15 集結と終結
「うちのイザムが迷惑かけました...」
「うちのクロエも同じようなものでした。本人たちも楽しそうでしたし、お互いさまでしょう」
固有スキルの<波長魔術>を持つ[音楽師]のカナデと挨拶を交わすと、自然とこんなやり取りになった。
[双剣士]のイザムが私たちのところに一人で突っ走ってきたので、彼女と[木魔術師]の竹光は後から合流してきた。
「イザムは思い立ったら真っ直ぐだからねー」
「それが長所でもあり、短所でもあるというか...」
「俺らの中にはいないタイプだよなぁ。なんていうか、子供っぽいというか」
「あちしは悪くないにゃ。最初に斬ってきたアイツが悪いにゃ」
「あの黒猫、俺の顔に<火球>ぶち当てやがったんだぞ。アイツの方が悪いよな?」
「...前言撤回、子供っぽいのは一人いたわ」
「ゴブリンナイト:討伐戦」を倒した直後、ナイトがボスだと思っていた私たちは、遠くから放たれた腹に響くような咆哮を聞いて理解した。
その方向に目をやると、さっきまで戦っていたナイトすらも凌駕する大きな身体を持つ濃緑のゴブリン。
「ゴブリンキング:討伐戦」。その巨体に見合った大剣を手に持つその威容は、まさに王だった。
「それにしても、ゴブリン多いですよね」
「そういうイベントだし、仕方ないけどね。カナデさんの魔法でだいぶ楽にはなったけど。<射撃>」
「経験値美味しいにゃね。<剣撃>」
「私としては、マリさんの<鏡魔術>が気になるというか...<音撃>!どーん!」
同じ固有魔法を持つカナデさんとは、色々情報交換をした。
<波長魔術>。最初の街で鼻歌を歌いながら街を歩いていたら、NPCで[音楽家]のおじいさんがその歌をやたら気に入り、色々あって貰ったらしい。
『<波長魔術>は儂の生涯そのもの...人生賭けて作り出したが、儂には大成させることが出来なかった。しかし、お主なら、きっと儂よりも遥か高みに...!!』
と、まるで今生の別れのような渡され方だったらしい。その爺さんはいまでも最初の街でピンピンしているらしいけど。
その能力は敵や味方の能力値を変化させたり、音叉と音を用いた攻撃らしい。私の鏡とは方向性が違うようだ。
カナデさんに鏡魔術の事を話すと、「万能じゃないですか? 使い方次第で守りも攻撃も出来るなんて」と言っていた。確かに、鏡魔術には明確な方向性がないような...?
「おらぁ!139匹目ェ!!」
「勝ったにゃ!これで140匹にゃ!!」
クロエとイザムが競うようにゴブリンを倒していく。順調だ。
そろそろキングと会敵するかな?といったその時
「!?」
「ッ!! <庇護――ッ」
砲弾のように突っ込んでくる何かと、間一髪大盾を構えてゴガンッ!という音と共に吹き飛ぶグレン。飛ばされ転がったグレンのHPゲージが半分飛んでいる。私だったらデスってたね...
