51 執事 小出宗吾の日記
日記風の書き方のおためしです。日付は特に変えてないですが、何となく内容で時間軸を察せるかと思います。
ついでに、今回初めてしっかり現実に触れます。
次回更新 2019/10/03 20時
小出 宗吾の日記
●年 ◇月×日
僕は子供のころから執事になることが夢だった。それだけを夢見て、ただひたすらに努力してきた。
そんな努力が目に入ったのか、気さくな老人に「良ければ家に来るかい?」と声をかけていただけた。
努力が実を結んだのがとても嬉しい。新人執事として、精一杯まだ見ぬ主人に仕えることになる。
人生のひとつの区切りということで、折角なので今日から日記をつけて行こうと思う。
●年 ◇月×日
まだ16にも満たない新人執事の僕を雇い入れてくださったのは、なんとあの公爵家の方だったらしい。
世界的に見ても未だに「貴族」という階級があるのはこの国くらいだろうけど、まさか僕がそんな貴族のもとで働けるなんて思いもしなかった。
使用人さんに案内されてとんでもなく大きな威厳のある門をくぐり、豪著なドアを開けて華美な廊下を進む。隅々まで手入れのされた装飾品を眺めつつ歩いていると、僕の主人となるお方の部屋が見えてきた。
中に入ると、そこには40前の公爵閣下と若く美しい奥方様。そして5歳程の小さな娘。聞いた話によると、僕はこのお嬢様お付きの執事として抜擢されたようだ。若い僕が選ばれたのも、きっと年齢ができるだけ近い人を選びたかったからなのだろうと思うと納得した。
少し話してみた感じ我儘という印象だけど、年相応なのだろう。これからしっかりとお仕えしていきたい。
●年 ◇月×日
僕の執事生活が始まった。とはいえ暫くは研修、いわゆるOJTがあるらしいから、実際に執事として働くのはまだ先なのだが。
研修中にお嬢様が遊びに来た。お嬢様の名前は「愛梨珠」というらしい。僕がこれから執事として仕えていくことにも納得してくれたようだ。初めて会った時は我儘な子だと思ったけれど、その裏にはしっかり優しさが隠れているんだなぁと分かった。
●年 ◇月×日
長かった研修が終わり、本格的な執事業務が始まった。と言ってもまだ5歳の幼子の執事だ。そこまで必要とされることはなく、「飲み物が欲しい」や「甘いものが食べたい」、「一緒に遊ぼう」という可愛らしいお願いが多かった。公爵令嬢と言えど、まだまだ子供なのだなと思った。
●年 ◇月×日
貴族としての業務は時代とともに移り変わり、領地という制度のない現在では「国益となる企業の管理」が主な仕事だ。複数の企業を傘下に置くことで、企業同士の橋渡しや業務の円滑化、支援を行う。
愛梨珠お嬢様のお父様である公爵閣下はかなりの敏腕らしく、営業成績を大きく伸ばしたことで国から一目も二目も置かれているとか。
そして閣下と結ばれた奥方様もどうやら普通ではなかったようで、人を見る目や経済的な先見ではかなりの天才らしい。先輩の使用人方に教えていただいた。やはり貴族となる人は、なるべくしてなっているのだなぁと感じた。
●年 ◇月×日
天才的なお二方から産まれた愛梨珠お嬢様も例外ではなかったらしい。
公爵家のお三方の夕餉の時間、閣下と奥方様の何気ない仕事の話に対して、横から的確な返答をしたそうだ。
というのも、閣下が置きっぱなしにしていた経済論の小難しい本を勝手に読んでいたらしく、さらに理解までしていたという話だ。もしこれが事実であれば、きっと愛梨珠お嬢様は稀代の天才なのだろう。
僕もうかうかしてられない。彼女の補佐として執事になったんだ。経済についての勉強もすぐに始めなくては。
●年 ◇月×日
愛梨珠お嬢様は紛れもない天才だった。お勉強の時間では一を聞いて十を知るように理解しているし、閣下の書斎にある蔵書は恐ろしい速さで読破されている。6歳になった今ですら閣下と対等に仕事の話が出来ている。
...想像以上の天才だったようだ。来年には小学校へ入学することになる。周りから浮いてしまわないだろうか?
●年 ◇月×日
愛梨珠お嬢様が8歳になった。初めて会った時から相も変わらず我儘で高飛車だけれど、その裏にはしっかり優しさが見え隠れしている。しかし、初対面ではそれがとても伝わりづらいのが難点だろうか...
