14 後半戦と騎士
「ゴブリンもレベルが上がってきたね」
「経験値美味しいにゃ」
「周りの奴らも、さすがに死に戻りが増えてきたっぽいな」
ゴブリン軍団と交戦して早30分、少し前からゴブリンの名前が「ゴブリン:平原」から「ゴブリン:平原奥地」に変わっていた。相変わらずステータスやレベルは読み取れないが、転職後エリアの敵が混ざっている事だけは最低限分かった。
平原なら推奨レベルは1だけど、平原奥地になると推奨レベルは15まで跳ね上がる。おかげさまで、転職に必要なレベル15を満たしていない転職前っぽいプレイヤーは普通に殴り殺されている。
もっと周りを見てみると、遠くに何か大きいのが見えた。
「なぁ、あそこにいるの、ボスか?」
「明らかにデカいよね」
「マリ、鑑定できたにゃ?」
「名前だけはね。『ゴブリンナイト:討伐戦』。他にも色々いるっぽいけど、他に紛れてよく分からない」
「『討伐戦』ってことは、このイベント限定なのかな?」
「とりあえず、あいつ狙いで動くか」
「おっけー! 一気に切り開くにゃ!」
ギャアギャアうるさいゴブリンを短剣で斬り飛ばしながらクロエが言う。
子供くらいの大きさのゴブリンに比べて、『ゴブリンナイト:討伐戦』は普通に2m近いように見えるから結構目立つ。
そんなナイトを倒しに行くには、まずは目の前のゴブリンを倒すしか道はなさそうだ。やる事は変わらない。
ついでに、新しい魔法をお試ししてみよう。
「温存してた技使うにゃ! <添火>、<走剣>!」
「援護するよ、クロエ! <追風>、<構狙>、<狙撃>!」
「グレン、守ってね。 <水矢>、<水銀>、<複製>!」
クロエが突っ込み、敵を斬り燃やす。武器に火を纏わせる<添火>に、素早く動きながらすれ違いざまに斬撃を加える<走剣>。
クロエが逃したゴブリンの頭には、ショーイチの矢が突き刺さる。<長弓術>系の攻撃スキルに補正を与える<構狙>と、長距離を狙う威力、貫通力共に高い<狙撃>。
それ以外のゴブリンは、銀色に光る<水矢>が貫く。ばっちり<複製>も使って、殲滅力も倍増させちゃう。
「おまえら楽しそうでいいなぁ、<均土>」
そんな私たちを横目で見ながら、手持無沙汰気味に戦いでボコボコになった地面を均すグレン。派手な戦いを繰り広げる3人を見て、なんだか哀愁が漂っている。
「ナイトまであとどれくらいだ?」
「順調にいけば3分くらいかな」
「グレンも戦いたい?」
「...いや、よく考えたら斧振り回すくらいしか出来ねぇや」
「そっか」
彼の斧術は思いの外豪快ですごいんだけど、披露する日は果たしてくるのだろうか?
※
「ゲゲ、ギャギャア」
「初めましてにゃ、ナイトさん」
「グゲゲ、ギャアギャア」
「にゃ?おかまいなくにゃ」
「え、何? 話通じてんの?」
「ゴブリン:平原奥地」を屠り続け、ようやくナイトの前まで到達した。ナイトの周りには5匹のエリート感のあるゴブリン。
リーダー格であろうナイトがゲゲっと何かを喋ると、懐に入っていた100セル硬貨を取り出す。これ、コイン弾いて落ちた瞬間戦い始めようぜってことかな?
