6 鏡の事情
「まぁ、そうなるのも仕方ないのかもしれんが...」
「何か事情があったんですか?」
「そうさね...」
口ぶりから察するに、やはり何か事情があったようだ。
重たいものでなければいいんだけれど...
「ふむ...まず、精霊とはなんぞや?という話からしていこうかね。
してマリよ、アンタは「精霊」とは一体何だと思う?」
「えっと、精霊、そうだなぁ...透明で、ふよふよ浮いてて、なにかしらの属性を司ってる存在...かなぁ?」
「50点といったところじゃな。付け加えるのならば、彼らは「世界の調停者の下っ端」なのさ」
「調停者?」
なんだかファンタジーな台詞が飛び出した。
まぁ、このゲームはファンタジー作品だから何も問題ないんだけどね。
「そう、調停者。またの名を「神」とでも呼べばいいのかね。
精霊はそんな神サマの下っ端として、世界の色々なバランスを調整してるのさ。だからこそ、精霊は何かしらひとつの、自分の調整する分野の能力を持つのさ」
「なるほど」
「彼ら精霊は世界の調整をするために、いろんな場所を飛び回る。
でもね、鏡のはそれが出来なくなっちまったのさ」
「え、なんで」
「閉じ込められちまったのさ、人間の王様にね」
なるほどね。ミラがいたのは、王の寝室の屋根裏。
王様の寝室なんて普通は誰も入らない。そんな場所の屋根裏なんて、誰も見るはずがない...
クリス曰く、どうやらあの城のあった国は、精霊の持つ莫大な力を手に入れるために「城」という国で一番大きな建物をまるごと封印装置にしたらしい。
そして、あの鏡張りのミラの部屋。あれが鏡の精霊を呼ぶための部屋だったのだろう。
「人間に閉じ込められた鏡のはねぇ、それはそれは長い事あそこにいるのさ。
世界の調整自体は鏡を通してやっていたみたいだけどね、自分以外を信じられなくなるのも、まぁ仕方のない事さね」
「だから排他的に...納得しました」
あれ? 私人間だけど、最初から優しくしてくれた気がする。
恨みとかないのかな?
「それにしても、アンタよく入れたね。あそこは城全体が封印の要になっていたはずだけど」
「え? ...普通に入れましたよ?」
「んー...劣化してどっか崩れたか? ...いや、あの城は劣化防止の魔法が...」
「一部ですけど、確かに崩れましたね」
「む?」
「勇者がぶち当たって、一部ですが」
「はぁーなるほど、[勇者]ならば納得さね」
勇者が城を一部崩した。それによって封印が少し緩んだ。
あの城には、対精霊用といってもいいレベルの封印と結界が張られていたようだ。
そこに龍王によってぶっ飛ばされた勇者がぶち当たった。対精霊結界は人間の勇者をスルーし、城に衝突。
ちょっと崩れて封印が少しだけ緩んだ。
力の大きな精霊ではその封印の隙間を通ることは出来ないけれど、ゲーム始めたての力の弱い私なら通れた...
なんだか斜め上の攻略をしてしまった気がする...
これ本来は、城までたどり着いたプレイヤーが「城が崩れて封印が弱まった」っていうヒントを思い出して、なんとか城を崩して封印の隙間を広げて通り抜けるみたいな感じだったんじゃないかな?
「それにしてもマリ、あんた、ずいぶん精霊の匂いが濃いんだねぇ。 精霊と契約でもしてるのかい?」
「契約? ...特にしてないと思いますけど...」
「む? そんなはずは...」
ミラとのやり取りで何か契約っぽいことしたっけ...?
んー...特にしてないよなぁ? ゆーてミラと会ったのは数時間前だし、それが原因では?
