第4話
「ぅ…ん…?」
身体を起こすと辺りは薄暗く、物がたくさん置いてある埃っぽい場所だった。床は冷たいコンクリートで、寝ていた場所にボロボロにほつれた布が1枚だけ敷いてあった。
「あれ…僕…部屋にいたような…。」
「うっ…。」
「だ、誰かいるの…!?」
「………お兄…ちゃ……ん。」
「お兄ちゃん…?」
か細い少女の声が微かに聞こえて来る。
辺りを見渡すが、暗いせいで少女の姿はどこにも見つからなかった。
「どこ?君は…どこにいるの…?」
「助け…て…お兄ちゃ……ん…。」
「どこなの!?返事をして!」
「……い…や…やだ………やめ…て!……いやぁぁぁぁぁ!!!」
「うわぁー!?」
「きゃ!?」
少女の叫び声が聞こえた後、飛び起きた場所は自分の部屋のベッドの上だった。
「あ…れ?夢…?」
「びっくりしたぁ…。大丈夫?ルカくん。」
「シェリアさん…?」
ベッドの近くに椅子を置き、そこに座っていた彼女の姿を見て、さっきのが夢だという事を悟った。
「なんだかうなされてたわよ?汗もすごいし…。」
「ご、ごめんなさい…変な夢を見てたみたいで…。」
「怖い夢だったのね…。大丈夫?」
「あ、はい!もう身体も動かせそうだし…大丈夫だと思います。」
「ならよかったわ。明日の朝は、私とリアーナで準備するから、ルカくんは気にしないでゆっくり休んで。」
彼女はそう言い残すと、部屋を出ていった。
外はもう暗く、すっかり夜になってしまっていたので、もう一度目を閉じ深い眠りについた。
「おはようございます!」
「あ、ルカくんおはよう。こんなに早く起きて来なくてもよかったのに~。」
「おはようルカくん。よく休めたかな?」
「たくさん寝てスッキリしました…!クラーレさん、昨日はありがとうございました。」
「マナを使いすぎちゃったんだって?大変だったね…。」
「おはようリアーナ。ちょっと調子に乗りすぎちゃったみたい…。今日からまた頑張るよ!」
「しばらく魔法はお休みね。さ、朝ご飯食べましょ。」
「じゃあこれ、向こうに運びますね!」
3人で食事を終えたあと、僕はいつも通り朝食を届けるために書斎へやってきた。
「リーガルさーん。入りますねー。」
「ん…ルカか…おはよう。」
「リーガルさん、ちゃんと寝てます…?」
「いつもの事だ…気にするな。それより、昨日は大変だったみたいだな。」
「マナを使いすぎてしまって…しばらくは魔法使わないようにするつもりです。」
「そうだな。初めのうちは体に蓄積されているマナが少ないうえに、消費するのに大量マナを使ってしまうからな。訓練すれば使いこなせるようになるだろうが…。」
「せっかくなので、本をお借りしてもいいですか?マナについてと、光の魔法について書いてある本なんかあったりしたら…。」
彼は手で寝癖を治しながら席を立つと、入口の方へ歩いていき、本棚の本を指で横になぞりながら本を手に取って戻ってきた。
「それなら、この2冊を貸してやろう。」
「ありがとうございます!じゃあ僕はこれで。朝食ちゃんと食べてくださいね!」
本を両手で抱え、自分の部屋へと向かう途中、何気なくアリサの部屋の前で足を止めた。
「そういえば、今日はアリサ、朝早くに出かけちゃったって言ってたなぁ…。アリサにも剣の事聞きたいのに…。まぁ、そのうち会えるよね…。」
「クラーレさん!」
「どうしたのルカくん。そんなに慌てて…。」
数日が過ぎたある日、僕はクラーレさんの部屋に駆け込んでいた。
「最近アリサと巡り会えないんですけど、なんでですか!」
「ルカくん落ち着いて!し、深呼吸しよう!吸ってー…吐いてー…。」
既に彼の部屋にいたリアーナが、息を切らして走って来た僕の背中をさすった。
