22 日常と頼み事
「にゃっははは! ちょっと黒くなって他より強い魔物と言っても! あちしと比べりゃ貧弱!貧弱ゥー!!」
「なんだっけそれ」
「ジョジョだろ? それも一番最初の奴」
「にゃ、あちしあの作品凄い好きにゃ! 16部とか激熱にゃね」
「どんな話だったっけ...」
「この前26部完結してなかったか? ロングセラーだよなぁ」
「150歳超えても描き続けてるにゃんて、漫画への熱意がすごいにゃ。憧れるにゃ」
「毎年若返ってるってんだから驚きだよな。この前見たときはほぼ高校生だったぞ」
「何歳まで生きるんだろうね...あ、戦闘準備。1時の方向にデカウサ3頭」
一夜明けて3月2日の火曜日。レベル上げがてら、私たちは南の森の奥地の様子を見に来た。
南の森にいた角ウサギに比べて二回りほど大きくなり、角が3本に増えた魔物「三つ角ウサギ」が南の森奥地のメインの敵のようだ。名前が長いから、私たちはデカウサと呼んでいる。
今倒したのは掲示板で話題になっている「影の魔物」。倒してもアイテムをドロップしないくせにそこそこ強い。だけど、経験値は気持ち多いという敵だ。
「初手は僕が。<構射>」
「任せたぜ、<構破>」
「行ってくるにゃ、<構剣>」
「サポートするね」
「...準備いい? 行くよ、<連射>!」
デカウサ3頭、全部普通の個体だ。見つからないように準備を整え、ショーイチが初手を飾る。
連続で放たれた矢は3頭それぞれのウサギに当たり、一斉にこちらを見る。
「<光球>!」
「いただきにゃ、<隠剣>」
一斉にこっちを見たデカウサに、光の球を投げつける。実は目くらましの魔法も既に覚えてるんだけど、味方の目もくらみそうだから今は使わない。
目を瞑ったデカウサに、先んじて移動していたクロエの<短剣術>が炸裂する。見つかっていない状態なら威力が大幅に上がる<隠剣>だ。
「おらァ! <斧撃>!」
「<反射>」
「それいいね、<根の槍>!」
グレンが正面から盾を構えながら突っ込み、斧による高威力の攻撃の<斧撃>をお見舞いする。普通の個体のデカウサに関しては、グレンの大盾は必要ないからね。彼も攻撃の仲間入りだ。
<構破>は敵のガードを崩す力が大幅に上がる。代わりに防御力がそこそこ下がるので、<反射>で彼に対する敵の攻撃を弾いておく。
弾かれた敵はショーイチが<根の槍>で貫く。南のフィールドは森。ショーイチの持つ種族専用魔法の<木魔道>が輝く。
ドロップアイテムを回収すると、そろそろ晩御飯の時間だということに気づいた。少し早いが、街に戻るにはキリがいい。
「次は西の奥か?」
「レンヴァイツ周辺でもいいね」
「私はそろそろダンジョン気になるかな」
「ダンジョン!ダンジョンいいにゃね!」
「そろそろあの人だかりも落ち着いたころか。 なら、そうだな...様子見つつ明後日ってとこじゃないか?」
「いいね、じゃ明後日アタックしようか」
街に帰りがてら、そんな話をする。ダンジョンか...やはり罠とかあるのだろうか?
今まで「状態異常」が一切なかったけど、一応対策が必要かな? せっかく<錬成>があるんだし、今日の夜はクリスのところでお勉強かな?
