第6話
「依頼内容は、森に大量繁殖している害獣を駆除してほしいという内容だな。」
「その害獣が、街の畑の作物を食い荒らしたり、お店の売り物を勝手に食べちゃったりしてるんだよね?」
「害獣の名前はエルムだな。2足歩行で、耳が大きいらしい。ルカも依頼書見とけ。」
「あ、うん。えっと…薄暗い洞窟の中に生息してるんだったよね?そろそろ洞窟が見えてくるはずだけど…。」
辺りを見渡していると、視界の端で何かが木の間を横切って行くのが見えた。
「ルカ?どうかしたか?」
「何か素早いものが向こうに走っていった気がして…。もしかしたらエルムかな?」
「行ってみるか。」
しばらく歩くと、目的の洞窟の前にたどり着いた。
「やっぱりエルムだったみたいだね。」
「エルムは警戒心が強いらしい。夜行性だから寝てる所を起こさないように、慎重に進まないとな。」
「わ、わかった…。」
恐る恐る洞窟の中に入っていく。静かな空間で、砂利を踏みしめる足音だけが響いて聞こえる。手に持っているランタンの明かりが足元を照らし、少しずつ奥へ進んで行った。
「あそこ、何かいないか?」
「あ、あれ。エルムじゃない?」
「間違いなさそうだな。寝てる間に始末するか…。」
「こんなにかわいいのに…ごめんね…。」
彼がナイフを取り出すと、その腕を振り上げた。
「やー!!!」
「え!?だ、誰!?」
暗くなっている奥の方から何かが飛び出してくると、ナイフを持った彼の腕にしがみついてきた。
「な、なんだお前は…!」
「やー!やぁー!!」
「お、女の子?」
暗くてよく見えないが、身体の半分近くまで伸びている髪の毛と高い声で、どうやら小柄な体型の少女のようだった。彼の腕に振り払われると、今度はエルムの前で大きく腕を広げた。
「うー!やーやー!」
「そいつを殺すなってことか?」
「なー!」
言葉は何となく通じているようで、少女は首を何度も縦に振った。
「でも、害獣なんだよ?街の食べ物を盗んでる悪い生き物なんだ!」
「うー!やぁーあー!」
殺さないで!と訴えるように、首を大きく横に振った。そうしている間に、後ろにいたはずのエルムはどこかへ逃げてしまっていた。
「くそ…逃げられたか…。」
「ねぇ。君、名前は?どこからきたの?」
「うぁ?」
「言葉が話せないのか?俺らの喋ってる事はなんとなく伝わってるみたいだが…。」
「えっと…どうしてここにいるの?森は危ないよ?」
「うー。あー。」
「だめだ…何を話したいのかわからないや…。」
「ひとまずギルドに連れて帰るか…?」
「そうだね…。えっと…僕達と一緒に行こう?」
「なー!」
彼女は笑顔で手を握り、一旦ギルドに戻ることにした。
「あ、シェリアさん!」
「あら。2人共、おかえりなさい。その子はどうしたの?」
「それが…。」
ギルドのみんなに集まってもらい、連れて帰ってきた少女について話し合った。
「言葉が話せない女の子が洞窟に…ねぇ…。」
「あの洞窟は他の街に通じていると聞いた事がある。実際に通った事はないのだが。」
「別の街から来たのかな?洞窟で迷っちゃった…とか?」
「喋れないのはなんでだろう?たしかに幼い子だけど、話せる年齢のはずだし…。」
「ちょ、ちょっと!なんで私にくっつくのよ!」
「なー!うーなぁー!」
「ルカくんにも懐いてたけど、アリサにも懐いちゃってるみたいね。」
「アリサ…その、僕はお風呂に入れてあげられないから、一緒に入ってあげてくれないかな?」
「なんで私が!?こういう時は、シェリアに頼むのが1番でしょ!?」
「手伝ってあげるから、一緒に入ってあげなさい。仕方ないでしょう~?あなたに懐いちゃってるんだから。」
「よろしくね。アリサ。」
「めんどくさいわね…。ほら。行くわよ!」
「なー!」
ーコンコン
「はーい。どうぞー?」
数時間後、お風呂で綺麗に洗われた少女とアリサが手を繋いで部屋へやってきた。
「お風呂いれてあげたわよ。」
「ありがとうアリサ!よかったね~綺麗にしてもらえて。」
「なー!」
「じゃあ、私はこれで…。」
「うー!!」
部屋から出ようとした彼女の服の裾を、少女が力一杯握りしめた。
「ちょっと!これじゃ歩けないじゃない!」
「うー!あー!」
「アリサと一緒に居たいって事じゃないかな?」
「なー!」
少女は首を縦に振った。
「寝る所まで見なきゃいけないなんて…。」
「なぁぁー。」
「わ、わかったから服を引っ張らないで…!じゃあ、私の部屋に行って…」
「なー!」
今度は、彼女の服を握りしめた手の、反対の手で僕の服を握りしめた。
