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晴れときどき雨、狐日和  作者: 藤原夜純
第一章 神と使徒と精霊と
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第一章 01 守り神

内容的にはまだプロローグに近いです。

 


「――これが今年の分のお守りですね」

「……はい、50個確かに。ありがとうございます、ホムラ様」


 年に一度だけのやり取りを手軽に済ませる。

 とても大切なことではあるけれど、いちいち仰々しく承りましたー、なんて儀式めいてやるのは馬鹿らしい。そんなどことなく日本らしさ、日本の神様らしさを感じられる俺の思いから、軽い商談じみた雰囲気で済ませるようになってからもう随分と経つ。

 神官だとか使徒の末裔だとか、そういった人間が見たら神を何だと思ってるのかとうるさく言われそうなやり取りだ。でもここにいるのがその神本人なのでお気になさらず。


 軽く雑談を、この一年で央の街にあったことを町長さんの目線で教えてもらって。

 ふむふむどうしようかと思考していると、町長さんがやや上機嫌な顔で口を開いた。


「それで、ホムラ様のこのあとはいつも通りのご予定ですか?」

「ああ、はい。そうですねー。門のところでも教えてもらったんですが、黄の国の食材がいろいろ入ってきたばかりだとか」

「ええ、グノーミアではイナリ様のご加護が産業に大きな影響を与えていますから、大商会がこの日に合わせて大規模な商隊を組んだようです」

「それは……なんとも気合の入ったことで」

「我々にとっては記念の日ですからね。イナリ様やホムラ様にとってはいつもと変わらない日なのかもしれませんが」


 そうでもないですよ、と薄く笑みを浮かべて答える。


「俺が央の街と――フィラーさんとこうして言葉をかわすようになって、ちょうど百五十年目・・・・・ですからね」

「三年前に継いだばかりの私がこうして立ち会えるとは、人生何があるかわからないものですな」




 央の街で一番大きい建物から外に出ると、例年以上に熱気を増した街の様子が目に映る。

 思わず頬が緩んでしまったけれど、人々の笑顔や活気に満ちた町並みを見たら仕方のないことだと思う。


「あ、ホムラ様! お勤めは終わったんで?」

「ええ、これから市場の方を散策してみようかと」

「そりゃあいい! 今年は特に屋台が多いからいろいろ見てやってくださいよ!」

「お、それは期待するしかないですね。ありがとうございます」


「ホムラ様ー! いつもありがとうございますーっ!」

「どういたしましてー! 元気いっぱいはいいけどちゃんと前見て走れよー!」


「ホムラ様、これイナリ様のご加護で育ったうちの野菜です。どうぞ召し上がってください」

「うわぁこんなにたくさん……ありがとうございます。大切にいただきますね」


 街を歩いていると子どもからお年寄りまで、たくさんの人から声をかけられる。その数も例年より遥かに多くて、今日がこの街にとって本当に特別な日なのだと実感させられた。


 ……百五十年、ねえ。


 気がつけば人生二回分並である。この体はまったく成長をしないし神社もろくに変わらないから、こうして人のいるところに来ないといまいち実感を得にくいのが難点といえる。

 この百五十年はいろいろなことがあった。そもそも当初の計画では『可能な限り神社に引きこもって人と関わらない生活』を送るつもりだったのに、今では街の人気者。嬉しくて涙が出そうになるね。出ないけど。


 計画の雲行きが怪しくなったのは、驚くなかれなんと二年目のことだ。

 最初の年、神社に戻って決意を新たにした俺は、そこからの一年を素晴らしく平穏に過ごすことができた。会話の相手が仙狐の二人しかいないのが物足りなかったけれども、それ以外では特に困ることもなく、あっという間に一年が過ぎた。


 そうして二年目、再び央の街へ訪れお守りを渡し、少し言葉を交わして即座に神社に戻る。何もおかしくはなかった。

 強いて言うなら、街が……というか畑が増えて広がっていたくらい。加護の効果だろうか。

 そんな呑気なことを思った翌朝、俺は唐突に気づいたのだ。


 ……一年目でこうはっきりわかるくらい畑が増えたなら、来年は?



 その予感は見事に的中した。

 十個ばかりのお守りでは、到底すべての畑に加護を与えきれないくらい増えていたのだ。

 注目度が高まったのであろうこの段階で加護が足りず、もし畑がダメになろうものなら……?


 ……そんなこと、プライドが許さない。魂がそう言っている。


 どうするか一瞬だけ迷ったものの、俺は街の人と交流を深めることにした。そうすれば街の人は直接俺の加護の影響を受けることになり、間接的に畑も守られることになるだろう。

 果たしてその策は上手くいき、俺自身が直接会話をしたり買い物をしたことで街の人からは親しみやすい使徒様といっそう喜ばれることとなった。

 ――余談だが、お金は山で取れるものをいろいろ売ることで自分で用意した。フィラーさんなんかはお小遣いみたいに渡そうとしてきたけれど。


 また、街の人と積極的に関わることにした結果とある致命的な問題が浮き彫りになり、そしてそのまま解決した。

 俺の生命線ともいえる、イナペディアの欠点である。


 大変お世話になっているイナリが蓄えておいた知識、通称イナペディア。よくよく考えれば当然なのだけれど、これは俺の頭の中にあって、常時オフライン状態なわけで。

 つまるところ、情報が古くて内容も偏っている。知らないと生きていけないようなことは知っているけれど、逆を言えば少し困るかな程度のことはわからないことがあるのだ。


 例えば、フィラーさん。今の彼はまだ三十代半ばであり、三年前に継いだばかりである。

 使徒の末裔である各国の君主を筆頭に、フィラーさんなど強い加護を受けている家系は役職持ちであることが多い。そこで加護のことを考えると彼らは必然的に世襲が好まれることになるのだけれど、その際には役職だけでなくその名前も引き継ぐのだそうだ。ゆえに俺と初めて交流したフィラーさんから数えて今のフィラーさんは……九代目だったか。


 と、こんな感じで初めて知って驚くことも少なくなく。下手をすれば『この記事は主観が多く含まれており、百年以上更新されていません』な情報を鵜呑みにする恐れすらあったことを考えると、早いうちに気づけてよかったと心から思う。



 それに気づいてからは俺の行動が大きく変わり、お守りをフィラーさんに渡したあとは街の中を散策し、なんと宿で一泊してから神社に帰るようにしている。夜の酒場ほど雑多な情報が集まるところはないのだから。


 この百五十年間全然成長することなく、姿形が変わることもなく。どう考えても人間ではないのだけれど、そこは神に対する理解が深いこの世界。「よくわからないけど使徒様の受けている加護ってすごいんですね」でみんな納得している。説明いいわけの手間が省けるのは助かるものの、それでいいのかと思わなくもない。

 そうして、気がついたら俺はただの使徒様からこの街の守り神のような扱いだ。もちろんイナリのことが忘れられているわけではない。


 ……守り神というか、アイドルみたいな気がしなくもないけどさ。


 偶像アイドルではない方の。

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