38 労働するプレイヤー①
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次回投稿 2019/08/19 20時
冒険者ギルドを出て、大通り沿いに南門を目指す。街の住民もアイネールの拡張の事を知っているのだろう、さっきは気付かなかったがHPポーションなどの消耗品や武具などのセールをしているらしい。私定価で売ってたんだけど...お客さんが少なめだったのはそのせいかな?
それにしても活気がすごい。アイネール拡張の話自体は少し前からちらほら出ていたらしく、私が1週間レベル上げに勤しんでいた時には掲示板に情報があげられていたようだ。
曰く、「アイネールの防壁拡張のために、周辺の街から人を募っているらしい」「見たことない冒険者NPCがアイネールに集まってきてるっぽい」などなど。そりゃ店主からしてみれば書き入れ時だろう。店先で客を呼ぶ声にも気合が感じられる。
現在夕方の18時。現実ではすでに外は暗い頃合いだろうけど、ゲーム内では丁度お日様が真上にある。このゲームだと0時から12時、12時から24時で1日経過するからね。現実18時は丁度正午に当たる。
アイネールの南門から出ると人もまばらになってきたので和傘を差す。遠くにはやたらと人の集まっている場所、石材や木材が積まれている場所が見えた。きっとあそこが防壁建設予定地だろう。
...っていうか、あのやたらデカい熊の獣人...グレンかな? いつもよりログインが早めだけど。
◇◆◇
まだ現実では春だってのに、まるで夏のような日差しが真上から照り付ける。肌がちりちりと焼けるような感覚まで再現されてるってんだから驚きだ。
(にしても、ここまで再現しなくていいだろうに...そら日傘も差したくなるわな...)
遠くにちらっと見えた和傘を差した着物の女性を見て、まあ納得だなと思った。それにしても着物なんてあるんだな...
なんつーかところどころ所作が着慣れている感じがして、良い具合に色っぽい。夏のような日差しも相まって、まるで一枚の絵のような美しさが...っていうかあれ、マリじゃねーか...
「グレンデルさん、この石材をあっちまでお願いしますー!」
「っ...あいよ、承った」
ふと頭をよぎってしまった考えを振り払うかのように、余りある腕力に任せてデカい岩を持ちあげる。これでも獣人だ、腕力には自信がある。
熊獣人で<土魔術>所持。ギルドの姉ちゃんには防壁建造のクエストを言い渡されたわけだが、まさか今日からイベント期間だとはなぁ。
仕事が早めに終わってくれて助かったぜ。つっても、ゲーム内でも働いてんだから訳ないが...
石材を運びながら周りを見ると、さくさく石材を運ぶ獣人から俺の半分くらいの大きさの石材をひぃひぃ言いながら運んでいる魔人や森人のプレイヤーまで様々だ。やっぱ種族差って結構大きいんだな...インベントリにしまって大量輸送が出来なくなっているのがまたいやらしい。
それにしても、人ならまだしも物理系に弱い魔人やら森人に石材運ばせるのは効率悪いだろうに...仕方ねぇ。
「おいお前ら、その石材は俺が運んどいてやる。あっちで地面均してきた方が効率良いぞ」
ここにいるってことは<土魔術>を持っているはずだ。力の強い獣人プレイヤーに運搬は任せて、魔法系に強い魔人、森人プレイヤーが<土魔術>で地面を鳴らした方が効率がいい。適材適所ってやつだ。
「い、いいのか?」
「悪い、すげー助かる! 今度埋め合わせさせてくれ!」
口々に感謝の言葉を述べられると、石材を置いて地面を均しに走っていった。感謝されるってのは何ともむず痒いが...
「運ぶか...」
足元に置かれた石材をまとめて抱える。俺にとっちゃ大差ないからな。
石材を運び終えると、次は近くの地面を<土魔術>で均すように指示された。俺も<土魔術>は持っているが、使うのは<土魔道>の<均土>で十分だろう。
少し東寄りの指示された場所に移動すると、遠くからにゃーにゃ―聞こえてきた。あぁ、なんかやたら耳慣れた鳴き声だ。
「やってんなぁ、クロエ」
たった一週間だってのに、すでに懐かしく感じている自分がいた。俺はそんな鳴き声をBGMに作業を進めた。
◇◆◇
「に"ゃー!邪魔すんに"ゃ!!」
「うるせぇ!!こいつは俺が先に見つけたんだ!!」
あちしの短剣が魔物に突き刺さると思いきや、横から差し込まれた二本の長剣がそれを阻む。こいつっ...あちしの素早さについてくるとはなかなかやるにゃ...!
