1 プロローグ
「ふふん、やっと届いた」
私、綾辻 鞠華は心待ちにしていた。
それはもう心待ちにしていた!
今日は新作のゲームの開始日なのだ。
今までいろんな人から誘われていた「フルダイブMMO」。ちょっと訳あってやんわりと断ってきた。
いやぁ、今更ゲームはちょっと...なんて考えてましたよ、私も。昔やらかしたりしたし。
それからの友人たちのフルダイブMMOの話が楽しそうなこと楽しそうなこと!
楽しそうな話題なのに、プレイしてない私は会話に入れない...
だったらやるしかないよね!過去の遺恨なんて知ったことか!
丁度、かつてない程のクオリティと噂されている新作が始まることだし、何故かゲーム招待用のコードが運営会社から送られてきてたし...無視しようかとも思ってたけど、これを機に私も始めよう。
思い立ったが吉日。すぐに最新型ゲームハードの「フルダイブバイザー」を通販った。
「まさか、開始日ギリギリに届くなんてね...最近のゲームの人気、甘く見てたよ...」
最新型とは言え、バイザーぽちったの3ヵ月前だよね...? どんだけ人気なんだ...
なんて心の中で毒づきながら、ご飯食べて、トイレ済まして、歯も磨いてから新品のバイザーをセットして、ベッドに横たわる。
...準備おっけーかな? 緊張してきた。
「...よし、スイッチオン!」
意識が遠のくとともに、奥から光が見えてきた。
――――――――――――――――――――
「ようこそ、剣と魔法のファンタジー、Magiratoraへ! この度は、ご購入ありがとうございます。」
「...ご丁寧にどうも」
目の前に、青く光る線が這った球体がふよふよ浮いている。
「私はユーザーサポートAI。通称「アイ」です。ユーザー様の希望に沿ってサポートさせていただきます。」
「うん」
「Magiratoraは15時に全世界一斉に開始されます。また、その際にオープニングイベントがございますので、15時前にはログインされておかれるのがよろしいと思います。」
「なるほど」
今が14時半だから、あと30分くらいか...本当にギリギリだったのね。
「Magiratoraの正式稼働前にキャラクターメイキングを開始できます。実行しますか?」
「おねがい」
「了解しました。キャラクターメイキング、ボディスキャン及び登録認証を実行します。」
すぐに自分の身体がピリピリした。ピリピリが終わったと思ったら、自分のアバターが客観的に見られるようになった。
...見慣れた自分の身体と完全に一致してる。 最近のゲームは大体こんな感じだ。
▽種族を選択してください。
まず一つ目の選択肢だ。えっと、なになに?
▽種族を選択してください。
▼ヒューマン(人)
Magiratora世界に普遍的に存在する種族。
平均的な能力を持ち、これといって長所はないが、逆に短所もない。
▽エルフ(森人)
射撃能力に長けた種族。魔法もそこそこ得意。
物理耐久力に難があるが、序盤からエルフ固有魔法を使える。
▽ハーフビースト(獣人)
圧倒的な物理攻撃力と素早い動きが特徴の種族。
その反面魔法攻撃力、魔法耐久力は低いが、種族スキルが多く適応しやすい。
▽デミデモン(魔人)
魔法技術に長けた種族。魔法耐久力も高い。
序盤から全体的に強い能力を持つが、種族スキルが少ない。
▽モンスター(魔物)
Magiratora世界に普遍的に存在する敵対生物。
種類によって長所と短所、固有スキルが異なり、様々な進化をするが...
と、こんな感じだ。
種族を選択すると、それぞれの種族の特徴が表示されている私のアバターに反映される。人間では特に変わりはないけれど、森人は耳が長く、肌や髪の色素が薄くなり、獣人は元となる動物の選択画面に遷移する。
魔人になると捻じれた角とギザギザの歯が見え隠れし、魔物は...なんだかよくわからない。
この魔物、選ぶ人は少ないんじゃないかな。
昔、Magiratoraを出した会社の別のゲームで魔物を選んで始めたらしい友人が「マジでクソ! ごみごみのごみだわ!」って愚痴ってたのを聞いた。どうやら、この会社の種族「モンスター」は上級者向け(マゾ的な意味で)というのが共通認識らしい。
それは置いといて。
どれ選ぼうかなぁ...人間はとりあえず保留として、やっぱり森人って良いなぁ。耳長いのは憧れるよね。
でもどうせなら魔法使いたいし、魔人?...でも種族スキル少ないらしいし...
