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晴れときどき雨、狐日和  作者: 藤原夜純
第一章 神と使徒と精霊と
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第一章 03 風の瞳

「……ん?」


 異変を感じたのは日が完全に沈むまでもう少しというころだ。

 山の中であり、そもそも電気がないこの世界。日没はそのまま光がなくなることを意味する。といってもこの神社に住むのは神やら仙狐やらで、まったくの暗闇でない限りは日中と大して変わりない。


 うまく表現できない何かを感じて神社の外に出てあたりを見回す。物理的に木々に遮られているところ以外ははっきり見えるけれども、何も変わった様子は見られなかった。


 なんだろうと首を傾げてふと横を見ると、全力で脱力していたはずのトーコがいつの間にか立っていた。しかも珍しいことに人の姿で、その表情からはぴりぴりとした緊張感が伺える。


「どうした、トーコ? 自分から動くなんて珍しい」

「緊急事態」


 冷たさすら感じる事務的な声。

 さすがに長い付き合いなだけあって、トーコがこうして話すときは普段のやる気なしモードとは完全に切り替えていると知っている。

 つまり。


「トールから?」

「位置を知らせてきた。至急応援求むと」


 いわゆるテレパシーと言えばいいのか、トールとトーコは簡単な文章ならお互いの位置に関係なく意思を伝えることが出来る。どうやら俺はトーコに送られたそれを僅かに感じ取ってしまったようだ。


「俺も行く」

「主様……いえ、お願いします。主様がいれば憂いはない」


 トーコはそう言うと同時に駆け出して、次の瞬間には狐の姿に戻っていた。全力の走り、それはこの暗闇を見通せる俺でも油断すると目に追えず、引き離されるほどだ。

 人の形と狐の形、こういうところで差が出てしまう。



 トールから連絡があったところまで一直線に走ること十数分、そこは山の中を通る道からいくらか外れた、ちょっとした崖のようになっているところだった。

 崖崩れが起きたのか一部分が崩れ落ちていて、何人かが下敷きになってしまっているらしい。遠目だけれど、残念なことにすべての命が潰えているのがわかってしまった。

 雨季の影響で地盤が緩んでいたのかもしれない。恐ろしい自然災害の一つ……だけれど。


「争ったあとがある。何があった?」


 明らかに自然に付いたのではない痕跡、削られたような壁面、血痕。ここで何らかのトラブルがあったのは間違いない。


「……ん、人間の血痕。トールのものではない」


 匂いを調べていたトーコが辺りを見回して言った。トールは無事なようだけれど、その姿はどこにも見えない。

 ここで何かがあって、トーコに連絡したあと移動した、ということか。一番肝心な部分がわからない。


「トールからの連絡は?」

「ない。けど、そろそろ戻ってくるはず」


 根拠は、と聞こうとしたところで、草を踏みしめる音が耳に届いた。

 二人揃って音の方を見ると、そこにいたのはどこか疲れた表情のトール。やはりどこも怪我をしている様子はなくて安心した。


「トール! よかった無事……で?」

「……んん?」

「あー、すまない。主」


 声をかけると同時にそれ・・に気付いて困惑する俺とトーコ。

 トールはその疲れが隠せてない表情をくしゃりと歪めて謝った。


「すまないが面倒なことになった……はずだ」


 その背中では、まだ可愛らしさを残す男の子が小さな寝息を立てていた。



 ◇



「件の獲物をいつもの商人に預けたあとのことだ。山に入ったら動物たちが騒がしくどこかおかしかった。それを調べていたらあの場所に行き着いたんだが……」


 さて神社の一室で説明会開催中である。

 参加者は当事者であるトール、主である俺、真面目モードが切れ掛かっているトーコ。

 そして、肝心の少年である。布団に寝かせていて、まだ目覚めてはいないけれども。


「あの少年はそこで数人の男に囲まれていた。事情はわからないがな。とりあえず制圧して話を聞こうとしたら、少年がいきなり暴れだした……いや、暴走した、と言った方が正しいか」

「暴走?」

「ああ、突然少年を中心に暴風が吹き荒れた。男どもを吹き飛ばして崖はあの有様だ。かと思えば少年にも制御できていないようで、そのまま自分が起こした暴風に巻き込まれて吹き飛ばされて意識を失った、らしい」


 で、今に至ると。うむ、厄介事の匂いがぷんぷんするな。

 単純に考えるなら人攫いとか、そういうことなのだろうと思う。


「で、その少年を囲ってた男たちの様子は?」

「どう見ても殺す気だったな」


 ……これ駄目なやつじゃない?


