55 鞠華の日常
次回更新 2019/10/18 20時
車の窓から外を見る。前から後ろへ次々と風景が流れていく。この辺に生えている街路樹は...たしか桜の木だったかな? 春には花見で賑わっていた記憶がある...今見ているのは葉桜なんだけど。
私がゲームに感けている間に、桜は既に散っていたようだ。なんならそろそろGWだし...結構長い間ゲーム漬けだったね。
少しも揺れを感じさせない車は駅前のロータリーをぐるりと回り、広場の前でスッと止まる。扉が自動で開くと、外気がふわっと入ってきた。まだ少し肌寒いけれど、日に日に暖かくなってきた今日はとても過ごしやすい。
つばの広いガーリーな白い帽子をかぶり、薄手のロングカーディガンを翻しながら車を降りる。
何でもない日の昼下がり。平日だというのに、この駅前広場はそこそこ賑わっているようだ。
賑わいざわつく広場の真ん中を横切るようにテクテク歩き、空いたベンチに腰掛ける。
「あれ、まだ来てないんだ...」
時計を見ると待ち合わせ時間ぴったり。ざっと周りを見渡しても、待ち人は見当たらなかった。今日約束をしているのは大学の友人二人組だけど、片方が恐ろしく時間にルーズだからね。まさか二人ともいないとはさすがに思ってなかったけど。
とはいえまだ来てないのなら仕方ない。私はおもむろに、特定の指の動きを目の前で行う。すると、ゲームでよく見るようなウィンドウがスッと目の前の空中に表示される。
『...容疑者は現在も逃走中との事です。...次のニュースです。"ISDA"によって発表された新しい惑星について、生命体がいる可能性があると...』
私はまだ生まれて20年と少ししか経ってないけど、たったそれだけの年月でも驚くほど技術は進歩したと思ってる。そんな進歩がここ100年近く続いているのだから、昔の人間からしてみれば驚く事ばかりだろうなぁ。
例えばこの目に入れている"コンタクトデバイス"。その名の通り、コンタクトレンズにスマートフォンや電子決済機能などを色々詰め込んだようなものだ。かつて手に持っていた携帯電話はその役目を終え、今では空中で特定の指の操作をするだけで空中にウィンドウが表示されるようになった。まるでゲーム内でステータス画面を出すかのような手軽さだ。
目に付けてるのに、音もちゃんと聞こえるし。伝導が云々と聞いたことがあるけれど...よく分からないけど凄い。
更には医学も進歩し、まるで歯医者に通うような手軽さで視力を矯正できる。おかげでコンタクトレンズは視力矯正の意味を失い、「コンタクト」はレンズではなくデバイスを指す言葉になった。
視力も手軽に元に戻せるからメガネは今じゃおしゃれアイテムでしかない。それでもおしゃれアイテムとして根強い人気を誇っているから、メガネ属性もバカにならないよね。
...そういえばミーナちゃんがアクセサリとしてメガネ作ってたような? ログインしたら余りがあるか確認しよう。
「...それにしても遅いなぁ。もう20分は待ってるんだけど」
最近のニュースを片目にSNSを別ウィンドウで起動して、今日来るはずの予定の友人に「まだ着かないの?」と催促の連絡をしておく。ついでにマギラトラの掲示板でも見て、最新情報を漁っておこうかな...
※
ぼーっとしながら友人を待つ。駅前広場にはいろんなお店が並んでいるけれど、どこもそこそこ空いているように見える。そういえばお昼ご飯まだ食べてないし、あのレストランとか空いてて丁度いいな...適当な理由付けたら奢ってくれないかな...
最近はゲームばかりしていたけれど、案外ゲームの中も外もあんまり変わらないね。道行く人々は皆何かを目的にそれぞれ行動しているし、それをぼーっと見つめる私も、店内の様子を作業室からお茶を飲みながら見ている時と大差ない。現実でもゲームでも、人もNPCも、行動原理はそこまで変わらないんだなぁ...
