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晴れときどき雨、狐日和  作者: 藤原夜純
第一章 神と使徒と精霊と
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第一章 20 神事

途中で第三者目線からハル視点に変わります。

 ハルにしてみれば彼女は間違えようもない存在ですが、その服装や髪型が普段とは少し違っていたために感じる印象も相応に異なるものでした。幼さや男性らしさを微塵も感じさせない、"神"に相応しいと思えるほどの神聖さ、神々しさを感じられたのです。

 名前を呼んだときわずかに疑問形になってしまったのも無理はありません。


 月の光に照らされた境内(ステージ)で彼女は一人、舞を続けます。

 自分が知っている彼女と、こうして舞を続ける彼女。それが本当に同一人物なのかハルにはわかりませんでした。仮にですが、このあと死角からいつものホムラが出てきたとしたら「双子だったんですか」と驚きつつも納得できたでしょう。

 その姿と舞に、ハルは目を離すことができず――目を離せないという意味では普段からそう(・・)だと言えなくもないのですが、惹きつけて離さないというのは初めての経験でした。

 耳も同様に。決して近い距離ではないのに、ハルの耳にはしっかりと彼女の声が届いていました。その言葉の意味はさっぱりわからないのに、どこか懐かしいような、温かみを感じる言葉。


 胸の奥が暖かくなったように感じたとき、ハルは気づきました。夜だというのに実際に暖かく感じるのです。

 まるで春の晴天であるかのように暖かく、たまに吹く風は必要以上に体を冷やすことなく清涼感を与えてくれる。夜露に濡れた草木は大地の力をふんだんに吸い上げ力強く、青々と輝いているように見えます。

 ハルの目には、その光景は地上の楽園であるかのように映りました。


 放心していたのか、それとも実際に意識が飛んでいたのか。

 ハルは我に返ると同時にその場に留まるよう強く意識して、いつの間にか一歩前に出ていた右足を元の位置に。一度深く息を吐いて落ち着こうとしてみますが、(いざな)われるような感覚は消えません。

 その衝動を、神事の邪魔をしてはいけないと強く理性で押さえつけて――どれほどの時間が経ったのかも定かではないころ、一際強く鈴の音が一帯へと響き渡り、そして夜の闇に溶けていきました。

 彼女はというと、祈りを捧げているかのような姿勢でハルに背を向けていて、その表情は窺い知れません。おそらくその瞳は閉じられているのでしょうが……神事が終わったのならば、この限りではないでしょう。


 十数秒ほどそのまま時が流れましたが、意を決したハルが声をかけようとしたとき。


「……――?」


 いつから気がついていたのか、あるいは気づいておらず偶然(たまたま)振り向いただけだったのかもしれませんが、二人の目がしかと交差したのです。その際彼女の口が僅かに動いたように見えましたが……ハルの耳に届くことはありませんでした。

 それよりもハルはその表情を、目を見て心に浮かんだ疑問をどうしようかと迷っていたのです。


「……あの」

「……あれ、ハル、なんでこんな時間に?」


 へにゃり。

 そんな音が聞こえたと錯覚するほどに、彼女の表情が苦笑の形に崩れました。


「……ホムラさん?」

「ん、どうした? 見慣れない姿に驚いたか?」


 そう言いながら静かに近付いてくる姿は、やはり間違えようもなくいつも通りのホムラでした。



 ◆



「見ていたなら言ってくれよ恥ずかしい」

「いや神事の邪魔なんてできませんからね?」


 さっきまでの神聖な空気はどこに行ってしまったのでしょう?

