第9話
「あ、アリサー!」
「…何よ。」
廊下を歩いていた彼女の背中に声をかけると、眉間に皺を寄せて、渋々こちらを振り返った。
「えっと…紹介するよ。昨日からギルドに来た子なんだけど…」
「初めまして!あたしヴェルって言うの!よろしくねーアリサ!」
「よろしく…。」
「こっちは、あたしのペットのルルだよー。」
「よろしくお願いします。」
ルルの話では、吸血鬼とほんの一部の人間にしか喋っているようには聞こえないようで、おそらく彼女には「にゃー。」と鳴いているように聞こえているはずだ。
「………か、かわいい。」
「え?…アリサ、今何か言った?」
「な、何も言ってない///!」
「そうだ!最近この子太ってきちゃって運動させなきゃいけないんだけど、この後他の人にも挨拶に行かなきゃいけないんだよね~。アリサ、少しの間だけ、この子と遊んでくれない?」
「わ、わかった…。」
「ありがとうアリサ!よろしくね!」
ルルをアリサに託し、ヴェルと二人で廊下を歩き出した。
「珍しいなぁ…アリサがあんなにあっさり承諾するなんて。」
「わかってないなぁ~。ルルは女の子にモテるんだよ?」
「え?どういうこと?」
「あはは。ルカって結構鈍感なんだね。」
「えー?そうかな?そんな風には思った事…あ、ヴェル!」
「わ!?」
こちらを振り返り、後ろ向きで歩いていたヴェルと向こうの方から歩いてきたリーガルさんがぶつかり、身体の小さい彼女がよろめいた。
「ん?あぁ。悪い。よく見ていなかった。」
「リーガルさん…本を歩き読みするのやめた方がいいですよ…。この間シェリアさんとぶつかって怒られてたじゃないですか。」
「読まなければならない本が多くてな。時間がいくらあっても足りない。ぶつかって悪かったな…えっと。」
「ヴェルです!リーガル…さん?初めまして!」
「呼び捨てで構わない。」
「あ、はい!リーガルは本が好きなの?」
「ああ。本は色々なことを知れるし勉強しになる。知識として自分の中に蓄積されていくものだからな。」
「う…ヴェラと同じような事言ってる…。」
彼女はボソリと独り言を呟くと、頭を抱えて苦渋の表情を浮かべた。
「よかったらヴェルも何か読んでみるか?今は魔導書しか持ち合わせが無いが、これなんかは初心者にもオススメで…」
「ごめんなさいリーガルさん!今日中に挨拶回りしないとなので、また今度に!」
話が長くなりそうなので、半ば強引にリーガルさんの元を後にした。
「すごい喋る人なんだね!見た目は無口そうなのに。」
「あーうん…。本と魔法に関してだけはよく喋る人かな…。」
「あらあら。あなたがヴェルちゃんね。」
廊下で窓拭きをしていたシェリアさんの元にやって来ると、持っていた雑巾を置きこちらに歩み寄った。
「初めまして!あの…あたしちゃん付けは好きじゃないんです…。だから、呼び捨てでお願いします!」
「あら。ごめんなさいね?じゃあ、ヴェルね。私の事も呼び捨てで構わないわよ?」
「ありがとう!呼ばれるのも苦手で呼ぶのも苦手なんだよね~。」
「なんだか、リアーナがもう一人増えたみたいで賑やかになりそうね。」
「確かにそうですね!」
「シェリア~。」
「あら。噂をすれば…ね。」
声のする方を見ると、僕達の後ろからリアーナが小走りで近づいて来ていた。
「噂?あたしの事話してたの?」
「うん。今みんなに挨拶して回ってるんだ。」
「あ!もしかして昨日来たって言う…。」
「ヴェルです!よろしくねリアーナ!」
「よろしく!なんか、歳の近い友達が出来て嬉しいよ~。ヴェルは何歳なの?」
「えっと…何歳だったかな…34…」
「ヴェ、ヴェルは、リアーナと同じ13歳だったよね!」
「あ、うん…!そうそう!」
「そっかー!あ、今度時間のある時にお買い物行こうね!」
「うん!」
「後は誰のところに行く予定なの?」
「あとは…ガゼルだけかな。」
「ガゼルなら、フェリに用事があるって言って教会に行ってるはずだよ~。」
「じゃあ、これから行ってみるよ。ありがとうリアーナ。」
「うん!またね~。」