そんなことをただ漠然と考えていると、駅の改札口から二人の女の子が小走りで駆けてきた。あぁ、見間違えようがない。私の待ち人だ。
「お待たせー、待たせちゃったかな?」
「うん、めっちゃ待ったよ」
「...すまねぇ!寝坊しちまったぁ!」
待ち合わせ時間に30分遅れでやってきたのは、あまり行ってない私の大学の友人の二人組。
母性が溢れているようなおっとり系の翠と、アクティブでボーイッシュな灯だ。
いつものパターンだと翠が一番最初に待ち合わせ場所で待っていて、最後に灯が「すまんすまん!」なんて言いながら来るのがいつもの流れなんだけど...翠まで遅れてくるなんて初めてだね。
「それにしても、今日はいつもより遅かったね」
「マジですまん...」
「ちょっと夜更かししちゃってね...」
「二人して?灯はともかく、翠まで夜更かしで遅刻なんて珍しい」
「まさか私まで寝坊しちゃうなんて思わなかったよ...」
「言い訳しようがねぇ、今回はアタシらが悪いわ」
「へぇ、じゃあ罰として昼おごり。文句ないよね?」
「くっ...仕方ねぇ。それで許してくれるんなら、やぶさかじゃねぇな」
「これは何も言えないわね」
「じゃあそこ。早速行こっか」
待ち時間であたりを付けておいたレストランに入って、軽食を食べながら今日の予定を簡単に決める。特にどこに行きたいとか決めてなかったし、灯の「久々にあそぼーぜ!」の一言でとりあえず集まったみたいな感じだったからね。
軽く食べられるメニューを頼んで、今日の予定を3人で練る。私は特にやりたいこともないし、いつもの調子なら灯が案を出して、翠が具体的にして、私が「いいね」って言う感じだ。とりあえず彼女たちに任せてみよう...と、出てきたパスタを食しながら見守る。
「ちょうど鞠華いるんだし、服選んでくれよ!今年こそは夏物早めに買いたくてよ!」
「ふふ、いつもの流れね」
「私、毎シーズン灯の服を選んでる気がする」
という事で、とりあえずウィンドウショッピングに出かけることになった。このメンバーで遊ぶときは大体理由もなく適当に集まって、毎回目に入ったレストランで軽食食べながら予定決めて、大した理由もなくとりあえずショッピングに落ち着く。これもいつもの流れなんだけど、なんか落ち着くんだよね。
昼ご飯も食べ終わり、私が乗ってきた車で移動する。数駅ほどの距離を車で移動すると、先ほどから遠くに見えていたビル群がどんどんと近づいてきた。国内有数の繁華街に到着だ。
3人で車を降りて、メインストリートを歩きながら最近の流行をデバイスでチェック。ここ数か月ゲーム漬けだったからね。シーズンも変わっちゃっただろうし、一回リサーチしておかないと。
気になった店にふらりと立ち寄り、きゃっきゃ言いながら服を見る。私も気に入ったのがあったら買おうかと思ってるんだけど...
「うーん...次作るのはこういうタイプでも...あっ、こういう服エル姉に似合いそう...」
「鞠華ちゃん、それ買うの?」
「流石...センスあるチョイスだなぁ。私なら絶対選ばねぇ」
「えっ?...いや、買わない買わない」
気付いたらさっきから現実では着れそうにないような派手な服を手に取って、どうやってゲーム内で再現しようかをずっと考えていた。これがゲーム脳ってやつなのか...
でもインスピレーションを得る手段としては丁度いいかもね。エル姉ってずっと魔女ローブのままだし、そろそろ色んな服に着替えさせたい。ファッションショーも遠くないね。
※
ショッピングを早めに切り上げ、最近話題になってた和風な甘味処で休憩ついでにおやつ。
黒蜜のかかった白玉をもっちゃもっちゃ頬張りながら、灯が話題を振ってきた。
「なあなあ、鞠華ってさ。昔VRのゲームやってたってこの前言ってたよな?」
「ん? 何、突然」
「いや、特に何でもねーんだけどさ...ゲームに復帰とかしたりしないの?」
「うーん...今のところ復帰は考えてないかなぁ...」
過去にやっていたゲームへの復帰は考えてないね。ショーイチから聞いた感じだと、今私が秩序のOverture...例の"吸血鬼オンライン"なんかにログインすると、恐らく大変なことになるとかなんとか。
もうマギラトラを始めちゃったし、他のゲームに手を出したらどっちも中途半端になっちゃいそうだからね。多分復帰はしない...と思う。
「そっか。じゃあアレ知ってる? マギラトラっていうゲーム」
「知ってるよ。最近話題だよね...抽選の倍率すごかったらしいし」
知ってるも何も、今私が絶賛プレイ中のゲームだね。何でいきなり...もしかして私の正体バレてる?
か、隠した方がいいのかな...?
「私達、第二陣で参加できることになってね。つい最近始めたの」
「マジで倍率凄かったらしいからな...危ないところだったぜ」
「...へぇ、すごいなぁ。羨ましいなぁ」
別に私が既にプレイしてる事とか、[鏡の魔女]云々は隠さなくてもいい事なんだけど...バレてるんじゃないかっていう疑いから入っちゃうと、なんだか最後まで隠し通したくなっちゃうよね。
「鞠華も一緒に出来ないかなって思ってたんだけどね」
「...機会があれば是非やりたいね」
「マジか!こりゃ鞠華が参戦するのも近いかもな...!」
もうやってるけどね。っていうか、私がプレイしてるって事は本当に知らなかったらしい。疑って損したね。
それにしても...そういう事ね。今日二人して遅れてきたのとか...
