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晴れときどき雨、狐日和  作者: 藤原夜純
第一章 神と使徒と精霊と
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第一章 02 何か

 ぽすん、と軽い音を立ててベッドに腰を下ろす。この宿はそんなに高級なところではないけれど、値段の割に綺麗だし食事も申し分ない。この街でもお気に入りの宿の一つだ。

 ぐっと背を伸ばすと小枝を折ったような軽快な音が鳴ったような気がした。

 疲れというものとも無縁のこの体だけれど、精神的にはやはり別物だ。


「たった一年、されど一年。毎度のことながらなんやかんやで変わってるものだねえ……」


 市場で屋台を食べ歩き、新たに出来たお店に立ち寄り、日が暮れたらそこらへんの酒場をうろうろと。そうして最後に気分で選んだ宿屋で改めて泊り客の会話に耳を傾ける。やることは毎年変わりないことなのに、まったく同じ一日は一度としてない。本来の目的は交流による加護と情報収集なのだけれど、それを抜きにしても充実した一日だ。


 俺が訪れるようになってからこの街は大きく発展した。その結果というか、必然的にこの街には多くのものが引き寄せられている。

 良い情報から、良くない情報まで。得られた成果は様々だ。


 いわく、赤の国の辺境に過ぎなかったこの街がついに王都に次ぐほどに発展したとかしてないとか。

 いわく、グノーミアからの大商隊が無事に辿り着いたことで、今後さらに西方面への交易や街道整備が盛んになるだろうとか。

 いわく、いやいや無事とは言っても大商隊は途中で賊に襲われて積荷を一部紛失したらしいぞとか。

 いわく、うちの息子が12歳になったんですがホムラ様どうですか婿にとか。


 目を閉じてベッドに横になって、そうして体を楽にしたら集めた情報を大切に記憶してイナペディアへ。気分的には上書き保存とバックアップを忘れずにしっかりとだ。

 ……まぁ、婿がどうとか言ってた酔っぱらいおっさんは一緒に飲んでたお仲間さんにボコられてたし覚えなくてもいいのかもしれないが、あいにくとこのハイスペックボディは一発で覚えてしまう。意識的に記憶の底の方へ追いやって、せめて邪魔しないようにと苦笑い。


 フィラーさんが記念の日と言うだけあってなのか、出会う人はみんな笑顔だった。言葉使いとかちょっと男っぽいところがあって世俗に疎い、でも親しみやすい神の使徒。俺のことをそんな風に慕ってくれていて、優しい街の人々。


 年に一度の交流だけれども、だからこそなのか、この日がとても楽しくて、みんなが愛おしいとまで思う。

 たくさんの笑顔を改めて強く記憶に残しながら、俺はそのままゆっくりと微睡みの中へ落ちていった。



 ◇



 翌朝も快晴であった。

 夜が明けてなおお祭り状態の街中は朝から人で賑わっていて、まだ日も昇りきっていないのにぐんぐん気温が上がっていくように感じられた。

 今年は記念日として特に盛り上がっているようだけれど、俺が街に降りてくるこの二日間がピークとしてお祭り当日扱いになっているのはもはや見慣れた景色なわけで。まぁ明日にはいつも通りに近い風景に戻っていることだろう。商隊の人たちとか、他所から来た人たちが何かトラブルを起こしたりしないことを祈りたいものだ。


 ……セルフお祈りって効果あるのかなぁ。


 こんなよくわからないことを考えているのももう山へ戻る直前だからだろうか。祭りが終わるときの、どこか切ない感情でおまえは何を言っているんだと言われるようなことを口走るアレだ。ああ思考が定まらない。この時期はいつもこうなんだ。


 街の一角を埋め尽くすくらいたくさんの人に見送られて街を出る。何もなければみんなと会うのは一年後だ。

 数日前まで降っていた雨でまだ濡れている草木を眺めながら、ちょっとセンチメンタルな気持ちで山を駆ける。たまたま最初の年がこの時期だったというだけなのだけれど、俺が街に降りるのはちょうど雨季が終わるときだ。雨の中出歩きたくないし。


