プロローグ 03 嫁入り、あらため
さて肝心の巫女の仕事について、どういうことをすればいいか。それはこの体が知っている。
まるでゲームのヘルプ機能を閲覧しているかのような感覚だが、こうなってしまった以上はなによりもその知識がありがたかった。
自分の部屋に戻り、知識に従ってそれを作る。彰常は手先が器用ではなかったのだけれど、巫女はそうではなかったらしい。
それなりの数を拵えたら風呂敷に包んで、さぁ出発。
と、その前に。
大きな姿見の前に立つ。彰常のころはまともに使ったことがないそれを、自分の部屋へと移動させた。
鏡に写るのはどこにでもいそうな野暮ったい男子高校生……ではなくて。
身長は150センチちょうどくらいだろうか。測ってみないことにはわからないが、元男の意地で150センチ未満だとは思いたくない。
さらりと腰まで流れる髪は狐色、というより陽の光で黄金色に輝いている。先端に近付くにつれて赤みが強くなるのはなんとも妖狐っぽいというか。
すらっと伸びた手足を包むのは白衣に緋袴、千早と露出が少ない伝統的な巫女装束。イナリの口ぶりからするともっと古い時代のものが正しい気もするが、そこはイナリの趣味か何かだろうか。
緋袴が大きいせいもあって身長以上に小柄で幼く見える。この体は巫女の力が最も強かったときを参考にしているから、これでも十五歳間近のはずだ。身長だけで見るなら十二歳並みだというのに。
現代人、子どもはどんどん背が高くなっているという話を聞いたことがあるし、巫女が生きていた当時はこれくらいが普通だったのかもしれない。
その童顔だけれど、瞳の色はなんとも綺麗に透き通った赤である。どうやらこれはこの神社がある国に合わせた色らしい。それでいて焔のように揺らめく赤色はどこか神聖さを感じられる。
総合して、かなりの美少女である。髪と瞳の色はともかく、日本でこんな女の子がいたら大人気待ったなし。巫女装束と合わせてお雛様みたいな扱いを受けることだろう。
ただし、頭の上から生える狐の耳と、腰のあたりから生える同じく狐の尻尾がなければの話。
自分の意志で動かせるそれは、自分が人ではないことの何よりの証だ。見るのも愛でるのも好きなのだけれど、自分にそれがついてるのはどうかと思う。思っていた。
めっちゃもふもふだった。
これがいつでももふもふできる。もしかして最高なのでは。
◇
準備を終えた俺は目的地の方角に向かってまっすぐに山を降りていた。本来神社から一時間ほど歩くと山道に出るのだけれど、このハイスペックボディならわざわざ山道を使う必要はない。時間ももったいないし、最短ルートを突き進む。
さらに休むことなく歩いて二時間くらい、ようやっと目的地が見えてきた。疲れ知らずの体だからこそできる旅路だ。
それはこの大きな山の、央の山の麓にある街。
この大陸に四つある国の一つ、赤の国とも呼ばれる『ヴルカニア』の最北に位置する街である。
「ようこそいらっしゃいました、使徒様。この央の街の長、フィラーと申します。どうぞお見知りおきください」
「イナリ様の巫女、ホムラと申します。この度は急な訪問にも関わらず、快く応じてくださって感謝いたします」
深々と頭を下げると、フィラーさんは慌てて顔を上げてほしいと言ってきた。
俺としては日本人の感覚が強いために腰が低くなるのだけれど、この世界ではそれは正しくない。自分よりも圧倒的に立場が上の存在に頭を下げられるなど、相手からすればただ困るだけだ。
――使徒様。俺はそう呼ばれている。
正確に言えば分霊なのだから使徒どころか本人だ。しかし、さすがに「私が神です」なんて言った日にはトラブルしか招き寄せないのは明白なわけで。
そのあたりをどうすればいいかもイナリの知識――イナペディアとか呼びたくなるな――にあった。それが『使徒』の存在である。
この世界にも神々が存在する。そしてこの大陸にある四つの国は、遥か昔に四人の神の使徒がそれぞれ納めた土地が元になっているのだという。
大陸の北、シルフの使徒シルフィードを祖とする緑の国『シルヴェストリア』
大陸の東、ウンディーネの使徒アウディーンを祖とする青の国『アンダイン』
大陸の西、ピグミーの使徒グノリアを祖とする黄の国『グノーミア』
そして大陸の南、サラマンダーの使徒ヴルキアを祖とする赤の国『ヴルカニア』
神じゃなくて精霊じゃないかと最初は思ったのだけれど、どうやらこの世界では神として扱われているらしい。精霊とは地上で生きるものに力を貸し与える神、という認識なのだそうだ。
精霊――神とともにあり、神の力を強く宿すもの。それが『神の使徒』と呼ばれ、現在も大陸に何人か確認されている。実際に神が存在することから、使徒を騙る人間はまずいない。その怒りに触れたいものはいないのだから。
