闘技大会-番外 出店のおっさん
普通のお話が書きたくなった結果、急遽差し込み。
闘技大会編が全6回になりました。
次回投稿 2019/10/30 20時
闘技大会本戦の日。日が沈みきり、夕日のオレンジが徐々に暗く染まっていく頃。コロシアム壁面の巨大なディスプレイには、拳を構えたおっさんが双剣の兄ちゃんに勝利した瞬間がダイナミックに映っていた。それに合わせるように、コロシアムからは少し離れたアイネールの街にも届くんじゃないかというほどの大きな歓声が鳴り響いている。
コロシアム内が大いに盛り上がっていたその時、コロシアム外もかなり盛り上がっていた。
夕暮れ時だというのにまるで昼と同じように照らされたコロシアム前の屋台の並びは、有名なお祭りにも引けを取らない賑わいを見せている。現実の祭りと違う点があるとしたら、そこに射的や輪投げといったポピュラーな娯楽系の出店がなく、代わりに武器屋やスキルスクロール屋のような物騒な店がずらりと並んでいるというところだろうか。
まぁ、俺もそんな店と肩を並べて飯屋を開いているわけだが...自慢じゃないが、アイネール周囲の街を何回も巡って素材を集め、色んな組み合わせを何百回も試して最近ようやく完成したこの"タコ焼き"は傑作中の傑作だ。
中身はタコではないんだが...味や食感は完全に旨いたこ焼きそのものだ。
でかでかと"タコ焼き"の看板を掲げ、コロシアム壁面のディスプレイで観戦しながら客を待つ。自慢じゃないが、ただの[料理人]でしかない俺は武術に疎い。そんな俺でも、派手なエフェクトと人間離れした動きには目が惹きつけられる。これがもし現実なら一大スポーツになってたかもしれないし、できることなら俺もビール片手に観戦したかったところだが...北の街で買える"酒"、純粋なアルコールに近いんだよな...酒飲みのNPCにプレゼントしたらかなり喜ばれるらしいが、プレイヤーの俺らからしたらもったいねぇ。いつか旨い酒をここでも飲みたいもんだ...
「おっちゃん、タコ焼きなんて珍しいな! 一つもらえるか?」
試合のインターバルに挟まれるトーナメント表をだらっと見ていたら、長剣を二本腰に下げた茶髪の兄ちゃんがタコ焼きを買いに来た。角はないし歯も耳も尖ってないから、恐らく人間だろう。
これだけたくさんある出店からウチを選ぶとは、お目が高いねぇ。
「あいよ、400セルね。今から焼くからちょいと待ってろ」
知り合いの鍛冶師に頼み込んでなんとか作ってもらったこのタコ焼き鉄板にサッと油を敷き、いろんな素材アイテムを組み合わせて作り上げた特製の生地を流し込む。魔石を使った謎システムで暖められた鉄板に流れ込んだ生地が、じゅうじゅうと香ばしい匂いをあげる。
「なぁ、さっきの試合見てたか?」
「おん? もちろん見てたぜ。流石にここまで来て試合見てない奴なんていないだろ」
タコ焼き機から目を離してコロシアムの壁面のディスプレイを見ると、今は試合のインターバル中のようで、トーナメント表が大きく表示されていた。
次の試合は...[軽業師]クロエと[炎熱の見習い魔女]エシリアか。普段は生産板しか見てないからよく分かっちゃいないんだが、たしかこの二人ってアイドル並みに人気のあるプレイヤーだったか?
「だよな!いやー、熱い戦いだったわ! 俺も双剣使ってみたくなったぜ」
「ん?拳のほうじゃないのか」
「拳のほうはガチで技術の塊でな、俺には使えねぇよ。なら、ある程度は技術がなくても振れる双剣の方が俺向きかと思ってな。
つっても、双剣の方も技術ありきの職業なんだが」
「違いねぇな」
茶髪の兄ちゃんは腰の二本の長剣をとんとんと強調しつつ、苦笑しながら話してくれた。きっと彼は形から入るタイプなのだろう。
俺は武術系にはからっきしなんだが、俺みたいなプレイヤーから見ても拳と双剣の戦いは...なんというか、拳の方の技術力が光っていたように見えた。あれはスキルの強さってよりも個人の強さだろう。
ジュウジュウと生地が焼け、一口サイズに切った"タコ"を一つずつ落として生地を追加で流し込む。ここからがタコ焼きの本番だろう。
「いや~、にしてもよぉ...双剣のイザムにはかなり大金賭けてたんだが、まさかここで散るとはなぁ」
「へぇ、兄ちゃんは双剣に掛けてたのか。ご愁傷さまだな」
「おっちゃんは?」
「俺か? 俺は...」
俺はポケットにしまっていた紙切れを取り出す。ちょっと撚れちまったが賭けの半券としては問題ないだろう。
書かれている文字は...