小学校は最初の数日行ったきり一度も行っていない。中学、高校レベルの教養は問題なく持ち合わせている以上学力としては問題ないのだろうけど、ご友人がいないのが少しばかり気になってしまう。
●年 ◇月×日
僕の20歳の誕生日。公爵家を挙げて盛大に祝われた。とても嬉しかった。
聞いた話によると、お嬢様が自ら方々駆けまわり、率先して計画してくださったようだ。言葉が出ない。
プレゼントとして頂いたネックレスについたロケットには、少し前にお嬢様と二人で撮った写真が入っていた。口下手なお嬢様らしく特に言葉はなかったが、「これからもよろしく」という事らしい。
●年 ◇月×日
公爵家に珍しいお客様が来ているらしい。国教に据えられた「和教」に代々続く神子の家系の方だとか。
神子の家系は、最近では二つの意味で有名だ。一つ目は「あまり外に出ない事」。遥か昔から脈々と続くその家系は表舞台に立たず、国に住まう多くの民の心の拠り所として国の始まりから裏方で支えてきたのだ。僕はあまり信心深くはない...というより信心そのものがないのだが、この国に住んでいる以上きっと彼らが一番「神に近い」のだろうなと漠然と思ってしまう。そんな家だ。
ふと目を離した隙にお嬢様がどこかへ行ってしまわれた。家の中を探していると、屋敷の裏庭から子供の遊ぶ声が聞こえてきた。間違いない、愛梨珠お嬢様の声だ。
裏庭を急いで確認してみると、お嬢様は見慣れない女性と仲睦まじく遊んでいた。もう6年近く愛梨珠お嬢様に仕えているけれど、彼女のあれだけ年相応な笑顔は初めて見た。近しい友人がいれば毎日笑顔になれたのだろうか?と年寄り臭い事を考えてしまう。
そんなお嬢様と遊んでいる女性に目を移すと、そこには恐ろしく容姿の整った妙齢の美少女がいた。まるで女神の写し鏡のような美貌を持つその方を見て、僕はもう一つの神子の家系が有名な理由を思い出した。
最近の上流階級を大いに賑わせている、神子の家系が有名な二つ目の理由。
...「女神のような美貌を持つ神子様が生まれた」。
日が暮れるころにお帰りになられた神子様は、どうやら「気が向いたから遊びに来た」というふわっとした理由で訪問なされたらしい。愛梨珠お嬢様と同じように、彼女もまた自由奔放なお方のようだ。
愛梨珠お嬢様が立場を気にせず対等に遊べる相手なんてそうそういない。出来る事なら毎日でも来ていただきたいところだが...神子の家系ではそれは難しいだろう。
それにしても、そんな神子様のご尊顔を知らなかったとは、自分の無知が恐ろしい。よく考えたら名前すら知らなかった。次の機会には粗相のないよう、神子の家系について一通り調べておこう。
神子の家系、「綾辻」。女神の写し鏡のような美貌を持つ女性。そう簡単に忘れられはしないだろうけど、もし忘れてしまったならこのページを読み返して思い出すんだぞ。僕。
●年 ◇月×日
愛梨珠お嬢様は今日も我儘で高飛車だ。事あるごとに「小出!」と呼ばれては雑用を言い渡される。頼られて嬉しいという気持ちもあるけれど、彼女が気軽に呼べる相手が僕しかいないからこそ、事あるごとに僕を呼んでいるのかとも思ってしまう。杞憂だろうか。
15歳になっても結局お嬢様は学校へ行っていない。卒業認定はとれているし、学力も国に認められ出席が免除されているので特に問題はないが、その天才的な能力とは別に年相応の楽しみをほとんど知らないままでいいのかと不安になってしまう。
たまにある貴族同士のお茶会やパーティでも愛梨珠お嬢様は異彩を放っているし、そもそも話が合わない。たまに他家の御令嬢とお話をされる機会があるけれど、そこに生まれるのは友人同士のような気やすい関係性ではなく、まるで上司と部下のようなものだ。
愛梨珠お嬢様は特に何も思っていないようだけど、僕だけじゃなく、閣下や奥方様も心配なさっているようだ。
...だからだろうか。夕餉の後に閣下が愛梨珠お嬢様を呼びつけると、一つの宿題を言い渡した。
「いつになっても構わん。相手がどんな身分でもいい。友人を作って家に招待しなさい」
●年 ◇月×日
それから愛梨珠お嬢様の苦悩の日々が始まった。
友人を作るにも出会いがない。ずっと行っていなかった学校に顔を出してみても話し相手がいない。そもそも共通の話題なんてない。天才だったが故に、公爵令嬢だったが故に、対等と言える相手がいなかった。
「友達作り、難しいわ...」
お嬢様から初めて弱音を聞いた。
今まで色々な問題にぶつかっては、その天才的な頭脳による鶴の一声で簡単に解決してきた愛梨珠お嬢様。そんな彼女が初めて、簡単に解決できない問題にぶつかった。
...執事として、僕に何かできることはないだろうか。
●年 ◇月×日
気分転換になればいいと思い、久しぶりに愛梨珠お嬢様と街へ買い物に出かけることにした。声をかけたら「仕方ないわね」と言いながらも付き合ってくれた。
車を降り、雑多な街を見て回る。目に入るのは友人同士で遊びに来たであろう若い人たち。きゃっきゃと楽しそうに笑い合う彼らを見て、お嬢様は考え込んでしまう。「私と何が違うの...?」という呟きが聞こえた気がした。
街を歩く若い人たちはいろんな話をしている。この前見た映画、次の休みにどこへ行くか、今日学校であった話、そして...
