47 北のエリアボス
「ひどい目にあったにゃ...」
「クロエ。無事だったんだね」
エリアボスの領域一歩手前で準備していると、影を背負った悲しげな猫が一匹追い付いてきた。きっと一人置いて行かれて悲しかったのだろう。
そんな悲壮感溢れる表情の割にはHPは1ミリたりとも削れておらず、服もピッカピカのままだ。やはり適材適所、必要な犠牲だった...
あの爆発するアイテムは「小爆石」といって、その名の通りの石の形をした火薬のようなものらしい。
爆破させたい小爆石を指定して「/起動」と唱えるか、直接火属性の攻撃をぶつけることで起爆するようだ。
アイテム収集と行商を兼ねて各地を歩き回っている難波さんから買ったらしいんだけど、どうやら私たちが今から挑戦する北のエリアボスを倒した先にある街が主な生産地だとか。どうやって大量に手に入れたんだろう...謎だ。
なんて考えていたら、準備も整ったみたいだ。
「...にゃ、準備できたにゃ」
「うっし、気合入れていくぞ」
装備をもう一度確認した私達は互いに頷き合うと、同時に最終エリアに踏み入った。
※
アイネールの北にある山の頂上に広がる、そこそこの大きさの岩場。ごつごつとした岩が乱雑に散らされたようなその広場の中心にあるひときわ大きな岩。その上に陣取った一匹の魔物が、私たちの存在に気づいたのかむくりと体を起こした。
ギシギシと金属の軋むような音をあげながらゆっくりと立ち上がったそれがこちらを見下すように確認すると...次の瞬間、『ガアァアアッ!』と竜のような咆哮を上げた。
北のエリアボス『鉄鱗の大トカゲ』。名前の通り、鉄でできた黒い鱗を身にまとった全長4メートルほどの大きなトカゲ。鱗は全て艶消し加工されているかように鈍く光り、黄色い虹彩に爬虫類特有の縦に長い瞳孔がこちらを覗く。
これくらい大きなトカゲなら、もうドラゴンと言っても過言じゃないと思うんだけど...
「先手必勝にゃ! <速昇>!」
「<構守>、<集敵>...かかってこいッ!」
いつも持っていた斧をしまい、重い大盾ひとつでボスのヘイトを買って専守の体勢に入ったグレン。そして猫獣人特有の素早さを活かした立ち回りで死角からの一撃を狙うクロエ。
ショーイチは気配を薄くしつつ遠くから弓を構え、私は中心で皆のサポートと隙を見て魔法攻撃を狙う。いつもの作戦だ。
『ギャァアアッ!!』
<集敵>の効果でグレンに首ったけのボスは、雄たけびを上げながら突進を始めた。その身に纏う鉄の鱗と巨体から繰り出される大質量の攻撃は、ただ何も考えず体当たりするだけでも大きな破壊力になる。
そんな無鉄砲な攻撃を、流石にグレンは正面から受け止めはしない。
「そのまま突っ込んでこい...! <盾撃>!」
装備の効果でほんの少し動きやすくなった彼は軽快に避けながら、ボスの頭を真横から重い盾でガツンと殴りつける。すると、殴られ向きを変えられた頭の方向にそのまま突っ走っていってしまうボス。まるでマタドールのそれだ。
誰もいない方向に突進を逸らされたボスは、私達から見て無防備もいいところ。
「頼んだぜお前ら!」
「言われなくとも...<通撃>!」
「<隠剣>にゃ!」
「<光矢>」
待ってましたと言わんばかりに色んな攻撃が突き刺さるが...クロエの繰り出した短剣での一撃は鉄の鱗を傷つけるだけに終わり、ショーイチと私の矢はいともたやすく弾かれた。
これが北のボスが未だ討伐されていない最大の要因。近接攻撃を弾き返して武器にダメージを残し、遠距離攻撃も有効にならず、あろうことか魔法攻撃にすら耐性を持つその防御力だ。
「にゃ? 刃こぼれししてるにゃ~...」
「まだ初撃とはいえ、鱗にちょっと傷がついただけって...」
「思ってたより硬いみたいね」
「ちと辛いな...」
事前に鉄鱗の大トカゲに挑戦したいくつかのパーティに話を聞いてはいたけど、まさかここまで硬いとは思ってなかった。道中の魔物ですらやたら硬くて面倒だったのに、ボスまでしっかり硬いとは...そりゃ不人気エリアにもなるよね...
