惑星、出会い
『わたしたちはずっと独りでした。ひとは一人で生きていくことはできません。でもたとえ一人で生きていくことができないとしても、だれかによって生かされているとしても、わたしたちは独りでした。わたしたちはそれぞれ、それぞれに独りでした。今日まで、今まで、ずっとずっと独り。それは生きていると言えるのかもわからないすがたでなお、生かされていました。
今、今だけは、ながいときの中でたった今だけは、独りではありません。それぞれに独りだったものとはじめて逢うことができました。わたしたちはおたがいによびあっていました。
今、わたしたちはひとつになります。今、わたしたちはひとつです。
地球のみなさん、地球にあるすべて、あなたたちは、わたしたちの子どもです。わたしたちのつぎのいのちです。つづいていくいのちです。どうかお元気で。』
地球を救ってくれ。そう言われて僕たちはこの何もない空間に投げ出された。ナインとゼロ。そう呼ばれていた。今はもう呼ぶ人もいないけど。僕がナイン。彼女がゼロ。僕の母親とも言える存在だ。父親はいない。ナンバー1〜9は全て彼女のクローンであり、僕は彼女の最後の子どもだ。子どもと言っても彼女の成長は既に止められているから僕たちは見た目には二人とも人間で言えば14歳くらいに見えるはずだ。
そもそもなぜ僕たちが作られたかというと、人間の代わりに犠牲になるためだ。古くは神に生贄を捧げる代わりに人形を捧げた例もあるそうだけど、僕たちは現代の生贄、現代の人形だ。けれどクローンの実験は思うようには進まなかったらしく、結局クローンが初めて生贄に出される今日までに僕以外には生まれなかった。ナンバー1〜8には会ったことがない。ゼロに会ったのも今日が初めてだ。彼女が存在していることは教えられていなかった。僕以前には成功例がないと言われていた。一言も話せないまま、僕たちはたった二人で宇宙空間に放り出された。
ポッドが目的位置に着いて停止した。1時間後、僕たちの中にある生命エネルギーが極限まで共鳴、増幅されて激しい衝撃を生む。空間の歪みに落ちた地球はそれで再び軌道に戻ることができる。僕はそのためだけに生み出され今日まで育てられたのだ。彼らが僕に教えたのは僕の役目とそれを遂行するのに必要な知識だけだ。彼らは僕がそれだけの人形だと思っている。でもそれは違う。
僕の中には母の記憶があった。母が体験したこと、考えたことが僕の体にも流れている。彼女は僕の母だけど、僕と同一の存在だ。クローンであるとはそういうことなのだ。彼女の記憶を辿るといろんなことがわかった。
彼女が特殊な性質を持つ、しかしごく普通の少女だったこと。暗い時代に捕らえられて実験台にされたこと。クローン技術とは名ばかりの奇跡を待つだけの魔術的実験が行われたこと。必要に備えるために肉体と精神の成長を止められたこと。時代が変わっても成功の見込みのない実験が延々と続けられたこと。無数の失敗の中で奇跡的に僕が生まれたこと。
ポッドが停止して間もなく、彼女が目覚めた。一切の色の抜け落ちたような、けれど紛れもなく美しい肌と髪。その純粋な白に淡い光が宿る。かすかに碧い瞳。美しい。世界に一つだけの美しさ。やっと、やっと…
「やっと会えたね。」
先に口を開いたのは彼女だった。
「ずっと待ってたんだよ。あなたと逢えるのを。」
先に
「僕だって。僕だってそう思ってた。僕だってずっとずっと、ずっと君に会いたいって思ってた。」
「ふふっ、一緒だね。生まれてきてくれて、ありがとう。たった一時間しかお話しできないのが残念だけど、わたしの長い命の中で今が一番幸せだよ。」
そう、たった一時間しかないのだ。せっかく彼女に会えたのに。たった一時間しかない。わずかの間に僕はこの世の全てを呪い、しかし感謝する。この一瞬を与えてくれたことに。何から話せばいいのだろう。今まで誰かと話したことなんて一度もなかったから何を言えばいいのかよくわからない。でも何か話さないといけないと思って口を開いた。
「なんでこんなことになっちゃったんだろうね。僕はあいつらが許せないよ。なんで僕らが犠牲にならないといけないの。」
こんなことが言いたかったのかはわからないけど、僕の中で渦巻いていたものが自然と出てきた。僕という存在が抱えている疑問。
「ごめんなさい。あなたにだけは謝らないといけないね。」
いきなり謝られる。
「君のせいじゃない。悪いのはあいつらだよ。」
「でも私もあなたが生まれてきてほしいって思ってた。こんな人生だけど、私が望んだ人生でもあったの。騙されていたのかもしれないけど、そうだとしても一番私を騙していたのは私自身だから。だからこうなることも私の望みでもあったの。だけど、だけどね。あなたを求めてしまったの。本当にごめんなさい。でも大丈夫、私だけがここに残ってあなたを帰す方法があるの。あなたの人生はここで終わりじゃない。」
僕だけが帰る?
「そんなこと。違う、僕が言いたいのは。キミはあいつらのこと、嫌いじゃないの。あんなに意地悪で、僕たちのこと人間だと思っていなくて、偉そうで。」
「嫌いじゃないよ。あの人たちの気持ちがわたしにはわかるから。意地悪な人もなんで意地悪になったかわかるから。偉そうな人も、強そうな人も、泣きそうな人も、死にそうな人も、みんなが必死に生きていること知っているから。」
この子は、彼女は、僕の母は、本当に美しい人なのだ。僕の中にも彼女が流れている。たった一時間だけど彼女のことが本当に理解できた。今まで僕の中にあった形が急に現実のものとなって重みを持っている。
「君がそう言うなら、そうなんだね。僕にはなんとなくでしかわからないけど、君のことだけは真実信じられるから。」
「ね。あなたももう、全部許せちゃったでしょ。」
涙が止まらない。僕の体の中にあった何かが全て流れ出ていく。
「うん。うん。最後に、一つだけ、いいかな。」
「なあに。」
「君のことを聞かせてほしい。君の気持ち。君の口から聞きたい。」
「ふふっ、わたしも同じこと思ってた。あなたのこと聞きたい。あなたの気持ち。あなたの口から聞いてみたいなって思ってた。でももう二人分の時間はないね。」
「一緒に話そう。二人同時に。」
「うん。わたしもそう思ってた。」