簡単な社交辞令のあと、本題に入る。
「イナリ様はまだ無名の、狐の神ですが、農業の神なのです。そのご加護は農作物を守ってくださります」
「おお、それは素晴らしいですな」
「ですので、今日は街で役立ててもらえればと思い、イナリ様の尻尾の毛を織り込んだお守りを拵えてまいったのです」
持っていた風呂敷を開いてみせると、十個ばかりのシンプルなお守りがその姿を見せる。見た目は特に変わったところのないこのお守り。その実態はイナリの加護をたっぷり込めた自信作だ。
……まぁ、イナリの毛というか、俺の尻尾の毛なんだが、嘘は言っていない。
どうぞ、と俺が差し出すと、フィラーさんは目を見開いて恐る恐るといった様子で手に取った。
「これは……いや、なんとも言えませんな……これほどまでに神の御力を感じられるものは初めて見ます」
「あら……フィラーさんはずいぶんと強い火の神のご加護を受けてらっしゃるのですね」
「はは、身に余る光栄ではありますが、使徒様ほどではございませぬ」
そう言って笑うフィラーさんの瞳は、強い意思を感じられる赤色をしていた。
◇
現在、ヴルカニアの北門では多くの人が遠巻きに様子をうかがっている。
「ホムラ様、この度は貴重なものをありがとうございました」
「いえいえ、これが私の仕事ですから」
落ち着いた仕草で腰を折ったフィラーさんに笑顔で答える。目的も済ませたことだしと、俺の要望もあって最初のような堅さはだいぶ薄れていた。
渡したお守りはしっかりと管理することを約束してくれた。対象が農作物なだけに効果が現れるのには時間がかかってしまうが、数年もすればイナリはみんなに受け入れられることだろう。
最後に、多くの人がいる今ならちょうどいい。もう一つ大切なことを伝えておくことにした。
フィラーさんたちには少し離れてもらって、その願いを言葉に変える。
「――おいでませ」
下げた両手を少し横に開くと、その手の先に何の前触れもなく二匹の狐が淡い光とともに姿を見せた。辺りに動揺が走る。
「この子たちはイナリ様の眷属の狐です。定期的に山を見回りしていますので、見かけた際はよろしくお願いします」
狐たちも俺と一緒に頭を下げる。賢い子たちだから山で遭遇した普通の人を襲うことはしないけれど、逆に襲われてしまう可能性はゼロじゃない。
あ、別にお供え物をしろとかそういうわけではありませんよ、と冗談めかして言うと、少し遅れてあちこちから笑い声がこぼれた。
「それでは、私たちはこれで。皆様もどうかお元気で」
「ありがとうございます、ホムラ様。またお会いしましょう」
「はい。また、一年後に」
街の人々に手を振りながら山へと戻る。隣には仙狐の二人も一緒なので、途中からは跳ねるように速度を上げた。
フィラーさんとの約束で、お守りを届けるのは一年に一回ということにした。その年の加護をお守りに込めるのだ。ご利益は完璧である。
これで一年のほとんどを引きこもっていられるな、と笑みが浮かぶ。
「ところで主よ、聞きたいことがあるのだが」
「ん、なに? トール」
仙狐の片割れ――トールが話しかける。反対側ではもう一人のトーコも同意するようにふんふんと頷いている。
「よくその姿で人里に入れたな。狐の獣人なんてこの世界にはいないだろう?」
「ああ、これ?」
耳と尻尾を動かしてみせると、やはりトーコはふんふんと強く頷いた。
いくら使徒だと言っても、この世界に存在しない種族では話すら聞いてもらえないおそれがある。でも、それは大した問題にはならなかった。
「普通の人には見えないんだよ、これ」
「なんと、そうだったのか」
トーコは感心したようにふんふんと頷いていた。
◇
神社の縁側に座り、ふぅと息を吐く。
初めはどうなることかと思ったけれど、なんとかなりそうで安心した。
視線の先ではトールとトーコが狐の姿でじゃれ合っていて、なんとも微笑ましい。俺としても、話し相手がいるのはほんとうに嬉しいことだ。
遊んでやろうと思って外に出ると、ぽつ、と何かが肌に触れた。
おや、と空に目を向ければ、空は綺麗に晴れ渡っていて、青空が目に染みる。
もしやと思い様子を見てみると、やはり間違いではなかったらしい。雨がぽつぽつと降ってきた。
「天気雨……狐の嫁入りか……」
素敵な言葉を思い出す。風情と浪漫と、魅力に溢れるその言葉だけれど。
「ふふん、嫁入りならぬ狐の異世界入りってか? 洒落てるじゃないか異世界」
歓迎されている、と思っていいのだろう。
やってやろうじゃないか。異世界で、狐の巫女生活だ。
ここまでがプロローグとなります。
次の第一章からが本編。