突進をやめて私たちに向き直った鉄鱗の大トカゲは、いまだにヘイトを買い続けているグレンに再度突っ込んでくる。
トカゲにしては頭がいい方なのだろうか。初撃で学んだようで、今回は無鉄砲な突進ではなく勢いを抑えたような理性的な突進だった。
「そう来なくっちゃなぁ!」
前に出たグレンは正面からいなし続ける。今回は斧を捨て大盾だけ持ってボス戦に挑んだグレンでは、攻撃手段がないから完全に千日手だ。魔銀を少量含んだ金属製の大盾と鉄の鱗が幾度となく激突し、ズガン、ガギンと重い戦いの音が鳴り響く。
「グレンもなかなかやるにゃ」
「うん。装備への効果付与も問題ないみたいでよかった。<水癒>」
「僕の予想よりも機動力上がってる。「敏捷上昇(小)」っていうくらいだから大したことないと思ってたけど、外から見ても分かりやすいくらいには上昇してるのか...
うーん...僕としてはもうちょっと見ていたいところだけど...」
グレンのHPが削れたらすかさず<水癒>で回復する私と、装備のステータス上昇効果について考察するショーイチ。クロエはいそいそと刃こぼれした短剣を予備のものと交換している。
そんな私たちを見たグレンが叫ぶ。
「お前ら見てないで戦えや!!!」
「ごもっとも」
「クロエ頼んだ。いいタイミングで隙を作るから、大技は温存で」
「分かったにゃ。<精霊纏>!」
短剣を予備のものと交換したクロエが<精霊纏>を使用すると、いつもの風を纏う緑色のエフェクトではなく、短剣の周りを砂が舞い黄土色の光を纏った。
<精霊纏>はその場の精霊の力を武器に纏う技能。森や草原では風属性だったけれど、山の中では土属性を纏えるようだ。
『グルルァッ!』
「<護鬨>ッ」
「<連剣>にゃ!」
隙の少ないジャブのような攻撃に対して、敵のヘイトを集めながら盾による防御力を上げる<護鬨>で冷静に対処するグレン。
そんな鉄鱗の大トカゲの背中から、短剣一本を使った素早いヒットアンドアウェイでクロエがボスのHPを少しずつ削っていく。
土属性を纏った短剣は鉄の鱗に弾かれようとも、刃こぼれをしていない。風属性を纏った時は切れ味が上がったみたいだけど、土属性を纏うと剣自体の強度が上がるようだ。
じりじりとボスのHPゲージが削れてはいるけど、ダメージが満足に入らない...なら、応援してもらおう。
「<友鏡喚> /カナデ」
現れた音叉と波の紋章の周りを鏡の破片が舞い、きらきらと輝いた後に大きな音叉を持った白くて可愛い指揮者が召喚された。
音叉を用いた武術系スキルである<音叉術>と、ステータスを変動させたり音の力で回復を行う固有魔法系スキルの<波長魔術>を持つ女の子、[双剣士]イザムのパーティメンバーのカナデだ。
「またとんでもない技能を手に入れたんだね、マリ...」
「面白いでしょ?」
カナデの幻影は音叉を振り上げると、足元に広がる岩場に打ち付け大きな音を二回鳴らす。一度目は味方の全ステータスを上昇させるバフ系技能の<調律>。二度目は敵の全ステータスを低下させるデバフ系技能の<反律>。
二回の音を鳴らしたカナデの幻影はすぐさま消えた。時間切れ早いなぁ...ついでに範囲回復も使ってほしかったけど、それは欲張りだったかな?
