第8話
「あら、ルカくん。早起きなのね?」
「あ、シェリアさん。おはようございます。」
「ルカーおはよぉー!」
シェリアさんと話をしていると、後ろから寝間着姿のウナが庭へやってきた。彼女は最近アリサの部屋で寝泊まりしていて、僕の部屋で寝る機会は徐々に少なくなっていた。喧嘩している訳ではなく、単純にウナがそうしたいと希望しているからだった。
「おはようウナ。アリサは起きた?」
「ウナ起こした!けど寝ちゃった。」
「そっか…。じゃあ、後でご飯持っていこうか。」
「うん!」
「おはようルカくん。」
「おはようございます!」
「そうだ。この間、ギルドに来たい子がいるって言ってたよね?ルカくんの向かいの物置部屋、片付けておいてくれないかな?」
「ヴェ…ルの事ですね。大丈夫なんですか?」
「住む所がなくて困ってる子なんでしょ?放っておけないよ。」
「ありがとうございます!片付けしたら、早速呼びに行ってきますね!」
ご飯を済ませた後、ウナと一緒に物置を片付けると、1人で森へ向かった。
「前はこの辺りで会ったんだけど…。どこにいるんだろう…。」
「ルカみっけ!」
「うわ!?ヴェル!なんでここに?」
木の枝にぶら下がり、逆さまになった彼女の顔が突然目の前に現れた。彼女は軽い身のこなしで地面に着地すると、僕の前まで歩み寄った。
「なんでって、ルカが来るのわかったから。」
「わかるの?」
「指輪!ヴェラが渡したんでしょ?それでルカの居場所がわかるの!」
「すごい!そんな機能あるんだね!」
「ところで、あたしに何か用事?」
「そうだった。ヴェル、ギルドに住んでもいいって。許可貰えたから呼びに来たんだ。」
「本当!?やった!すぐ行こう!」
「わっ!?引っ張らないでよー!」
ギルドの門の前までやってくると、ルルが目の前に現れた。
「ルカ様。この度は誠にありがとうございます。」
「あ、ルル。ううん。気にしないで。」
「いくつかルカ様にお願いがあります。」
「お願いって…何?」
「まず、ヴェル様が吸血鬼である事は誰にも話さないようにしてください。吸血鬼は人間から恐れられているので、内密にお願いします。」
「わかった…。他には?」
「日が暮れるとヴェラ様に変わるのですが、姿が変わると他の方が驚かれるので、ヴェラ様のお姿を見られないようにしなければなりません。」
「そっか…急に大きくなったらびっくりするよね…。わかった。」
「一応ヴェル様にもお伝えしていますし、私も常にそばにいるようにしますので大丈夫かと。」
「喋る猫は大丈夫なの…?」
「他の方には、にゃーとしか聞こえませんのでご安心を。」
「そ、そうなんだ?」
「ルカー!こっちー?あっちー?どっちー!」
既に門をくぐり抜け、中に入っていた彼女は敷地内をあちこち走り回っていた。
「待ってヴェルー!そっちじゃないよー!戻って来てー!」
「ここが二人の部屋だよ。」
「おおー!」
元々物置になっていた部屋は、要らない物を処分したものの、まだ残っている物も多く、お世辞にも綺麗だとは言えない状態だった。
「一応、掃除はしたんだけどあんまり片付けられなくて…。手伝うからこれから片付けを…」
「ううん。大丈夫!」
彼女が部屋の中央に向かって歩きだすと、親指に口をつけた。指から滴る血を床に垂らし、何やらぶつぶつと喋り始めた。
「っと…。…盟約は……証。我が血を…とし……変え、………に従…」
足元に溜まった血が浮き始め、部屋に飛び散った。
「うわ…!? 」
飛び散った血が壁や床に染み込み、部屋にあった物がすべて全く別の物に変わってしまった。
「すごい…。こんなことも出来るんだ…。」
「成功してよかった~。ルカの血は美味しいだけじゃなくて力もすごいや!」
「ですが、少々やりすぎてしまいましたね…。窓やドアまで変えるつもりはなかったのでしょうが、変わってしまいました。」