「すぅー…はぁー…。」
「うーん…タイミングが合わないだけじゃないのかな?僕は何回か会ってるし…。」
「あたしも特に話はしないけど、何回か見かけてるよー?」
「僕は何日も見かけてすらいないんですけど…。」
「部屋にはいないの?」
「ノックしても返事がなくて…。強行突破したら前みたいに叩かれる気がするし…。」
「なら、部屋で待ち構えてみるのはどうかな?」
「待ち構える…?勝手に部屋に入ってもいいんでしょうか…。」
「わかったよルカくん!これはあれだ。当たって砕けろ!ってやつよ!」
「砕けたくはないんだけど…。」
「怪我したらいつでもおいで。」
「クラーレさんまで!?…わかりました。やってみます…。」
2人に言われた通り、僕はアリサの部屋に入る事にした。ノックをしてもやはり返事はなく、ゆっくりと扉を開けて中に入ると、彼女の姿は無かった。
「すごく悪いことをしてる気分だなぁ…。そういえば、部屋のどこで待てばいいんだろう?やっぱり椅子かな?それとも反省の意味を込めて床…?ベッドは…座ってたら、なんだか変態扱いされそうだし…。」
悩みながら部屋をうろうろ歩き回っていると、机の上に色とりどりのガラス瓶が並べて置いてあるのが目に入った。
「わぁ…綺麗…。これ、なんの瓶だろ?」
「あんた。人の部屋で何してんのよ。」
「えっ!?」
突然後ろから声をかけられ、驚いて振り返ると、鞘から剣を抜いてこちらに向けているアリサの姿があった。
「ひぇ…!?あ、あの…これはその…!!!」
「人の部屋で何してんのか聞いてんのよ。さっさと答えなさい。」
「ア…リサ…に……聞きた…い……事が…あって…。」
「それ。触ってないわよね?」
「さ…触ってないよ!何も!」
「ま、そういう事にしておくわ。」
僕の話に納得すると、彼女は剣を鞘に収めた。その途端に体の力が抜け、その場に崩れ落ちる。
「え…何!?どうしたの…?」
「ごめん…びっくりしちゃって…腰抜けちゃった…あはは…。」
「あんたほんと何しに来たのよ…。」
しばらくして立てるようになった僕は椅子に座り、彼女はベッドに腰を下ろした。
「剣の使い方って言われても…。ただ振るだけよこんなの。」
「え、それだけ…?」
「私は魔法とか難しいのはさっぱりわからないし。ただ振るだけの剣を選んだだけよ。」
「アリサの剣、初めて見たけどすごく細いんだね。」
「軽い方が使いやすくて好きなだけ。重いのは動きが鈍くなってスキが出るし、短いのはリーチが短くなるから不利になる。」
「そっか…剣にもいろいろあるんだね。」
「他に聞くことがないなら帰ってくれない?私、疲れてるの。」
「そ、そうだよね!ごめんね。話、聞かせてくれてありがとう!あとは剣の使い方を教えてくれる人を探さないと…」
「…明日なら暇だけど?」
「え?」
「明日。使い方教えるわ。じゃ、おやすみ。」
「え、あ、ありがとうアリサ!」
翌日、いつものように朝食の準備を手伝っていた。
「あら。ルカくん、なんだか今日はご機嫌ね。」
「えへへ。アリサに剣の使い方教えてもらえることになって!」
「それはよかったね!怪我もなかったみたいだし。」
「あはは…なんとか…。」
「わからないよ~これから怪我するかも。」
「えぇ!?そんなー…。」
朝食を食べていると、珍しくリーガルさんも庭へやって来た。
昨日読んだ本について、彼と語り合う様子を見てシェリアさんがくすくすと笑っていた。
片付けを始めた頃、ようやくアリサがやってきた。
「おはようアリサ!」
「練習するんでしょ?さっさとやるわよ。」
「片付けは私一人で大丈夫だから、頑張ってらっしゃい。後でお菓子持っていくわね。」