ふふ、なかなか粋な演出するね。
「まさかゴブリンがこんな演出をしてくるとはなぁ...」
「中に人間入ってるんじゃない?」
「...魔物プレイヤーにゃ? まさか...いや、あり得ないこともないにゃね...」
双方が武器を構えると、周囲に緊迫した雰囲気が流れる。...遠くで勝鬨を上げる騎士団さえいなければ、もっと荘厳だっただろう。
一呼吸置くと、ゴブリンナイトがにやりと笑う。その手から硬貨が空高く弾かれ、地面にぶつかる。
瞬間。
「<速撃>!」
「グギャギャ!」
クロエの最速の短剣がナイトの隣で魔法を詠唱している魔法使い、「ゴブリンウィザード:討伐戦」の首に吸い込まれるように振りぬかれる。
しかし、それをあらかじめ読んでいたかのように素早く動いた盾持ち、「ゴブリンガードナー:討伐戦」がその中盾をパリィするように振り、短剣を弾く。クロエが短剣を弾かれ隙をさらしたその瞬間、詠唱が終わったウィザードが近距離のクロエに魔法を発動する。
「にゃ...!」
「ゲギャ!」
「させないよ。<反射>」
「ッ!? ゲガァッ」
ウィザードが発動した火の魔法はクロエの前に割り込ませた<反射>で跳ね返り、ガードナーの顔面にぶち当たる。
その隙にクロエは体勢を立て直し、即座に無防備なガードナーの足とウィザードの首を刎ね、ナイトに接敵する。
「<構避>にゃ」
「ギャ、ギャ!」
「ふっ、当たらんにゃよ」
ナイトの目の前でクロエは短剣術Lv1、<構避>を発動する。回避する能力に補正がかかるそのスキルは、彼女の獣人という種族、猫のようにしなやかな身体、生まれ持った反射神経も相まってナイトからの攻撃を躱し、いなす。
そんなクロエに対してさらに激しく剣を振り回すナイトだが、まるで背中にも目がついているのかというほど全方向に対応しているクロエにはかすりもしない。
ナイトに手を貸そうとクロエに向かって行くこん棒を持ったゴブリンに、グレンが立ちはだかる。邪魔だと言わんばかりに振り下ろされた大ぶりのこん棒は、構えられた大盾にいともたやすく止められる。ガギンという金属同士のぶつかりあう音と共に、グレンは笑う。
「これだよこれ! こういうのを待ってたんだよオラァ!!!」
「グ...ギャ...」
ガゴンガゴンと何度も振り降ろすこん棒に、すべてを受け止めながらも微動だにしないグレン。正面から力比べをしている大きな鉄のこん棒持ちの「ゴブリンバスター:討伐戦」は、少し辛そうに見えた。力負けしてツラいのか、グレンの大声がうるさくてツラいのか。
ていうか、何気に鉄ってこのゲームでまだプレイヤーは見つけられてないような...
まぁ、それはそれとして。
「横槍失礼。<鏡片>」
「ゲギャ...ッ...」
私は横からさっくりとバスターの脚を奪う。大声で<集敵>が無意識に発動したのかグレンしか見えてなかったみたいだし、隙だらけだ。時間がないから仕方ないよね。
ショーイチは相手の「ゴブリンアーチャー:討伐戦」と矢の撃ち合いを楽しんでいるようだ。撃っては避け、撃っては避けを繰り返している。スキルを使っていないあたり、また変にこだわっているらしい。こだわるのは昔からの彼の悪癖だ。
彼ら3人のところに敵が来ているのに、私のところに敵が来ていないのかというと、もちろん来ていた。
「ゲ、グギャ...??」
「なんだこいつ...おかしいぞ...??」という雰囲気の彼は、私の首を取りに来ていた「ゴブリンアサシン:討伐戦」。クロエが走り、ショーイチが離れ、グレンが攻撃を受けて私が一人になった瞬間、陰からいきなり首に短剣を突き出してきた。
