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57 出会い

次回投稿 2019/10/24 20時










夜。青白い月が昇り、辺りを仄かに照らしている。現実と同じように満ち欠けする月は、どうやら今日は三日月のようだ。

ミラーウィッチ2階のリビングから覗くアイネール南のプレイヤー区画大通り。夜も更けているというのに、ここは昼間よりも賑わっている。そりゃ現実では丁度てっぺんを過ぎた頃だからね。VRゲームプレイヤーからしてみたら、今からがゴールデンタイムといえるだろう。


テーブルを囲む椅子に座るのは私一人。エル姉はもう寝てしまった。私もそろそろ寝ようかなぁと思ったんだけど、服作ったり<錬金>したりと細かい作業をしていたら止め時が分からなくなってしまった。

たまには、こんなだらっとした夜更かしも新鮮でいいなぁ...なんてぼんやり考えながら、口恋しくなっていつものようにポットとカップを棚から取り出す。



「あれ...お茶の葉が...」



お茶の葉のバッグを保管していた陶器の入れ物に手を入れても感触がなかった。そういえばさっきミーナちゃんが「あっ...お、お茶の葉が最後の一個でした...明日買ってきますね」と言っていたような...完全に忘れていた。

南の通りは賑わっている。この時間ならまだ、お茶の葉の店も開いてるかな?



「仕方ない、買いに行こう。付き合ってくれる?」


『まかせろ!』



最近あまり使っていなかった<精霊術>の<精霊語(トークスピリット)>を使って、いつも私の周りをふよふよと動き回っている緑色の淡い光の球に話しかける。すると、いつものように元気のいい返事が返ってきた。心なしか明滅も激しくなった。

取り出したポットとカップを棚にしまって、壁に掛けてあった...最近は完全に私服の一つになってしまった私の戦闘用魔女ローブを羽織り、白と黒の魔女帽をかぶって店をでる。


店を出ると、少しひんやりとした夜の空気が肌を撫でた。大通りは思っていたよりも賑やかで、真夜中なはずなのに昼間のように明るく照らされた広い道に、沢山のプレイヤーががやがやと楽しそうに歩いている。見たところ真新しい装備を着た第二陣っぽいプレイヤーが多いように見えるけれど、その中に混ざって第一陣のような攻略最前線レベルの防具や武器を持った人もちらほらといるようだ。酒屋で飲み比べをしていたり、武器や防具の相談に乗っていたり...第一陣と第二陣、仲良くなれているようでよかった。



「えっと...デリシャス食堂ってどっちだったっけ...」


『こっち!』



便利系スキルの<ミニマップ表示>で視界の中に地図を表示し、お茶を買いに行くにはどっちに行けばいいのかを探していると、私の呟きを拾ってくれた精霊さんが『こっちこっち』と言わんばかりに点滅して先導してくれる。精霊さん凄いなぁ...プレイヤーの作った店も把握してるんだ...


精霊さんの先導で南の大通りを北方向に歩いていると、不意に、後ろから何かの気配を感じた。


意識を引っ張られるかのような不思議な感覚にサッと振り返って確認してみると、そこは特に何も変わらない大通りだった。

がやがやと賑やかな街並みはさっき見た時と変わらない。歩いている他の人たちは何も感じていなかったようにがやがやと楽しんでいた。上を見てみると、まるでにやりと笑ったような三日月が照らしている。



「...?」



周りを見てみると、先ほどまで楽しそうに私を先導してくれていた精霊さんもいなくなっていた。いきなり立ち止まっちゃったからはぐれてしまったのだろうか...


意識を引っ張ってくる感覚はいまだに続いている。南の方、恐らくアイネールの外から。

首から下げていた銀のネックレスを握ると、ほのかな温かみを感じた。



「...行ってみよう」



何かのイベントかもしれないし、他の人が気付いていないのなら...魔女関連かな?

であれば、きっと私が行かなきゃいけない。もう少し、寝れなさそうだね。














アイネールの南門を出ると、その感覚を東南から強く感じた。

まるで誘導されるようにその感覚に近づいていくと、そこには森の中に開けた綺麗な泉があった。確かここは...釣りを楽しむプレイヤーの中では比較的メジャーな場所だったような。今は私以外に一人しかいないけど。


泉のほとりに座り、ぼーっと水面に映った三日月を眺める黒いローブのNPC。フードで顔が見えないけれど、間違いない。この引っ張られるような感覚は、こいつが原因だ。


クリスに貰った聖銀の鈴の杖を片手で構え、警戒しながら近づく。



「お前が...。...やっと、会えたな...」



背中越しにぼそりと小さな声で、それでも明瞭に聞こえた男の声。ゆっくりと立ち上がり、私に向き直る黒ローブ。フードを降ろし、露わになったのは黒髪に切れ長の黒目の男の顔。捻じれ曲がった2対4本の白い角。

