23 生産組と二度目のエリアボス
新キャラ(?)2人とトッププレイヤーのあの人。
「いやー楽しみだなぁ!レンヴァイツ!」
「義太夫はさっきからそればっかだね」
「仕方ないんじゃないかい? 僕も楽しみだし」
3月2日の火曜日の22時頃。あの時は何事かと思ったけど、ただ2つ目の街に行きたいってだけのお願いを神妙な顔で言われてから1時間程たった。
隣を歩くのはウキウキ気分のさわやかエルフ[木工師]の義太夫と、赤毛ポニテ僕っ娘[鍛冶師]のカーネル。さらにその後ろを歩いてついてくるのが
「い、いいんでしょうか、その、わ、私まで...」
「がっはは! やっぱり新しい釣り場には新しい魚がいるんだろうなあ! 楽しみだあ!」
おどおどとした言動の桜色ショートヘアのウサギ獣人[細工師]のミーナ。普段はおどおどしているけれど、さっき初めて喋った時のあまりの豹変っぷりに驚いた。
そしてもう一人が、豪快な笑い方をする巨漢おじさん[釣り師]のシジミだ。義太夫の友人で、暇があれば東南の泉で釣りをしているらしい。今回はレンヴァイツの北から東に向かって流れる川に興味を持ったのだろう。
「この前貰った新しい木材のポテンシャルが最初の街周辺の木とは段違いだったからなぁ。自分で選んで好きなだけ買えるとなると、気が逸るぜ」
「まさか鉄が普通に売ってるとはね。[鍛冶師]として、使える伝手は使わざるを得ないよね」
「さ、[細工師]としても、新しい素材は探さざるを得ないといいますか、なんというか、その...」
「<水泳>と<操船>はマストで買うしかないよなあ! やっぱ漁船は男のロマンよなあ!
しっかし、俺達4人が戦闘に役立たないとして、本当に2人でボス倒せるのか? なんつーか申し訳ない気持ちでいっぱいなんだが」
「ま、なんとかなるんじゃないか? 嬢ちゃん含めてトッププレイヤーが2人もいるんだぜ?
こんな豪華な護衛、後にも先にもないんじゃないか?」
「ったく...仕方ないのはわかっちゃいるが、そのトッププレイヤーって呼ばれ方は、むず痒くなるな...」
テンションの高い4人の生産組に1人ついてきてくれたトッププレイヤー、ローさん。
マスクをつけた犬の獣人で、己の拳を使って戦う[拳士]のプレイヤーだ。
魔物討伐戦の時はそこまで喋れなかったが、彼は私の事を覚えていてくれたらしい。
4人の生産職をレンヴァイツに連れていくことを話すと、「仕方ねぇな...面倒くせぇが、俺もついて行ってやる。借りも返してぇしな」と申し出てくれたのだ。見た目や言動に反して面倒見がいい人のようだ。
借りがよく分からなかったが、多分前衛が全員吹き飛ばされた時の時間稼ぎの事かな? 接点それくらいしかないし。貸し借りと言えるレベルじゃないと思うけど、彼は几帳面なのだろう。
「2人で行けますかね?」
「あん?いけるんじゃねーか? 弱体化がどんなもんか知らねーが...取り巻きさえ何とか出来りゃ問題ねぇよ」
「なら大丈夫そうですね」
「それにしてもお前、なんでそんないい匂い...あ、いや、そういう意味じゃなくてだな」
「? 人によって匂いが違うんですか?」
「あ、あぁ...俺は犬の獣人でな、元々鼻がよかったんだ。そこに追加で<嗅覚強化>なんて有効化しちまったから、匂いに異常に敏感になっちまった」
「それツラくないですか?」
「お!分かるか? 人の身には余る能力っていうのか、中々慣れなくてな...マスクが取れなくなっちまった。
なかなか理解してくれる奴がいなくてなぁ...」
「マスク作りましょうか? かっこいい感じの奴」
「...いや、やめとくよ。戦ってる最中は息しづらくてツラいし、出来ればすぐにでも取りてぇんだわ。
そんなもんのために手間暇かけさせたくねぇわ」
「気にしなくていいんですけどね」
「...話が逸れたが、個人の匂いには明確な差があると思うぜ。お前は......薔薇?ジャスミンか? ...なんていうか、花の甘い香りがするな」
「あ、それ私の使ってるシャンプーと同じ匂いだと思います。なんで...?」
「何かしらの方法で、現実の本人の匂いも再現されてる可能性が高いってことじゃないか?