「ほ、ほんとだ…。まあ…大丈夫…だと思うけど…。」
「力が大きすぎると扱いが難しくなります。ヴェル様には少々厳しかったようですね。」
「うーん…ちょっと血を使い過ぎちゃった…。」
ふらふらとベッドに倒れ込むと、ルルが側に歩み寄った。
「ルカ様。大変恐縮なのですが…。」
「あ、うん。わかったよ。腕でいいよね?」
「よろしくお願い致します…。」
彼女に血を分け与えたが、以前のようにすぐに起きる事はなく、しばらくルルが様子を見ることになった。
「ルルー?ルカだけど…部屋に入っても大丈夫ー?」
「大丈夫ですよ。どうぞ。」
夕日が差し込み部屋の中が赤く染まっていた。
「ヴェルは…あれからずっと眠ったまま?」
「はい。まもなく交代の時間ですから、ヴェラ様とお話でもされているのでしょう。」
「ヴェルとヴェラが話を…?そんなことが出来るの?」
「身体の中にお二人の世界を作っています。一つの身体にお二人で住んでいる…と言った感じでしょうか。」
「ごめん…よく分からないや…。」
「契約者であるルカ様でしたらお見せしてもよろしいでしょう。見に行きますか?」
「見れるの!?すごい!見てみたい!」
「では、やってみましょう。まずは、ヴェル様の額にルカ様の額をくっつけてください。」
「えっ…額?…こ、こう?」
「はい。そのまま、目を閉じてお待ちください。」
「う、うん。」
「ルカ様。目を開けてください。」
「…ん?……あれ?」
目の前には青い海が広がり、心地よい波の音が聞こえる。さっきまで彼女の部屋にいたはずなのに、気がつくと海辺の砂浜の真ん中で横になっていた。
「ここはどこ?」
「ヴェル様、ヴェラ様の身体の中です。」
「え?海があるよ?」
「これはただの風景です。」
「いきなり過ぎて頭が追いついていけないよ…。」
「あれー?!ルカがいる!」
陸の方から少女の声が聞こえ振り返ると、黒いワンピースを身にまとったヴェルの姿があった。
「ヴェル!」
「ルルが連れてきたの?そんなことも出来たんだね!」
「ヴェルは知らなかったの?」
「うん!全く!」
「ヴェル。話の途中で居なくなるな!まだ終わってな…」
彼女の後ろから、同じ髪色で同じ髪型、同じ瞳の色をしている背の高い女性がやってきた。まるで、ヴェルの子供時代と大人時代を同時に見ているような、不思議な気分だった。
「本当だ…2人が同時に存在してる…。」
「ルル。お前が勝手に入れたのか?」
「いけなかったでしょうか?契約者であれば立ち入れるはずですが…。」
「いいじゃんヴェラ~。せっかくだし、ルカにここを案内しようよ!」
「あまり長居するのはよくない。さっさと済ませて。」
「はーい!よし行こうー!」
「え!?どこいくの!?」
ヴェルに手を引かれ、砂浜を走り出した。
海で囲まれた離島のような場所で、山があり、森があり、川があり、草花が生い茂っている自然豊かな環境だった。
「森とかもあるけど、生き物が全く居ないね?海にも川にも何もいないの?」
「ヴェラが魔法で作った場所だから、生き物は居ないよ。」
「魔法ってすごいなぁ…なんでも出来ちゃうんだ…。」
「2人で同じ身体を使ってるはずのに、あたしは出来ないことがヴェラには出来ちゃうからすごいよね!」
「お前が勉強しないから。だから私がこうして教えてやってるんだ。」
「身体が寝てる間、2人はここで過ごしてるんだ?」
「そう!あっちに家もあるよ!」
彼女は、海辺から山がある方角に指をさした。
「そういえば、外では夕方のはずなのに、ここは夜なんだね。」
「ここに朝と昼は存在しない。程よい月明かりがあって、うす暗い方が丁度いい。」
「あんまり太陽がピカピカーな場所は好きじゃないんだよね。吸血鬼は。」
「あれ?でも昼間、ヴェルは外に出てるよね?」
「昼間は私が魔法をかけて太陽の光を軽減していますので。」
