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50.5 エルディエの過去

本編にはあまり関係ありません。時間がない方はスルーOKです。


次回更新 2019/09/30 20時







私がまだ[魔女]じゃなかった頃、森の中の小屋で細々と暮らしていたの。親は早くに亡くなっちゃったから、一人暮らしね。

月に一度「魔物除けの香」をしっかり焚いておけば魔物も寄り付かないから、女手一つでもなんとかやっていけたの。まぁ、贅沢とは程遠かったけれど、畑いじりしたり、近くの村と交流したりしてね。そこそこ幸せな生活を送っていたわ。


ある日、私の家の近くに一人の魔人(デミデモン)の青年がふらふらと歩いてきてね、私の目の前で倒れたのよ。当時私には知識なんてほとんどなかったけれど、素人目に見てもひどい傷だったわ。

ざっくり開いた切り傷に、打撲痕。魔人(デミデモン)の特徴の捻じれた角も片方折れてしまっていたわ。


私は急いで小屋に連れて帰って、出来る限りの手当てをしたの。看病なんてしたことなかったから心配だったんだけど、その子は次第に良くなっていったわ。

一週間もした頃には一人で立ち歩けるまでに回復した。魔人(デミデモン)はタフだって噂程度に聞いたことがあったんだけど、噂は本当だったのかって思ったわ。


そんな彼も最初は警戒していたみたいで、最初は全く喋ってくれなかったわ。だけど、傷が治るにつれて少しずつ口を開いてくれるようになった。

初めは「痛い」とか「辛い」っていう弱音が多かったけど、次第にご飯を食べて「美味しい」とか、「嬉しい」とか言ってくれるようになった。

折れた片方の角が元に戻る事はなかったけれど、ちょっとずつ笑顔も見せてくれるようになったわ。


怪我が治ってから暫くして、彼は私に言ったのよ。「なんで俺に優しくしてくれるんだ?」「俺を傷つけて笑っていたあいつらと同じだと思っていた」「君は他の人間と違うんだな...」ってね。

要するに彼の傷は、魔物じゃなくて人間につけられたものだったのよ。


当時...っていっても今からしてみれば大昔の話なんだけど、「魔人(デミデモン)は人間の敵であり、魔物に近い下等生物だ」っていう意識が深く根強く蔓延していたの。魔人(デミデモン)を見たらすぐに殺せ!なんて過激なことを声高に叫ぶ人もいたって話を聞いたわ。

...あぁ、大丈夫よ。今はもうそんな差別意識を持つような人は...東の海を渡った先にいる人たちくらいでしょうね。少なくともこの大陸にそんな人はもういないわ。


私は物心つく前から森の小屋に住んでいて、俗世から離れていたから知らなかったのよ。そんな思想が一般的だって事。だから、何故人とほとんど変わらない彼が傷つけられなきゃいけなかったのか分からなかった。だから、もう彼が傷つかなくて済むように、彼と小屋で一緒に暮らすことに決めたの。幸い私しか住んでいなかったからね。


それからは、平凡だけどいつもの日常が戻ってきたわ。変わったのは魔人(デミデモン)の彼が1人増えたくらい。

力仕事は率先してやってくれたし、前よりは少しだけ贅沢もできるようになった。平和な日常だったわ。


そんな平和な日常も束の間、きっと魔人(デミデモン)の彼が小屋にいるのがバレたのでしょうね。いつも焚いていた「魔物除けの香」に混ぜ物がされていたの。気づいたときにはもう手遅れ、それまで近寄れなかった森の魔物たちが一斉に牙を剥いて襲い掛かってきたわ。

二人でなんとか戦ったんだけど、当時の私には力なんてなかった。どんどん彼の足を引っ張って、その度に私を庇った彼に傷が増えていったわ。


小屋を放棄して、なんとか逃げ切った。でも彼は満身創痍だった。対して私には目立った傷がなかった。

立ち上がる事も出来ず、見えているのかも分からない朧げな目で私を見ると、そのまま何も言わずに息を引き取った。

彼と一緒にいたのは、大体半年くらいだったかしら? たったそれだけの期間でも、情ってわくものなのね。自分でも驚くほどに泣いたわ。


だから、ふと一縷の望みが頭をよぎったのよ、「魔女なら助けてくれるかもしれない」って、「生き返らせる方法があるかもしれない」って。

だから、彼の身体を背負って魔女の家を目指したの。近くにあるって噂で聞いたことがあったから、そこを目指いてね。


...だけど、青年と言えど男を一人背負ったまま動くには体力がなさ過ぎた。1日も歩いたところで森で道半ばに倒れると、もう立ち上がれなかった。

寄ってきた魔物の牙に噛みつかれようと、それを振り払う事も出来なかった。あぁ、私も死ぬんだなって、ぼやけた視界で空を見ながら諦めていたわ。


するとね、空に浮いた黒い何かが虹色の光を放ったの。一瞬だった。一瞬のうちに、私の足を食いちぎろうとしていた魔物が消滅したのよ。

それが私の意識が途切れる前の最後の光景...っていっても、意識がなくなっていたのは数秒らしいんだけど。


気付いたら私の口に一本の瓶が差し込まれていたわ。その中身の液体を口に含むとみるみるうちに傷が塞がって、活力がみなぎった。

もしやと思って彼の口にも含ませたけど、効果はない。枯れたはずの涙が溢れだす。



「死者は蘇らない、常識さね。アンタも分かっていたことだろう?」


「それでも、少しでも可能性があるならと」


「可能性なら...アンタがそうさ」


「どういうこと?」


「アンタはついさっき、確かに死んだ。死んで数秒程度ならギリギリ生き返らせることが出来るのさ、あたしたちの秘薬なら」



意識のなくなった数秒間、私は死んでいたらしい。

そして、今もまだ口の中に仄かに残り続けているこの甘い蜜のような液体が、死の淵から蘇らせることが出来る「秘薬」。私は一人で生き残った。



「でも、その男はもう無理だ。諦めな」



そりゃそうだろう。死んで数秒ならなんとか息を吹きかえらせることが出来る「魔女の秘薬」といえど、死んで一日経ってしまった彼を蘇らせることは不可能だろう。

それでも、納得できなかった。



「それでも諦められないんだろう? なら、諦めがつくまで探求するといい。アンタなら、夢の薬も作れるかもしれないね」


「?」


「その気になったら訪ねな。アイネールの薬屋「ポアロ」、そこにいるからね」



箒にまたがり飛び立っていく老婆。私と[悠久の魔女]クリスの出会いであり、私が[魔女]を目指し始めたきっかけ。

まぁ結局、私の研究じゃ「魔女の秘薬」で蘇生可能な受付時間を数秒伸ばすのが精一杯だったわ。夢の薬なんて、やっぱり夢だって諦めもついた。...っていうか、さすがに100年もしたら良い思い出になったわ。



これが[萌蘇の大魔女]エルディエ。死の淵から自分一人だけ蘇った、哀れな【萌蘇】を戴く魔女の最初の物語。












萌蘇ほうそ...蘇ること。彼女はクリスによって蘇生され、その後魔女になったため【萌蘇】を戴いた。別にネクロマンサーとかじゃない。


ちなみにこの時、クリスは一般人だったエルディエに「魔女の秘薬」を使っているけれど、これももちろん『魔女の禁』違反。その後罰を受けます。なのでクリスは同じような理由で禁を破ったエルディエに対して厳罰を与えるのを渋っていたり...


「魔女になるなら訪ねてこい」と言われたのでクリスを訪ねたら、別の魔女のところにたらい回しにされた話はまた機会があったら...

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