短剣は振り抜かれ、容易に私の首を貫通した。まぁ、そのまま何事もなく、まるでそこに何もなかったかのようにアサシンごと通り抜けていきましたが。
「おらァ!<斧撃>ッ!」
「ゲ? ブギャッ!」
「助かったよ、グレン」
「お前...よく無事だったな」
私の首を貫いたはずなのに、何の手ごたえも得られなかった「ゴブリンアサシン:討伐戦」は、「ゴブリンバスター:討伐戦」を倒してダッシュで帰ってきたグレンの振りかぶった斧ですっぱりとぶった切られた。
私が何故無事だったのかと言うと、実のところ保険として新しい魔法を試していた。
その名も<虚像>。鏡魔術Lv20で覚えた2つの魔法のうちの一つ。自分をホログラムっぽくすることで物理攻撃をほぼ無力化してしまう魔法。
その強力な能力と引き換えにMP消費が尋常じゃない上に、その状態で魔法攻撃を受けると通常の数倍のダメージを受けてしまうというデメリットがあるため、使うタイミングを選ばなきゃいけない技能だ。
だからクロエが「ゴブリンウィザード:討伐戦」を倒したのを見て使っておいたのだ。
「...っていう能力でね」
「へぇ、なんつーかとがった技能だなぁ」
「お前ら喋ってないで助けろにゃ!!」
「ゲギャ!ゲギャ!」
「お? あぁ、まだ戦いの最中だったぜ」
「ちょっとMPポーション飲む。先行ってて」
「あいよ! <構護>!」
クロエから切羽詰まった救難、おしゃべりしている暇はなかったみたいだ。グレンは嬉々としてナイトに挑む。
私は<虚像>で大きく消費したMPをアイテムで回復しつつ、ショーイチに目配せ。
ショーイチもそれに気づいたのか、一気にスキルを使ってアーチャーを射抜く。やはりスキル縛りをしていたみたいだ。
「珍しいね、マリが僕を呼ぶなんて」
「そうだっけ? ...そろそろ死にかけにトドメ刺して、一緒にナイト叩こ」
「りょーかい」
クロエが最初に脚を攻撃して動けなくなったガードナーと、横やりの<鏡片>で動けなくしておいたバスターにトドメを刺す。これで、ナイトの取り巻き5匹は討伐完了だ。
ついでにバスターの鉄の棍棒は貰っておきましょうね。鉄の価値高そうだし。
目を移すとクロエとグレンがナイトとドンパチやっているが、二人がかりでも押し切れていない。むしろ徐々に削られているようだ。流石ナイト強い。
回復魔法を準備しつつ、急いで向かう。
「<水癒>、<複製>! 待たせたね」
「助かったにゃ!」
「ポーション飲むだけにしちゃ、長い休憩だったな」
「二人とも無事かい?」
「<庇護>ッ! ちとツラいな...」
「あちしたちだけじゃ時間かかりそうにゃ」
グレンの合流後はクロエが殴り続けていたが、ナイトのHPバーはほんの少ししか削れていない。このまま私たちが回復アイテムを使いながら殴り続ければ、いつかは押し切れそうだ。ただ、間違いなく時間がかかる。
...助太刀、間に合ってくれればいいんだけど。
「まぁ、なんとかなるんじゃない?」
「多分ね」
「...グギャ、ギャギャ?」
クロエとグレンを相手にしてすらいないかのような態度で、まるで「...何の話だ?」とでも言ったかのような雰囲気。圧倒的ボス感。
ナイトに牽制の魔法を撃ちながらそんなことを考えていたら、一人の男が弾丸のような速さでナイトにぶち当たり吹き飛ばす。いいタイミングで助っ人が来たようだ。
「グギッ...」
「おうおう! 面白そうなことやってんじゃねぇか? 俺らも混ぜろや銀色ォ!!」
2本の剣を構え、敵を狙うぎらついた眼の魔人。風になびくマントは、敵の血で染まった紫色。
俺らと言っているけど、明らかに1人だ。 仲間を置いて飛んできたのかな?