「あ、そうなんだ…。」
「いろいろ知りたい事もあるだろうが、そろそろ戻るぞ。」
「えー!もうー?」
「ヴェル様。本日もお疲れ様でした。ゆっくりお休みになってください。」
「はぁーい。また来てねールカ!」
「あはは…来れたらね。」
「こちらに出口があります。参りましょう。」
森の中を進んで行くと大きな谷にやってきた。
谷底はかなり深いようで、底が見えない程だった。
「かなり深そうだね…落ちたら死ぬかも…。」
「落ちるぞ?ここから。」
「えぇ!?」
「ここから飛び降りることで元の場所に戻ることが出来ます。」
「こ、怖すぎるよ!他の方法は無いの?」
「ない。」
「えぇ…。」
「では、私が肩に乗りましょう。これで少しは恐怖が軽減されるはずです。」
「た、確かに少し安心するけど…。いくらなんでもこの高さは…。」
「じれったい奴だ。ほら、行くぞ。」
彼女が僕の腕を掴み、2人同時に谷に身を投げた。
「わ!?ちょっ…まっ…!うわぁぁぁ!!!」
「ぅ…。」
目を開くと、月明かりに照らされたヴェルの顔が目の前に現れた。ベッドの上で、彼女を押し倒しているかのような体勢になっている。ハッと我に返ると素早くその場から離れた。
「ルカ様。どうかされましたか?」
「え!?あ、いや!なんでもないよ!」
「ふわぁ…よく寝た。」
「あれ?ヴェラだよね?その姿ってヴェルのままじゃ…」
「魔法で昼間と同じ大きさにした。急に姿が変わったら、他のやつに見られた時にまずい。」
「その手もあったね…。」
「ヴェルには出来ないし、私がこっちの姿になるしかないだろうと思って。」
「ヴェラも結構大変だね…。」
ーコンコン
「ヴェル、いる?」
お風呂上がりなのか、髪が濡れたままになっているウナが、扉から顔を覗かせた。
「あれ、ウナ?どうしたの?」
「なんでここいるの?ルカ。」
「あーえっと…。ヴェ…ルに話があったから。」
「ウナだっけ?あたしに何の用?」
「お風呂!みんな終わったから、ヴェル次。」
「わかった!わざわざありがとう!」
「じゃあウナ、アリサの部屋戻るね。おやすみルカ。」
「うん!おやすみウナ。」
扉が閉まると、彼女は再びベッドの方に戻っていった。
「喋り方まで変わっててびっくりしたよ。」
「あー…。ちょっとだけ寄せてみた。でも疲れるんだよなぁ…ヴェルの喋り方。」
「ところでお風呂は入らないの?」
「………らい…。」
「え?なんて言った?よく聞こえなかったんだけど…。」
「ヴェラ様は水が嫌いなのです。お風呂は入りません。」
「え!?お風呂入らないの!?疲れも汚れもとれないよ?」
「ヴェルが朝一で入るからいいの!嫌いなものは嫌いなの!」
「ヴェル様の嫌いなものはヴェラ様が、ヴェラ様の嫌いなものはヴェル様が。お互いに助け合っているわけですね。」
「は、はぁ…。」
「それよりもやる事があるし。」
「やる事?」
彼女は思い出したかのようにベッドから飛び起きると、椅子に座っていた僕の方に歩み寄ってきた。
「もちろんルカも手伝うから。」
「ぼ、僕が手伝える事なら…?」
「大丈夫~ベッドの上で横になっててくれるだけでいいから~。」
「え!?それってまさか…!」
「ルル!確保!」
「うわぁ!?」
ルルの尻尾が伸びたかと思ったら、一瞬の内にロープのように身体に巻き付き、腕を動かせない状態になってしまった。そのまま身体が持ち上がり、ベッドの上に移動させられた。
「すみませんルカ様…。主の命令は絶対ですので…。」
「そ、そんなぁ…。」
「痛くないんだし、むしろ気持ちよくなるならいい事じゃない。」
「な…///!?」
「今日は時間をかけてゆーっくり味わうとするか~。」
「えぇ!?どうせ吸うなら早く済ませてよー!」
血を吸われて、ムズムズする感覚に長時間耐えなければならない、地獄のような一夜を彼女の部屋で過ごす事となった。