49 鑑定回避と3人の魔女
次回更新 2019/09/27 20時
北のボスを倒し、新たな街を探索した次の日。アイネールに帰ってきた私は自分の店を一通り見て、店番を任せていた桜色の[細工師]のミーナちゃんから話を聞いた。特に問題なかったようだ。
「な、難波さんが手伝ってくださいまして...」
「何事も無くて良かったよ」
どうやらふらっと現れた難波さんが手伝ってくれたみたいだ。難波さんが行商の品を卸す棚にはたくさんのアイテムが並んでいる。きっと商売しに来たんだろう。
「ちょっと行くとこあるから、今日もちょっとだけお願いしていい? すぐ帰ってこれると思う」
「わ、分かりました...!」
最近会いに行けてなかったからね。色々聞きたいこともあるし、早速向かおう。
※
アイネール南のプレイヤー区画には、私の「雑貨屋ミラーウィッチ」以外にも色々な店が立ち並んでいる。無骨な見た目の武器屋、白を基調とした現代風の服屋、ポップな見た目で店先まで物が溢れている雑貨屋、
「元祖デリシャス食堂」は、最近NPCの間でも流行り始めたらしい。なんでも、そこで出される薬草のハーブティが絶品だとかなんとか。お土産に丁度いいから道すがら買ってきた。
大きく食堂のロゴが書かれた紙袋を片手に、相変わらずギシギシと軋む廊下を歩き、見慣れた古い木製のドアを開け、なんだかいつにも増してごちゃっとした部屋に入る。
独特の薬草の香りが身を包む。
「忙しそうだね、クリス」
「アンタ、久しぶりに顔を見せたと思ったら...ちょうどいいから手伝いな!」
クリスが忙しそうにあっちこっち往復している。見た感じ部屋の片づけをしていたみたいだ。
いつもは散らかるだけ散らかして、邪魔だと思ったものだけ片付けるような性格なのに...
「クリスが片付けなんて、珍しい事もあるものですね」
「あたしだってこんなことしたかないよ! 客が来るんだってんだから仕方ないだろう?」
「あぁ...理解しました」
然しものクリスと言えど、自発的に掃除している訳ではなかったらしい。
まぁ...「手伝いな!」なんて言われたからには仕方ない。私もこの散らかり放題だった部屋は結構気になってたんだ。
この際だ...私のお掃除スキルを見せつけてやろう。
※数十分後※
「アンタ...中々の手際じゃないか。ちょっと評価を上げないといけないね」
「お褒めに預かり恐悦至極」
数十分の結果にしては上出来と言えるほどに片付いた。まだちょっと埃っぽいけど、散らかっていたアイテムは綺麗に片付けられている。これ以上掃除するなら一日仕事になりそうだし、きりのいいところで終わらせたのは英断だったと思う。私もこだわっちゃうし。
そんなそこそこ綺麗に片付いた部屋で二人のんびりお土産に持ってきたお茶を傾けていると、一息ついたクリスがこう切り出した。
「ふぅ...で、要件はなんだい? 何か聞きに来たんだろう?」
「あぁ、そういえばそうでした。お掃除で完全に忘れてましたね」
「...そうかい」
「直近で聞きたいのは二つなんですけど...」
「構わないよ。掃除が早く済んだおかげで時間もできたからね」
「...これについて」
懐から取り出したのは「<鑑定回避>のスキルスクロール」。昨日ショーイチに貰ったアイテムだ。
<鑑定回避>
自分を対象に取った<鑑定>を指定した別の対象に変更する。
なにやら闇ギルドが云々...このゲーム内で御法度であるのなら使うわけにはいかないし、もし問題があるのなら周知しないといけないからね。
気付かずに使ってしまう人が出てくるとも限らないし...
「うん? また珍しいスキルスクロールを持ってきたねぇ...。 で、何について聞きたいんだい?」
「このスクロール、なにやらよろしくない場所から拾ってきたらしいんですけど...これって使っても大丈夫なんでしょうか? このスキルを持っているだけで悪者認定されたりしないかなぁと」
「あん? なんだと思ったらそんなことかい...」
「不利益があったら怖いし、有識者の意見は聞いておいた方が無難ですし」
「...まずは結論から言うと「使っちゃいけないスキルスクロールは存在しない」。これは内容がどんなにあくどいスキルだとしても言える事さね」
どうやら杞憂だったらしい。
「善いも悪いも、そんなの使い方次第さね。例えば...<暗殺術>なんていう如何にも闇側のスキルでも、人間に使えば悪でも魔物に使えば善だろう?」
「確かに」
「つまりはそういう事さ。どんなに善良なスキルだろうが、それを扱う者が悪意をもって使ったなら、それは結果として残るのは悪なのさ」
「なるほど...」
「少し話は変わるけども、[魔女]の管理するスキルも似たようなものだからねぇ...早いうちに気づいてくれて良かったよ」
魔女が何故情報を秘匿し、管理しているのか。それは管理している情報やスキルの多くが「悪意をもって使用したときに、与える影響が大きいから」ということだろう。エシリアさんが苦労していた[魔女]になるための第一関門<魔女魔術>はあくまでも入り口であって、きっとこの先教えてもらう内容は危険なものも含まれるんだろうなぁ。
気を付けないと...