「やっと会えた」? なにやら私を知っていたような口ぶりだけど、今までに見たことない顔だ。そもそもNPCだし、魔人(デミデモン)のNPCなんてまだ見たことない。


意識を引っ張るような感覚が、急にぞわぞわしだした。なんだか嫌な予感がする。

胸に下がる銀のネックレスを握りしめて問いただす。



「あなた、何者?」


「...俺は無念を晴らす者。恨みはないが...」



私の全身から何かが引き抜かれるように、黒い靄のようなものが溢れ出た。ナニコレ。

私から抜け出た薄く黒い靄のようなものは導かれるようにゆっくりと魔人(デミデモン)の男の周囲に集まり、形を変え、荒ぶる風のように男の身体に巻きついていく。

あ、ヤバそ。



「...お前を殺し(無念を晴らし)に来た。<死霊憑依(ネクロシフト)>」



男の身体に巻きつくように纏わりついた黒い風は、バサバサと翻る黒いローブの胸の部分に黒く光る"紋章"を作り出す。暴れるような風と、剣を持った悪魔の横顔。まるで私の...


暴風。森が大きく騒めき、鏡のように静かだった水面は激しく波打っている。

魔人(デミデモン)の男を中心に吹き荒れる、なんだか見たことある黒い風。黒い瞳は暗い深緑に光り、黒いローブの上に黒銀の鎧が巻き付くように形成される。何も持っていなかったはずの手には、黒く巨大な大剣...あの姿は...!


瞬間、姿が消える。



「ッ! <反射(リフレクト)>!」


「<断撃(スラッシュ)>」



とんでもない速さで目の前に現れた男が容赦なく大剣を振り下ろしてきた。<反射(リフレクト)>で何とか勢いを削いだけど、ビシリと中央から嫌な音が聞こえ、ほんの数秒もしないうちに叩き割られた。

持っていた聖銀の鈴の杖を慌てて構えて、鏡の壁を貫いた大剣をなんとか受け止める。流石に無傷とはいかず、大剣の勢いに大きく吹き飛ばされてしまった。

ちょっと、やばすぎない?



「志半ばで斃れたその想いを、晴らさねばならん...!」


「<友鏡喚(ミラーコール)>.../イザムッ!」


「小賢しい。<黒突風(ウィンドブラスト)>」


「ッ...うあっ...!」



二本の剣と魔人の角の紋章。イザムを召喚して、私の杖術と二人で一転攻勢を考えたけれど、黒い風の猛攻で二人まとめて吹き飛ばされた。地面をゴロゴロと転がり、HPがじわじわと削れる。イザムのコピーは何もできずに消えてしまっていた。



「<黒風槍(ウィンドランス)>」


「<友鏡喚(ミラーコール)> /グレンデル!<鏡霧(ミラーダスト)>」



立ち上がる隙を狙ってきた風の槍に、[大盾師]のグレンを召喚して耐え忍ぶ。<鏡霧(ミラーダスト)>を使って魔法反射の鏡の破片を纏うけど、<反射(リフレクト)>が叩き割られている時点で「無いよりはマシ」というレベルだろう。期待できない。


それでも、攻撃されっぱなしはヤバい。丁度闘技大会も近いし、出し惜しみはしない。ちょっと無理をしてでも攻撃に転じないと...



「<友鏡喚(ミラーコール)> /ロー、<水槍(ウォーターランス)>!」


「ふん...<連絶(セイヴァーラッシュ)>、<魔断(マジックブレイク)>」



虎の子で放った狼獣人の[拳士]ローのコピーも、私の<水槍(ウォーターランス)>も、その手に持った風を纏う黒い大剣で簡単に切り伏せられた。<魔断(マジックブレイク)>で切られた魔法は、まるで空気に溶けるように消えてなくなった。


これちょっと、勝ち目がない気がする。エシリアは瞬間火力高いけど大剣と風を超えられそうにないし、クロエには攻撃力がない。魔法対策もされてるし、<万華鏡(カレイドスコープ)>は隙が大きいし、デメリットも...













色んな反撃の手段を考えながら、魔法を連射して時間を稼ぐ。光、水、鏡。色んな魔法を手当たり次第に使っても、大剣で軽く斬られて纏った黒い風を超えられない。

お返しとばかりに撃ちだされた黒い風の矢や槍を何とかしのいでも、追撃の大剣を避けきれない。


<水癒(ウォーターヒール)>で誤魔化していたHPも徐々に削れ、MPも底が見えてきた。流石にここまでらしい。地に伏せた私に、大剣を向けられる。

ていうか、こいつ結局何だったの...



「風の悪魔。お前の無念...ここで晴らしたぞ」


「...」



あぁ、久しぶりに死んじゃうなぁ...前に死んだのっていつだったっけ?

私、プレイヤーの中では結構強い部類だと思ってたんだけど、ここまで手も足も出ないかぁ...なんだか、エリザベートとの初めての稽古の時を思い出す。あの時もボロ負けだったなぁ...