グレンを吹き飛ばした物体に目をやると、そこには大剣を構えた3mほどの巨体。ゴブリンキングがいきなり目の前に現れていた。既に全員が戦闘態勢を取っていた。
「いきなりかよ...ッ!」
「気付かなかったにゃ」
すぐに状況を把握し、それぞれが行動に移る。私も急ぎグレンに回復魔法を飛ばし、体勢を立て直す。
流石は対5万人のレイドボス。並の強さじゃなさそうね。
「竹光!」
「<成長>!<木柱>!」
「にゃっ、<走剣>!」
「くっ、<構双>、/右防、/左逸」
「<調律>!<反律>!そ~れ!」
竹光の<木魔術>Lv5、<木柱>が発動し、キングの周囲に木の柱が数本地面から飛び出す。立ち上がった木の柱をぴょんぴょんと足場にしながらクロエは縦横無尽にキングに連続攻撃を仕掛け、イザムは2本の剣を舞うように動かし、吹き飛ばされたグレンの代わりにキングの気を惹きながら攻撃を受け流す。
カナデは味方の全ステータスを少し上げる<調律>、敵の全ステータスを少し下げる<反律>でサポート。その手に持つ大きな音叉から特徴的な音を発している。
ショーイチは遠くからチクチク矢を撃ってキングの気を散らせている。
「...助かったぜマリ、早速行ってくらぁ」
「頑張ってね」
「おうよ」
キングとの戦闘から離れたところで私の水魔術によって回復したグレンが、初撃でへこんでしまった大盾を構えてキングに突っ込む。
私もすかさず<鏡片>で追撃する。
すると、後ろからザッザッと規則正しい鉄靴の音が聞こえてきた。
「我ら錆銀騎士団、助太刀いたす!!」
錆びた銀のような赤茶けたマントを翻し、鈍く輝く騎士鎧に身を包んだ6人組。
レイドボスの匂いを嗅ぎつけて、駆け付けてくれたようだ。
「助かります!」
「お嬢さんは下がっているといい。征くぞ!<構防>!」
「「「「「<構防>!」」」」」
錆銀騎士団は全員<中盾術>の<構防>を発動し、淡い光を纏いながら盤石の守りの態勢に入った。
グレンもいるし、守りに関してはもう必要なさそうだ。
「グレン!盾は任せたぜ!<構双>、/右攻、/左攻!」
「お前の相手は俺だオラァ!!<庇護>ォ!」
盾役が増えたことを確認し、イザムは構えを攻撃に切り替えて突撃する。役割を都度変えられるなんて、使い勝手がよさそうだ。
グレンがキングのヘイトを大声による<集敵>で奪い、へこんだ大盾で攻撃を捌く。後ろにいる味方を守るときに大きな防御補正がかかる<庇護>なら、へこんだ大盾でも問題ないようだ。
半ば安心してその戦いを見ていると、今度は遠くからショーイチの大声が聞こえてきた。
「みんな離れろ!!」
「<充魔>、<爆炎>! 塵になりなさい!」
ショーイチの掛け声とともに前衛が一気に離れ、キングに太陽のような火球が炸裂する。
遠くから飛んできたそれがキングに着弾すると、燃やせるものを探すかのようにぶわっと火炎が周囲に広がる。遠くにいる私ですら熱気を感じるほどだ。キングは愚か、周囲の地面ですら焼けただれている。
ショーイチの隣には、そんな惨状を作り出した一人の赤い幼女と大盾を持ったおじさん。騎士団の人が1人巻き込まれて死に戻ったっぽいけど...必要経費だ、割り切ってもらいたい。
<爆炎>は竹光の作ったキング周りの木の柱にも勢いよく燃え移り、キングをさらにその熱気で苦しめる。
「「<乱風>」」
「きゃはは!<爆炎>!<爆炎>!!」
「やりすぎだよエシリアちゃん...一人驚愕の表情でこっち見ながら死に戻ったよ?」
追い打ちをかけまくる赤いゴスロリ幼女のエシリアに、錆銀騎士団を一人巻き込んだことで気が気でない大盾おじさん。
すかさずショーイチと風魔道を持っていたカナデが<乱風>で風を乱し、火の勢いを強める。
流石にキングもこれには堪らなかったのか、手に持つ大剣を振り回して木ごと火を吹き飛ばす。
「まだまだァ!<双撃>!」
「にゃ!<走剣>!」
「<均土>」
「<癒音>!」
「<鏡片>、<複製>」
キングが火が消すやいなや、また前衛が突っ込んでいく。グレンは荒れた地面を均し、前衛が戦いやすいように整地。カナデが周りのプレイヤーを回復しつつ、私は<鏡片>で少しずつHPを削っていく。
「強敵だね、骨がある敵だといいんだけど!」
「ちっ...くせぇんだよ魔物野郎」
いつの間にやら知らない人たちも混ざり始めていた。ここまで来たということは相当上位のプレイヤーなことは間違いないけど...