...自分の匂いが分かれば話が早いんだが、自分の匂いってのは分からねぇもんだからな」
「お風呂入ってからログインして正解でした」
他愛もない話をしながら、その辺のゴブリンを蹴散らして東の平原奥地を進む。もうそろそろエリアボスだ。
「俺、この辺まで来たことねぇなぁ...ま、来れるなら嬢ちゃんに頼らずボス倒せるんだろうがな」
「義太夫的にこの辺の木はどうだい?」
「あぁ、最初の街周辺と種類は変わらねぇな。品質は少し高そうだが」
「やっぱりエリアボスより奥じゃないと新素材は取れないようだね」
「ローさん、そろそろですね」
「そうなんだがな...アイツは...」
遠くにエリアボスが見えてきた...が、なんだか黒い気がする。え、まさかここで引いちゃったかな?
<鑑定>結果、「ゴブリンジェネラル:影」。エリアボスも影になるのか...
「影の魔物ですね」
「影の魔物だなぁ...面倒くせぇ...」
「お? よく分かってないんだが、影の魔物だとなんかヤバいのか?」
「普通の個体よりちょっと強いんですよ」
「ちょ、ちょっと、そ、それ、やばくないですか...? あれ、エリアボスですよね...?」
「それにこっち2人だしな...ちと面倒くせぇが、それでもなんとかなるだろ...」
「生産職の方々は、<壁>系の魔法を使って後方待機していてください」
「おう!わかったぜ!」
生産職の人たちがそれぞれ<壁>系の魔法を使う。<壁>は各属性の魔道のSLv10で覚える魔法だ。
「いくぜマリカード。<構拳>」
「<鏡値>。準備できたよ、ローさん」
「...行くぜ」
聖銀の鈴の杖がリンとなると、ローさんのステータスが一部、私にコピーされる。
準備ができたのを確認したローさんが、獣人の脚力で素早く影のジェネラルに近づくと、影のジェネラルは咆哮を上げる。取り巻きを呼ぶ行動だ。だが...
「ちっ...取り巻きも影かよ...」
現れた取り巻きは全て影の魔物。バスター、ガードナーの前衛に、ウィザード、アーチャー、ヒーラーの厄介な後衛3人衆。あと1匹は既に見当たらないが、きっとアサシンが隠れてこっちを狙っている。
「<鏡片>...ッ <水矢>、<水矢>」
「グゲゲ」
「甘ぇ、<破拳>、<拳撃>」
私はいつものように魔法を飛ばす。狙いは前と同じようにガードナーの味方庇いの誘発だ。
<鏡片>を使ったが、やはり威力が落ちている。慌てて<水魔術>の<水矢>にシフトチェンジした。
思い通りガードナーはバスターを庇ってガードしてくる。そこにローが<破拳>。敵のガードを崩すことに特化した<拳術>の技の一つだ。
ガードナーの盾は真上に吹き飛ばされ、がら空きになった腹に<拳撃>を叩き込む。
...ここまでは予定通り。ここから来るのはきっと
「グゲェ!!」
「嬢ちゃんッ!!」
「残念だったね」
アサシンによる私への奇襲だ。これも読めていた。だからこそさっき試したこの技が効くはずだ!
「<交拳>!」
「グ!? ギャァッ!!」
私の拳がアサシンの顔面に突き刺さる。魔法使いだと思った?