起き上がる気力もなく、ただ死を待つしかない。完敗だ。



「ではな...<黒暴(テンペ)――」


「<七星(セブン)>!」



死を待っていた私の前に、死を齎さんとしていた男の頭上に、まるで虹のように輝く7つの球体が次々と降り注ぐ。

男は舌打ちしながら大剣を振り回し、いなしながら避けて距離を取る。地面にぶつかった球体は周りの空間をえぐるように消し飛ばし、私と男の間に大きな7つのクレーターが出来上がった。



「あたしの弟子に何してる、勇者」


「チッ...死にぞこないの婆か...ッ」


「勇者?」



私の前にふわりと降りてきたのは、箒にまたがった私の師匠。近くには明らかにレア度の高そうな樹の杖がふわりと二本浮いている。いつものような見慣れたお婆ちゃんではなく、何かとてつもない迫力を感じる。

空間がバチバチと弾けるような圧力のぶつかり合い。よく分からないけれど、とんでもない戦いが起ころうとしてる? ...っていうか勇者?


すると、クリスが降りてきた上の方からおじさんの呆れたような声が聞こえてきた。



「あぁあぁ...完全に飲まれちまってるな。コレだからガキは...」


「ウェスト!ぶつくさ言ってないでアンタも早く降りてきな!」


「へぇ...あいよ...」



ウェストと呼ばれたおじさんが空からすとんと降りてきて、私に謎の緑色に光る液体をばしゃりと振りかける。ギリギリ残っていたHPがみるみる回復していく。

クリス関係...おじさんってことは[魔聖]の人かな? お礼を言おうと起き上がって顔をよく見てみると、どこかで見たことある気が...?

そんなことを考えていたら、クリスの周りに虹色に光る小さな球がいくつも浮かぶ。



「で、アンタまだやるってのかい?」


「クソっ...分が悪いか」


「今なら追わないさね。どこへでも行っちまいな!ったく...」



[魔女]と[魔聖](?)が一気に現れて、不利を悟ったらしい。勇者と呼ばれた魔人の男の周りに黒い風が吹き荒れると、また姿が消えた。

黒い風は解けるように宙を舞い、森の奥へと消えて行った。



「感覚がいきなり強まったと思ったら...まさかアンタがあいつの標的とはねぇ、マリ」


「お嬢ちゃん、若い(ナリ)してやんちゃしてんだなぁ...」


「...ウェスト」


「おいおい、そんな怒んなって。冗談だろ?」



[魔女]と[魔聖](?)。そして[勇者]までが絡んだようなとんでもないイベントにいきなり巻き込まれちゃったみたいだけど...前哨戦みたいな感じで終わった。

よく分からなかったけれど...結局どういう関係性なんだろう? 敵対まではしてなさそうだったけど...



「まぁいい。マリ、アンタは帰んな。暫くは大丈夫だろうけど...これからは気を付けるんだよ」


「え...うん。分かった」



いや、実はよく分かってないんだけど、クリスが「これ以上は面倒だから聞くな」みたいな顔してたから...また今度聞こう。なんか眠そうだったし、きっとクリスはこの夜更けにあの感覚で叩き起こされたんだろう。



「あたしも帰って寝るよ...なんでだろうねぇ、すごく眠いんだよ。何故だろうねぇ...」


「そりゃ夜更けに起こされたからだろ、クリス。ついにボケちまったのか?」



アイネールに向かって歩き出すと、後ろからそんな話声とポカーンと何かをたたく音が聞こえてきた。何というか...仲がよさそうだ。


えっと...あぁそうそう、私お茶の葉を買いに出かけたんだったっけ...

でも、あの黒い勇者との戦いで着ていた魔女ローブはボロボロだ。そりゃあれだけ吹き飛ばされて地面転がったらこうなるよね...

お茶の葉を買いに行くのはまた今度にしよう。明日ログインしたら既にミーナちゃんによって補充されてそうだけど。


にしても、クリスの魔法すごかったなぁ...アレ私も使いたいんだけど、言ったら教えてくれないかな。


















◇◆◇ 新登場スキル ◇◆◇



▼武術系スキル

 ▽大剣術

  <魔断(マジックブレイク)> Lv20

  魔を断つ一撃を放つ。一次スキルまでの魔法系スキルを斬ることで、その魔法を消滅させる。

  魔法を斬ることが出来るが、威力はとても低い。



▼邪法系スキル

 ▽風邪術(かぜじゃじゅつ)

  <黒突風(ウィンドブラスト)>

  自分から相手の方向に突風を巻き起こし、敵を吹き飛ばす。



▼??系スキル

 ▽<死霊憑依(ネクロシフト)>

  黒く光る紋章を描き出し、姿形やステータス、スキル等が大きく変わるスキル??


 ▽<七星(セブン)>

  七色の光を放つ七つの球を飛ばす魔法??





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