なんてぐるぐる考えていると、不意に答えが返ってきた。
『それは、彼女が僕の写し鏡だからさ』
「え?」
何もしていないのに、私の鏡魔術が発動する。
私の横に勝手に張られた<反射>。薄く透明なはずのそれは時間と共に色が濃くなり、ついには本物の鏡のようになる。
鏡に映っていたのは私ではなく、[鏡の精霊]ミラ。
『やぁ、さっきぶりだね』
「ミラさん」
「はぁ? まさか、あんた出られるようになったのかい? あの城の封印は、あたしでも壊すのが不可能なくらい、とんでもなく強固だった記憶があるんだけどねぇ」
『君、もしかしてクリスかい? まぁなんというか、君はいつになっても変わらないね』
「なにいってるのさ。あれからどれだけ経ったと思ってる」
もしかしなくても、クリスとミラは旧知の仲なのかな。
すごい仲良さそうに話している。
「まーだそんな派手な髪色しとるんか? ちらちら鬱陶しいのう、目が痛くて直視できんわ...ん? この痛みは目じゃなくて心か? 共感性羞恥か?」
『前に会ったのって何百年前だっけ? もうとうの昔にくたばったと思ってたよ。え、逆に何で生きてるんだい? 少し見ない間に化け物の類にでもなったのかい?』
罵りあっているけれど、なんだか楽しそうだ。
...もしかして、クリスの言う「排他的」ってこういう事? これただじゃれてるだけなんじゃ...
ていうか前に会ったの数百年前って、本当にクリス何者なんだ...?
「ほれ、マリがおいてかれとる。ここに現れた理由があるんだろう? 鏡の」
『用はないよ』
「は?」
『僕がここに現れたのは、彼女が僕を呼んだから。なんてったって、僕の写し鏡だからね』
そう言って、ミラは私をちょいちょいと指さす。職業に「鏡」ってついてるし、私だろうなぁとは思ってた。
でも、写し鏡って何だろう?
『あぁ、誤解のないように言っておくけど、僕はまだあそこを出られない。
ちょっとした会話くらいなら、彼女の<鏡>を通して出来るようにはなったけどね』
「ねぇ、さっきからちょくちょく言ってる「写し鏡」ってどういう事?」
『...説明、してなかったっけ?』
「うん」
「あんた...そういう大事なことは...」
『ごめんごめん! 説明したもんだと思ってたよ。
簡単に言うと、城を出られない僕の力を少しだけマリにあげたのさ。そして君は[鏡魔術師]となって、僕自身を写したのさ。』
「ミラを写す?」
『そう。マリという<鏡>と、僕の<鏡>。二枚が合わさるように、互いを写したんだ』
「それって...」
『【合鏡の邂逅】。君が得た称号の事だね。僕は君を通して少しだけ外に出られる。今のように。
そして君は僕を通して鏡の力を使える。win-winってやつだね!
いやー助かったよ! まさか無垢な状態で来てくれるなんて』
「そっか」
『...ところでマリ、君は一体さっきから何をしてるんだい?』
「お裁縫」
実は割と最初の方から裏でずっとチクチクやっていた。時間もったいないし。
クリスの羽織ってるローブや魔女っぽい帽子を見て、なんだかインスピレーションが湧いてきたのだ。
<HN>簡素な薄手のローブ 製作者:マリカード
防水性の高い布を使って丁寧に縫われた黒いローブ。
防御性は低いが、濡れにくく汚れが付きにくい。
<HN>簡素な手縫いの帽子 製作者:マリカード
防水性の高い布を使って丁寧に縫われた魔女風の黒い帽子。
防御性は低いが、濡れにくく汚れが付きにくい。
こんな感じのものが出来た。まだボタンとか装飾とかつけてないんだけどね。
こういう帽子を作るときに形を崩さないために仕込む型紙とか使ってないけど、そこまで忠実ではないようだ。
<目利き>のレベルが低いのか、これ以上の情報はまだ見えないようだ。
品質も見えないので、もっと別のステータスがあるのかもしれない。
ちなみに今は、ローブの中に着るワンピースを作っている。
『魔女の帽子かい?』
「そうだよ。壁に掛けてある帽子見たら、なんだか作りたくなっちゃって」
「へぇ、よくできてるねぇ...ふーん...」
そこまで話すと、ミラの鏡が力を失ったように薄れていく。
よく見ると、私のMPゲージが少しずつ削れていたみたいだ。
『あぁ、そろそろ時間みたいだ。また何かあったら、頭の中で呼びかけてね』
「分かった」
『じゃ、また...っと、そういえば、このネックレス。そのローブに似合うんじゃないかな?