「今度出る新しいゲーム、次狼もやるの?」
「ったりめーよ!そのために休暇も取ったしな!」
「あー丁度よかった。この前オンラインで出来たフレンドに勧められたから、僕も始めようと思ってたんだ。なぜか第一陣の招待来てたし」
「お、マジか!アレ超話題の期待作の割には、第一陣めっちゃ少ないらしいからなぁ」
天啓だった。愛梨珠お嬢様も気づいたらしい。
「現実で友人が出来ないのであれば、ゲーム内で作ればいいじゃない」
ゲーム内であれば、公爵令嬢という立場も天才的な頭脳も関係がない。立場に関係なく対等な関係を築ける。
苦悩していた問題の答えが出たように晴れやかに笑うお嬢様。早速購入して帰宅した。
●年 ◇月×日
街を歩いていた彼らが話していたであろうゲーム「Magiratora」。とんでもない倍率の抽選になった第一陣に公爵家という立場を使って何とか捻じ込んだ僕とお嬢様は、初日から毎日ログインして楽しんでいる。僕も愛梨珠お嬢様も現実の見た目とは少し変えて、万が一にも公爵令嬢とはバレないようにキャラメイクをした。僕は少し年を取りおじさんに、愛梨珠お嬢様は幼めに設定して髪の色を燃えるような赤色に。
毎日のようにプレイヤーを巻き込んで魔法を使っているけれど、最近ではその暴虐さがウケてファン掲示板すら出来ているようだ。
そんな愛梨珠お嬢様はAIやプレイヤーに積極的に話しかけ、人の機微を学んでいる様子。まだ少し頭ごなしというか、公平性に欠けるところはあるけれど、きっと友人ができる日も近いだろう。
「エド!北のボスが弱体化したそうよ!早くいきましょ!」
「分かったよ、エシリアちゃん」
今日も僕らは二人でレベルを上げる。まだ固定のパーティは組めていないけれど、いつか愛梨珠お嬢様の優しさに気づいてくれた人が現れたのなら。その人についていけるように、引っ張っていけるように。
でも、流石に今の僕ら二人だけじゃ北の攻略は厳しいんじゃないかな...と思っていたら、どうやら愛梨珠お嬢様は助っ人を呼ぶつもりらしい。
僕もお嬢様も友好の輪を少しづつ広げてはいるけれど、きっとこの顔は、助っ人に呼びたいのはきっとあの人だろうなぁ。
愛梨珠お嬢様と同じ立場で、対等に接してくださって、初めて年相応の笑顔をもたらした、あの人。
小出→読み方を変えて「おで(ode)」→逆読みで「エド(edo)」
愛梨珠→ 逆読みでエシリア
ちょっとこじつけっぽいけど...
エドはゲームになると性格が変わります。執事らしさを悟られて、二人が貴族だとバレないように。
そのため現実では「僕」でも、ゲーム内では「俺」だったり、呼び方が「エシリアちゃん」だったり距離が近かったりします。
理由はそれだけじゃないかもしれませんが。
また、まだ少しだけですが"現実"に触れました。既に「公爵」という身分が出てきていることから察して余りあるとは思いますが、私達の現実とはかなりの相違点があります。
彼女らの世界では、"現実"もそこそこファンタジー。