 日本ほどではないけれど、この大陸にも季節の移ろいは存在する。といっても赤の国や央の山ではせいぜいがちょっと暖かい日が多いとか、肌寒い日が続くとか、そういう程度でしかない。他の国ではまた少し違うらしいとはイナペディアいわく。

 そんな中はっきりと存在するのが雨季で、二十日から三十日くらいにわたって数日に一度の僅かな時間しか陽が射さない。当然、どこの街も活気がなくなってしまう。


 今ではイナリの加護で多少の雨では農作物に悪影響を与えなくなったし、雨季が終わると俺が街に降りてくるため祭りが行われている。

 街の人からすれば、空を覆っていた雲が晴れて陽の光が街に降り注ぐなか、その光を受けて黄金色に輝く髪をなびかせて山から降りてくる神の使徒。


 ……うん、深く考えるのはよそう。


 それこそ雨季が終わったから降りてくるんじゃなくて、雨季を終わらせて降りてくるのだと勘違いしている人もいるんじゃないのこれ……?



 ◇



 神社に戻った俺を出迎えたのは、仙狐の片割れであるトールだった。いつもはだいたい山の中を狐の姿でうろついていて呼んだら来る生活だし、そもそも二人が一緒に行動していない時点で珍しい。


「ただいま、トール。どうしたのさこんなところで」

「無事で何よりだ、主。神の社をこんなところはないと思うがな」

「まぁ自分の家だしいいじゃん。で、どうしたのさ」


 トールはうむ、と気持ちドヤ顔で答えた。


「山を少し遠出したのだがな、なかなか大物が捕れたのだよ。ゆえに予定を早めて街に卸して行こうと思ってな」

「ああ、耳と尻尾か。ちょっと待って……」


 持っていた小物入れをひとまず置いて、トールから少し離れた位置に立つ。

 なんとなくトールの全身を眺めてみるけれど、俺と同じでトールもトーコもまったく成長していない。俺と違う点は、あくまでも人の姿になれるだけで本来は狐の姿であるということ。そしてその耳と尻尾は隠せないということだ。仙狐といえばだいぶ位が高い狐のはずなのだけれど。


 と、いうことで。


「――おいでませ」


 右手を胸の前に差し出して願いを言葉に変える。

 今回は風の精霊たちへの願いだ。


 願いが空にとけると同時に差し出した右手に暖かい何か・・を感じた。

 それは俺の願いの具体的な部分を聞くこともせず、すっと消えてなくなった。


 傍目にはただ手を差し出して一言呟いただけ。力を込めたわけでもなければ詠唱をしたわけでもない。

 だというのに、視線を右手からトールに戻すといや完璧である。


「うむ、相も変わらず主の精霊魔術は見事なものだ」

「俺的には何もしてないんだけどねえ」


 トールは狐の耳も尻尾もない、ただの人族のような姿に変わっていた。尻尾があるはずの位置には何も見えないし、手をやっても何も触らない。

 どういう仕組みになっているのかは神……この場合は風の精霊のみが知る、というやつだ。


「世界広しと言えども、詠唱をせずただ一言呟くだけで精霊魔術を自由に使えるのは主だけだろうよ」

「はいはい、褒めても何も出ないからさっさと行ってこーい」


 暗くなる前に戻ってこいよー、とトールに手を振って送り出す。トールは途中で一度立ち止まると、振り向いて深く頭を下げた。そして爽やかなイケメンスマイルで山を降りていく。うむなんか腹立つなあいつ。

 人族の姿をしているときのトールとトーコは神社のお手伝いをしている夫婦、という扱いで狐の姿とは別に紹介済みだ。二人がいるおかげでやれ使徒様のお世話を、とか言う馬鹿どもを一蹴できている。


 ……二人にはほんと感謝しなくちゃなあ。


 そんな俺の素直な気持ちは、畳で寝そべって全力でだらけているトーコを見た瞬間にどこかへ消えた。

フィラーさん「え、違うんですか?」

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