 ホムラさんは困ったようにはにかんでいますが、困惑しているのは僕の方だということに間違いはありません。とりあえずホムラさんには聞きたいことがいっぱいあるのです。


「終わったんでしたら、お茶でも淹れましょうか?」

「あー、いや、大丈夫だ。喉乾いてないし、俺のことは気にしなくていい」

「そうなんですか? 結構、大変なように見えましたけど」


 僕がそういうと、ホムラさんはその困ったような笑顔をさらに悪化させました。あー、うー、と唸るような声は隠し事をしている子どものようです。


「……神様に関係することですし、無理に喋ろうとしなくていいですよ?」

「……悪いな、気を遣わせちまって」


 それにしても――さっきから違和感がすごいです。

 いや、何がっていうのはわかっているのですけれど……さっきの様子を見るに、言って良いものなのかどうかわからないのです。

 結果、二人で縁側に座ったまま困ったように当たり障りのない、相槌合戦みたいなことになってしまいました。



「ああもう面倒くさい! ハル、聞きたいことは聞いてくれ。答えられない部分はそう言うから」


 先に我慢できなくなったのはホムラさんの方でした。ちなみに僕も結構限界でしたけれど、それは言わないでおきましょう。

 聞きたいことはいっぱいありますが、順番に聞いてみるとします。


「それではホムラさん」

「なんだ」

「さっきの神事の、歌……ですか? 聞いたことのない言葉でしたけど、なんて言っていたんです?」


 ホムラさんの眉間に一瞬で皺が寄りました。これはダメな質問でしたか。


「……わからん」

「えっ?」


 ですが、予想に反してホムラさんは答えてくれました。さらに予想に反する答えではありましたけども。

 そして、続く言葉は予想の斜め上なんてものではなかったのです。


「正直に言うと、神事の途中から俺の意識はないんだ。だから俺は自分が口にした言葉もどういう舞をしたのかも知らん」

「……体が勝手に動いているんですか?」

「ああ。ちなみに内容も毎回違うらしい」

「……神事なのに?」


 僕の言葉に、ホムラさんは呆れの色を強くして笑いました。


「元々は神事でもなんでもないんだよ」

「……?」

「あれはな、まだ幼かった当時の巫女が見様見真似でイナリに捧げた祈りをイナリ本人が気に入って、定期的にやってくれって頼み込んだ結果の産物だ」

「内容が違うというのは……」

「巫女が何を思って何を感じたのか、それをそのときの心のままに言葉と舞にして表現しろっていうイナリの無茶振りさ」

「うわぁ……」


 想像するだけで辛いものがあります。僕が同じことをやれと言われたら、途中で止まってしまう未来しか見えません。

 どれくらいの期間かはわかりませんけれど、それをやりとげた巫女様は相当に優秀な人だったのでしょう。


「まぁそんなわけで、俺自身は記憶はあってもそれだけなのさ」

「僕にはわからないので大変ですねとしか言えませんが……ホムラさん、あと一つだけ聞いてもいいですか?」

「なんだ?」

「……その喋り方が、その、アキツネさんのものなんでしょうか?」


 一瞬にしてホムラさんの表情から色が消えて、僕は思わず手を強く握りました。

 ……すでに強く握っていたようで、手のひらに微かな熱とじんわりとした痛みを感じます。


 ホムラさんは何も言わず、口元にそっと指を触れされています。

 やはり、言ってはいけないことだったかと僕が思い始めたときになってやっと。


「…………ああ、そう、だな。気の置けない相手には、こんな喋り方だったか」


 小さな、聴き逃してもおかしくないような声でした。


「今は、神事が終わったばかりで満足してるから。彰常の意識が強く出てるから」


 僕の質問に答えたというよりも、自分に言い聞かせるような声で。


「ここ数日は……ああ、そりゃあ気が抜けてるって言われるわな。ひでぇ落差だ」


 手で顔を覆い隠すようにして――悲しそうな声でした。


 ホムラさんが何を考えているのか、何を抱えているのか僕にはよくわかりません。

 ですから、僕は今の言葉は聞こえなかったことにしました。


「ホムラさん、そろそろおやすみしませんか?」

「え? ……あ、ああ、そうだな……そうするか」


 ホムラさんは立ち上がると何かを振り払うように頭を振りました。

 忘れそうになりますが……僕にはあれ(・・)が見えていて。


「……ホムラさん」


 髪と一緒に揺れるそれ(・・)と、ふんわり揺れるあれ(・・)


「……親子だったら、おかしいことじゃないですよね」


 そのとても暖かい手を握って、先導するように少しだけ引っ張りました。


「その尻尾とかすっごく暖かそうですし、一緒に寝てくれませんか?」

「……まったく、ハルは甘えん坊だな」


 仕方ないなと言わんばかりの声ですが、少し赤くなった恥ずかしそうな顔は隠せていません。

 子どもと一緒に寝るのもお父さんの仕事だな、なんて言いながら、僕の手を優しく引いて部屋へと戻ります。


 一緒の布団で横になりながら、実際よりも幼く見える顔を見て。

 僕は、最初に振り向いたホムラさんを見て思ったことを、衝動的に口にしそうになった言葉を言わずに済んだことに安堵したのです。





 ――あの。



 ――あなたは、誰ですか?

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