困った...
「ねぇアイちゃん。種族でおすすめってある?」
「...」
どうやらここまではサポートしてくれないようだ。
うん、とりあえず人間でいいかな? よし、そうしよう!
「キャラクターメイキングを実行しますか?」
「必要ないよ」
察するに、人間以外を選んだら顔の形とかが変わるから、その辺の手直しする?ってことだろう。角の有無とか。
自分でいうのもアレだけど、界隈を賑わす程度には整っている顔立ちだし...人間を選んだから手直しは必要ない。
ついでに言うと、この手のゲームでアバターを手直しするのは良くない。どれだけセンスが良くても、どれだけ調整したアバターが美男美女だとしても、実際に自分が動かすと整形美人みたいになって違和感がすごい...ゲーマーの中では常識だ。
「キャラクターメイキングプロセスをスキップ...初期スキル選択に移行します」
「待ってました」
さぁ、次はお待ちかねのスキルの選択だね。
▽初期スキルを選択してください。(あと3個)
▽武術系スキル
剣術 盾術 杖術 弓術 槍術 etc...
▽魔法系スキル
火魔道 水魔道 風魔道 土魔道
▽生産系スキル
採取 伐採 採石 鍛治 服飾 etc...
▽便利系スキル
地図 目利き 威嚇 夜目 etc...
▽パッシブスキル
物攻微上昇 物防微上昇 魔攻微上昇 魔防微上昇 etc...
3個かぁ、少ないなぁ...
これまた迷う選択肢。とりあえず、MMO勧めてきた友人は
「器用貧乏なのはダメだよ!」
と口が酸っぱくなるまで言っていた。であれば、やりたいことを先に決めておくべきだろうね。
...私がやりたいことと言えば、
・前衛ではなく、後衛として魔法を使いたい
・普段着れないような可愛い服を作って、目一杯おしゃれしたい
パッと思いつくのはこれくらい。剣士には良い思い出ないし、魔法使いを目指したいね。
魔法使うなら「水」かな? ヒーラーやってみたいけど、一番回復に向いてそうな「光」がないし...次点で回復できそうな「水」。服も作りたいから<服飾>も取ろう。
そんな訳でとりあえず<水魔道>と<服飾>は確定として、残り1枠をどうするかな...
魔法使うなら<魔攻微上昇>? いや、服飾するし、素材の良し悪しが分かる<目利き>の方が...
というわけで、<水魔道> <服飾> <目利き> にした。
最後は...持ち込みアイテム?
▽持ち込みアイテムを一つ選択してください(あと1個)
・予備武器
・1時間経験値増加チケット
・初心者用回復アイテムセット
・序盤に役立つ素材セット
・ランダムアイテム
経験値増加チケット良いなぁ。スタートダッシュには最適よね。
水魔道が回復できると信じて、回復アイテムは選ばなくていいかな。
服飾あるし素材セットでもいいけど、ここは...
※
「最後にプレイヤーネームを入力してください」
「そうね...「マリカード」でお願い」
パッと思いついたのが、昔やってたゲームでの私の愛称だ。
いつのまにか吸血鬼になってたから、ドラキュラの逆読み「アルカード」とその時の私のプレイヤーネーム「マリ」を混ぜた「マリカード」って皆から呼ばれてた。私もそれが結構お気に入りだったし、懐かしいなぁ...
「了解しました、マリカード。それでは剣と魔法の世界、Magiratoraをお楽しみください。ログイン認証を開始します。」
///Magiratora///
Log-in.......complete
―――――――――――――――――――
気が付くと、目の前に大きな城。
その前に広がるとんでもなく広い広場だった。
そして、それを埋め尽くす人、人、人。
Magiratoraの第1陣は5万人らしい。そんな人数が一つの広場に集まっている。
ロックフェスかなんかかな?