「え?僕も…?」
「なー!」
「ほんと…面倒なことになったわね…はぁ…。」
少女の希望により、僕の部屋の床に2人分の布団が敷かれた。
「こら!走り回ったら危ないわよ!」
「なー!」
「おーい。布団敷いたからもう寝ようー?」
「なー?」
「ほら。寝るわよ。えっと…。」
「名前が無いと不便だよね。僕等で付けちゃおうか?」
「あんたが勝手につけたら?私には関係ないし。」
「じゃあ…ウナとか。」
「何でウナなの?」
「喋れる言葉が「うー」とか「なー」とかだから、ウナ!…って安直すぎるかな?」
「うーなー…?…ウナー!」
「本人が気に入ったならそれでいいんじゃない?」
「よーし!ウナ寝よう!」
「うなー!」
その後、ウナと名付けた少女と共に過ごすようになり、数日が経った。
「あー。いー。うー。」
「そうそう。じゃあ、これはどうかなー?」
「ぅえー。ぅおー。くぁー?」
「えー。おー。かー。だよ。」
「うー…。」
「焦らなくて大丈夫だよウナ。ゆっくりがんばろ?」
「ルカくーん。ウナー。おやつにしよー?」
「なー♪」
「あ、ちょっとウナー!走ったら危ないよー!」
庭のテーブルの上に、シェリアさんの手作りクッキーや紅茶が準備されていた。
「あらあら。ウナ。ちゃんと手を洗わないとだめよ?」
「なー!」
彼女は1度座った椅子から立ち上がると、水場の方へ小走りで掛けて行った。
「うふふ。偉い子ね~。」
「シェリアさんにもだいぶ慣れてきましたね。」
「この間、リアーナと絵本を読んでいたし、少しずつみんなと仲良くなれてるわね。」
「僕にはあんまり懐いてくれない気がするんだけど…ちょっと寂しいな。」
「女には懐きやすいが、男には中々懐かないな…。」
彼女は、クラーレさんとガゼルの2人にはあまり寄り付かない様だった。
「確かにそうかもしれないね…。あれ?でも僕は男じゃ…。」
「ルカくんはきっと特別なんだよ~。」
「アリサにはあまり会わないのに、かなり懐いているしな。ウナの好み次第なのかもしれない。」
「そういえば、クラーレさん。この間の依頼なんですけど…。」
「ウナを連れてきた時の依頼だね?エルムの駆除だったかな。」
「そうです。ですが、ウナが体を張ってエルムを守っていて、駆除出来ませんでした。」
「あれから被害の報告はないみたいですし、この依頼は完了したってことでいいんでしょうか?」
「うーん…。正確には駆除出来ていないけれど、被害が無くなったというのならこれ以上追求する必要はないだろうね。」
「どうしてウナはエルムを守ってたのかな…。」
「そもそもウナはどこから来て、どうしてあの洞窟の中にいたのかも疑問だな。」
「ウナー?ちゃんと手を洗ったかなー?」
「んー!」
「よーし!じゃあいただきますしようね!」「いああきあーす!」
「召し上がれ~。」
「喋れるようになったら、少しずつ聞いてみるしかないですよね…。」
「みんなで気長に見守っていこう。」
ウナが少しずつ言葉を喋れるようになってきた頃、魔法に触れてみようと提案したリーガルさんの部屋へとやってきた。
「よし。ウナに、この本を読んでやろう。」
「うー?なーにー?」
「リーガルさん…さすがに魔導書は早すぎるんじゃ…。」
「ウナは魔法使いの才能があるかもしれないだろう?読み聞かせるだけだし大丈夫だろう。」
「ふー…れーあ…?」
「あれ?ウナ読めるの?」
「違う?」
「ここは…火魔法が書いてある所だね。フレアは…あ、あったここに書いてある。」
本を眺めていると、どこからか焦げる匂いが漂ってきた。
「あれ?なんか匂いません?」
「そうだな…なんか焦げ…ってうわああ!」
テーブルの上に散らかっている紙から煙が上がっていて、小さな火がついていた。
リーガルさんが慌てて布で風を送り、消化を試みる。火が小さかったおかげで直ぐに消化され、数枚の紙が燃えてテーブルにほんのりと焦げ目がついた程度で大惨事には至らなかった。
「危なかった…。でもなんで火が…。」
「ウナ!できた!」
「ウナがやったのか!?すごいぞ!この子は才能があるな!よしウナ!次はこの本を…」
「ウナ…ねむい…。」
「リ、リーガルさん!また明日にしましょう!じゃ、じゃあ、おやすみなさい!」
ウナと手を繋ぎ、部屋へと戻っていった。
「ウナすごいね!火の魔法を使えるなんて!僕は出来なかったのに。」
「えへへ。すごいー?」
「ウナはきっとすごい魔法使いになれるよ!」
「わーい!ウナ、まほうつかい?になるー!」
彼女は満面の笑みを浮かべ、自信満々にそう宣言したのだった。