「私、今、[拳士]なんだ」
殴りつけた拳を振り払い、呟く。
<鏡値>。味方一人のステータスを1つ、自分にコピーする魔法。
私はずっと敏捷や防御をコピーしていたが、ふと職業もステータスなのではないかと考えた。
職コピーしても武器がないから試す機会もなくここまで来たけど、[拳士]なら? 武器無しで、最低限の動作でスキルを使えるのではないか? と、さっき試しておいたのだ。
ちなみに、職業の元になっているスキルなら使えるというややズルい性能を持っている。
「嬢ちゃん、拳も使えたのか...」
「す、素手で戦う、魔女! お、おお、いんすぴれーしょんきちゃああああああああ!!」
「ミーナ!? 落ち着いて!!」
生産職の人たちが阿鼻叫喚だ。あちらはあちらで任せるとして...
残念ながらこの「職コピー」、デメリットが多い。まず<鏡>関連が非常に弱くなる。職業の補正が強かったのだろう。[魔女]だし。
そして、MP消費が尋常じゃない。職コピー後に使える魔法の量なんて、せいぜい5発が限度だ。
なので、MPポーションを飲みながらローさんのサポートに回ろう。ここからは<鏡>も使うから、[拳士]をコピーしていた<鏡値>は解除しておく。
「<拳撃>!...あぁ、めんどくせぇな!」
「ゲゲ!グゲゲ!」
「マリカード! 手はないか!?」
私がアサシンを殴り飛ばした裏で、ローさんはバスターも屠って後衛に突っ込んでいた。しかしジェネラルが行く手をふさぐ。ジェネラルに攻撃してもヒーラーが回復する。ジリ貧だ。
「ゲギャギャア!」
「<霊風刃>」
「ガ、ゲギャア!」
「お? グッドだ」
ローさんへ放たれたゴブリンの土魔法を、風の<精霊術>である<霊風刃>で撃ち落としながら、私も前線に向かう。
アーチャーがローさんを狙っているが、獣人特有の反射神経で問題なく避けている。
せめてあのウィザードを何とかできれば...ならまずはジェネラルを撹乱する。そのためには
「<実像>、<複製>!<反射>、<反射>」
ローが後衛を狙うもジェネラルに阻まれる。でもそれは1対1の場合だ。こちらの人数が2人なら?3人なら? きっとジェネラル1人で守り切れず、どこかに綻びが出来るはずだ。
<実像>。自分の複製を作り出す魔法。しかし同じ動きしかできない。
この魔法を<複製>して、前方に二人の私を投影する。いきなり増えた敵にジェネラルは目移りし、急速に後衛に近づく私の偽物を慌てて振り払う。
振り払われた私は、まるで割れた鏡のように砕けて散ってゆく。残念、そっちは囮だ。
「ナイスだ! これで抜けられた」
「ギャギャァッ...!」
「グゲ...ッ」
「...死ねや、<流拳>、<斬拳>」
ジェネラルが私に感けたその綻びで、ローは後衛に接敵。ウィザードの土魔法はさっきの<反射>で返した。ローはその勢いのまま、アーチャーの攻撃を受け流し拳を打ち込む<流拳>、素早い拳によるかまいたちで敵を切り裂く<斬拳>を連続発動。ウィザードとアーチャーをぶちのめす。
残りはジェネラルとヒーラーだ。
「グギャ!ギャ!」
「<水壁>、<水銀>! 行かせない」
「...残念だったな。<拳撃>」
焦ったジェネラルが即座にヒーラーを助けに走るが、水銀の壁が行く手を阻む。その間に無事ヒーラーは倒される。
あと一匹だ。
「これがトッププレイヤーか...」
「嬢ちゃんすげぇな...」
「こいつに特殊行動はないはずだ。畳みかけるぞ! <流拳>」
「了解、<虚像>、<水癒>、<鏡片>、<複製>」
「グ、グギャアァ!!」
ローが前衛でジェネラルを殴り、私が少し後ろでローを回復しながら、<鏡>でチクチク攻撃する。たまに少し近づいて攻撃を誘発させる。ウィザードがいなくなった今、<虚像>がぶっ刺さる。物理攻撃当たらなくなるし。
攻撃が当たらない回復使い。ふふ、ウザかろう?