「難波。唯一の[商人]のあいつだな」
「大穴じゃねーか!おっちゃん中々ギャンブラーだな...」
「おう、夢はでっかく持つもんだろ? 当たりゃ御の字、負けても仕方ねぇで割り切れるしな」
「漢だねぇ」
堂々のオッズ最高値をたたき出した[商人]の難波。あいつが戦う姿は予選の時に初めて見たが、それだけで十分希望があるように見えた。1回戦は不戦勝みたいなもんだったが、このまま相性のいい組み合わせが続けば、もしかしたら...
にしても、闘技大会前までは口先だけの男だと思っていたんだが...まさかこんなに簡単に印象がひっくり返ってしまうとは。人間って思っていたよりも単純なんだなぁと我ながら思ってしまう。
いい具合に焼かれたタコ焼きをくるくるとまわしながら、周りの店を見る。パッと見ただけでもバラエティ豊かな出店が多く見えるが...
「あー、このタコ焼きの匂い、たまらねぇわ...」
「そういや兄ちゃん、他の出店も行ったか?」
「ん? おう、結構面白い店が多かったぜ。なんだ、敵情視察か?」
「まぁそんなとこか」
「あっはは、正直だなぁ。あんまりリアルじゃ祭りとか行かねぇから、大体全部目新しくは思ったが...ゲームならではっていう点だと、特にあそこの"はじけタバコ"なんてのはかなり面白かったぞ」
茶髪の兄ちゃんから聞いた感じ、割とオリジナリティのある出店が多かったようだ。
吸うと口の中でパチパチと弾ける感触が楽しめる柑橘系のようなフレーバーの"はじけタバコ"や、最近巷で流行っている水餅、油でカラッと揚げたポテトチップスのような味、食感の花びらを持つ"ポテチ薔薇"。中には<水魔術>の<操水>を使って中身のジュースをうまく動かさないと飲めないようになっている"知恵の輪グラスの木の実ジュース"なんていう謎の商品まで売っているらしい。俺の"タコ焼き"も人のことは言えないだろうが、よくそんな面白食品を見つけてくるもんだよな...
焼き上げたタコ焼きを器に盛り、アイネール周辺で採れる数種類の甘いフルーツやスパイス類を煮詰めて作ったソースをへらで塗り付け、ネギっぽい植物を盛り付ける。ここに鰹節、青のり、辛子マヨネーズなんてもんがあれば完璧だったんだが、こればっかりは仕方ねぇ。
涎を垂らさんばかりにタコ焼きを見つめている茶髪の兄ちゃんに手渡す。
「お待たせ。焼きあがったよ」
「待ちくたびれたぜ!あぁ、まさかゲーム内でたこ焼きを食えるなんてな!!
いただきまーす!...ッ...!」
はふはふ言いながら頬張り、美味ぇ美味ぇと笑顔で食ってくれる茶髪の兄ちゃん。これでも自信作だからな。
...にしてもここまで旨そうに食ってくれるなんて、料理人冥利に尽きるってもんよ。
「うんまっ、なんだこれ、マジで旨いな...!」
「あんがとよ」
「いやマジで。もしかしておっちゃんって本場の人?」
「おう、その通り」
「なるほど、本場のタコ焼きってこういう感じなのか...暇が出来たら行ってみたいもんだなぁ」
同じ料理でも、本場とそれ以外じゃかなり味が違ったりするんだよな。うどんとかラーメンも結構違ったりするし。
「いやー、感動だわ...にしてもこの世界ってタコいたんだなぁ。釣りとかか?」
「...お、そろそろ試合が始まるみたいだぞ」
「おぉ!あの二人の戦いが見られるなんてな! 俺も観客席に戻るわ!また今度たこ焼きについて教えてくれよな!」
「...あいよ」
中身はタコじゃないんだが...アレを話すのは憚られるよな...
観客席に走って帰る茶髪の兄ちゃんの背中を見送る。後ろめたい何かから逃げるように斜め上を見たら、コロシアム壁面のディスプレイでは二人の女の子が試合開始の合図とともにド派手な大立ち回りを繰り広げていた。
誤字報告とても助かってます!報告された部分はすべて調べなおして精査しておりますので、今後も気軽に送っていただければ幸いです。
ちなみに前回更新分、誤字報告が過去一番多かったです。申し訳ない...