彼女達と別れると、ギルドの門を抜けて街の方に歩いて行った。街に溢れる物や人に興味津々のヴェルは、右に左に蛇行するように進んでいた。彼女が横道に逸れそうになるのを必死に引き止めながら、やっとの思いで街の向こう側へ抜け出した。
「ねえヴェル。リアーナ達に、何歳って答えようとした?340って言いかけてなかった?」
「正確には348歳だよ?」
「そんな風に答えたらバレちゃうよ!?…気をつけてね。」
「ごめんごめん…つい。」
「あ、あった。あそこが教会だよ。」
「素敵!海に囲まれた教会なんだ!」
教会の扉を開けると、長椅子に並んで座っているフェリとガゼルの姿があった。その音に反応して彼女が振り向くと、2人はその場から立ち上がり、こちらに歩み寄ってきた。
「ルカくん!久しぶりね。」
「久しぶり!今日は紹介したい子がいて。昨日からギルドに来た子なんだけど…」
「あー。そういえばそうだったな。ヴェルだったか?」
「うん!2人共よろしくね!」
「私は基本的にここにいるから、いつでも遊びに来てね。」
「うん!」
フェリが手を差し出すと、それをヴェルが掴もうと手を伸ばした。手を握りあってすぐに、ヴェルが自身の口を両手で押さえた。
「ど、どうしたの?」
「ヴェル…?」
「ご、ごめ…。ちょっと…うっ…!」
彼女は苦しそうに口を押さえたまま、教会から飛び出して行った。
「ごめん2人共!また今度来るね!」
教会から出てすぐの木の後ろで、うずくまっている彼女を見つけ近寄った。
「どうしたのヴェル!?大丈夫?」
「だ、大丈夫…。ちょっと休めば…なんとか…。」
「部屋に戻ろう。おぶるから背中に乗って。」
「うん…。」
彼女の部屋に戻ると、既に戻って来ていたルルが机の上で毛繕いをしていた。驚いているルルに状況を説明すると、彼女をベッドに寝かせた。
「その方は教会で何をされている方ですか?」
「えと…シスターだけど。」
「なるほど…。少々吐血しただけで済んだので、血を飲めば落ち着くと思います。」
「うん…わかった。」
彼女に腕を差し出すと、弱々しく噛みつき少しずつ血を吸っていた。その様子見て、彼女の身に何かしらの異変が起きている事を薄々感じ始めていた。
「おそらく、その方は光の魔法を扱える方だと思われます。」
「そう…なのかな?見た事はないけど…。」
「吸血鬼にとって、光の魔法を扱う人間は天敵です。闇と光は反発しあい、決して混じり合うことの無い、相対する物です。光の者に触れたことで、ヴェル様の身体の中の血が拒絶反応を起こし、抑えきれなくなり吐血したのでしょう。」
「じゃあ、治癒魔法を使える…クラーレさんと接触するのも避けないとだね…。」
「そうですね…。血を吸い終わっても今日は安静にしておくべきですね。」
「あのさ、ルル。中で2人と話は出来ないかな?」
「可能ですよ。では、参りましょうか。」
海辺に流れ着いた、漂流物の様な状態で目を覚ますと、以前ヴェルが指さしていた家を目指して歩き出した。
「ヴェルー!ヴェラー!」
「なんだ騒がしい。また来たのか?」
扉を開けて中に入ると、奥の方から黒いローブを来たヴェラがやってきた。
「ヴェルは?」
「寝ている。」
「え?身体の中なのに寝てるの?」
「ここで寝ているという事は…相当なダメージを受けたようですね…。」
「ヴェラ。このままでヴェルは大丈夫なの?」
「外部からの血だけでは厳しいだろうな。」「なら…内部からの血なら?」
「は?」
「ここで僕の血を吸ったら、外部からだけじゃなくて、内部からも血を摂取した事にならない?」
「確かにそうかもしれませんが…。」
「ね、ヴェラ。どうなの?」
「今までやった事がないからな…。お前がどうなるかわからない…。」
「それでもやらなきゃ!」
「お前はそれでいいのか?ここで意識を失えば、外に戻れない可能性もある。」
「それでも…やるよ。」
「…。私は…どうなっても知らないからな。」
彼女の寝ている部屋に移動し、ヴェルの元に近寄ると彼女を抱き抱えた。僕の肩に、寄り添うようにしてルルが飛び乗った。
「ヴェル…。ごめんね僕のせいで、苦しい思いさせて…。僕が助けるよ。絶対に。」