昔ここに落ちていたものだ。大事に使ってくれよ』
そういうと、薄れた鏡から一つのネックレスが飛び出してくる。
慌ててキャッチして鏡を見ると、もうそこに鏡はなかった。
「締まらないやつだね。鏡のは「用はない」なんて言ってたが、もしかしたらそれを渡しに来たんじゃないかねぇ...」
「? そうなんですか?」
「年寄りの憶測さね。してアンタ、これも何かの縁さ。少しこのばばぁの手伝いをしちゃあくれんかね?」
私の灰色の脳細胞が、またもや唸りを上げる。
予想はしていたけど、やっぱクエストありますよね。
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▼ QUEST【薬屋クリスの手伝い】
薬屋のクリスがお手伝いを望んでいる。
街で定評を得ている老舗の薬屋だ。
何か得られるものがあるかもしれない...
受注しますか?
▶ はい
▷ いいえ
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ウィンドウが目の前に出る。もちろん手伝うよ!
作りかけの服をそそくさとインベントリに放り込み、腕をまくり準備を整える。
「さぁ、何をいたしましょうか」
「くっくっく、やる気だねぇ。でも、残念ながらちょっとした作業しかやらないよ」
といって、クリスは乱雑に積まれた荷物から必要なものを取り出して机に並べていく。
黒板みたいな色の板に、薄く発光する白い欠片。さらに、アレは何かの魔物の牙だろうか?
「これから塩を作ろうと思う」
「塩?」
「そう、塩さ。...まぁ言いたいことも分かる。「どうやってこの材料で塩を作るんだ?」とでも言いたいんだろう?」
「まさにそれです」
「まずは私の作業を見たまえ」
にやりと笑って言いのけたクリスは、黒板チックな板に白い欠片で陣を描く。
大雑把に円を描き、円の中に正方形を二つ重ねた八芒星を描く。
するとクリスは一呼吸置き、黒板に手を置く。
魔力が揺らぐ。よく分からないけれど、なにかしら魔法的な操作を行っているようだ。
「ほら、よく見てごらん? この、あたしの描いた白線を」
と言われたのでじっくり観察する。
すると、描かれた白線が少しずつ動いてゆき、細かな文字の羅列に変化する。
なるほど。細かい文字を書くのがしんどいから、大雑把に描いた後に魔法的な操作で文字を整えているのか。
「どうやら気付いたようだね? これが<錬金術>に連なるスキルの一つ、<紋章術>の初歩さ」
「すごい」
「だろう? まぁ、アンタにはまだ使えないだろうが...そうさね、<服飾>を続けていくのなら、そう遠くないうちに使えるようになるかもしれないねぇ」
「そうなんですか?」
「必ずどこかで壁にぶつかるときが来るはずさ。高位の裁縫師ならば避けては通れない道さね」
「...私にこれを手伝えというのは、なかなか厳しいのでは?」
「安心し!そんな酷なことさせないよ! アンタがやるのは、今作ったこの陣を使った<錬成>さ」
そういうと、クリスはその皺くちゃの手をミラの時と同じように私の額にかざす。
ほのかな温かみを感じると同時に、アナウンスが流れる。
『薬屋クリスの干渉により、スキル<錬成>を解放、有効化されました。』
と、どうやら<錬成>を教えてくれたようだ。
さっきの口ぶりからして、<錬成>は<錬金術>へと進化していくのだろう。
「さぁ、早速実践といこうじゃないか」
クリスは私に手取り足取り<錬成>の使い方を教えてくれた。
さっき用意した黒い板に描かれた陣。その上に取り出した魔物の牙を乗せる。
どうやらこの牙は、北の岩場に多く生息している「岩トカゲ」の牙らしい。