にやりと笑いながら不規則だけど計算されつくした動きをする長剣の初期装備プレイヤーと、素手で戦うマスクをつけた犬の獣人だ。
「ドブみてぇな臭さだ...<構拳>、<拳撃>!」
「読めているよ、その動き。当たらなければ意味がない!」
マスクをつけた犬の獣人は心底いやそうな顔でキングを殴る。そんなに臭いのだろうか?
初期装備の人は、その手の長剣で攻撃を仕掛けていく。スキル使わないのかな...
それにしても剣の太刀筋が素人の私から見ても奇麗だ。なんか現実でやってるのかな?
そんなことを考えていたら、キングが咆哮を上げる。HPゲージがちょうど半分...これは?
「特殊行動か!?」
「やべぇ!離れろ!!」
キングが咆哮を止めた次の瞬間、その手に持つ大剣を勢いよく地面にたたきつける。
その衝撃波は全方向に広がり、前衛のプレイヤーが全員吹き飛ばされる。皆HPゲージを大きく減らしながら後方に叩きつけられた。錆銀騎士団の人なんて数人死に戻った。
残ったのは敵から離れていた私とカナデ、ショーイチにエシリアPTくらいかな?
「ぐ...っ!」
後ろを見ると、HPが一気に削れ、衝撃によってスタンしたのか上手く立ち上がる事の出来ない前衛プレイヤーが倒れている。
そして、前には自由になったゴブリンキング。これは結構危ないかもしれない。
「これはまずいね、行ってくるよ。<集敵>!」
「いってらっしゃい、エド!」
このままでは私達後衛にキングが接近し、壊滅的な被害になると予測したのだろう。
エドと呼ばれたエシリアPTの大盾おじさんが一気に近づき、<集敵>でキングのヘイトを奪う。
エドは構えた大盾で上手く力を受け流しながら、巧みに凌いでいる。熊獣人の頑強な力と腕力で耐えきるような、力技を好むグレンとはタイプが違うね。
だけど、見ている限りだと彼一人では長く持たないだろう。
「カナデさん、皆の態勢立て直せられる?」
「いける!範囲回復があるよ!」
「わかった、そっち任せるね。<鏡値>!」
<鏡値>。味方のステータスを一つ、自分にコピーする魔法だ。
私は後方に転がったクロエからいつもどおり敏捷をコピーする。
「これ、借りますね。<実像>!」」
キングの周りに散らばって動けない錆銀騎士団の人の長剣を、一声かけて拾い上げる。
騎士団の人が頷いたのを確認して、<実像>を使用する。<鏡魔術>がLv20になった時に<虚像>と一緒に覚えた新しい魔法。その効果は、自身のコピーを生み出すこと。コピーにも攻撃の判定はちゃんとあるんだけど...
「...同じ動きしかできないんだよね、これ」
「グゲ、グゲ?」
ゴブリンキングを中心として、点対称の位置に<実像>で私自身のコピーを生み出す。クロエレベルの素早さで、ゴブリンキングを中心に同じ動きをする二人の私。
こっちを見ても、真逆を見ても、まったく同じ構えで長剣を握る私が目に入る。心なしか混乱しているように見える。
「<癒音>!<癒音>!」
「大丈夫かい? これを飲むといい」
後ろではカナデさんの範囲回復とHPポーションを飲ませるショーイチで態勢を立て直しているようだ。この調子ならなんとか皆が体勢を立て直すまで持ちそうかな?