※
晩御飯を食べ、お風呂も済ませて再ログイン。
クリスのところに「状態異常」について聞きに行くところだったっけ? ついでに<錬成>が上位スキルになりそうだ。今Lv14だしあと1つだね。
いつものように薬屋「ポアロ」の裏口から入る。ギシギシと軋む廊下を歩き、いつもの奥の部屋にササっと入る。
「おや、アンタまた来たのかい? 最近しょっちゅう来るねぇ」
「聞きたいことと、そろそろ<錬成>が育ち切りそうなので」
「くくっ、勤勉なのはいいことさね。あたしも、弟子が早く育つのは嬉しいからね。
それで、何が知りたいんだい?」
「はい。ダンジョンについてなのですが...」
「あぁ、西のアレだね? そいつを語るには、ふむ、少し早いか...ダンジョンのボスを倒すことが出来たのなら、また聞きに来るといいさね。その時は改めて――」
「あの、クリス? 私が聞きたいのは「状態異常」の事でして...」
「...なんだい、早とちりしちまったよ。てっきりダンジョンの成り立ちでも聞きに来たのかと思ったよ」
考察班が喜びそうな情報だけど...あいにく私はその辺に興味ない。やっぱ花より団子だよね。
「状態異常ねぇ...確かに、ダンジョンに行くなら対策は必須さね」
「状態異常回復薬を、出来れば自分で作ってみたいのですけど」
「ふむ、まぁいいタイミングさね。じゃ、今日はその手伝いをしてもらおうかね?」
「お願いします」
「まずはいつも通り、お手本を見せようかね」
クリスはHPポーションを作るときに使う「抽出陣」で、どこからか取り出したなんだか見たことのある草を瓶の中に抽出する。
「これは魔草さ。たまに薬草に混じって生えてるから、アンタも摘んだことが何回かあるんじゃないかい?」
「ありますね。全部売りましたけど...」
「くくくっ、そりゃ仕方ないさね。こいつは薬草より高値だからね。ちょっとした小遣いになる」
魔草からの抽出が終わると、いつものように小瓶に注ぎ分けて水で薄める。そして最後に見たことない植物を液体に漬け、蓋をする。
「さ、これで手順は終了さ。気を付けないといけないのは、1日漬けないと効果が出ないという事さ」
「なるほど、その場で慌てて調製は出来ないという事ですね」
「アンタはね。あたしなら...こうする」
クリスが瓶に触れると、瓶の中の色が一瞬で変わる。薄緑だった液体は、中に漬けた植物の種類によって黄、紫、赤と色が分かれる。共通しているのは、なぜか全部しゅわしゅわしている事くらいかな。
エナジードリンクみたい...おいしそう。
「黄が麻痺、紫が体毒、赤が魔毒さね」
「? 体毒と魔毒ってなんですか?」
「アンタ知らなかったのかい? まぁ、この辺にはそんなけったいなもの使ってくる魔物はいないから、仕方ないか...
簡単に言うとね、体毒はHP、魔毒はMPを減らす毒の事さね」
「そんな分け方なんですね」
「体毒は何かしらの物質から作り出す毒なのさ。だから身体に効く。森に生えてるエグい色のキノコからなら、抽出で大抵作れるね。
対して魔毒は魔力から作り出す毒。だから魔力が乱れる。たとえば...何かしらのスキルで扱う毒はだいたい魔毒さね。<短弓術>の<毒矢>なんかがそうさ」
「ダンジョンだとどうですか?」
「ダンジョンなら、どっちも持っておいて損はないさね。
さ、実践の時間だよ」
そういうと、いつものように魔草と瓶、漬けるための植物をバサッと積み上げてくる。
<錬成>はあと少しで上がりそうだし、ちゃっちゃと上げ切ってしまおう...
『<錬成>のレベルが最大になりましたので、1次スキル<錬金>を解放しました。』
30分もしないうちに<錬成>が上がりきり、<錬金>が解放された。
<錬金>を有効化し、作業を続ける。そこまで時間もかからずに、全量の作業を終えた。
「終わりましたー」
「早かったねぇ、お疲れさん。...どうやら<錬金>も無事にとれたみたいだね」
「おかげさまで」
「アンタ、そろそろダンジョン行くんだろう? なら、そこで自分の作った薬を持っていきな。
<錬成>の卒業祝いさね」
「いいんですか?」
「ついでにコイツも持っておいき。そんな陣捨てちまいな」
クリスは机にしまわれていた「抽出陣」と「分離陣」、そして「合成陣」を渡してくる。そんな陣って、一昨日買ったばっかなんだけど...