「それに、悪魔の使う<邪法>だってそうさ。アレは...っと、来たみたいだね。丁度良い、アンタそこに座ってな」
特に何も感じなかったけど、クリスは何かを感じ取ったみたいだ。もしかしてお客さんもう来ちゃった?
もう一つ聞きたかったんだけど...仕方ない。こっちについては後日また伺おうかな? 切羽詰まってるわけでもないし。
「さっき言ってたお客さんですか?」
「そうだね」
「じゃあ...邪魔するのも悪いので私そろそろ帰りますね。もう一つの要件はまた後日...」
「いや、アンタも同席しな。こんなところに顔を出して、掃除の手伝いまでしたくらいだ。どうせこの後も予定はないんだろう?」
「...まぁ予定はないですけど」
...部外者みたいな私がいてもいいのかな? あ、でもちょっとだけ興味あるかも。
なんてったって、あのクリスが部屋を片付けてまで迎える相手だし...
「ほれ、ここに座りな。...なぁに、アンタにまるっきり関係ない話でもないさね。なんたって、客も[魔女]だからね」
「[魔女]?」
私以外の魔女と言えば、エシリアさんの師匠をやっているアイネール南西の森の中に住んでいる「[惹火の古き魔女]フィア」くらいだ。もしかしたらエシリアさんも魔女になったかもしれないけど不確定だし、確実に魔女なのはそれくらいだ。
もしかしてフィアさんが来るのかな? あれから会ってないし、丁度いいかも。
※
ほんの少しだけ座って待っていると、廊下の方からギシギシ聞こえてきた。クリスの感知能力を疑っていたわけじゃないけれど、どうやら本当に来ていたらしい。
徐々に大きくなっていく床の軋みの音が止み、古い木製のドアがゆっくりと開かれた。
「お久しぶりです。[悠久の魔女]クリス様」
びっくりするほど綺麗な女性が部屋に入ってきた。あれ...? フィアじゃないの...?
ハスキーがかった声で第一声を発した彼女は、甘い金木犀の匂いがふんわりと香るゆるい金髪のパーマ。こげ茶の大きな瞳に整った顔立ち。可愛いというよりかっこいい雰囲気の綺麗なお姉さんといった感じの美女。
緩めの魔女ローブでボディラインがあまり出ていないけど、多分この人わがままボディなんだろうなぁとパッと見でわかる容姿。具体的に言えばグラマラス。10人いれば8人は胸に視線が行くねコレ...
クリスを「ジブリ系統の老魔女」だとすると、この人は「深夜アニメ系統の魔性の魔女」と言ったところかな? 同じゲームなのに、こうもベクトルが違う[魔女]が並んでいると、なんかちょっと面白い。
そんな彼女は挨拶もそこそこに、寂しげな表情でこう言った。
「...このような形でお会いしたくはありませんでしたが、その...」
「いいんだよ。全部分かってるさ」
訳アリっぽいねぇ...。
※
「これは最近あたしが[魔女]に仕立て上げた弟子のマリカード。【鏡】を冠しているよ」
「初めまして、マリカードです」
「こっちは[大魔女]のエルディエ。【萌蘇】だね」
「エルディエです。まさか、あのクリス様が弟子を...それに【鏡】ですか...」
なんだかやたら驚かれた。そんなにクリスって弟子とらない感じのキャラだったのか...私出会った初日に騙されるように弟子入りしたけど。
それにしても【萌蘇】...? 私は鏡の魔法が使えるから[鏡の魔女]だけど、一体何が使えたら【萌蘇】になるんだろう...?
たしか「蘇る」みたいな意味合いだったような...ひょっとしてネクロマンサーっぽい[魔女]なのかな?
「【鏡】といってもまだペーペーだからね。アンタも目をかけてやって欲しいね」
「ですが、私は...」
「あぁ、そうだった。アンタ...やらかしたんだっけね」
「...」
「『魔女の禁』。アンタなら、他の[魔女]よりも知っているはずなんだけどねぇ...」
何か知らないワードが出てきたんだけど...『魔女の禁』ってなに? 私[魔女]なんだけどそれ知らないよ! いつの間にか知らないうちに破ってたらどうすんの!