「俺だってスクロールが欲しいんだ! お前はいいよなぁ!? マリに売って貰えてよぉ!!」
「逆恨みにゃんてちっさい男だにゃ! そんなに欲しけりゃ買いに行ったらいいにゃ!」
「アイツ俺が行った時絶対留守なんだよ!ふざけんな! <飛双>!!」
マリからコピースクロールを買えない哀れな男、イザムの持つ双剣から2本の斬撃が勢いよく飛んでいく。
弧を描く2本のそれは、今回のイベントで登場するようになった絶妙に可愛くないエリート魔物「ファングラビット」を切り裂いた。
見た目も仕草も可愛らしく数々の女性プレイヤーに「倒したくない」と言わしめた南の森の角ウサギとは打って変わって、悪魔のように伸びた鋭くギラギラとした牙にこの世のすべてを憎んで堪らないといった凶悪な表情をした牙ウサギは、光となって消えてなくなるまで凶悪な表情のままだった。
「見たか! 俺の新しい技能を!」
「にゃ...マリからスクロール買えなくて、必死でレベル上げした結果にゃ...? 哀れでなにも言えないにゃ...」
「あ? 喧嘩か?」
「涙ちょちょぎれるにゃ...」
あまりの哀れさにおよよと泣いていると、あちしのキュートな猫耳が敵を察知する。今回はこの男が哀れすぎてつい魔物を譲ってしまったけど、次はそうはいかない。この男も気づいてないみたいだし、あちしの獲物確定にゃね。
「にゃ、<速昇>。お先にゃ」
「は?なんだその技能...はっや!!」
<短剣術>Lv20で覚えた技能、自分の敏捷を一定時間そこそこ上げる<速昇>をかけて、初っ端から全速力で突っ走る。
密度の高い木々を縫うように、たまに木の幹を蹴ってさらに加速をつけるように、獣人らしい身のこなしで素早く動く。魔人のあいつには真似できなかろう。
「ッ...ちょ...待て...」
遥か後方から掻き消えんばかりの懇願が聞こえるけど、きっとあちしには関係ないにゃね。
走り始めて数十秒もしないうちに、正面に大きな獣の背中が見えてくる。
牙ウサギとは毛皮の色が違うように見えるけど...個体差があるのかにゃ?
「貰ったにゃ、<精霊纏>!」
「待ちやが..ん...?」
抜き身の短剣に風がまとわりつき、全速力を維持したまま牙ウサギに飛び出していく。
牙ウサギが気づいたみたいだけど、もう遅い。あちしの短剣は、すでに首を切った後にゃ。
驚愕の表情で光となって消えていく牙ウサギを見ていると、ようやくイザムが追い付いてきた。風を纏う短剣を見て複雑な表情を見せる。
「くっそ、早すぎんだよ......んでそれがスクロールのExか」
「にゃ、バレたにゃ」
「あーいいなぁ!俺もそういうスキル使いてぇ!!」
「マリからいつでも買えるにゃ」
「いや、だからアイツ俺が買いに行くときだけ留守に」
「あそこにいるにゃよ」
あちしは遠くの方で岩に腰かけた着物の女性を指さす。ニコニコしながら服縫ってるし、例え服を着替えようがあちしが見間違えるわけないにゃね。
あ、ほら、こっち見て手振ってるにゃ。
「いるじゃねぇか...掲示板情報まで見て一週間探し回ったんだぞ...」
こころなしか、イザムはうなだれているように見えた。
遠くから聞こえる「うおおおおお!!」という男どもの咆哮と相まって、なんだかとてもシュールにゃね。...っていうか、何でそんな声聞こえたにゃ?
「何が起きてるのにゃ...」
「あ?これは...アレだろ」
「にゃ?」
「...おそらく、カナデだろうな」
<飛双>...カッコイイ読み方が見つからない...
飛ぶ斬撃って日本語だと「かまいたち」なんてすっきりした名称があるんですけど、英語になるとどうもしっくりこないんですよね。