「お前スキルどれ取った? 俺は<剣術>と<盾術>と<火魔道>とったわ」
「俺は生産やろうと思って、<鍛治>と<採石>、あとは<土魔道>」
「うわー猫耳可愛い! 私も獣人と迷ったのよねー」
「可愛いでしょ? でも、あんたのエルフ耳も中々...ちょっと触らせて?」
「そういや職業選択無かったな」
「お前、事前情報もっと調べとけよ。ゲーム開始後にギルドで選択って公式に載ってたぞ」
現在時刻を確認すると、ゲーム開始15時の3分前。ギリギリ間に合ったようだ。最近のゲームはゲーム開始前に待機所にログイン可能になり、時間が来たら一斉スタートする手法がとられていたりする。このゲームは典型的なそれだ。
周りを見ると、友人同士で始めた人たちが、スキル談義やアバター評論会をしている。
私をMMOに誘った友人も、この中のどこかにいるのだろうか。ある人にとっては、有給とって数日やりこむって張り切ってたし。
...まぁ、この人混みで友人探すなんて、ちょっと無理だけど。
人混みは人混みでも、なんだか色んな人種がいて目が楽しい。
髪色も様々だし、妖精やスケルトンといった魔物プレイヤーもちらほらいる。
あの魔物プレイヤーたち、いったい何人が生き残れるのかな...
「そういえばお前ら、選んだアレどうなった?」
「なんかわからんけど、「牛肉」だったわ...選ぶんじゃなかったわ...」
「俺は「くず鉄」だった...」
「あっぶねー、やっぱ罠だったか! この会社の運営はやりかねないからなぁ」
そんな声が聞こえてきた。きっと最後に選んだ持ち込みアイテムの中にあった「ランダムアイテム」についてだろうか?
...そういえば、私も「ランダムアイテム」選んだっけ。
使い道が分からないようなゴミアイテム率が高いようだけど、失敗したかな?
とりあえず確認しようとステータスを開いた、その時。
バァー―――――ン!!!
という轟音と共に、目の前の城にキラリとした何かがぶち当たって跳ね返った。
オープニングイベントが始まったのかな? 周りの人も「始まった始まった!」みたいなお祭り感覚のようだ。
遠すぎてよく分からないけど、城にぶつかったあれは...人間?
少しだけ崩れた城と、薄暗く曇っていく空。ゴロゴロと響く低音と共に雷雲が集まってきている。
「ぐっ...うぅ...」
結構遠くにいるのに、鮮明にその声が聞こえてきた。そういう演出なのかな。
城にぶち当たった人間が、痛みに耐えながらもなんとか立ち上がろうとしているようだ。装備や雰囲気が、まるで勇者のそれだ。
そんな勇者をあざ笑うかのように、雷雲から黒く大きい濡れた質感の何かが、ゆっくりと勇者と城の間に降りてきた。
『そんなものか、[勇者]』
やたら渋くてかっこいい声で、黒く大きい竜が問う。「これ、CVあの人だな」なんていう声がちらほら聞こえてくる。きっと有名な方なのだろう。
「龍...王...っ!!」
黒くぬめりとした巨大な生物。艶やかな黒い鱗に覆われた、明らかにゲーム序盤に出てきてはいけないであろう圧倒的な上位者。
どうやら龍王のようだ。
『くくくっ、稀代の[勇者]というからどれほどのものかと思えば、笑止。つまらんものだったな』
「くそっ...ここまでか...」
『そうだ。貴様もここで終わりだ。せめてもの情けとして、我が...直接あの世に送ってやろう』
龍王がそう答えると、その周りに紫の何かが渦巻く。あれが魔力だろうか。
魔力を蓄えた龍王の口が光る。ブレスかな?
あれ?っていうか...それぞれの場所から考えて...
広場のプレイヤー ←―― 勇者 ―― 龍王 城
「やばくね?」
これ、巻き添え食らうのでは?
2019/08/15 ちょっとだけ改稿