「ありがとうございます!待ってよアリサー!」
彼女に細めの剣を渡されると、少し離れたところで剣の鞘を構えはじめた。
「アリサは…それでやるの?」
「私は鞘で十分。昨日は教えるって言ったけど、正直どう教えていいかわからないの。だから、ひとまずやってみましょう。」
「え、で、でも僕剣だし…。」
「いざとなったらマスターがいるから、大丈夫よ。」
「わ、わかった…。」
しばらく僕とアリサの戦いが始まった。鞘が身体中に当たりながらも、何度も彼女に立ち向かった。
太い剣、長い剣、短い剣様々な剣で試して見たものの、彼女にかすりすらしなかった。
「二人とも~少し休憩しましょ~。」
「つ…疲れた…。」
「初めてだから、攻撃にスキがありすぎるのはしょうがないけど…。向いてなさそうね。」
「やっぱりそうかな…。」
「他にもいろいろやってみれば何かいいのが見つかるわよ~。あんまり落ち込まないでね?ルカくん。」
「シェリアさん…。ありがとうございます。」
「あんた、反射神経とか回避力はいいと思う。ただ、力が弱いのと体力がないとかが欠点かな。」
「そうなんだ。わかった!」
「じゃ、私はこれで。」
「アリサ、お菓子食べないの~?」
「いらない。」
一言言い残すとその場から去っていってしまった。
「僕に向いてる戦い方かぁ…。なんだろうなぁ…。」
部屋でベッドに横になり、ぼんやりと天井を眺めていた。すると、扉をノックする音が聞こえてきた。
「誰かな?はーい。どうぞー?」
扉を開けてリアーナが部屋に足を踏み入れた。その後ろにはシェリアさんの姿も見える。
「これから、一緒に街に遊びにいかないー?」
「街に?うん。いいよ!」
考え事のもやもやを吹き飛ばすためにも、気分転換が必要だ!と自分に言い聞かせ、外へ飛び出した。
街へやってくると、いつも賑わっている雰囲気と少し違う賑わいを見せていた。
「なんか今日はいつもとちょっと違うような…。」
「気づいたー?今日はお祭りなんだって。」
「お祭り?」
「美味しい食べ物とかちょっとしたゲームができる屋台が並ぶのよ。」
「へー!そんなのがあるんですね!僕、初めてかもしれないです!」
「ね、ルカくん。クレープ食べよ!」
「ま、待ってよ~!」
「二人とも転ばないように気をつけるのよ~?」
美味しいお菓子や食べ物を食べたり、いろんなゲームをして遊んだ。
「次、これやろ!」
「これは…的当てゲーム?」
「用意してあるおもちゃの銃で、的を倒すゲームね。」
「いらっしゃい!大きい的から順番に倒していって、倒せた数で景品が決まるんだ。1人7発までしか打てないが、7つの的全て倒せた人には特別賞があるからな!」
「よーし!私からやってみよっと!」
リアーナは、おもちゃの銃に弾を詰めると、片目を閉じて狙いを定めた。圧倒的に外した方が多く目立ち、最終的に7つの内2つの的を倒す事が出来た。
「5等かぁ…。残念だったねリアーナ。」
「悔しいな~。次はルカくんね!」
「僕に出来るかなぁ…?」
大きい的にはすんなりと当たり、少しずつ小さくなる的もリズムよく倒していく。
「すごいルカくん!もう6つも倒しちゃった!」
「あと1つ…えい!」
ーカランカラン!
全ての的を倒しきると、お店の人が驚きながらベルを鳴らした。
「君、すごいね!おめでとう!これは特別賞だ!」
「わぁ!ありがとうございます!」
「すごいよルカくん!」
「ルカくんおめでとう。」
「2人もありがとう!」
「さて、そろそろ日が暮れて来たし、帰りましょうか。」
「はーい。今日は楽しかったね!」
「僕もすごく楽しかったよ!今度はみんなも一緒に来れるといいな。」