「第三陣での鞠華参入までに、私達でキャリーできるように育てとくね」
「分かった...ってもしかして、今日遅れたのってそれが理由?」
「あ、バレたわ」
マギラトラ第二陣の参入って、ほんの数日前だからね。そりゃスタートダッシュ決めたいだろうし、連日連夜やっちゃうのはとても分かる。グレンなんて2週間有給取ってやりこんでたし。
「それでさ、[鏡の魔女]っていう有名プレイヤーがめっちゃ可愛いらしいんだよね」
「...へぇ」
「どんな可愛らしいのか知らねぇけどさ、美人談義は鞠華を見てから語ってほしいよな!」
「そうよね...なんていうか、鞠華ちゃんをみると美人のハードルが壊れるのよね...」
無意味に正体隠してたら、いつの間にか私の話になってたね。
「それ私!」とは言わない。なんか面白そうだし、もうちょっと聞いておこう...他人から見た自分の印象なんて、中々聞く機会ないし。
「[鏡の魔女]がどんなもんなのか検索してんだけどさ、不自然なほどにSSがないんだよなぁ。...本当に[鏡の魔女]なんているのか、疑わしく思えてきてなぁ...」
「実際有名だから、実在はしてるんでしょうけどね...」
「不思議なこともあるもんだよなぁ」
「...SS上がってないんだ...ふーん」
多分それ、私の周りの人たちのせいだろうなぁ...みんな過保護だし、立場もあるから...
中学生の時の修学旅行だったかな...カメラマンさんが色んな場所で皆の写真を撮ってくれて、帰ってきた後にその写真データを販売するっていう催しがあったんだけど、私の写真だけ不自然に1枚も無かったんだよね...家に帰ったら売ってなかったはずの私の写真を親が眺めて喜んでたし。多分その流れでSSも消されてる...のかな?
でも、まさか存在まで疑われるとは...ここで「[鏡の魔女]なんていない」なんて結論になったら寂しいし、ちょっとだけ誘導しておこう。
「ねぇ灯? その人、どこかに拠点とか持ってないの? SSなんてなくても、実際に会えたら顔くらい分かるんじゃないかな」
「確かに...そういや雑貨屋やってるとか聞いたことあるような...」
「私達、ずっと二人で黙々とレベル上げしてたからね。転職もそろそろだし、ついでに街を歩いてみるのもいいかもしれないわね」
「んじゃ翠、早速明日見に行ってみようぜ!」
ちょこっと背中を押したら、明日来ることになった。早めにログインして色々準備して待ってよう。
どんないたずら仕掛けようかなぁ...
「...んで、これからどうするよ」
「確かに」
「やることなくなったわね...」
さっき決めたのは「ウインドウショッピングして甘いもの食べる」のみ。もう終わっちゃったね。
ちなみにいつもの流れだと、灯の突拍子のない「カラオケいこーぜ!」で話がまとまる。そして毎回帰る頃には私だけ喉がボロボロになるんだよ...ほんとにこいつら、歌だけは上手いからなぁ...
今日はなんとか阻止したい。でも、出せる案なんて一つしかない...
「うーん...ウチくる?近いし」
「えっ...いや...」
「鞠華の家はなぁ...」
私が出せる案の一つ、「家に誘う」。遊び道具はたくさんあるんだけど、何故か皆家にだけは来てくれないんだよね...そして毎回私が遊びに行くことになってる。
「なんつーか、入っちゃいけないような...」
「常人には近寄りがたいわよね」
「そう...?」
「やっぱカラオケいこーぜ!」
その後カラオケで死ぬほど歌って帰った。帰る頃には私の喉はボロボロだったのに、こいつらはまだピンピンしていた。なんなら喉の調子がカラオケ前より良くなっていた。
ほんと、こいつらの喉丈夫だなぁ...
二人と解散して、ふらふらしながら家の車に乗り込む。帰り際にデバイスを確認したら、ショーイチから「闘技大会、始まる前からすごい盛り上がってるんだけど」なんてメッセージが来ていた。
なにやらあっちでも動きがあったらしい。明日ログインしたら確認しないと。
※"ISDA"とは
「International Space Development Authority」の頭文字をとった名称で、またの名を「国際宇宙開発総合機構」。現実でいう「NASA」とか「JAXA」みたいな感じ。