※
2本目のMPポーションを飲み干し、そのMPもなくなりかけた頃、ようやく決着がついた。最後はローの<破拳>からの<拳撃>だった。
「あぁー、やっと終わった...しばらくは道場でいいわ...」
「なんとか勝てましたね。影だから経験値美味しいですし、ラッキーだったかな」
「ドロップねぇけどな...ま、ゴブのドロップなんて、たかが知れてるからいいけど...」
「二人ともありがとう!すごい戦いだったよ!」
「おう、生産の俺らでも白熱するようなすげー戦いだったぜ!
それにしても、嬢ちゃん本当に強かったんだなぁ...」
「個人7位ですし」
「あのさ、実は僕、戦いを録画してたんだけどさ、これ掲示板にあげてもいい?」
「おま、そういうのは許可貰ってからやるもんだぞ」
「...マリカード、どうするよ?」
「上げてもらった方がいいと思います、ローさん。何も分からないからちょっかいかけてくるのであって、なにかヒントをこちらから提供しさえすれば、それがある程度のガス抜きになるんですよ」
「お、おう。なるほどな...カーネル、だったか? それ掲示板に上げといてくれ。
...それにしてもお前、やけに対応慣れしてんのな...」
「過去に色々ありましたし」
「あぁ、噂の真祖ってやつだろ? 大変だよな...」
「意外とそうでもないですよ?」
「えっ? あの噂って本当なのかい?」
「詳しくはショーイチにでも聞いてください」
エリアボスを倒した私達6人は、意気揚々とレンヴァイツに入る。
生産職の4人がそわそわしていたので、さっさと解散する。
「新しい木材を探してくるぜ!今日はありがとな!嬢ちゃん、犬の兄さん!」
「僕も行ってくるよ! 鉄が僕を待っている!」
「そ、その、今日はありがとうございました...その、また今度、アクセサリーとか作るんで...その、もしよければ...」
「早速釣り場を探さなくちゃなあ!今日は助かったぞ嬢ちゃん、兄さん!釣りで困ったことがあったらいつでも言ってくれよな!」
とそれぞれ言い残して足早に去っていった。
さて、私たちは...
「アイネールに帰ろ」
「道場行ってくるわ」
普通に別れた。
◇◆◇ 新登場スキル ◇◆◇
▼武術系スキル
▽拳術
街にある道場で修業を行うことで獲得できる1次スキル。
<破拳> Lv10
敵のガードを打ち崩す、下から上に向けての拳撃。
盾などを上方向に弾くことで、中段への攻撃に繋げられる。
<斬拳> Lv15
素早いパンチにより、拳の周りに発生したかまいたちで敵を切り裂く。
かまいたちは拳から10cm程しか飛ばず、直に殴る方が効果が高い。
<交拳> Lv20
敵の攻撃を受けながら、相手にも高威力の攻撃をカウンターで加える。
自分もダメージを負うが、威力は他スキルよりも高い。
<流拳> Lv25
敵の攻撃を受け流し、カウンターで攻撃する。
敵の攻撃の受け流しは自力で行う必要があるため、テクニックが必要。
▼魔法系スキル
▽精霊術
<霊風刃>
周囲に風の精霊がいるときのみ使用可能の魔法。風の精霊に触れることで教えてもらえる。
※精霊の魔法は、通常の魔法の頭に<霊>が付きます。読み方に変化はありません。
例:<鏡片> → <霊鏡片>
掲示板にちょくちょく出てきた「フリマの桜色ちゃん」と「釣り師」でした。