不安にゃけど、そろそろ犬猪も見飽きたにゃ」
「晩飯前に、ちょっと様子見ておきたいところではあるな」
「そうだね。僕らが上手くサポートすれば何とかなるんじゃないかな?」
「うっし、したら北に向かうか? この辺も人増えてきたしな!」
「いいね」
ゲーム開始2日目の夕方、3人と合流して雑談しながらレベル上げ中だ。
3人は朝方までレベル上げに勤しんでいたそうで、夕方になるまで爆睡していたようだ。
私は普通に朝起きて9時ごろにログインして、たまに服をチクチクやったりしながらソロでレベルを8まで上げた。そろそろ自分の服が完成するので、売り物用の服をある程度作ってバザーにでも出そうかと思っている。
「この辺がエリアの分かれ目にゃね」
「なんかごつごつしてんな」
「北は岩場だっけ?」
「街で「岩トカゲ」の素材を見たから、敵は多分そいつかな?」
「へぇ、デカいのかな?」
「牙一本が人差し指くらい」
「思ってたよりデカそうにゃね」
岩トカゲの牙は昨日クリスのところで散々触った。<錬成>のレベル上げ用にもいくつか確保したいところだ。
皮算用していると、クロエが合図してくる。<察知>スキルで敵を見つけたようだ。
「にゃ、あっちに一匹にゃ」
「おう、さっすがクロエ。便利だな」
「その誉め言葉はどうかと思うにゃ」
一番前に大盾グレン、その少し後ろに剣士クロエ、間を取って魔法の私と弓師ショーイチという陣形で素早く近づく。
見えてきたのは、見た目が岩そのもののデカいトカゲ。大きさは大きめのワニと言ったところか。
「岩トカゲとはよく言ったものだなァ!うらァ!!」
「確かに、みたまんま、だにゃ!」
岩トカゲの攻撃を盾で防ぎつつ、声を荒らげてヘイトを集めているグレン。たまに片手の斧で隙をついている。
そんなグレンの後ろからひょこひょこ出ながら素早く切りつけるクロエ。息ぴったりの連携は、長い間一緒にゲームやって得た賜物だ。
「ふっ! くっそ、アレ表面固すぎて剣も矢もはじいてるっぽいよ!」
「私の出番かな」
遠くから矢を射ながらそう語るショーイチ。スキルを使っている感じもしないのに百発百中レベルで矢を当てていく。
よく考えたら表面岩だし、物理防御が高いのだろう。最近覚えた魔法を使うしかあるまいね。
「いくよ! <鏡片>! <複製>!」
そう唱えると、私の目の前に銀色で小さな半透明の魔法陣が展開される。さらにその魔法陣の隣に薄い鏡が出現し、魔法陣を写し取る。
鏡の破片が実像と虚像の二つの魔法陣から勢いよく撃ちだされ、岩トカゲに突き刺し切り裂く。鏡魔術 Lv5で覚えた魔法<鏡片>と、ついさっき鏡魔術 Lv10で覚えた魔法<複製>だ。
▽鏡魔術 Lv5
鏡片
鏡の破片を前方に射出する。魔法でありながら物理も併せ持ち、表皮を切り裂く。
▽鏡魔術 Lv10
複製
発動中の自分の魔法を写し取り、自動的に発動する。
岩に鏡の破片ってどう考えても弾かれそうだけど、見た感じ半分は効いているようだ。半分弾かれているあたり、物理属性と魔法属性で半分なのだろう。
「うわえっぐぅ、それ絶対こっち向けて撃つなよ?」
「断言はできないよ」
「にゃ、傷の部分なら剣が入るにゃ」
「あのトカゲ絶対こっち見てるよね」
「ちょ、グレン! ヘイト稼いで!」
「エグすぎて絶句してたわァ!ぶらァ!!」
絶叫がむなしく響き渡り、私に突っ込んでくる岩トカゲ。
<反射>でひっくり返し、ボコって終了。ドロップは「岩トカゲの牙」、「岩トカゲの岩皮」でした。
「にゃー、倒せたにゃ。でも魔法使いいないと厳しそうにゃ」
「マリがいるときは北でもなんとかなりそうだな。この調子だと2匹以上はちとキツいが」
「てゆか、マリのその<鏡魔術>めっちゃ強くない?」
「それ思ってたにゃ。初期にあった<魔道>とは、それこそ格が違うというかにゃ」
「<魔道>じゃなくて<魔術>ってあたりも怪しいよね。もしかして1次スキルなのかな?」
「てぇことは、ショーイチの<木魔道>は、いずれ<木魔術>になるってことか?」
「多分ね... 使い勝手がゴミだし、北の岩場だと木がないから、いつになるか分からないけど」
「俺も土魔道育てねぇとなぁ... このままじゃ北でやっていけそうにないわ」
「同感にゃ。晩御飯食べたら、その後は魔法のスキル上げかにゃー」
「じゃ、僕もそうしようかな? 弓と風なら相乗効果狙えそうだし。とりあえずご飯行ってくるね!」
「おう、んじゃとりあえず解散な!」
「あーい」
さ、私も晩御飯食べてこよっと。