そういえば「悠久の魔女の杖:レプリカ」も一緒に買ったっけ。
「こりゃ見た感じ、レンヴァイツのじじいの作品かねぇ...また何というか、器用に手を抜いてやがる...」
「そう言えばクリス、私こんな杖買ったんですけど」
「は...あぁ? なんだいこれ...」
「見たまんまですけど」
「はぁ~~......これどこで買ったんだい?」
「レンヴァイツの武器屋です」
「用事が出来た。今から少し出かけるから、アンタも出な! 杖はこっちの方が似合ってるさね! 明日もいないだろうから、来ても無駄だからね!」
「は、はい」
矢継ぎ早に喋ると、私の持っていた杖を分捕って、ふんッとへし折り指パチン。青い炎で燃やす。
どこからか取り出した銀色の杖を私に押し付けると、薬屋「ポアロ」から追い出された。
一緒にでたクリスはいつの間にか壁に掛けてあった魔女帽をかぶっており、手には箒。魔女完全体になっていた。
「またね、マリ。さっきも言ったけど、明日もいないからね!」
「はい、ありがとうございました...」
クリスはとんっと地面を蹴ると、「あのクソジジイ!」と叫びながら箒に乗って飛んで行った。魔女だ。
<SR> 聖銀の鈴の杖
魔を退ける聖銀をふんだんに使った長杖。魔法攻撃力を高める効果がある。
菊をモチーフにした装飾が施されており、魔力を流すと凛とした音が鳴るため「鈴の杖」。
鈴はついてない。
分不相応な気がするんですけどこれ...
※
「食材取りに角ウサギ狩ってたんだが、影から黒い敵が出てきてなぁ...なんていうか、影から生まれたような...」
「「影より出でる」だもんなぁ。経験値は美味いんだが、夜に相手すると見失うよな」
「俺も岩トカゲの素材取りに北の岩場行ったんだが、なんか赤茶けたデカい岩トカゲにボコられたんだわ。エリートか?」
「うん? エリート系魔物って黒いの以外もいるのか?」
薬屋「ポアロ」からフリマへ向かう途中、後ろを歩く数人のプレイヤーの会話が聞こえた。
岩トカゲ素材は今でも人気だ。青銅しか金属がなく、しかも高い現状、そこそこの堅さを誇り値段も安い素材は売れる。転職済みでも狩りに行くプレイヤーはまだ絶えない。
しかも2つ目の街が解放された今、プレイヤーの行動範囲が広がってプレイヤーの密度が減ったからか第2陣の追加が発表されている。まだ少し先だけど。
そんなプレイヤーに岩トカゲの防具は間違いなく売れる。先んじて作っておくのは賢い。
そんなことを考えながらフリマの私のスペースを確認する。すると、見慣れた2人と見慣れない2人が神妙な面持ちで私のスペースを囲んでいる。何かあったのだろうか?
あちらはまだ気づいていないようだ。恐る恐る声をかけてみよう...
「大丈夫かな...引き受けてくれるかな...」
「あの...こんばんは。カーネル、義太夫。何か問題でも?」
「!? お、おう、嬢ちゃん、こんなところで、奇遇だな! ハハ!」
「え? ...そう、ですね」
「義太夫、まずは深呼吸した方がいいよ...」
「あの、何かありました? 私の机を囲んで...」
「ス―ッ...フーッ...あぁ、何でもないんだ。ちょっと一つ、頼みごとを聞いちゃくれねぇか?」
「頼み事?」
「...俺たちを、レンヴァイツまで連れて行ってくれ」