『ギャァアアッ!!』
「うおっ、あっぶね!」
「にゃー!?」
流石に鉄鱗の大トカゲもステータスを下げられたことに気づいたのか、その長い尻尾を振り回してグレンとクロエを後ろにいる私とショーイチのところまで吹き飛ばした。
距離の空いたボスがその大きな口を大きく開いて私達に向けると、開けた口の先には数枚の黄色い魔法陣。
「おいおい、ここにきてブレスかよ! <弐鏡>!」
「ちょ、あちし防御は紙なのにゃ!ひー!」
「ボスのHP残り7割近いけど...特殊行動かな? 魔法使うなんて話聞かなかったけど...」
「<友鏡喚> /グレンデル! <霧癒>!」
降り注ぐ岩の弾を斜めに反射して対処する2人のグレンと、グレンの盾に隠れ身動きが取れない3人。
少しづつ削れていく私達のHPを範囲回復スキルの<霧癒>で癒しながら、岩のブレスをやり過ごす。
...大体こういう大技の後って大きな隙だよね。
「ねぇショーイチ」
「言わなくても分かってるよマリ、<魔法装填/成長>」
数本の矢に何かの種を括り付ける細工をしていたショーイチは、最後の仕上げと言わんばかりに私の知らない技能を使いにっこりと笑った。
そんな特別製の矢を弓に番えると、グレンが必死で抑えていた岩のブレスが終わった。
待ってましたと言わんばかりにショーイチが弓を構えて一言。
「クロエ!」
「やっと出番にゃ!」
思った通り大技を使った後の鉄鱗の大トカゲには隙が生まれたようだ。そんなボスにショーイチが矢を放つと同時に、黒いマフラーをたなびかせたクロエが矢に追いつかんばかりの速度で飛び出していく。
ショーイチの放った数本の矢が鉄鱗の大トカゲにぶつかるや否や、それぞれの矢からにゅるにゅるとツタが伸び、ボスの巨体に絡みついて自由を奪う。
これがショーイチの新しい技能か...なんというか、エルフらしい?
<魔法装填>
自身の持つ魔法系スキルを弾丸系アイテムに一つ付与できる設置系技能。
付与された魔法系スキルは着弾時に自動発動される。
「ショーイチも中々...いやらしい技能を覚えたんだね」
「アレは流石の俺もいやらしいと思ったぜ...」
「いや、なんか誤解を感じるんだけど...クロエ!後は任せた!」
「りょーかい! <獣化>!」
ここが攻め時だと言わんばかりに、クロエも新しい技能を発動した。
アイネール拡張イベントで上位に入ったクロエが手に入れた「【変化】のトレーススクロール」と獣人限定のスキルを組み合わせることで作り出された技能、その名も<獣化>。
<獣化>
獣人の種族的特徴を更に深化させ、より獣に近づく技能。効果時間は初期15秒程度で、SLvに比例して伸びる。
猫獣人の場合「物理攻撃力(大)上昇、敏捷(大)上昇、デメリットはゲーム内1日の間魔法系スキル使用不可、魔法防御(大)低下。獣化中は「にゃー」としか喋れなくなる」
「<獣化>っていう割には、あんまり獣化感ないなぁ」
「見た目もそんなに変わってないよね」
「<連剣>っ!」
「えぇ...アレでスキル発動するのかよ...」
<獣化>を発動したクロエは、見た目はそんなに変わっていなかった。気持ちちょっとだけ毛が伸びたかな?という感じ。あと赤いオーラ。
ツタに絡まった鉄鱗の大トカゲ相手に素早い動きと斬撃を繰り返すクロエは、ツタごと鉄の鱗を斬り飛ばしていく。
クロエに斬り飛ばされたツタを補填するかのようにショーイチが追加の矢を撃ち、さらに縛り付けて動きを封じる。私も邪魔にならない程度に魔法で追いうち。大技後の隙はもう終わっているのか、さっきから岩の弾が数発飛んできてはグレンが撃ち落としていた。
クロエの猛攻によってボスのHPはさっきまでの防御力が嘘だったかのようにガリガリと削れていったが、削り切る前に<獣化>時間切れが来てしまったみたいだ。
「にゃー...仕留めきれなかったにゃ!」
「マリ、いけそう?」
「え? 分かんないけど...」
ボスの残りHPは...大体3割。ツタが絡まっていて動きづらそうだけど、もう動ける状態であるのは確か。
さっきショーイチが特殊行動がなんとかって呟いていたから、出来る事なら一撃で仕留めたい...
なら、あの子を呼ぼう。きっとあれから成長しているはずだし。
◇◆◇ 新登場スキル ◇◆◇
▼武術系スキル
▽大盾術
<護鬨> Lv15
敵の注意を引きながら、盾による防御力を上昇させる技能。
▼武術系Exスキル
▽<獣化> 【変化】+ 獣人専用スキル(猫目、猫身、熊体など)
獣人の種族的特徴を更に深化させ、より獣に近づく技能。
効果時間は初期15秒程度で、SLvに比例して伸びる。
▼魔法系Exスキル
▽<魔法装填> 【紋章】+【射出】を持つスキル
自身の持つ魔法系スキルを弾丸系アイテムに一つ付与できる設置系技能。
付与された魔法系スキルは着弾時に自動発動される。