 嫌な予感を感じつつも、俺は未だに目を覚まさない少年に目を向けた。

 静かに眠る姿は随分と幼く見える。おそらく十歳にもなっていないだろう。いまだにこの世界の子どもたちの成長はよくわからない。

 薄っすらと緑がかった金髪は主に緑の国『シルヴェストリア』で見られるものだけれど、このあたりでも珍しいというわけではない。服装も特に変わったところは見受けられない。強いて言うなら目を閉じたその顔立ちは、なかなかの将来性を感じさせられる。


 まぁ、わりと普通の少年である。

 が、トールが言ったある言葉がそれを否定する。


「その、暴風は相当なものだったんだな?」

「それは現場を見てのとおりだ、主」


 ここいらに住む普通の少年に、あんな規模の風を起こせるはずがないのだ。しかも話を聞く限り詠唱も何もしていない可能性が高い。仮に戦闘行為が仲間割れだとか何かだとしても、その一点でこの少年は普通じゃない。

 おそらく……というかほぼ間違いなく、この少年の瞳の色は緑なのだろう。


「わかった、ありがとうトール。あとは俺が見ておくから、今日はもうゆっくり休んでくれ」

「了解だ主。何かあったらすぐに呼んでくれ」


 そう言ってトールはいつの間にか狐の姿で熟睡していたトーコを肩に担いで部屋を出ていった。


 さて……少年が目を覚ますまではのんびりしてますかね。

 いつ少年が目覚めてもいいようにロウソクに火を付けて、俺は夜の空に思いを馳せた。



 ◇



「……ぅ、んん……」


 三十分くらい経ったころだろうか、布団の方から呻くような声が聞こえてきた。

 ぴこん、と狐の耳が跳ねるのを感じる。こういうとき聞き漏らさないのは長所の一つだ。


「ん、起きたか少年」


 何をするでもなくただぼーっと外を眺めていただけだった瞳を室内に戻し、声をかける。少年はまだ横になったままだったけれど、意識は戻ったようでぼんやりとした様子で声がした方――俺がいる方に顔を向けた。

 二人の目がしっかりと交差して、お互いの姿を捉える。少年の目が少し大きく見開かれ、俺は口から零れそうになったため息をぐっと飲み込んだ。


 ……やっぱり緑色の瞳か。


 予想通りといえば予想通り。

 だけれども、予想外だ。


 ……緑というか、これはエメラルドって言った方が近いかなぁ……


 その緑色の瞳は、とても綺麗に透き通っていた。ここまで透き通る瞳を持っているのは、今まで生きてきた中でも一人しか知らないほどに。

 とりあえず、今はそれを置いておくとして。


「怪我はしてないようだけど、どこか痛むところとかはないか? 気持ち悪いとか、そういうのは大丈夫?」


 横になったままぽかんと俺のことを見ている少年に対し、覗き込むように問いかける。大丈夫なように見えるけれども、反応がちょっと薄いだろうか?

 おーい、と顔の前で手を振ってみる。視覚にも異常はなし。よくわからないから反応してくれないかな。


 数秒して、やっと意識がはっきりしたのか少年は慌てて体を起こした。

 自然と覗き込んでいた俺にぶつかりそうになり、そのあまりの勢いに驚いて仰け反ってしまったけれど、やはり体は無事なようだ。


「あっ、その、ごめんなさい……!」

「ん、ぶつかってないし大丈夫。むしろ元気なようで安心したよ」


 意識して優しい声と微笑みで返す。手っ取り早く敵意がないことを示すにはこれでいいだろう。自分外見は女の子だし。

 効果はばっちりで、少年は薄っすらと頬を赤く染めて目を逸した。年相応というか、子どもはかわいい反応をしてくれる。


 くすりと溢れた笑みに、少年はさらに恥ずかしそうに身を捩らせた。


 ……よし、勝ったな。


 なんとなくそう思っただけだ。

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