そしてこの牙、驚くことに塩で出来ている。厳密には牙の内側が塩で出来ており、外側は別の固い何かしらの物質という2層構造なのだそうだ。
用意した陣は「分離、抽出」。牙から塩を取り出すのだ。
途中どのように魔力を込めるのか、どのように操作するのかを一通り確認すると、「あとは任せた」と別の作業に入っていった。
山のように積まれた牙をすべて使い切ると、元々あった牙の5分の1程度まで嵩が減った塩の山が出来ていた。
「ほう、あの量を捌ききるとは、アンタ筋がいいねぇ。本当に初めてなのかと疑っちまうくらいさ。
これは報酬を出さないとねぇ...なにか欲しいものはあるかい?」
「では、そちらの魔物の牙を数本頂きたいのですが...」
「む? もしかしてこれかい?」
そういって差し出してくる牙。「岩トカゲ」の白い牙とは違い、つややかな黒色をしている。
実はさっきから狙っていたのだ。
「構わないけれど...こんなもの、一体何に使うんだい?」
「えっと、作りかけのローブのボタンにちょうどいいかなぁと思いまして...」
「くくっ、なるほどね。今日会ったばかりだけど、なんというかアンタらしいねぇ」
クリスから黒い牙を数本受け取る。ローブのボタンをどうしようか迷っていた時に、ふとこれが目に入ってひらめいたのだ。そうだ、ダッフルコート風にしようと。
時間を見ると、現在23時。そこそこいい時間になっている。クロエやグレン、ショーイチはまだログイン中のようだ。まだレベル上げをしているのだろうか?
帰りの準備を済ませ、クリスに挨拶をする。
「また暇なときに、いつでも手伝いに来ておくれ。アンタなら大歓迎さ」
「今日はありがとうございました。また必ず手伝いに来ます!」
「期待せずに待っとくさね」
別れを済ませ、薬屋「ポアロ」の裏口から出る。充実した時間だった...
『QUEST【薬屋クリスの手伝い】をクリアしました。』
『称号【悠久の魔女の弟子】、【魔女見習い】を取得しました。』
...。
帰りは寄り道せずに、そのまま宿屋へ向かう。
プレイヤーはセーフティエリア内であればどこでもログアウトできる設定のため、基本的に宿を借りる必要はない。では何故宿を借りるのか? それは偏に、個室で作業できるスペースが欲しいからだ。
まだ23時過ぎだし、作りかけの服をある程度整えたい...
街の中でもお手頃価格の宿で一部屋借り、ローブと帽子、ワンピースを整える。
ある程度形になったところでログアウト。お風呂に入って歯を磨いて布団にもぐる。
時間はてっぺんを過ぎたとこ。良い感じの眠気がやってきた。
ゲーム初日、色々なことがあったなぁ...なんてかんがえつつ、問題の一文を思い出す。
クリス、やっぱ魔女だったんじゃん...
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<マリカード> ヒューマン ♀ Lv5
職業:鏡魔術師 SP:1
▼装備
<N> 旅人のローブ
<N> 旅人のシャツ
<N> 旅人のズボン
<N> 履き潰れた靴
▽有効スキル
▽魔法系スキル
水魔道 Lv6 鏡魔術 Lv5
▽生産系スキル
服飾 Lv3 解体 Lv1 錬成 Lv5
▽便利系スキル
目利き Lv8 地図 Lv4
▽パッシブスキル
魔攻微上昇 Lv3 魔防微上昇 Lv3 物防微上昇 Lv3 器用微上昇 Lv2 敏捷微上昇 Lv2
▽称号
【合鏡の邂逅】
【Fランク冒険者】
【悠久の魔女の弟子】
【魔女見習い】
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