流石にこれだけ派手に戦っているのだ。同じ戦場であれば、嗅覚の鋭いプレイヤーなら真っ先に来るだろうと踏んでいた。
助太刀が間に合うかは賭けだったけど、なんとか来てくれたみたいだ。
「喰らえやァ!!<双撃>!<双撃>!!<双撃>ッ!!!」
「のわっ!? いきなり飛んできて何だこいつ!?」
「にゃ!? 負けてられんにゃ! <添火>、<走剣>!」
「やるじゃねぇか黒猫ッ! <双撃>!」
すっ飛んできた男の持つ2本の剣が躍る。無数の剣閃が容赦なくナイトを襲う。
彼が来た方向からポーン、ポーンと鐘の鳴るような音が聞こえるから、きっと彼の仲間がこっちに来ようとしているのだろう。
ナイトの方は任せておけば問題なさそうだし、魔法を撃とうにも撃てそうな隙間がない。ショーイチと共に音の鳴る方のゴブリンを減らしておこう。
「にゃ!? 今あちしのしっぽごと斬ったにゃ!」
「あ? 避けたんだからノーカンだろ」
「許さんにゃ!<火球>!<火球>!<火球>!」
「うわ!? あっちあっち!敵あっち!!ぶはっ」
「へっへ、あちしを攻撃してきた罰が当たったにゃ」
「いってーな、HPマジで減ったぞ...普通当てるかァ? しかも顔面だぞ?」
「おんなじことしただけにゃーし?避けられない方が悪いにゃ」
「あ?」
「ゲ...ゲギャ...」
「<庇護>!」
...うん。ちょっと見ないうちに仲良くなったようだ。クロエはアレくらいならじゃれてる程度...なはず。
他所からみれば三つ巴に見えるレベルで攻撃しあっているけれど、多分大丈夫。火の球飛んでるけど。
むしろ、そんな中で平気な顔して戦うグレンは大丈夫なのだろうか?
※
「いい加減ぶっ倒れろや! <双撃>!」
「に"ゃー!? なんでこっち!? <構逸>!!」
「ギ...ッ!」
「ちっ...お? ナイスだ黒猫! くらえや、<双連>!」
「ギャゲェエエエエエエエエエ!!」
唐突に飛んできた双剣の攻撃に対して、咄嗟に<構逸>に切り替えて攻撃をはじいたクロエ。
弾かれた[双剣士]は回転しながらナイトの懐に飛ばされ、まさかの動きにナイトは対応できず。彼はすかさず威力の高いスキルをナイトに打ち込む。
断末魔を上げながら崩れ落ちるゴブリンナイト。強敵だった...私、あんま相手してないんだけど。
なんというか...
「しょーもない終わり方だったね」
これでボス討伐完了。討伐戦はこれで無事に終了のはずなんだけど...終わらない?
◇◆◇ 新登場スキル ◇◆◇
▼武術系スキル
▽長弓術
<狙撃> Lv5
長距離を狙う高威力の射撃攻撃。
▽斧術
<斧撃> Lv5
斧による高威力の斬撃。破壊力が高い。
▽短剣術
<走剣> Lv5
素早く動き、敵を斬りつける。攪乱効果が高いが、鎧に身を包んだ相手には効果が薄い。
▽小盾術
<構逸> Lv1
敵の攻撃を逸らし、隙を見つける構え。
▽双剣術【レア】
<双連> Lv10
両手に持つ2本の剣による連続攻撃。
▼魔法系スキル
▽水魔術
<水矢> Lv5
貫通力の高い水の矢。<水球>に比べて素早く、攻撃力が高い。
▽鏡魔術【固有】
<虚像> Lv20
自身をホログラム化することで敵の物理攻撃から身を守るが、魔法攻撃に対して著しく弱くなる。
また、自身からの物理攻撃も無効になる。
2019/08/08 3:17
分かりやすいように加筆修正、表現を変更。話の流れの変更は以下↓
[双剣士]イザム合流の理由
修正前:「マリの作った小さな銀色クモが助けを求めてきたから飛んできた」
修正後:「なんか遠くでめっちゃ激しい戦いしてたから、面白そうだと思って飛んできた」
変更理由...<操水>の効果範囲的に、そもそも銀色クモがそんな遠くまで呼びに行けないため。