全く関係ないけど、久しぶりに剣を握ったからかな? 昔、別のゲームでずっと練習していたスキルを思い出す。剣を持つ手が、昔の軌跡をたどる。
「...【見破る剣戟】...【八の剣】」
「グゲギャ!!」
「なっ!」
キングの振り下ろしてきた大剣の動きを予測し、長剣をそっと大剣の峰にあてがいながら一気に近づき、火花を散らした剣の一閃お見舞いする【見破る剣戟】。
目にも止まらぬ速さ...ではなく、それぞれが必殺の一刀を8連続で撃ちこむ【八の剣】。
キングの気を惹こうと身体が覚えていた別のゲームの剣士スキルで斬っていたら、怒ったキングの容赦ない一撃が私に振り落とされる。
エドが吹き飛ばされ消えてなくなった私を見て「なっ...」と声を上げたが、残念。それは私の実像だ。
「マリカ様、ご無事ですか!」
「吹き飛ばされたのは私のコピーで、本体は無傷です。ご安心を」
エドが大盾を構えて前に出て、私の安否を気に掛ける。まぁ無事なんだけど。
それにしても、エドって私の名前知ってたんだね。ショーイチに聞いたのかな?
「待たせたな銀色ッ!下がれ!」
「さっきの借りを返しに来たにゃ!」
「あとは任せた! <虚像>!」
慣れない回避前衛をやって時間を稼いでいたら、前衛が次々に戦線復帰し始めた。一応保険で<虚像>を使いながら後ろまで戻る。
その頃になるとまた別のプレイヤーが混ざってきたようで、多勢に無勢になったゴブリンキングは長く持たなかった。
「ゴブリンキング:討伐戦」は崩れ落ち、王を失った周囲のゴブリンは我先にと平原の奥に帰っていく。
『魔物討伐戦リーダー種「ゴブリンキング」が討伐されました。イベントを終了します。』
『これまでの成績を集計し、ランキングを作成します。しばらくお待ちください。』
『イベント参加報酬及び、ボス討伐参加報酬を配布しました。インベントリをご確認ください。』
『ランキング作成が完了いたしました。ランキングは最初の街の冒険者ギルドでいつでもご確認いただけます。』
「終わったね」
「なんとか倒せたな」
「一時はどうなる事かと思ったにゃ」
「まさかゲーム始まって初めてのレイドボスに特殊行動があるとはね」
「それにしても、マリって剣も使えたんにゃね?」
「え? だって私、昔は剣士だったし...3年以上前だけど」
「あぁ、なるほどな」
◇◆◇ 新登場スキル ◇◆◇
▼武術系スキル
▽長剣術
<構斬> Lv1
長剣を扱う構え。
<鋭刃> Lv5
長剣による鋭い斬撃攻撃。
▽拳術
<構拳> Lv1
武器を持たず、己の拳を用いて攻撃する構え。
<拳撃> Lv5
高威力のパンチを繰り出す。
▼魔法系スキル
▽鏡魔術【固有】
<実像> Lv20
自身のコピーを生み出す。現状、同じ動きしかできない。
▽波長魔術【固有】
<反律> Lv15
一定の音を鳴らし、その音を聞いた敵の全ステータスを微低下させる。
<癒音> Lv20
聞いた仲間のHPを回復する癒しの音色を奏でる。回復量は少量だが、範囲回復。
▽木魔術【種族】
<木柱> Lv5
木の柱を地面から勢いよく突き出す刺突攻撃。木の柱は一定時間その場に残るが、すぐ枯れる。
▼??系スキル
▽???
<充魔>
次に使う魔法の消費MPと威力を2倍にする。
【見破る剣戟】
【八の剣】
昔々、主人公マリが剣士として遊んだゲーム「Black soul / White blade」の技。
身体が覚えていたようです。
【追記】 2019/4/9 1:30
マリは昔のゲームで培った剣士時代のスキルを真似して使っただけで、ゲーム的に全く効果はありませんし、システム的に認められた技でもありません。
かっこよく技名を叫びながら、かっこよく斬っただけです。
もしそれに意味があったとしたなら、それは「ゴブリンキングがイラっとした」くらいです。
2019/08/08 4:21
分かりやすいように一部加筆。内容に変更ありません。