って思ったけど、私今蚊帳の外だから発言しづらい...
「しかも「秘薬」絡みとは...またなんとも、皮肉なものだねぇ...」
「でも...私には見捨てる事なんて...ッ」
「気持ちは分かるんだけどねぇ...」
傍から見た感じ、どうやらエルディエさんが「秘薬」絡みの『魔女の禁』を破ったらしい。なんか重い事情がありそうだけど、クリスが「皮肉なもの」って言ってる辺り、なにかそれ絡みの何かがエルディエさんの過去にあったのかな?
「ま、反省してるのなら、あたしからわざわざ言う事は特にないよ。だけどね、お咎めなしでほっぽりだしたら...それはそれで問題なのさ。アンタもそれくらい理解してるだろう?」
「はい...[魔女]の称号を返上することも、やぶさかではありません」
禁を破ってもお咎めなしなら、自分も禁を破っても問題ない...なんて他の[魔女]が考えかねない。だから厳しい罰を与えないといけない...そんな感じだろうか。しかも『魔女の禁』を破った罰として、[魔女]の称号を返上するのが妥当なレベルらしい。なんかすごい、とんでもない規律があるんだね...
私、それ知らないんですけどね...
「早まるんじゃないよ。あたしだってアンタみたいな優秀な子を簡単に放逐するなんざ、そんな勿体ない事したくないさね。
...さて、どんな罰を与えようかねぇ...なにか丁度いい罰があればいいんだけど」
顎に手を当ててうんうん言いながら考えるクリスの顔が、ゆっくりと私の方に向く。仕舞いには目がばっちり合う。
...えっ、なんか嫌な予感。大体こういう時って私にも関係してくるし。
もしかして、わざわざ呼び止めてまで私を同席させたのって...?
「...あぁ、丁度いい罰があったねぇ」
にやりと笑みを深めるクリス。あぁ、これは確定だね。
一体何を要求されるんだろう...? お金ならたくさんあるけど。
「そういえば、マリは最近店を建てたんだっけねぇ...そこに人は住めるのかい?」
「えぇ、まぁ...数人くらいなら快適に生活できるようには最低限してますけど...なんでそんなことを今聞くんです?」
「エルディエ、そこで住み込みで働きな。長い事働くことになるだろうけど、人助けにつながるなら苦じゃないだろう?」
「分かりました」
やっぱり私の意志は関係ないらしい。無視されたし。でも、これ結構メリット多い気がするなぁ...?
1.かなり美人の魔女店員...ミラーウィッチのコンセプトにバッチリ当てはまる。
2.[魔女]という存在...まだ分からないけど、恐らく私の代わりに各種アイテムの生産も期待できる。
3.住み込みで働く...二階の部屋は一部屋潰れるけど、私がいなくても店を安定して開けられる。
え、めっちゃ良いんですけど。わざわざ私を呼び止めてまで同席させてくれたのって、ここまで考えて...?
流石は私の師匠だ...!
「ド新人の魔女の下で働き続けるんだ。自由は減るだろうが、禁を破った魔女への罰としては妥当さね」
「承知しています」
「「次世代の魔女の教育に回した」なんて言えば、他の[魔女]も楽に説得できるねぇ。丁度良かったよ」
良い感じの落としどころで落ち着いたらしい。win-winだね!
要件が終わった後は、3人で当たり障りない世間話をした。クリスとエルディエさんは昔っから知り合いだったみたいで、きっかけはエルディエさんがクリスに命を救われたからだとかなんとか。
そのままクリスに拾われて、他の[魔女]のもとで魔女修行に取り組み、今では[大魔女]になったんだとか。なんか、クリスのちゃんとしたエピソード聞くの初めてだからか分からないけど、ちょっと意外な一面を見た気がする。
帰り際に、二人の会話が聞こえてきた。
「アンタの事だ、昔の自分と重ねちまったんだろう? なら、あたしには咎められないさ」
「ッ...」
「アンタは正しいことをした。胸張って生きな。そして、その子の補佐を頼んだよ」
「...はい...ありがとうございました...!」
なんだか途中から話が見えなかったけど、なんだか暖かいエモの波動を感じる...
それはさておき、無事に美女店員(魔女)を雇い入れた。今日ここにきて良かったなぁ。
※
「んでアンタ、さっき言ってた二つ目の要件ってなんだったんだい?」
「えっと...<錬金>使える人で、私の店で雇えそうな人材に心当たりないかなぁと...」
「くっくっく、良かったじゃないか。お誂え向きの[大魔女]の店員が手に入って」
「仕事に手を抜くつもりはないわ。お姉さんに任せなさいな」
「あ、はい」